第二十三話 魄来兵装
「あれは! 人間?」
霧が漂う道をひた走り、なんとかグールを引き離した先に待ち構えていたのは、悪い予感通りの展開。
いかにもな暴虐の雰囲気を、その身に侍らせている人間たちだった。
「気を付けて! アイツら、明らかにやる気なんだぞ!」
ヴィーの言うとおり、車のハイビームに照らされた道路の先には、六人の成人男性が横並びに通せんぼをするように立っている。
その服装は見るからに、地球産のものとは違っていた。
厚い布地を重ね合わせ、着崩したスタイル。
ヴィーやエイーシャの服とどこか似通った細工の服装で、近づくにつれハッキリとするその独特の風貌から、男たちが異世界の人間であることが見て取れた。
そして何よりも異質なのは、男たちの半数がその手に斧や鉈のような刃物をを所持していたことだ。
車との距離はすでに五十メートルを切った。
にもかかわらず男たちはただニヤニヤ笑うだけで、迫る車に怯える様子も無く、未だ回避する素振りすら微塵も見せていない。
「くっ、このまま行くよ! みんなしっかり掴まって!」
目の前で並び立つ人間への配慮は一切無く、無情にも車を進めようとする由宇。
「おっ? おい、由宇!」
その時、六人の中心に立つ、ひと際目立った赤い服の大柄な男に変化が生じる。
それは由宇がアクセルペダルを踏みぬくのとほぼ同時だった。
恰幅の良かった男の体躯が、さらに三回り程の大きさ。
およそ三メートルの大きさにまで一息に膨れあがる。
周りに居た仲間の男たちは一歩引いて、その大男の変化の様を焦ることも無く、余裕を持って眺めているだけだった。
「なっ、なに!? これ!」
「こいつ……獣人だぞ!」
真桜の悲鳴にヴィーの驚嘆の声が続く。
獣身変化――人から獣へのその変貌。
それはまるで脱皮のように、男が身にまとっていた服が千切れ飛んだところからはじまった。
内側から膨れ上がった肉体の圧迫に耐え切れず、裂かれた衣類がハラハラと落ちる。
その下から露わになった皮膚を、長く伸びる太い繊維の体毛が瞬く間に覆っていく。
同時に皮下の筋繊維が太いワイヤーのごとく浮き彫りに蠢き、見るからに圧倒的なパワーを誇示し、陽光の元露わになった裸体は、ゴキゴキと全身の骨組みが変形していくにつれ、人型から異形の獣の姿へと変貌していった。
全身の体表を赤銅色をした剛毛がすっかり覆いつくした時。
その場に立っていたのは、ヒグマに似た風体を持ちながら、それでいて残忍な知性の色を湛えた瞳を持つモンスター。
バークウェアでは獣人と呼ばれる――一匹の亜種人類、通称《亜人》の姿だった。
「ゴオオォウ!」
吼える亜人の、体長三メートルほどの巨体から伸びた丸太のように太い両腕が、強行突破を図ろうとしたレンジローバーのフロント両側面を捉える。
「ぐうっ!」
衝突のショックをこらえ、ハンドル部分から即座に飛び出してきたエアバックをすぐさまどかすと共に、思いっ切りアクセルを踏み込む由宇。
エンジンは轟音を立て、ずりずりと獣人の身体を二メートル程後退させてみたものの、獣人に前輪を浮かした状態で車両を持ち上げられると、そのまま車体を勢いよく上下に振られる。
「うぉわ! こ、こいつ!」
「くうっ!」
「きゃああぁ!」
それぞれに上げた悲鳴と跳ねる体がシートに叩きつけられる音がミックスされ。不協和音が車内に反響する。
混乱した内部の様子をフロントガラス越しに眺め、獣人はニヤリと犬歯をむき出し口角を吊り上げる。
さらに、『早く出て来い』とばかりに腕を振り、車体を一層激しく揺らした。
「グオオォォァ!」
