第二十二話 銃撃逃走
再びガレージのゲートをくぐり、車に乗り込む面々。
由宇は運転席で各種点検をしている。
同年代女性の平均身長よりもその小柄な体躯で、本革に包まれた外国産の大型SUV車のハンドルを、嬉しそうに握りこんだ。
その無邪気な姿は一見、お気に入りのおもちゃで遊ぶ、あどけない童女のようにも見える。
「よし、不備は無いね。それじゃあ――」
細くしなやかな指がスターターを押す。
V型8気筒のスーパーチャージャー仕様エンジンに火が点る。
ガレージ内に反響する、籠った重苦しいエンジン音。
それだけで乗車している綜たちの身にも微弱な震動が走り、緊張を伴った震えがその全身を駆け巡った。
「いよいよか……だけど由宇、車で移動ってのもちょっと目立つんじゃないか? 幾ら霧で視界が制限されるって言っても、音だって結構響きそうだしさ、どうせならどこかで小さめの車に乗り換えるか、いっそ降りて移動した方が……」
「グールや暴徒はこのさい無視だよ綜、ボクらは一気に――この街の外に出る」
「は?」
由宇のその言葉に対し、綜は驚きに口を半開きにし、真桜は目を見開く。
「いや、一気にって、まさか突っ切るつもりなのか? そりゃあさすがに無茶だろ! まだ隠れて移動してた方が、リスクも低いんじゃないのかよ」
「うーん、隠れるくらいなら由宇ちゃんの方法が、まだマシかもしれないんだぞ綜」
由宇の思わぬ提案に、助手席の綜から抗議の声が上がる。
だがダッシュボードにちょこんと座り、それまで沈黙を貫いていたヴィーは車内を軽く見渡すと、由宇に賛成を示した。
「なんでだヴィー? 目立つのはリスクが高いだろ、それなら――」
「グールだけならそれでイイかもしれない……だけどもし、略奪者の中に探査系のスキーム持ちが居たら、一発でアウトだぞ。下手をすると逆に後ろから……バンッ! って、不意打ちをくらう可能性だって出てくるわけだし」
「あ~、そういうことか……なんだよ、本当にグールの方がマシに思えてきたぞ、これ」
由宇の方針に不満げな綜だったが、ヴィーの説明聞くと了解したとばかりに頭を垂れる。
「よっし! そうと決まったら、車を出すよ!」
了承を取ったとばかりに、由宇のしなやかな足がアクセルペダルを景気よく踏み込む。
すると、レンジローバーはその大型のボディに似合わぬ鋭い加速で走りだし、綜たちの身体は上質のレザーシートに沈み込んだ。
「きゃっ! ちょっと、いきなり過ぎだ――んぷっ!」
急発進したショックで、ダッシュボードに座っていたヴィーが、助手席の綜の胸元に飛び込んでくる。
咄嗟に衝撃が和らぐようにと、背をシートに深く沈み込ませた綜は、胸元にヴィーが入り込むと同時に両の掌で優しく包み込むと、柔らかく受け止めた。
「っとと。大丈夫か、ヴィー?」
「ん……うん、っと。えへへ、綜の天然クッションのおかげで助かったぞ、あ、あはは! いやあこりゃあ、意外と居心地イイんだぞ~!」
思わぬアクシデントに見舞われ動転し、口調も若干おかしくなっているヴィー。
「そうか? まあ、お前が良いならこのままでいいか」
「はうぅっ!」
生まれたばかりの子犬を抱えた子供のように、その可憐な矮躯をふわりと包み込む綜。
密着した状態で、顔を熟したトマトの様に真っ赤にすると、すっかりおとなしくなってしまったヴィー。
まるで仲の良い親子のようにも見える。
そんな二人の周りには、どことなく優しい空気が流れているように見えた。
「兄さんはまた、無自覚に――」
「はは、公道に出るまでちょっと揺れるから、みんなしっかり掴まっててね」
無表情のまま、どことなく不機嫌な雰囲気を醸し出す真桜に、そんなやり取りを面白そうに見詰める由宇。
そして四人を乗せた車は、徐々にスピードを上げていく。
綜は胸元のヴィーから視線を外すと、枝葉から零れる風切り音を聞きながら、フロントガラス越しに木々が後方へと流れる様を、目を細めて見つめていた。
◆ ◆ ◆
「綜、左前方からグールが来るよ!」
「くっそ、こいつ!」
比較的荒れていない道路を選び、辺りを気にしながらおよそ四十キロの時速で走行中だったレンジローバーの車内に、由宇の指示が飛ぶ。
斜め前の前方の植え込みから、赤い霧を纏いもっさりとした動きで、車に縋り付こうとするつもりなのか、接近してくる一体のグールが見えた。
霧のせいで視界は悪い。
だから、綜はその姿を確認すると開け放した窓から上半身を乗り出し、手にした短機関銃――vz61スコーピオンの照門にグールを捉え、右人差し指に引っかかる引き金を絞る。
軽い抵抗を指に感じると共に、サイレンサーの装着された銃口からは、バスバスと軽快なガス音を漏らしながら、無数の7.65ミリの弾丸がフルオートで連続して吐き出される。
「ガッ! ギィィガッ!」
弾丸がその腐れ崩れかけた身に食い込むたびに、グールは奇怪な叫び声を上げ、異形のダンスをその場で踊りだす。
綜の持つ銃は、ホローポイントやマグナム弾のような、一撃の破壊力は無いブローニング弾を使っている。
