63 無性にあれが食べたいって時あるよね
「あー餃子が食べたい」
「すみれさん、急にどうしたのよ」
「だってもう十八年も食べていないのよ?」
「まあ、そうでしょうね。他の食べ物もそうだけど」
「食べたくない? ぽん酢しょうゆもあるんだし」
「今の時期ならギリでニラもありますよ。冬になったら無くなるんで、やるなら今です」
「ほら! じゃあ明日やろう! 材料を持ってくるわ」
もう、頭の中は餃子でいっぱい。食べたくて食べたくて仕方がない。
「でも、どこでやるの? ここの部室は火がないわ」
「テラスのかまどもやりにくいわよね……みんなで餃子パーティーがしたかったのに。週末まで待てないーー!」
「じゃあ、魔法薬倶楽部の部室はどうでしょう」
「「魔法薬倶楽部?」」
「ええ、水道も魔石コンロもありますよ。火の使用も許可されていますし。部員は私とオルコットさんしかいません」
「それだ! でもオルコットさんの研究のお邪魔じゃないかしら?」
「一緒にやってくれるかと。皮であんを包むの上手そうじゃないですか?」
「確かに。おにぎりやピザも上手かったわ。手先を使う作業が上手いのよね」
「じゃあ、皮で包む要員に入れよう」
優さんは勝手にオルコットさんを巻き込んだ。
「遅くなってごめんね」
「「「ネイサン先生」」」
そう、薄々気付いていたと思うけど、今は『いにしえの古文書解読研究会』の倶楽部活動中である。図書館で借りた古い魔法の本はそっちのけで、餃子の話をしていたのである。だって挿絵の半月が餃子っぽかったんだもん!
「何の話?」
「えっと、本で見た料理が食べたいねって」
嘘じゃないぞ。だって挿絵の半月を見てそう思ったんだから。
「そうなんです。明日魔法薬倶楽部の部室でやろうかなーって。ね?」
「ええ、あそこは火がありますから。ちょっと散らかってますけど」
優さんと森さんもコクコクと頷きながら、話を合わせてくれた。
「へえ、僕も参加していい?」
「ふぇっ? ネイサン先生もですか? お口に合うかわかりませんよ?」
「ふふっ、ピザだってカレーライスだって美味しかったから。たぶん何でも大丈夫」
「そこまで言われるなら……ただし、手伝ってもらいますよ」
「あまり料理はしたことがないけど、いいよ」
先生まで参加する事になってしまった。
「ところで、中のあんはわかるけど、誰か皮を作れる?」
あっ、そうだ。前世みたいにスーパーで皮が売ってないんだった! 優さんに指摘されるまで気付かなかったけど、さすがにそんなの作ったことないわ〜。
「はいっ!」
森さんが勢いよく手を挙げた。
「うちの(前世の)おばあちゃんが、皮は手作り派だったんです。私もよく手伝っていたから出来ますよ」
「モリーさんの(前世の)おばあちゃん、ありがとう!」
皮の材料と麺棒とボウルは森さんが、あんは優さんが作ってきてくれるらしい。私は、ぽんずの果汁と包丁まな板フライパンなどの調理器具担当。あれ、なんにもしてないや。包むのを頑張らせていただきます!
◇◇◇◇
翌日、朝から餃子餃子と落ち着かなかった。こんなに放課後が待ち遠しい事があったかしら?
帰りの挨拶が終わると、荷物を掴んで魔法薬倶楽部の部室を目指した。
「ちょっと待って〜、君たち早すぎるよ」
あ、オルコットさんを置いて行くところだった。てへ、ごめーん。
「今日はまた新しい料理を作るんだって?」
「ええ、小麦粉の皮でひき肉包んだ料理よ」
「ぽんずの果汁を付けて食べるの。美味しいわよ」
「へえ、食べたことあるんだ?」
「えっと、試作? ちょっと昨日味見を」
優さん、ポロッと『美味しい』とか言っちゃってる。新しい料理って言ったのにね。
「昨日少し片付けておいて良かった。テーブルは空いてるよ」
「ありがとう、助かるわ」
部室に着くと、森さんが水を計量していた……メスシリンダーで。それで薬を測ってないよね?
私の顔に出ていたみたいで、
「これ、水しか量ったことないですから、安心してくださいよ」
先に言われてしまった。餃子に薬が混入して、胸毛が生えてきたりしたら困るものね。
「へえ、水じゃなくてお湯で捏ねるんだ」
「そうなんですよ。なんでかは知りません」
森さんが捏ねた生地をふきんに包んで寝かせた。その間に優さんがあんを見せてくれた。
「醤油が無いから、ちょっとあっさりめになってるかも。ニンニクは無しで生姜をきかせたわ」
「ごま油のいい香りもするわね」
豚ひき肉にキャベツとニラが練り込まれている。それを保冷が出来る蓋付きの魔道具の器に入れてきていた。結構多くない?