エンジンやシート等の、車の中身も狙っているのか。
獣人は短絡的に車体を破壊することはなく、脅しのためにフロントガラス越しに威嚇の咆哮を上げ続ける。
「アイツら、たぶんこの車が欲しいんだぞ! どちらにしろ、このままじゃ――!」
「くそっ、出るしかない……か! みんな!」
「うん!」
ヴィーの言葉を聞くと同時に、身動きの取れない車内に留まっていてもどうにもならないと綜は考え、全員に外に出るように声を出す。
その言葉に従い運転席と助手席、後部座席と順次にドアが開くと、一斉に全員が車外に飛び出した。
そんな中、由宇は運転席から飛び出した勢いをあえて殺さず。
横転しながら腰に差していたリボルバー、S&WM36を引き抜くと伏せた状態のまま、両肘を道路に当てて固定し、構えた銃の照準を前方の獣人に合わせる。
その由宇の動きと同時に、獣人の横合いから、僧衣に似た青い服を着た痩身の男が飛び出し銃の射線に割り込んでくる、しかし由宇は戸惑う事無く発砲した。
「これで!」
それぞれの胸元、急所への二連射で、二発の弾丸と共に銃口から吐き出されたマズルフラッシュが、通りの建物の壁を白く照らす。
サイレンサーをつけていなかったリボルバーは、銃口からその凶悪な炸裂音を辺り一帯へと響き渡らせた。
◆ ◆ ◆
「――っ、銃声?」
大排気量の自動二輪にまたがった。黒づくめのボディスーツに身を包むそのライダーは、街に響いた砲声を聞き取るとすぐさまブレーキを掛けバイクを止めた。
改造が施された、ヴィクトリーレッドのCBR1000RRを駆り。
排気音に混じった銃声を、フルフェイスのヘルメット越しに聞き取る、優れた聴覚を持つ黒のライダー。
肩や肘、膝などの関節各部に、鉄板入りのプロテクターが施されたそのスーツは、よく見ると多数の歴戦のキズが刻まれているのが分かる。
「アハッ! いいねぇ、こういう時は直感に従うのが常套っ、てね!」
テンションの高い声がヘルメットから漏れるや否や、ライダーはものの数秒もかからずに決心すると、素早くクラッチを切りアクセルを蒸かす。
体をバイクに纏い付かせるように前傾姿勢へと移行すると。
辺りに爆弾が炸裂したような高いエンジン音を響かせながら、鋭い風を巻き起こし通りをフルスロットルで駆けて行く。
その姿はまるで――待ちかねていたプレゼントを前に、はやる気持ちを押さえきれずに飛びついた――そんな純粋な、子供のような姿だった。
◆ ◆ ◆
「これは! 盾?」
「由宇ちゃん! そいつはオーダー持ちだぞ!」
真桜と共に後部座席から外に出たヴィーの言葉を肯定するように、青服の男の前面には、まるで空中からしみ出したように、円形の【盾】が出現していた。
地面から三十センチ、今は男の膝当たりの位置で宙に浮かんでいるその盾は、およそ直径七十センチ程の大きさで、表面が金色の蔓を象った装飾のある薄手のシールドだった。
その盾が、由宇の銃から発射された二発の弾丸を軽々と弾き返した様を、綜たちはまるで悪夢のように見ていた。
「これが魄来兵装ってやつかよ……反則だろ、こんなの!」
「ははは! わざわざ盾突く移人が居るとはねぇ、まったく愚かなヤツラだ」
「ああっ? お前、日本語喋れるのかよハゲ、タコみてぇな面しやがって!」
「な!? なんだとぉ、小僧っ!」
はじめて見る異界の能力に気圧されそうになりつつも、見下す口調で嘲る青服の男の言葉に逆上し、頭に血が上ったまま。
綜は感情的に荒っぽい言動で言い返し、目つきも鋭く相手を睨みつける。
「落ち着いて綜! おそらくアレは自動防御型のオーダーだぞ、ただ無鉄砲に突っかかっても防がれるだけなんだぞ!」
