62 打ち上げ/王宮のお茶会
「はあ、だいぶ落ち着いたわね。今年も早めに閉めちゃう?」
「そうだな、おにぎりは全部売れたようだ。カレーの残りは打ち上げに回そうか」
「みんなもお腹が空いたでしょう? 今年は休憩時間も取れなかったものね」
クラス委員達が担任のキートン先生へ相談を持ちかけていると、お父様達が話に入っていった。
「先生、一日こちらで見させていただいた。ご協力感謝する」
「いいえ、こちらこそお米を提供してくださって感謝します」
「君達の働きにも感謝するよ。素晴らしいチームワークだった」
「そうだな。身分の隔たりもなく、みんなで協力していたのがよく分かったよ」
「うちの米をこんなに見事に炊けるなんて、感心したよ」
みんな、一緒に働いていたおじさん達がお偉い人だと思い出して、アワアワしだした。唯一しっかりしていたクラス委員が受け答えをする。
「私達、お役に立てましたでしょうか?」
「ああ、とても! おかげで美味しそうに食べている姿も見られたよ。あとは、テーブルに置いていた感想ノートも良かった。あれのおかげで、国民の生の声が聞けるよ」
「それはユージェニーさんが――」
そう、感想ノートを思い付いたのは優さんだ。前世のお店でも、時々アンケート用紙やノートを見かけたよね? あれを参考にして、各テーブルごとにノートとペンを置いていたのだ。
「そうだったのか。ユージェニー、助かったよ。他所で試食会をする時も活用させてもらおう」
「お役に立てたなら良かったですわ、お父様」
「あとはゆっくり休んでくれ。余分に持ってきた米はサンプルではなく、私からのお礼だ。遠慮なく食べてほしい」
「ファニング子爵、ありがとうございます。生徒達も喜びますわ」
「そうだ、ヴァイオレットから頼まれたと、先程執事が預けていったんだ。これも皆でどうぞ」
「まあ、すごい荷物。何なの? ヴァイオレットさん」
フッフッフッ、打ち上げ用に昨日準備しといたのよ。
「せっかく火が熾きているから、焼肉でもしようかと」
「焼肉ですって!?」
「お肉をタレに漬け込んでいたのよ。あとはカットした野菜ね」
「うそ、焼肉が食べられるなんて――」
優さんは焼肉というワードに食い付き、森さんはやたら感動している。
「でもタレってどうしたんですか?」
「めんつゆの果汁に、すり下ろしたニンニク、生姜、玉ねぎなんかを混ぜてみたの。それっぽいやつだけど、お肉の味付けにはいいかなって」
「美味しそう……」
「では、我々はこれで失礼する」
「王宮に戻って会議をしなくては」
「ええ、感想も確認したいですな」
三人のおじさん達は、颯爽と帰っていった。
「なになに? 今日はカレー以外もあるの?」
「肉って言ってたか。俺達の分もある?」
「ええたっぷりあるわ! ご飯が進むわよ。先に炊いとかなくちゃね」
「おし、任せろ!」
木炭ではないので、煤がつかないよう網を除けて鉄板でやることにした。みんなよっぽどお腹が空いていたらしく、どんどんお肉も野菜も乗せていってる。ありゃ、野菜炒めみたいになっちゃってるけど、まぁいっか。カレーライスもあるしね。
みんなウメーウメーとヤギのようになりながら、追加で炊いたご飯も、全ての肉と野菜、カレーライスも平らげてしまった。高校生の食欲って、前世も異世界も同じってことね。
売店のおばさまとキートン先生も、お茶を飲みながら目を細めて生徒達を見ていた。
◇◇◇◇
「ヴァイオレットさん、聞いたわ。また学園祭で一騒動あったんですって?」
今日は王子妃教育の日恒例、オリヴィア様とのお茶会。ハーディング次期公爵夫人であるソフィアお姉様も一緒よ。
「オリヴィア様までご存知なんですか?」
「ええ。夫からも聞いたし、侍女達も噂をしていたわ」
「侍女まで!?」
王宮って、どれだけ噂が早いのよ! 学園祭ってほんの一週間前よ?
