表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ワールド・トランス・ワールド ~異世界に至る56番目の主人公~  作者: tea茶
第三章 背反義妹 《アンチノミー・シスター》
22/43

第二十一話 外層都市


「人間って、なんで? グールの次は人が襲ってきてるの?」



 信じられないと、怯えをその眼に色濃く表した真桜が、ぼそりと呟く。



「……うん、アタシも今知ったばかりだけど、あの赤い霧――街を取り囲んでいるのは、志麻霧市に住む移人の脱出を阻むだけじゃなかったんだぞ」


「だけじゃないって、なんだよそれ……どういうことだ?」



 不意打ちで語られた事実に、思わず上ずった声を上げる綜。

 そんな綜に、言い辛そうにしながらも、意を決して口を開くヴィー。



「転移してくる志麻霧市の対策に、事前に設置してあった策は一つじゃないんだぞ。この街を取り囲んでるのは赤い霧だけじゃない、街の外側、脱出したその先にある多重の――バームクーヘン状に配置されてる、複数の街・・・・を越えなくちゃいけないんだぞ」


「なんだよ、それ!? 街って……この世界のかよ!?」



 突然知らされた新しい事実に、呆然と呟くしかない綜。


 その自失した様子から目を逸らすように、ヴィーは淡々と語り続ける。



「この街を取り囲んでいる赤い霧の次に位置する廃都市、【奈落都市インフェルノ】、この廃墟の街からグールたちはやってきているんだぞ。そして……その先にあるのが、【煉獄都市ペーガトリー】と呼ばれる混沌の街。今この街を襲ってるヤツらはそこ・・から来たんだぞ」


「待ってくれヴィー、街を抜けたらゴールじゃなかったのか? なんでそんな!」


「……言い訳にしかならないけど、エイーシャ様は『街を出れたら』とは言ったけど、『どこの街』とは言ってなかったぞ……本当に、今更アタシが言うのもアレだけど」


「だからって……だああっ! 天然だとしたら抜け過ぎだろ、あの駄女神!」



 怒りのあまり、つい目の前のヴィーに当たり散らしそうになる綜。


 だが、ヴィー自身もその情報を知ったばかりだということに気付き、矛先をとりあえず大元である神霊に向け、怒りをぶつける。



「でも、そんな大事なこと……他に伝える手段は、なかったのかな?」


「情報をロックしてたのは胡散臭いし……あの女神が意図的かどうかは知らないけど、もしこの現場を高みの見物して、操作してるヤツが居るのだとしたら、箱庭であたふたしてるボク等を見るのはさぞ面白いんだろうねぇ」



 両腕を掻き抱くと不安げに身を縮める真桜と、珍しく不機嫌さを隠そうともしない由宇。


 そんな二人のいつもと違う様子を見て、綜は逆に腹を据えると、気を落ち着けるように深呼吸をした。



「ふう……何はともあれまずは情報、だろ? せっかくサポートが居るんだ、ヴィー、この街を襲ってるヤツらについて詳しく教えてくれ」


「う、うん、もちろんだぞ!」



 サポートという言葉に顔を上げるヴィー、その瞳にも瑞々しい生気が再び宿った。





「煉獄都市の住人は……言ってみれば、表の世界で行き場を失った人々の集まりだぞ。この志麻霧市が出現する地域は、その周辺も含めてバークウェアの人間にはタブー視されて嫌われているんだ、例の【異郷の大炎】の後もしばらく手つかずのまま放置されてたから、モンスターの出現率も高いらしいし」


「つまり忌み地ってことだね、確かにそんなとこボクなら住みたくはないな~」


「由宇の言うとおり、だからこそ行き場の無い移人や貧民、犯罪者などのワケありから、果ては亜人や人外種との混血児まで。あらゆる規格外であふれた混沌カオスの都市になってるんだぞ」


