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1.



「年内で店を閉めるから」

 店長の突然の言葉にボクは唖然とした。




 大学進学を機に上京し、一人暮らしをすることになった。両親は地元の大学に進学をして欲しかったらしい。最初は反対していた両親もボクがどうしても東京の大学を受験したいのだと言うと、最後には諦めて聞き入れてくれた。聞き入れはしたものの、学費と上京先の住まいとなるアパートの家賃は出してやる代わりに、生活費や遊ぶ金は自分で何とかしろという条件付きだった。


 高校を卒業するとすぐに上京した。アルバイト先を探すためだ。遊ぶ金はともかく、生活費はなるべく早く稼いでおかなければならない。

 両親が借りてくれたアパートは大学まで電車で一駅の場所だった。ここなら歩いてでも通える。だから、交通費を節約できる。駅から徒歩10分圏内で立地条件は最高だった。ただ、築30年以上の木造アパート。入居に際しては最低限のリフォームが施されてはいたものの、その古さは否めない。とはいえ、家賃は両親が払ってくれるのだから贅沢は言えない。そして、6畳一間のこのアパートで大学を卒業するまでの4年間を過ごすことになるのだから。

 駅前の商店街を歩きながら求人の貼紙が出ている店を探した。ふと目に留まったのは個人経営らしき居酒屋だった。“南大屋”と看板に書かれている。ボクが通う大学と同じ店名だ。 まだ開店前の時間らしく、暖簾は出ていない。ボクがそっと店の中を覗いていると背後から肩に手を置かれた。驚いて振り返ると野球帽をかぶった色黒の男がそこに居た。

「アルバイト希望?」

 そう尋ねられて思わず「はい」と返事をしてしまった。

「今日から入れる?」

「えっ! 今日からですか?」

「今までバイトしていた子が昨日で辞めちゃったんだよ。一人でもできないことはないんだが何かと不便でね」

「ボク、こういうのって言うか、接客の仕事は経験ないですけど…」

「それでも猿よりはましだろう」

「猿って…」

「どうするんだ? やるのか? やらないの?」

「あ、や、やります」

「じゃあ、早速、中に入って」

 半ば強制的に店内に入れられると厨房のわきにある更衣室へ案内された。

「着替えはここを使ってくれ。そこのロッカーの中に店の法被が入っているからそれを羽織って」

 言われるままにロッカーの中にぶら下がっていた店のロゴが入ったTシャツに着替え、法被を羽織った。ちょっとサイズが小さいような気がしたけれど、他に見当たらなかったのでそのまま更衣室を出た。

 ホールに出ていくとテーブルのセッティングをするように言われ、取り敢えず、テーブルに上げられた椅子を下ろす。

「なんだ、ちゃんとできるじゃないか」

 それから、接客に必要なことをざっと説明されると、暖簾を出すように言われた。暖簾を出した途端に気の早い客が入って来た。

「い、いらっしゃいませ」

 客は常連客らしく、軽く手を挙げて応えるとカウンター席に腰を下ろした。ボクは慌てておしぼりを持って応対した。

「生」

「な、生一丁…」

 テレビで見たこういう場面を思い出して見様見真似で注文を伝えた。

「兄さん今日からか?」

「あ、はい…」

「頑張れよ。大将、こき使うから」

 そう言ってニヤッと笑った。

「いきなり脅かすなよ。また辞められたら困るから」

「なんだ、ずいぶん丸くなったじゃねぇか。(あや)に辞められたのがよほど堪えたみたいだな」

「女は難しい」

「そんなことだから、かみさんにも逃げられちまうんだよ」

「なんだよ裕二(ゆうじ)、お前には関係ないだろう」

 どうやら彼は裕二という名前らしい。店長とは周知の中のようだ。そんな会話を聞いているうちに4人のグループ客が入って来た。

「ほら、お客さんだよ」

「あ、はい。いらっしゃいませ。4名様ですか…」

 ボクが奥の4人用テーブル席を案内しようとすると、裕二さんが手前の席に座らせるように言ってきた。

「外からのぞいた時に見える場所に客が居ると他の客も入りやすいからな」

「そうなんですか?」

「そりゃそうだろう? 誰も入っていないような店に行きたいと思うか?」

「なるほど!」

 その後も裕二さんがいろいろと教えてくれた。おかげでアルバイト初日をなんとか乗り切ることが出来た。その後もボクが慣れるまで彼は毎日店に通って来ては積極の仕方を教えてくれた。


「そういや、名前も聞いてなかったな」

 店を閉めてから店長が聞いてきた。

「あっ…。中村と言います。中村(なかむら)(ひろし)です」

「じゃあ、ヒロシでいいな。で、家はどこだ?」

「この先の日向荘です」

「なんだ! 近くじゃないか。で、南大(なんだい)の学生か?」

「はい…。あ、4月からですけど」

「なるほど…」

 それからボクは南大に通うことになって、上京してきた経緯を話した。

「じゃあ、学校が始まるまでフル(フルタイム)で来られるな?」

「大丈夫だと思いますけど…。でも、まだ…」

 働くのはいいのだけれど、肝心の給料や休みについて聞いておきたかった。そう思ったところで店長が言った。

「フルで来られるなら、交通費がいらない分、日給一万、賄付き。定休日は月曜。どうだ?」

「はい。それでいいです」

「それと、頼みがあるんだがいいか?」

「えっ?」

「実はもう一人バイトが欲しいんだ。すぐでなくてもいいから、一人女の子を引っ張ってきてくれないか」

「女の子ですか? 上京したばかりでそんな知り合いなんて居ないですよ」

「だから、すぐでなくていいって言っただろう。南大なら、女の子もいっぱいいるだろう」

「そりゃそうかも知れませんけど、あまり期待しない方が…」

「大丈夫だよ。この店は南大の子が代々バイトしているから。南大生の間では名が知れている。俺も実は南大OBだ。ちなみに裕二のやつも俺と同期の南大OBだ。取り敢えず、腹減っただろう? 飯食って帰んな」




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