非生産的会議
「……呑気なもんだな」
呆れと感心をミキサーにかけた瞳でこちらを見つめながら、友人は酒をあおる。
「肩の力を抜くことは大事だぞ?人生においてはさ」
空いた友人のグラスにリキュールを注ぎながらそう言うと、彼は割ものを注ぎながらやや渋い顔をした。
「そういうことを言う人間の大概は、肩の力を抜くことしか覚えてない気がするけどな」
友人はグラスの中にマドラーを差し込み、マドラーを縦に揺らすようにして中の液体を混ぜ始めた。
カラカラと乾いた音と、水の微かな揺れる音が、穏やかな空気の中にしみ込む。
橙色の照明が液体の中で乱反射し、和やかな色合いがグラスの中に鎮座していた。
友人の吐いたその言葉に、私はふむ、と少しだけ考えこんだ後、返した。
「……その手の輩は、全身の力がそもそも弱いから仕方ない」
その言葉は友人にとっては快刀乱麻だったようで、その口から笑い声が少しだけ漏れた。
「自重すら支えられないってか?」
「そういうことだ」
一通り笑った後、皮肉気味な笑みを浮かべた友人の言葉におとなしく頷くと、彼はその笑みを深くしながらグラスからマドラーを抜いた。
「いいね。そう思ったら腹立たしい奴らも、重力に逆らえない哀れな赤ん坊に思えるね」
未だ笑みを消せない友人の表情を見ると、彼の脳にもかなりの量のアルコールが浸透しているのだろう。
表情は緩み、声の調子はいつもよりもやや楽し気になっている。
私の脳もやや蕩けていていることは自覚しているため、私も恐らくは似たような表情になっていることだろう。
「そう。自力で高いものを取れないから、高いものに降りてきてもらうしかないのさ」
私はそう続けながら立ち上がり、ダーツの筐体へと近づく。
今度はクリケットを選択すると、筐体の画面にコインが映し出された。それはくるりくるりと回りながら踊り、最後には力尽きて裏を出した。
「迷惑なことだな」
それを見て友人は立ち上がりながらバレルを握り、スローラインから投げ始めた。
「全くだ」
私は友人の言葉に同意しながら、グラスを片手に放物線を描くその物体を目で追っていた。
先ほどよりも酔いのせいか、やや重心がぶれるように見えるその投げ方は、しかし程よく脱力できているのか20に吸い込まれるように矢を集めた。
20のトリプルに二本とシングル一本。それが友人の一投目だった。
「……努力は無意識でするものだと思ってるんだよ、俺はね」
友人が筐体からダーツを抜いたことを確認すると、今度は私が立ち上がった。
「へえ?珍しいな、人生哲学語るなんて」
「……酒のせいにでもしといてくれ」
その言葉を聞いた友人は面白そうに、酒に浮かされた表情の中に興味を追加した。
友人に言葉に少し意識してしまうと、なんとなく気恥ずかしくはなったが、私は一応真顔を維持したまま、スローラインに立ったまま矢と言葉を投げる。
「限界まで頑張って、疲れ切ればいいんだよ。一回な」
20のトリプル。電子音が響いた。
友人からの返答も茶々もなく、私は滔々と言葉を投げ続けた。
「そうすれば、その努力を見ていた中で、助けになってくれる人間は必ず出てくる。その腕の中で休めばいい」
再度同じ場所。グルーピングの音が響いた。
「自分の努力を認めてくれる人っていうのは、努力しないと生まれようがないからな」
同じ場所。金属音と情けない電子音が響いた。
「……問題は、それが正しい努力かどうか、か?」
友人は矢を回収しに行く私の背に向けて、そう言葉を発した。
「そうだ。長時間やればいい。そんな傾向は断じて違う」
その言葉に頷きながら、一本、また一本と矢をボードから外していく。
「そもそも時間を誇る、という時点で間違った努力なんだよ。肉体的努力なんてものは、本当に効率よくやれば二時間も体力は持たないし、精神的な努力であっても同じさ」
テーブルにまで戻ってくると、私は口を滑らかにするために、グラスを傾けた。
「時間なんて、経っているものだ。時計を眺めて、経過した時間を誇るのは断じて違う。その場合は働いたのはそいつではなく時計の針だ。そんな嫌々やることが結果につながるわけもない」
友人は静かに聞いていた。音を立てることもなく、ただ神妙にそこにいた。
「時を忘れて熱中して、その段階で疲れたのなら小休止すればいい。肩の力なんてその程度のものさ。そこにさえ至れない人間に、肩に力なんてそもそも入るはずがないんだよ」
そういうと、友人は少しだけ苦い顔をしながら口を開いた。
「……そうはいうがな、難しいぞ、そいつは」
「そう。難しいことだ」
私の即座の同意の言葉に驚いたのか、友人が少しだけ間抜けな顔をした。
それがおかしくて、私は少しだけ吹きだしながら言葉をつづけた。
「俺のさっきの言葉は理想論。そりゃそうだ。でなきゃ、努力できることそれそのものが一種の才能なんて言われるわけもない」
ただね、と私はそこで言葉を切って、続けた。
「……そういった理想すら理解せずに、自分が努力している、えらい人間だと思っている輩が思いのほか多いのも事実だ。そういう輩は知らないんだろうね。本当に頑張っている人間を」
ああ、今日の私は口が回る。本当によく回る。
悪い酒か、いい酒か。今の私には判断することができなかった。
どちらでもいいとすら感じていた。どうせ困るのは、明日の私だと。
私のその言葉に、友人は少しだけためらいがちに口を開いた。
「……お前の周りに、そんなに頑張っている人間がいるのか?」
「妹だよ」
質問が終わると同時に私の口は即座に動いた。
その言葉に対して、彼はどういう表情をすればいいのか、困惑していた。
それをみて、いつもの私ならば言葉をつづけるのをやめただろう。普段ならば適当な言葉でごまかして取り繕うだろうが、良くも悪くもその時の私は正直で素直だった。
躊躇う暇も余裕もなく、あっさりと思考の防波堤は決壊し、口から言葉という水が飛び出した。
「……本当の努力なんてね、言葉にできないんだよ」
その言葉を発しながら、苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべていることは自覚している。
それを察したのか、彼は私の表情を見ないように――あるいは見えないように――、バレルを握ってスローラインへと向かった。
電子音が、耳に響いた。
酔ってる時って、すごい口動くけど頭は働かないから、自分が何言ってるのかわからなくなりますよね
そんな感じ(適当)