「そこの住人が今、街を襲ってる人間ヤツラってことか、まいったね……まったく」



 グールの対処だけでも頭を痛めていた所に、予想外で想像以上に厄介な話を聞く羽目になり、綜は思わず現実逃避するように遠い目をする。


 だが目に入るのは心癒す山並みなどではなく、相変わらず無駄に存在感を見せつける赤い霧と黒煙だ、その事実に更に不快そうに顔を歪める。



「それに加えてこの時期は、外から略奪者レイダー請負人ランサーも侵入するらしいから、この街も今は、騒乱、動乱、混乱のお祭り状態になってるはずなんだぞ」


略奪者レイダー請負人ランサー?」



 聞きなれない言葉に、疑問の言葉が真桜の口をつく。



略奪者レイダーは強盗や人攫いをしてる連中のことで、規模が大きいグループは犯罪組織まで作ってる集団が居るらしいぞ。請負人ランサーは逆に、荒事を治める専門職で、民間の警備会社ってイメージが近いのかな……それぞれランクごとに登録されてて、治安維持が一応の仕事なんだけど、やることはかなり荒っぽいから気を付けるんだぞ。民間人がランサーのトラブルに巻き込まれる事例もかなりの頻度らしいから」



 丁寧な説明で続くヴィーの言葉に、先ほど爆発を目にしたばかりの綜たちは肝を冷やす。 



「マジかよ……それじゃ今のこの街は、一気に無法地帯になってるってワケかよ」

「なんで、そんなことに?」


「理由は至極単純なんだぞ真桜ちゃん、この志麻霧市には【お宝】が詰まってる。だからあいつ等は、それを奪いに来るのが目的なんだぞ」



 予想外に飛び出した単語に反応を示す綜。



「ヴィー、お宝って?」


「綜、お前にとっては身の回りにあふれすぎてて、気にも留めないんだろうけど、ちょっと目を凝らせば見えるものなんだぞ」


「異世界だからね――それって……電化製品や書物、と言ったところなのかな」



 ヴィーの問いかけに頭を悩ます綜をしり目に、由宇が簡潔に答えを出す。



「当たりだぞ由宇ちゃん、あのガレージの車だってそう、他にも地球産の食料やお菓子に玩具などの嗜好品も、こちらの富裕層には純正品ということで高く売れるんだぞ。略奪者にとっては千金に値するものが、この街にはゴロゴロと埋まってるってワケ、ヤツラにはこの街が黄金郷エルドラドに見えるはず、だからこそ、この街に残された有限の製品()を求めて我先にと、がむしゃらに奪いに来るんだぞ」



