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1足す1の中身  作者: サンドリヨン
ある友人
21/30

機密漏洩

 喧騒がそこにはあった。

 小さな窓からは夜の帳がのぞき、室内はそれに沿えるように、ややうすぼんやりとした照明が天井から人々を照らしていた。

 後ろでビリヤードの球と球がぶつかり合い、はじけ飛ぶ音を聞きながら、私の視線は目の前の円形の物体と、私の指につままれ、その中心にいまにも食いつかんと試みるソフトダーツに注がれていた。


 セットアップした状態の肩と腕、そこから足へと、ボードへ向かう一直線のラインを意識したまま、ゆっくりとテイクバックをし、投げる。

 するりと心地よく抜ける矢は、そのバレルのカット部分だけ指の腹に食い込み、矢を前へ押し出す力を加速させる。


 やや重力に逆らうために上昇気味に放たれた矢は、しかしやはり大いなる自然には勝てず勝手に頭を垂れ、放物線を描いていく。

 その終着点はアウトブル。ストンと心地のいい音を立てて刺さった矢の代わりに、筐体がズドンという大きな電子音を鳴らし、ボードの上部に備え付けられた液晶の数字を「101」から「51」へと減らす。


 二本目をグリップし、再度投げる。

 同じフォームで、今度は違う場所へと。

 先ほどより右下に投げられた矢は、指の命令通りに17のトリプルへと突き刺さった。

 タン、と軽い音の後ピピピンとどこか陳腐な電子音が響き、それと同時に液晶の「51」の数字が「0」へと変わった。

 ふう、と軽く息をつくと、筐体の映像が、華やかな動物がビュンビュンと飛び回るよくわからないが派手な演出を映しており、同時に勝利をたたえる軽い歓声と短いジングルが聞こえた。


「……パーフェクトは勝てねえよ」

「運が良かっただけだよ」

 私がダーツボードに近づいて刺さったダーツを抜き取ると、近くの小さい丸テーブルで酒を飲んでいた友人が私に不満げな声をかけてきた。

 その友人とは、大人びてはいるけれどもまだ若々しさが残る男だった。

 普段来ているスーツとは違い、ワインレッドで色付けされた皮のジャケットを羽織り、見苦しくない程度にネックレスを胸に飾っていた。


 髪はまだ若い社会人の正装として黒髪で短く切りそろえられてはいるが、プライベートな時間ということもあってワックスでもつけているのか、少しだけ逆立っている。

 そんな友人は、その切れ長な瞳を更に細目に変えて、私に向かって批判したげな瞳を向けていた。

 その目を涼しい顔で無視し、テーブルの上に置かれていたグラスをもって口を濡らすと、友人も少しだけため息をつきながらグラスを傾けた。


 一ゲーム終わると緊張感が切れたのか、周りの喧騒がより一層増したような気がした。

 それでもハロウィンの渋谷のような、パーティー慣れしていない若者がはしゃいでるような無秩序な騒乱ではなく、どこか落ち着く騒がしさだった。


 空間に流れる穏やかなジャズがその雰囲気の背骨を成しており、思い思いの談笑がそれに淡泊な味付けをしていた。無言よりもすこしばかりは会話があった方が落ち着くときがあるが、それがその空間の全体的な雰囲気として生じていた。


「負け先って嫌だよな、無意味に劣等感感じるわ」

 呟くようにそういうと、友人は手元にあったダーツを手に取り、ボードから少し離れた位置に立った。

「そりゃそうだろう、ルール的に勝者の恩情なんだから。有難く有利を受け取れよ敗北者」

「黙ってろ勝ち組」

 私の揶揄じみた言葉は、ボードに向かって立ち、ブルに投げ入れるために冷静になりつつある友人にあっけなく跳ね返された。

 

