5. side 椿
真面目すぎる、と椿は思った。泣きじゃくる柊にかける言葉を見つけられないまま、ただただ抱きしめる腕に力を込める。ハグするとストレスが減るとか何とか。少しでも柊が楽になったらと思いを込める。
おそらく柊はストレスが限界突破している。柊を然るべき病院に連れて行けば、すぐにでも診断が下りるだろう。椿は前職で、今の柊のような状態の人の話を聞いたことがあった。思わず抱きしめた後で、柊にしがみつかれて椿は動けない。ただ腕の中にある自分より二回りは細い体に、胸を掻きむしりたい衝動に駆られる。
信頼されている、と自惚れてもいいだろうか。真面目で、少し頭の硬い男が寄りかかってきている。仕事上の関係。それを少し飛び越えて同い年の同僚。親しくなりたいと思いつづけた奥底には、本当は何があったか。慟哭する柊を前にしてやっと自覚した思いに、最悪なタイミングだなと自嘲する。
柊は仕事を頑張ってきたんだ、と言う。傍目に見ていてもそれは誰もが頷くところだ。柊の仕事は丁寧で、気が利く。柊のおかげで防げた事故もいくつもあった。隣のチームになってからも社内の生き字引的扱いをされている柊を見ないことはなかった。頼りにされていた。だがまだたった社会人、四年だ。頼りにするのは良くても使い潰していいわけでは断じてない。
椿も転職先に選んだ今の会社は、それなりに世に名を馳せている。だが実態はどうだ。すべての社員がインタビューを受けるような煌びやかさとはかけ離れている。スポットライトを浴びる人とその影に潜む人とでは、成果が違うのかもしれないが、影の人が必ずしも仕事ができないわけではない。柊はどちらかと言えば影側だ。スポットライトの人たちが成果を語り目立つ裏で、その成果を支えるために奔走する。適材適所というだけではあるが、馬に乗った将軍と地べたを駆けずり回る兵隊では、重用されるのがどちらかなど語るまでもない。これが中途入社して二年ほどで椿が得た自社への所感だった。
ブラック企業とまではいかないが、そこそこ問題のある組織でそこそこ仕事をしていくには、ほどほどに手を抜いてやっていくものだろうというのが椿の持論だった。だからこそ余計に、柊の独白を聞いた後でさらに、もっとうまくやればいいのにと思わずにはいられない。ただ、椿が惹かれた柊は上手くやれる柊ではないのだからしょうがない。
泣いていない柊も抱きしめたいと思いながら、早く柊から柊の嫌だと思うものが流れ出ていって欲しいと願った。