「例の『真実の愛の裏側』を、聖フォーサイスまで買いに行った子がいたのよ」
「それでカフェテリアの騒動に出くわしたんですって。私もお父様から聞いてるわ」
そりゃそうか。だって本を売ってたのって、カフェテリアの隣のテラスだもの。丸見えだったわよね。ソフィアお姉さまも、騒動のど真ん中にいたグラント侯爵から聞いているなら、正しい内容が伝わっているはず。
「ええ、偶々父や小父様達がいてくださったから助かりましたけど、私達だけだったらまた誤解を受けていたかもしれませんわ」
「酷い話ね。婚約者を蔑ろにして、他の女子生徒にうつつを抜かすなんて」
「まるであの本みたいじゃない。これで『真実の愛』なんて言い出したら、こちらの思うツボね」
あの本のおかげで、『真実の愛』は女性の反感を買うキーワードになりつつある。たぶん、バーナード様はその事に気付いていないでしょうね。
「その女子生徒のことを『俺のフローラ』って言ったらしいわね。義弟はどこまでお馬鹿さんなのかしら」
わあ、セリフまで正確に伝わってる〜。
「ええ、確かにそう言われていました。私は良いのですけれど、フローラが気の毒でしたわ。暗い所が怖いと拒否したにも関わらず、無理矢理お化け屋敷に連れて行かれたんですもの。悲鳴を上げてガタガタと震えていました。むしろ彼女は被害者です」
「うちの妹の婚約者や騎士団長次男も一緒だったようね」
「ええ、一緒に学園祭を楽しもうと思ったと仰ってましたわ」
「婚約者は放ったらかしで、どの口でそんなことを!」
ソフィアお姉様が怒りでブルブル震えている。その空気を変えようと、話題を変える事にした。
「本の宣伝もだいぶしてくださったみたいで、ありがとうございます。学園祭にも沢山の人が買いに来てくれたんですよ」
「私は何もしていないわ。侍女頭に本を三冊渡しただけ、ね?」
オリヴィア様のお言葉に、壁際に控えていた侍女頭が頷き答える。
「私も侍女の休憩室とメイドの休憩室、それと女性事務官の更衣室に一冊ずつ置いただけです。あとは勝手に話題になっていきました。このローズという作家は誰なんだとか、どこに行けば手に入るのかとか」
「私も読ませていだきました。本当に面白かったですわ! 他の仲間も物語の婚約者に共感したと言っておりました」
隣にいた若い侍女も、仲間の反応を教えてくれた。共感してくれて嬉しい!
「学園祭に行った侍女が目撃したおかげで、第二王子殿下が平民の女子生徒にのめり込んでいると王宮でも噂になっております」
「もう知らない人はいませんわ。無理矢理お化け屋敷に連れ込もうとした所を目撃した人もいます」
「ヴァイオレット様には皆同情的です。悪く言う者はおりません」
「むしろ、そんな扱いをされても王子妃教育に励んでいる健気なご令嬢だと」
「あら、買いかぶり過ぎですよ」
だって、タダで習い事をしてオリヴィア様達とお茶をしているだけだもの。王子妃教育になにも辛い事はない。バーナード様の事も好きではないから、よそ見されても傷付いていないし。ただ絡まれるのがめんどくさいだけだわ。
「この事は陛下のお耳にも入っているそうよ。夫のレイモンド殿下から聞いたの」
「そうですか……」
お父様達が報告されたのかしら。ヘンリー小父様もそう言ってらしたものね。
「大丈夫よ。あなた達に悪いようにはならないわ」
「そうよ。ヴァイオレットちゃん達はそのまま普通にしてて。後は大人がなんとかするわ」
「ええ、いつもご心配をお掛けしてすみません」
「いいのよ」
陛下のお耳にも入っているのに、バーナード様達は特に謹慎など受けた様子はなく、いつも通り学園に通っている。陛下にも何かお考えがあるのかもしれないわね。
「ところで、ヴァイオレットさん。今年はカレーライスなるものを作ったんですって?」
「ええ、スパイスの効いたシチューみたいなものですね。炊いたお米にかけて食べるんです」
「とっても美味しいんですのよ。私も妹に作ってもらったことがあります。あのスパイシーさが癖になりますわ」
「まあ! ぜひ今度私にも――」
最後はカレーの話で盛り上がった。オリヴィア様も意外と食いしん坊?