だが素人の綜でも、乗車したまま連射性能の高さを武器に、グールをその場に足止めする射撃効果は十分にあった。
そして撃たれたグールを置き去りに、綜たちの乗る車は、霧をかき分けながらその場を去っていく。
「ちっ、今は撃つしかないってことなんだろうけど……やっぱり慣れないな」
「綜、グールは動きは鈍いけど、簡単に人の四肢をもぎ取るだけの力があるんだぞ、そんな一撃をこの車が受けたら、きっとマズイことになるんだぞ」
苦い表情を浮かべ、人型を撃つことに不快感を示す綜。
その様子に、邪魔にならないよう真桜の隣の後部座席に移ったヴィーが、諭すように後ろから声を掛ける。
「そりゃあ分かってるさ、慣れなきゃいけないってことはな。喰われるのは、確かにまっぴらゴメンだし……でもなあ、それで割り切れるほど簡単じゃないんだよ、ヴィー」
実際に実弾でグールを撃ったのは、ガレージを出てからこれで四度目だった。
そのずっしりと重量感のある銃器は、持つだけでも、否応なく綜に覚悟を強いてきた。
家庭用のゲーム機でゾンビを倒すゲームなら、綜だってやったことがある。
むしろそのゲームのイメージを重ねることで、非現実的な今の現状をなんとかやりくりしている状態だ。
平和な日本で十代半ばまで過ごしてきた綜にとっては、遊びでもなく、人殺しの武器を実用的に使うことは、生理的に抵抗を感じるものだ。
それでも今は、生き残るために必要なことなのだと。
自分に言い聞かせながら引き金を引けるだけ、綜は少しずつ、この世界で生きるために前進しているのかもしれない。
「それは……しょうがないぞ、この世界に来ていきなりだもん、まだ綜は撃てるだけマシな方なんだぞ」
「ん、ゴメン……私はまだ、撃てないよ」
「あっ、違うぞ真桜ちゃん、お前は別に無理しなくてもいいんだぞ!」
綜のフォローのつもりで発した言葉が、言外に真桜を責めるような形になったことで、あわてて隣の真桜を見やり、取りなす言葉を掛けるヴィー。
「銃を使うと、なんだか……自分の中で何かが、変わる気がして」
ヴィーの言葉に明確な返事はせずに、自分に言い聞かせるように呟く真桜。
真桜も綜と同様に銃を由宇から渡されたものの、結局はその手に握り込むことなかった。
そんな真桜が、膝に置いたままの拳銃――ベレッタへと視線を落とす。
黒光りした眼下の拳銃を受け取った時。
その手に余る重量感が、確かに【銃】が人に仇なす為に造られた凶器であるということを、真桜の感覚に否が応にも伝えてきた。
嫌悪感を感じたその時の感覚が、依然として真桜に銃を取らせない理由の一つだった。
「渡したボクが言うのもあれだけどさ、無理に真桜ちゃんが銃を使うことは無いよ、その分は兄貴の方にがんばってもらうからさ」
「へいへい、そういうことだ真桜。今のところは順調だし、後ろでゆっくりしとけって」
「う……うん」
心配を掛けまいとする綜の笑顔が、逆に重く真桜に圧し掛かる。
自分だけが何もしない、何もできない、という後ろめたい気持ちを抱えながら。
結局いつまでも真桜は臆病なままで、それでも今だけは素直に兄に甘えることにした。
「ところでヴィーに聞きたいんだけどさ、その煉獄都市だっけ、それを越えたら……一体、何があるのかな?」
話題を変えようとしたのか、この先のことをヴィーに問いかける由宇。
「煉獄都市の先は、街を越えれば何かがあるはずなんだけど……ゴメン、今のアタシには……そこまでの情報しか解らないんだぞ」
「そっか……街を越えれば、ねぇ」
開示された情報不足のため、満足のいく答えを出せず肩を落とすヴィー。
元々話題を変えるためだったのか、由宇はそのことに落胆は見せず、ただ霧の向こうに存在するその先を見据える様に、フロントガラス越しに遠くに視線を飛ばした。
「何にしろ、俺たちはその街を越えれば良いってことだろ? その先のことは、またその先で考えればいいんだよ、そうだろ?」
しゅんと小さな身体を折り曲げ、落ち込むヴィーの様子に気付き、綜がバックミラー越しに声を掛ける。
その言葉を聞くと、落としていた頭を上げ、ミラー越しに微笑を返すヴィー。
「そうだね……その時にはまた、アタシのサポートも必要になるんだぞ」
「そりゃそうさ、お前は俺たちの――っ!? 駄目だ由宇! そっちの道に反応が!」
「くっ!」
――綜の視界で、赤い霧を塗りつぶすように、通りの向こうに【紅い点】が灯る。
スキームに反応が出ると同時に、瞬時に由宇に警告を飛ばす。
しかし、それなりのスピードを出しながら走り続けていた車は、慣性により即座に停止はできず、由宇のレスポンスがどうしても遅れがちになってしまった。
「っ……駄目だ! 後ろからもグールが来てるよ!」
由宇がバックミラーで確認すると、走行音に反応して車の通った後に、路地のあちらこちらから大量のグールが湧き出し、道を埋め尽くしていくのが霧で霞んでいた状態でも分かった。
こうなってしまっては、もはや後戻りすることもできない。
図らずも綜の危険予知が示した道――おそらく、危険が待ち構えているであろう正面の道路をこのまま進むほか、一行に残された道はなかった。




