64 実が生りました
放課後の部室、いつものように『いにしえの古文書解読研究会』の優さん、森さん、私の三人が集まっている。
「夏に植えたカマボ、実が生りましたよ」
「えっ、あのかまぼこみたいな多肉植物?」
夏休みに優さんの領地で見つけた、かまぼこみたいなやつカマボ。多肉植物だけあって、土に挿しておけば増えるとのことで、森さんが大量に買っていたのだ。
「で、本当にちくわが生ったの?」
「ええ、これです」
森さんがカバンからガサガサと紙に包まれたものを取り出した。
「本当にちくわじゃない!」
「そうなんですよ。こんなのがプラプラぶら下がってますよ」
「うわ〜私も植えておけばよかったな」
「これ、差し上げます。まだ沢山生っているので」
森さんが私達に三本ずつちくわをくれた。わりと細身のタイプね。前世なら四本一パックになってそうなやつ。
そういえば、ネイサン先生にもお土産でカマボを渡したんだった。土に挿しといたけど増えたのかしら?
「お待たせ」
あ、ネイサン先生登場。ちょうど脳内で噂をしていましたよ。
「先生の所はカマボの実は生りましたか?」
「ああ、あのピンクの多肉植物。まだ花が咲いてるよ。真っ白な金魚みたいなやつ」
「へえ、花は白いんですね」
「これ、モリーさんのお邸のはもう実がついたんですって」
「わっ、凄いね。土がいいのかな」
かまぼこを育てるのに土がいい。うん、わけわからんな。
「今度うちに見に来ますか?」
「いいの? ぜひ見てみたいわ」
「私も行く!」
週末、優さんと私は森さんのタウンハウスへお邪魔することに決まった。
◇◇◇◇
ファニング家のタウンハウスは、子爵という爵位にしては敷地が広々としていた。そして前庭は期待を裏切らず薬草の花壇がある。敷地の半分は畑に使っているのかな?
私達は裏手の温室に案内された。領地の温室ほど大きくはないけど、こちらも植物園みたいで立派だわ。
「これですよ、カマボ」
「「おおー!」」
そこには地植えにされたかまぼこが沢山生えていた。ひとつのかまぼこから三連四連と節で繋がったかまぼこの先には、プラプラとちくわが下がっている。生え方はシャコバサボテンに似ているけど、完全にかまぼこ。鉢植えにされたものも置いてある。
「凄いわね。半年足らずでここまで伸びるの?」
「ええ、生命力が凄いですね。コーブンでもここまで早くなかったですよ」
「無限かまぼこじゃない」
「ちくわも豊作だね」
いや優さん、言い方が変よ。ちくわが豊作って何?
「どうぞ、好きなだけ持って帰っていいですよ。まだまだ花も咲いているんで、ちくわも生ると思います」
「わーい、ありがとう」
あ、そうだ。いい事を思い付いたわ。
「ねえ、このいただいたちくわで、おでんを作ってみようと思うの」
「お、いいねえ」
「もうすぐ終業式でしょ? その日にまた魔法薬倶楽部の部室で忘年会をしない? ネイサン先生とオルコットさんも呼んで」
「ええ、やりましょう! おでんなんて十七年ぶりですよ。干しコーブンも持って帰りますか?」
「ありがとう。コーブン出汁とめんつゆで作ってみるわ。大根、厚揚げ、ちくわとかまぼこ。ゆで玉子と鶏団子でも入れようかな。さつま揚げはないけど、練り物があるだけいいわよね」
「うん、ちくわで十分」
優さん、よだれが垂れそうな顔をしているわ。
「あとはこんにゃくがあれば完璧なんだけど、どっかに生えてないかな〜」
優さんの『こんにゃくを作る』じゃなくて『どっかに生えてる』って発言が、この世界に染まってきた証拠よね。うん、私もどっかに生えてる気がする。
◇◇◇◇
「今日は何を食べさせてくれるんだい?」
「サンドイッチとおにぎり、それとおでんでーす」
「おでん?」
「色んな具材をコーブン出汁とめんつゆの果汁で煮たものよ」
オルコットさん、見てもよくわからないわよね。ちくわなんて初めて見ただろうし。土鍋に作ったおでんは、魔石コンロの上でクツクツと煮えている。今日は終業式、待ちに待ったおでん忘年会だ。私も優さんも部員でもないのに、魔法薬倶楽部の部室に陣取っている。
「へーこうなったんだ。美味そうだな」
ネイサン先生も目を細めている。先生はちくわもカマボも知っているものね。
「みんなで乾杯でもしますか!」
優さん、早く食べたくてウズウズしてるみたい。そうね、忘年会を始めましょう。