 友人の腕は三度振られ、その腕から放たれた矢は三度中心へと吸い込まれ、金属同士がかち合うグルーピングの音が聞こえた。

 「701」の数字を「551」にまで減らした彼は、ボードから矢を抜き、ターンが終わったことを示すために、筐体にあるボタンを押し、こちらに帰ってきた。

「ナイスハット」

「ん」


 友人がスローラインの少し後ろに帰ってくると、私もダーツを握って立ち上がり、先ほどと同じフォームで三度投げた。

 結果、先ほどの友人の焼き写しのように、「551」が液晶に表示されていた。


 その後、二人ともボードと液晶の点数を見つめるだけになった。

 片方が投げ終えたら無言で順番を変え、もう片方が投げる。

 ひたすら続く筐体からの演出音と、矢がボードに刺さる心地いい音。

 集中力がボード上の中央一点に注がれ、会話も何もなく、それでも険悪はさなく程よい緊張感が体を満たしていた。


 このゲームの最後の一投は友人のものであり、16のトリプルへと矢が突き刺さって終わった。


「……流石にブレイクされるのはな」

 一ゲームが終わったことを確信して、友人が投げる前に小テーブルに座っていた私に対して、彼はそういいながらテーブルの向かいに座った。

「いい感じにハット多かったな」

「まあな」

 友人は矢をテーブルの上に矢を置き、グラスを持って喉へと液体を流し込んだ。

 銀色のタングステン製のバレルが、橙色の照明に輝いてグラスの底に移りこんだ。


「そういや、こうして飲むのは久々か」

 グラスを回し、中の液体を躍らせながら友人はつぶやく。

「それもそうか。一月か?」

「くらいだな」

 彼の言葉に頷きながら、私もグラスをあおる。

 強いアルコールが喉元を焼く。その熱を持ったまま液体が懐深くへと侵入し、脳内へと熱を伝播させていく。


 クラクラとするほどに中毒性のある物質が脳内を駆け巡り、背徳的な恋をしているかのように気分が蕩ける。

 これは大人の特権に違いないと、毒に浮かされた頭で考える。これを青年期に体験してしまったのなら、耽溺する相手を酒に間違えて、くだらない恋をするに違いないだろう。


「お互い忙しいものな」

「全くだ」

 わたしの発した言葉に友人は深く頷く。


「そういや、お前。いい物売りつけたんだって?」

「耳聡いな」

「まあな」

 この目の前の友人は、同じ会社の財務部に所属している。その活躍は優秀というほかなく、営業にまでその名前は聞こえている。


 人脈も広く、伝書鳩もかくや、という程にあちらこちらから情報を引っ張ってくる。時々真否すら不確かな噂も吹聴してくるが、その代わり、稀に「当たり」な情報を持ち込んでもくれる。


「運がよかったよ。経理の人間は喜んでただろう?」

「それはそれはな」

「なら良かった。尽力した結果があったよ」


 そう私が言いきると、はぁと友人は一つため息をついた。

「俺から振っといてなんだが……。酒の席でも仕事の話しが口から出るってのはな。陰鬱になるったらありゃしねえな」

「分かるは分かるが、責任ある立場なら仕方ないだろう」

「そりゃな、そりゃそうだけどなぁ……」

 もう一度大きいため息をつく。


 気持ちは理解できる。息抜きのためのプライベートの時間にまでオフィシャルを持ち込みたくない、というのは人間の感情としてはもっともだろう。

 が、一度責任あるものの立場になってしまうと面倒なもので、別の部署の責任あるものが二人集まれば、それはもう情報交換をする他ないのだ。


 それから逃げることも可能と言えば可能だが、せっかく集まったのだからしなければいけない、と社内に関する会話は、半ば義務感のように成り果てている。


「もうちょい浮いた話はないのか、浮いた話は」

「俺に振るな」

 少しばかりの苛立ちを解消するように彼は髪の毛をぐしぐしとかき混ぜたが、私はそれを軽く流し、酒を口に含んだ。

 とてつもなく大きな反撃が訪れるとも知らずに。


「ほお……。俺に振るな、ねえ?」

 ニヤニヤと、意地汚い出歯亀根性丸出しの瞳を目の前の友人は浮かべた。

 それにたいして私は不快な感情を隠すこと一切なく、やや鋭い目を彼に向けた。

「……何が言いたい」


 私のその言葉に彼はいかにも愉快そうに口角を上げた。

「いやね、上司との娘との関係を惚けるとはいい度胸だなぁと」

 その明らかに揶揄いが100パーセントで含まれた言葉が友人から吐き出された直後。

 唐突な意図していない方角からの奇襲に、私の精神は暴れ、口から酒を吐き出そうとしてしまった。


 なんとかこの部屋の中でマーライオンと化すことを防げたことだけは、私は自分を褒めたいと感じた。

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