 ヴィーの説明を聞きながら、考えていたことが綜にはあった。

 グールの解放と街の襲撃が、時間的にズレていたことの意味、それは――



「もしかして……グールを街に放したのは、そいつらへの抑止(・・)も考えてのことなのか?」


「え――綜、もしかして頭打ったんだぞ?」


「……おい、なんだその『お前はアホの子じゃなかったっけ?』って意外そうな顔は?」



 目をクリクリと忙しなく動かし、まさにハトが豆鉄砲を食らったような顔をしながら、見つめてくるヴィーに、ジト目を返す綜。



「あ……あはは~、いやほら昨日のこともあるし、綜ってば直情型で力押しのイメージがあったからね~、いやーゴメンだぞ」


「ったく、これでも一応、成績は良い方なんだぞ俺」

「兄さんは、基本的に何でもできるよね」

「うんうん、ボクも綜はできる子だと思うよ」

「へへん、分かってくれる仲間が居るってのは救いだねー」


「……むうっ」



 綜自身を肯定してくれる真桜と由宇の二人に照れた表情を返し、あっさりと機嫌が直るのを見て、逆に頬を膨らましてむくれるヴィー。



「ふん、スペック高いと良いね~、色んな女の子と付き合えてさー――あ、ゴメーン、それはお前じゃなかったんだぞー」


「うおーい! 今のわざとだろ? 悪かったなぁ一人だけ、独りもんでさ!」



 ニヤニヤと笑うヴィーに、無駄に大きいリアクションを返す綜。

 そのやり取りに、今までの張りつめていた空気が和らぎ、息苦しさが軽減したのを由宇は感じていた。



「はい、漫才はそこら辺にして……ねえヴィー、抑止の話について詳しく話してよ」



 上手く緊張をほぐすこともできたが、いつまでも緩んだ気持ちのままではいけないと、気を引き締めるために由宇は話を戻した。



「ん、そうだね……まず第一に勘違いしてもらいたくないのは、煉獄都市ペーガトリーの住人は基本的に保守派が多いってことだぞ。表の世界で行き場を失った彼らは、煉獄都市ペーガトリーで静かな生活を送ることを望んでる。グールであふれた街で強奪を働こうなんて無茶なこと考えるヤツは、そもそもまともじゃないし、あくまでも少数なんだぞ」


「……移人の口減らしを基本として、逆にグールが居るからこそ、外からの侵入者を牽制してるってことか? じゃあ逆にここに来てるのは、命の危険を冒してまで金品が欲しい、イカレたヤツらってことじゃねえか……それってマジで厄介だな」


「もしくは、グールなんて意に介さないほどの力があるのか……なんにしろ、忌み地に入ってまで、やるものかねぇ。それだけの欲深さ、ボクにはまだグールの方が本能で動いてる分、マシに思えるよ」



 綜と由宇が眉じりを寄せ顔をしかめる、そんな彼らを見つめ、真桜が問いかけてくる。



「あの、邪魔をしなければ……見逃してくれたりとかは?」


「あのね真桜ちゃん、これははっきり言っておいた方が良いと思うから言うけど、この世界では【人】も売れる・・・んだぞ」


「……っ!」



 ヴィーの言葉を即座に理解し、想像したのだろう、真桜の顔は見る間に青褪めていく。



「可愛い娘は特に高く売れるらしいぞ、人身売買について規制する法律ももちろん存在はしてるけど、有名無実ってところだし、特にこちらの戸籍が無い移人は……」

「おいヴィー、そこまでにしとけよ、真桜が怖がってるだろ」

「綜も、男娼の方でなら、高く売れるハズで――」

「うぉい! その話やめろよお前はー! ほんとに、マジでさー! ほらっ鳥肌!!」

「わっ、ちょ! わ、分かったぞ! もう……泣くこと無いのに」



 前腕に、びっしりと浮き出た鳥肌を見せつけ、涙目で迫る綜に顔を引きつらせるヴィー。


 そんな滑稽な二人と、すっかり怯えてしまった真桜を見て、軽く嘆息する由宇。



「はあ……とにかく、いつまでもここで話し込んでても埒が明かないよ、取りあえず車で移動しよう。あれなら多少の悪路でも大丈夫だし、もしこれから道路が破壊されたり、封鎖でもされたら、移動もままならなくなるよ」


「確かになあ、まず優先するのは、この街からの脱出ってことか」


「うん……そうだね」



 由宇の提案に同意を示す綜に倣い、真桜とヴィーの二人も頷く。



「よし、それじゃあボクらはガレージに戻ろう!」



 全員の意見が揃ったことを確認すると、由宇は新たな一歩を踏み出すべく号令を上げる。


 ガレージへと続く山道、そこから綜はもう一度街を見回した。


 その脳裏によぎるのは、学園生活を共に過ごした学友たちの姿。




(……後はもう、神部会長に任せるしかないよな)




 頭の片隅に引っかかる事柄を無理やり振り払うように、綜は軽く首を振り、意識を切り替える。


 別れた生徒たちのことは、未だに気には掛かるが、今はそれ以上に大切なことがある。


 まずはこのメンバーで街を脱出すること。

 そのことが、今の綜にとっては第一に優先すべき事柄だった。



 それは物事に優先順位を付ける――【大事な人】を選別するということ。

 それは今までの綜が避けていた、選択肢を選ぶという行為。



 ほんの一日、されどこれ以上ないほどの濃密な一日を経て、綜の心情は少しづつ変わってきていた。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