「っ……ああヴィー、そりゃあ銃弾を弾くの見りゃ、ヤバイってのは分かるよ」
「ん、それならいいんだけど……それと一応、あいつは日本語を喋ってるワケじゃないぞ」
「は、それも分かってるって、ずっとお前と喋ってたんだしな、大方あのエイーシャって神霊が何かしたんだろ? 今のはただの、売り言葉に買い言葉ってやつさ」
「……怒らせるのは、あまり得策じゃないと思うんだぞ」
嘲りの表情で綜たちを見ていた男の輝く頭頂が、今は怒りで真っ赤に染まり、血管まで浮き出ている。
明らかに憤慨しているその殺気にあてられ、ヴィーの小さな身体に震えが走った。
「ちっ!? こざかしいわ!」
不意に目の前のオーダーが、目にもとまらぬ速さで男の左側面へと回り込む、それと同時に鉄を打ち合わせたような鈍い音が響いた。
「不意打ちも効かないのかい? でも同時になら、綜!」
声が聞こえた方に綜が視線をやると、由宇の持つリボルバーの銃口から煙が立ち上っているのが見えた。
そのことから、由宇が男の不意を突き銃撃をしたことが分かる。
さらに由宇は促すように銃を動かし、綜にも銃を撃つ様に声を上げた。
「くそっ、撃つしかないのか……これで――!」
「危ないぞ! 綜!」
二方向からの射撃で、盾の男を攻略しようとする由宇。
人を撃つのに一瞬ためらったものの、意を決しサブマシンガンを構えた綜に、ヴィーの警告が飛ぶ。
それと同時に、視界に危険を知らせるいつもの赤い幕が降りた。
自身に対する危険予知――視界の端で、黄銅色の【槍】を掲げる男の姿を確認した。
「こいつも、オーダー持ちかよ!?」
「はぁっ、くらえ! 小僧!」
獣人の左脇に居た、その男の手から放たれた一メートル強の槍が、猛スピードで綜を目掛け、大気を貫き、襲い掛かる。
投擲直後、己の直感に従い後方に勢いよくジャンプした綜は、間一髪で槍の攻撃を免れた――かのように見えた。
「が、ぁぁっ!!」
だが、【槍】が綜の目の前のアスファルトに着弾した瞬間。
それはまるで水素の詰まったバルーンが破裂したかのように、周囲数メートルの空間ごと大気を揺るがし、炸裂した。
それは霊力粒子で作られていた槍が、内包されていた霊力を一気に解放し、槍本体ごと弾け飛ぶことで、物理的な衝撃波を周囲に発生させる現象だった。
「兄さん!」
真桜の悲鳴をかき消した爆発は、突き立った場所のアスファルトを蜘蛛の巣状に破壊し、空中に逃れていたはずの綜の身体を、後方数メートルに居た真桜とヴィーの元にまで吹き飛ばすほどの威力を持っていた。
「ぐあ! ぁっ、はあ!」
「綜! くっ、これじゃあ……」
アスファルトに叩きつけられ、肺から息を吐き出し、呼吸が一時的に止まる綜。
そんな綜を心配するヴィーと真桜を横目に、由宇は再び盾の男に銃を向けるものの、綜の手にあったサブマシンガンがすでに通りの向こうへと弾かれ、失われたことに気付く。
同時攻撃ができない以上、由宇の方にも打つ手は無かった。
「兄さん! ど、どうすれば……」
「真桜ちゃん落ち着いて! 綜は大丈夫、擦り傷だけで深い傷は負ってないんだぞ」
付き合いの浅いヴィーでもはっきりと分かるほど、感情の起伏の少ない真桜のその顔にも、焦りの色が濃く表れていた。
(とはいえこのままじゃ、ピンチなのは変わらないぞ!)
ヴィー自身にも余裕があるわけでも、打開策があるわけでもない。
すでに綜の手に銃は無く、真桜が持っていたベレッタも、ガレージでバッグに詰め込んだ他の銃器と共に、レンジローバーの後部座席に置き去りになったままだった。