「だって、パーティーって言ったから浴びるほど食べたいでしょ?」
優さん、浴びるほどはお酒じゃないかな? まあ、いくらでも食べますけど。
私はまな板やフライパンを出しておいた。片栗粉の代わりにコーンスターチをまな板とお皿に振る。
「そろそろいいかなー。私が皮を作っていくんで、皆さんは包んでください」
「「「了解」」」
その時、ノックの音がしてネイサン先生が現れた。
「もう始まっているの? 僕も手伝うよ」
先生は腕まくりをすると、手をよく洗った。あら、腕も意外とたくましい。着痩せするタイプね。ゴリゴリに鍛えた感じはないけど、肘から手首までの筋がいいのよねー。
「ヴァイオレット、包むわよ」
いけない、ボーッと見惚れていたわ。恥ずかしーー!
「では、私の真似をしてくださいね。こうやって皮の真ん中にこのお肉をスプーンで乗せます。皮のフチに水を付けて、こうやって片面だけひだを作って下にくっつける。分かりました?」
優さんがいくつかお手本を見せた。上手いわねー。
オルコットさんはすでにコツを掴んだみたい。あなた、ラーメン屋でバイトが出来そうよ。この国にラーメン屋がないけど!
ネイサン先生は……
「っと、意外と難しいな」
なぜか小籠包みたいな真ん中にひだができた丸いやつが出来ていた。まあ、どんな形でも美味しいわよね。先生にも苦手な事があるのは新発見だったわ。なんでも魔法でホイホイやっちゃうのかと思ってたから。
「先生、料理は魔法でやらないんですか?」
「ん? あまりやらないんじゃないかな。火を点けたり水を出したり程度はやるだろうけど、基本的には手作業になるよね」
「そうなんですね。私なんて氷か微風しかないから、最初から選択肢になかったですもん。みんな魔法でやってるのかと思ってました」
「だったらこんなに苦労はしてないよ」
ネイサン先生は小籠包のような餃子を見せて、苦笑いした。魔法は凄いのに料理は不器用とか、ギャップに萌える。
森さんが麺棒で皮を伸ばし、みんなで餃子を黙々と包んでいった。なぜか静かだわ。集中していたのか、いつの間にかお皿の上に百個以上の餃子が出来上がっていた。わあ! 壮観!
「焼きは任せて!」
私はフライパンに多めに油を落とし、餃子のおしりで全体に塗りつけていった。キッチンペーパーなんて使いません。
「先にフライパンを温めたりしないのね」
「うん、冷たいうちに並べるの。火にかけるのはそれから」
並べたら火にかける。まずは中火かな。蓋をしてチリチリと音がし出したら、お湯を全体に回るように入れる。そのまま蓋をしてしばらく放置。
お湯が無くなってきたら、蓋をあけて水分を完全に飛ばす。ここで強火にして一気に焼き目をつける。焼けたかなーフライパンを揺すって底が剥がれたことを確認すると、大皿を被せてガバッとひっくり返す。
「「「おおー!」」」
前世の実家でも餃子を焼くのだけは私の仕事だったのよねー。餃子がくっつかないように皿に振ったコーンスターチのおかげで、きれいな羽付き餃子が出来たわ!
「さあ、焼き立てを食べましょう! タレはこれを付けてね」
私は持参したぽんずの果汁を瓶ごとドンと置いた。ネイサン先生とオルコットさんがマジマジと見つめる。
「これは……」
「うちの領地に自生している、『ぽんずの実』の果汁です」
「果汁なの? 茶色いけど」
「まあ、食べてみて」
「んん〜! すっごく美味しいわ」
「このパリパリの羽、最高ですね」
優さんと森さんがすでに食べていた。私も!
「ん〜これこれ。美味しい〜」
「本当だ! 初めて食べるけど、美味しいよ」
「うん、美味い。酒が飲みたくなるな」
「先生、ここ学校ですよ」
「そうだったな」
みんなで思わず笑ってしまった。私もビールがほしいけど、さすがに学生でお酒は無理よね。だけど、あれがあるわ。
「おにぎりも持ってきたの。よかったらどうぞ」
「わ〜いただきます。うん、ご飯美味しい」
あっという間に餃子が無くなってしまったので、何度かフライパンで焼くことになった。みんな箸がすす……違った。フォークが進んでいる。
「君たち、本当に凄いね。お店が開けそう」
「こんなのただの家庭料理よー」
「お店で出すレベルではないわ」
「慣れたら誰でも作れますよ?」
「こんな凄い料理、家で見たことないけど!?」
オルコットさんが変な声を上げた。そりゃそうか。前世の家庭料理だものね。
「でも、未来の王子妃だもんな。お店なんて無理な話か」
いえ、それは回避しますから妃にはなりませんけどね。曖昧に笑っておいた。
その時ノックの音が――
「なんの薬を作ってるの? やけにいい匂いがするんだが」
「「「学園長先生!」」」
「おや、君たちでしたか。ネイサン先生まで……てことは、薬ではありませんね?」
「学園長先生、こちらにお座りになって?」
「今焼き立てをお持ちしますわ」
「ささ、これがタレです」
学園長先生の口止めのため、餃子パーティーに巻き込むことにした。相変わらず、鼻が利くんだから!
焼き立ての餃子を食べた学園長先生は、『仕方ないですねぇ』と上手く丸め込まれてくれた。




