不幸への印鑑
「……それは、驚きましたね」
その言葉通りにいくと、目の前の男が、自身のことを食い物にしたと称する友人の審査を行っていたということだ。
「ええ、驚きましたよ。自分でもね」
男は感慨深そうにそうつぶやきながら、どこか寂し気な笑みを浮かべながら私に向きかえった。
「……審査など、甘めにしてしまったんですか?」
私の失礼ともいえる問いに、男はゆるゆると首を振った。
「そんなことはしませんよ。仕事は仕事ですからねえ」
ふぅと一つため息をつきながら、男は喉にコーヒーを流し込んだ。
「書類などもきちんとした様式の物でしたし、何事も心配はいらないと考えていました。他の職員が起業する予定の場所や作業様式なども確認していましたし、大丈夫だとねえ」
きちんとした様式の書類と起業することが約束されている状況。更に会社の運営予定などもきっちり定まっているとならば、確かにそれは融資の対象になるのだろう。
「そして融資を行ったのです。自己資本の五倍……五千万をね」
その大きな額に私の目はさらに開かされた。
恐らくは限度額いっぱいなのだろう。そこまで起業の段階で貸すということはその友人に対する信用が格段にあるということである。
「それは……相当書類や計画がしっかりしていたんでしょうね」
私の言葉に男は大きくうなずいた。
「ええ。明確に目標が設定されていましたし、その上無理もないものでした。正直、私の友人がそこまでしっかりしたものを提出できるとは思ってませんでしたねえ」
まあ、今思えばその時点で疑うべきだったのでしょうけれど。などとそう次に言葉を漏らしながら、男の口は動き続ける。
「その後、当然のことながら返済期間が迫ってきたのです。しかしどうにも口座への振り込みはないし、返すために窓口に来る様子もありませんでした」
返済が迫っているにもかかわらず何も音沙汰がない。
なにがしかしの事情があるのならば弁明の一つでもするだろうし、取り立てがくるまでだんまりを決め込んでいる、というのはなかなか考え辛いだろう。
それが意味することはただの一つしか私には思い浮かばない。
私の顔色が変わったことを見て取ってか、男は物悲しそうにふっと笑った。
「……ええ、夜逃げされていました。私の貸した五百万ごとね」
どこか諦観すら感じさせるその表情から放たれた言葉は、私にとってはとても悲しい予定調和だった。
「制度融資というのは、そもそもが夜逃げというものに縁があるものです。倒産しかかっている企業からの申し込みもありますし、結果的に夜逃げになってしまう、なんてこともあります」
男は再びコーヒーを流し込む。苦い液体を咀嚼し、喉を無理やり滑り降ろさせる。
「しかしそれも一千万とかそれくらいのもの。五千万を丸ごともってみげられることなどそうはありませんでしたからねえ。大騒ぎでしたよ」
「それは結局、貴方の失態、ということに……?」
「ええ。お上様はお冠でしたねえ」
審査が不十分であった、それが故に逃げられてしまったという風にしか解釈できないため、確かに責はこの男ということなのだろう。
しかしそうなってくると。
「そうならば、ご友人の用意した書類は……」
「ええ。すべて偽造でしょうね」
公文書偽造。
なるほど、それは大罪だ。詐欺と言ってもいい行いだろう。
その上で私的な五百万も持ち逃げされているのであれば、窃盗も入るのだろうか。
友人に騙された挙句に社会的に立場も危うくなってしまう。確かにそれは災難なことであるとは思う。
しかし食い物というには些か……。
いぶかしむような私の視線に気づいたのか、再び男が口を開いた。
「その後ですね、私のもとに警察官が来たんですよ」
その言葉は全くの予想外の一撃であり、再び私の瞳孔を拡大させるには十分に過ぎた。
「そ、それは何故です……?」
男は遠い目で開けつつある雲の群れを見渡した。
大きく広がる青空。朝もやも晴れつつあるそこには太陽光を遮るものなど何もなく、充分ではあるけども微かな逆光が男の顔に陰を作った。
「公文書偽造罪。逮捕状にはそう書いてありましたね」