「では、ネイサン先生お願いします」
「僕? そうだな。では、君たちの明るい未来を祈って、乾杯!」
「「「カンパーイ」」」
紙コップの紅茶で乾杯をした。忘年会とはいえ、酒は厳禁だ。忘れそうになるけど、ここは学校ですから。
「さあ、好きなものをこのお玉で取ってくださいね」
「これはなんだ? 穴が空いているね」
「うちで育てた、ちくわですね」
「うん、美味いよこれ。不思議な食感と味だね。育てたって、植物なの?」
「うーん、たぶん?」
初めて食べたちくわに興味を示すオルコットさんに、曖昧な返事を返す森さん。この世界では土から生えてきたけど、味は魚の練り物なんだよなぁ。これ、何に分類されるのかしら。
ネイサン先生は大根をナイフとフォークで食べている。おでんなのにお上品。
「ハァ〜冬って感じですね。味が染みた厚揚げ美味しい」
「そうねー、この出汁の香りが堪んないわね」
森さんと優さんもほっこりしている。厚揚げも豆腐を揚げて作ったんだよー。異世界で初のおでんだから頑張っちゃったわ。
それに今日は森さんの……
「あ、ユージェニーあれも」
「もちろん、忘れてないわよ。ジャーン、さつまいものモンブランです」
「「「モリーさん、お誕生日おめでとう」」」
今年はさつまいもを使ってモンブランを作ったの。土台はタルト生地、細く絞り出したお芋のクリームの上には、甘煮にした角切りの芋を飾り付けた。
「わわ、こんな素敵なケーキ。もしかして作ってくれたんですか?」
「ええ、私達からのプレゼントよ」
「ふたりで作ったの」
「今年も誕生日にケーキが食べられて嬉しいです! ありがとうございますー」
森さんに喜んでもらえて、私も嬉しい!
「モリーさん、これは僕から。洗顔スポンジなんだけど、顔がツルツルになるんだって。あとは僕が作った化粧水」
「わーありがとうございます。オルコットさん、美容グッズなんてよく知ってましたね?」
「義姉から激推しされたんだ、女の子は喜ぶって。これうちの領地の特産なんだよ」
優さんと私も、そのツルツル洗顔スポンジとやらを覗きこんだ。カラカラのお餅のような丸くて白い物体。
「こ、これって! こんにゃく?」
「ユージェニーさん、知ってるの? これはコニャークを、冬の間に干して凍らせてまた解凍させてを繰り返して作ったスポンジだよ」
あ、私も前世で見たことがあるわ。あれを水でふやかして洗顔するといいのよね? というか、こんにゃくはどうやって作ったのか気になる。
「オルコットさん、そのコニャークってどうやって作ったの?」
「うちの領地の山から流れる、白滝川と言う水のきれいな川があるんだ。冬になるとその滝つぼに浮かんでいるんだよ。みんな下流に流れたものを拾うんだ」
「「「今度は川かー!」」」
しかも、白滝川ですって。糸こんにゃくもありそうな名前ね。
「なぜそれを食べないのよ! おでんに入れたら最高なのに!」
「そうなの? 昔から細々と地元の人が拾ってはスポンジに加工して売ってたんだ」
「また細々と……」
「そりゃ王都まで来ませんわ」
「くぅ〜もったいない!」
優さんは地団駄を踏んでいる。目の前におでんがあるから、なおさら悔しいんだろうな。
「まあまあ、落ち着いて。コニャークがなくてもおでんは美味しかったよ」
さすがはネイサン先生、大人の対応だ。いや、私達も中身はアラサーなんだけどね。
「はい、これは僕から」
「先生まで、いいんですか? ありがとうございます」
ネイサン先生は、小さなかごにお菓子が詰め合わせになったものを贈っている。そういえば、先生の事は何も知らないな。
「先生の誕生日っていつなんですか?」
「僕は二月十四日だよ」
「「「まさかのバレンタイン」」」
転生者三人の声が揃ってしまった。
「ん? なんだい?」
「おほほ、なんでもないです。いつもお世話になってますし、何か欲しい物とかありませんか?」
「そうだな、研究をしてると甘い物が欲しくなるからチョコレートとか?」
「お、おう。分かりました」
「ふふっ、楽しみだな」
なんですか、その少年のような無邪気な顔は! 頬杖ついて嬉しそうに笑わないでくださいよ。顔がいいんですから!
あくまでも、誕生日プレゼントですよ。バレンタインとか関係ないからね?




