2
2.
どうやって誘えばいいのかまるで解らなかった。
南大屋の店長に頼まれた、アルバイトを引き受けてくれる女の子を探すと言っても顔見知りの子が居るわけでもないし、やみくもに声を掛けて変に思われはしないか…。そんなことを考えているうちに入学してから数週間が経ってしまった。店長からは店に顔を出すたびに成果を聞かれる。これまで何とか曖昧な返事で誤魔化してきたのだけれど、そろそろ誤魔化しきれそうにもない。そもそも、ボクにそんなことを頼んだこと自体が間違いだったのだ。バイトの時間が迫ってきても足が向かない。大学のカフェテラスでこのまま時間が止まってしまうことを祈った。
「ヒロシ!」
いきなり名前を呼ばれた。声の主はカフェの入口からボクの方へ向かってくる。そして、ボクの向かい側までやって来ると、ニヤッと笑って席に着いた。
「君、南大屋でバイトしているでしょう?」
「えっ? どうしてそれを…」
「あそこの噂は色々聞いているから」
「南大屋を知っているんですか?」
「知っているも何もついこの間までバイトしていたから…。と言うか、していたことになっているのよね」
「あ、あなたが彩さんですか?」
「あら、私のことは知っているのね」
頬杖をついた彼女に上目遣いで見つめられてボクは思わず目をそれしてしまった。彼女のその瞳に吸い込まれそうな気がしたから。
「名前だけは…」
「女の子のバイトを探しているんでしょう? いい子を紹介してあげようか?」
「えっ? 本当ですか?」
これは願ってもないことで、断る理由なんて何もない。ボクは即座に首を縦に振った。
「じゃあ、ついて来て」
「今からですか? ボク、そろそろ店に入らないと…」
「あら、じゃあ、ちょうどいいわ」
そう言って彼女はボクの手を引っ張って歩き出した。彼女はボクを駐輪場まで連れて来るとそこに停めてあった大型のバイクに跨ってスペアのヘルメットを放り投げた。
「乗って」
ボクが言われるままにバイクの後ろに跨るとそのままバイクを走らせた。
「どこへ行くんですか?」
「えっ? なんか言った?」
どうやらヘルメットとバイクの轟音のせいで彼女にはボクの言葉がよく聞こえないようだ。ボクは話し掛けるのを諦めた。
「いえ、なんでもないです…」
その声もバイクの轟音にかき消されてしまった。そして、ボクは振り落とされないようにしっかりと、ただ遠慮気味に彼女にしがみついた。
バイクが止まって、エンジン音が止む。
「降りて」
そこは南大屋の店先だった。確か、彼女は女の子のアルバイト紹介してくれるはずではなかったか。それがどこにも寄らずに、いきなり店の前までやって来た。
「あの…紹介してくれるアルバイトの子は…」
「ここに居るじゃない」
そう言って彼女はにっこり笑った。呆気にとられたボクを置き去りにして彼女はとっとと店に入って行った。ボクは急いで彼女の後を追って店に入った。彼女は厨房に立つ店長とカウンター越しに向き合っていた。店長は彼女を見て驚いた表情を浮かべている。
「どうしたんですか? 幽霊でも見ているような顔をして」
「何しに来たんだ? そうか! バイト代を取りに来たのか」
「なに言っているんですか? バイト代は月末払いでしょう」
「じゃあ、今日は何の用だ?」
「何のって、仕事をしに来たのに決まっているでしょう」
「ほー、彼氏に振られて暇になったのか?」
「彼氏なんて居ませんから」
「じゃあ、なんで…。デートが忙しいから来られないとかなんとか言っていたじゃないか」」
「デート? 忙しかったのはサークルのデータ集め。新年度に間に合うように頑張ったんですから。それに私、辞めるなんて一言も言ってませんから」
「あれっ? そうだっけ」
「そうですよ。データ集めが終わって新年度が始まったらまたお世話になるつもりだったのに、新しいバイトが入ったって親父から聞いて…」
そう言って彼女はボクの方を見た。親父から聞いたって、どういうことだろう…。そう言えば彩さんって、何となく裕二さんに似ているような…。
「あっ!」
「どうしたんだ、いきなり」
「なによ、急に」
思わず声を出したボクの方を二人が同時に振り向いた。
「彩さんのお父さんって、もしかして裕二さんですか?」
「なんだ、知らなかったのか?」
と、店長。
「ええ。店長からも裕二さんからも聞いていませんでしたから」
「そうだっけ?」
「ええ」
「まあいい。そういうわけで彩が復帰するなら、ヒロシには用が無くなったな」
「えっ! そんな…」
焦った。やっとこの仕事にも慣れてきたのに、また新しいアルバイトを探さなければならないのは結構きつい。うなだれているボクを見て彩さんが助け舟を出してくれた。
「二人雇えばいいんじゃないの? 今までもそうだったけど、私ひとりじゃ体がいくらあっても足りないんだもの。この店、けっこう儲かっているでしょ。アルバイトの二人くらい余裕で雇えるでしょう」
「いや、冗談だから。二人ともよろしく頼むよ。それと彩、言っておくがこの店は薄利多売でやっているんだ。そんなに儲かっちゃいないよ」
ボクはホッとして胸を撫でおろした。
「そうと決まったら、早く着替えてこい」
「はい」
ボクがそう返事をして更衣室に入ろうとすると、後ろから腕を掴まれた。
「レディーファーストだから。私が出てくるまで入って来ないでね」
そう言って彩さんは先に更衣室へ入って行った。
「あっ…」
「ちょっと考えないといけないな。元々そこは彩の部屋だったからな」
苦笑する店長。
「お待たせ」
彩さんが出て来た。
「もしかして、あんたずっとこれを着ていたの? なんだかちょっと臭いけど」
「えっ? だって店長が…」
気まずい表所で目をそむける店長。慌てて店の奥から新しいTシャツと法被を持って来た。
「ヒロシは今日からこっちを着てくれ」
「その新しいのを彩さんに着てもらった方が…」
「そっちだとサイズが合わないのよ。だから私はこれじゃなきゃダメなの。この際、ちょっとくらい臭いのは我慢するわ」
そう言って明るく笑う彩さんにドキッとしたボクは赤くなった顔を隠すように更衣室へ逃げ込んだ。




