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3-5

 ホームは朝からにぎやかだ。


シスターアナとモニカとレイチェルは、特別な日のごちそうを用意するのに大忙しだ。


ダイニングルームじゃ子供たちが飾りつけをしている。きれいな色の紙で飾りを作ったり、()んできた花を空きびんに()けたりとこっちも大忙しだ。


「アニー、その花はここに飾って」


「ジョイス、そっちを持ってくれ」


「ああ、カール! 取っちゃだめだよ。せっかくかざったのに」


子供たちの指揮をとっているのはオレとジョシュアだ。大騒ぎしながらも準備は着々と進んでる。


 今夜、バースディパーティを開くんだ。なんだかんだで延びのびになっていたため、5月6月合同ってことになった。


祝ってもらうのは3人。その中でもいちばん楽しみにしているのはジョシュアなのかもしれない。誕生日を祝ってもらうのは5年ぶりだと言っていた。



「ぼくね、おとなになったら”はなよめさん”になるの!」


 もうすぐ4歳になるニキが声をはずませた。パーティの席で“大きくなったらなにになりたいか”を発表することになっているんだが、待ちきれないらしい。


「男の子は”はなよめさん”にはなれないよ。そんなことも知らないの」


おませなアニーの言葉にニキはしょんぼりしてしまう。


「そんなこたぁないぞ。男だってがんばれば花嫁さんになれるかもしれないじゃないか」


「ほんと?」×2


 ニキが期待のまなざしで、アニーが疑いのまなざしでオレを見上げた。


「うっ」


そんな目で見るなよ。オレはただ、どんなことも可能性はゼロじゃないって言いたかっただけなんだ。



 ニキをがっかりさせたくないし、アニーにウソをつくこともできない。


いや、待てよ。別にウソってワケじゃないだろ。そんな決まりがあるでもなし。


「ああ、本当だとも」


オレが自信満々で答えるとニキは大喜びだ。


「わーい!! やった、やった!」


 だが、アニーはさげすむような目でオレを見てやがる。


「ニキに女になれっていうの?」


「女にならなくてもウエディングドレスくらい着れるだろ」


「・・・・・・そうだけど」


なんとか、ニキの夢とアニーの信頼、両方を守ることができた。オレはホッと胸をなで下ろす。



「ぼくはお医者さんになる。エルンストみたいな」


 今度は7歳になったばかりのケネスが堂々の宣言だ。


ベサラウイルスで苦しんでいた自分たちを、懸命(けんめい)に治療してくれたエルンストに心を打たれたのだろう。この言葉を聞けばエルンストの苦労も(むく)われる。


 もっとも来年のバースディパーティでも同じことを言うかどうかはわからないが。去年のパーティでは学校の先生になりたいと言っていた。


「じゃあね、わたしはね、ケーキ屋さん!」


「ぼくはフットボールの選手がいい」


「ぼくも! ケイヤクキンでホームを建てなおすんだ」


主役でない子供たちまで騒ぎだした。



 オレは自分の未来を夢に描いて瞳を輝かせている子供たちを見るのが好きだ。このときがいちばん生き生きとしている。だが、ひとつだけ気に入らないことがあった。


「オレみたいなかっこいい運送屋になりたいってヤツはひとりもいないのか?」


「だってもう、ジョシュアがなってるよ」


 最近、生意気(なまいき)になってきたジョイスが答えると、まわりの子供たちがいっせいにうなずいた。


「ジョシュアはオレを手伝ってるだけだ。あいつには別の夢があるんだよ」


同意を求めて相棒に視線を向けると、変わることのない表情でひと言。


「ないよ」


「はあああっっ?! ないってなんだよ。なんかあるだろ。よく考えてみろ!」



 ジョシュアはしばらく考えてからおもむろに口を開く。


「ない。」


「いいや、そんなはずはない。ひとつぐらいあるはずだ」


「ないってば」


「別になりたいものじゃなくてもいいんだぞ。こんな家に住んでみたいとか、こんな所に行ってみたいとかそんなんでもいいんだ」


「そんなのない」


「絶対にあるっ!!!」


 オレにはどうしても納得がいかない。本当はまだ10歳になったばかりのジョシュアにたったひとつの夢すらないなんて。


するとジョシュアは真っすぐにオレの目を見てこう言った。


「フィル・・・・・・ ぼく、大人になれるのかな?」



 オレはのどの奥になにか大きなかたまりがつっかえたようになって声が出なかった。


言ってやらないと。なにバカなこと言ってんだよ。なれるに決まってるだろと。

なのに・・・・・・声が出ない。


 ジョシュアには夢がないんじゃない。夢を持てないんだ。

自分には未来があると思っていないから・・・・・・


 子供たちはみんな明日がくることを疑うことなく今日を生きている。


だが、ジョシュアは明日を信じちゃいない。付きまとう死の影が明日をうばっているんだ。今だけを生きている人間に将来の夢なんか思い描けない。


 ジョシュアに明日を取り戻してやりたい。どんなささいなことでもかまわない。夢を持っていて欲しい。



「ようし、決めた。おまえの夢は雪を見ること。いいな!」


 オレの強引なセリフに最初に反応したのは子供たちだった。


「なんでフィルがジョシュアの夢をきめちゃうの」


「そうだよ、へんだよ」


「へんだよ、へんだよ!」


「ぜったい、へん!!」


子供たちがはやしたてる。


「うるせえっ!!!」


大人げなく大声をだすと子供たちは「きゃー!」と叫んで逃げて行った。


 オレだっていい加減なことを言ってるワケじゃない。ジョシュアが、女隊長に買ってもらったスノードームを宝物にしていることを知っていたからだ。


フォート・マリオッシュのメトシェラ祭で、スノードームの中に降り積もる雪に興味しんしんだった。


女隊長がホンモノの雪を見せてやると言っていたが、約束は果たされないまま離ればなれになっちまった。


こいつにふさわしい夢だろ?



「フィルぅ。どうしよう」


「あ。」


 気が付くと、飾り付けの途中だったダイニングルームはつむじ風が通り抜けたようなありさまになっていた。イスは転がり、テーブル上の花びんは倒れている。


「あ い つ ら ぁ !」


 肩をいからせて追いかけようとするがジョシュアにシャツのすそをつかまれて振り返る。


「ぼくの夢は雪を見ること。パーティでそう言う」


相変わらずの無表情な顔だがココアブラウンの瞳は輝いている。将来の夢を語っていた子供たちと同じように。


「ああ。そうしろ」


オレにはもう、子供たちを叱れそうにない。



 花びんの水でぬれたテーブルクロスを取り換え、もう一度食器を並べる。花びんは危険だってわかったから、摘んで来た花はブーケにして壁につるすことにした。


これでパーティ会場のセッティングは完了だ。


「ジョシュア、こっちの準備はできたってモニカに伝えてきてくれ」


相棒に声をかけるが返事がない。


「どうしたんだ?」


 一点を見つめその場で固まっているジョシュアがつぶやく。


「囲まれてる」


オレの身体を緊張が走り抜けた。



 まわりの子供たちに気付かれないように低い声でたずねる。


特殊能力者ヴァイオーサーか?」


ジョシュアは無言でうなずいた。


くそっ! なんだってこんなときに来やがるんだ!!


「人数は?」


「5人」


 こういうときのジョシュアは絶対に感情を表には出さない。


「おまえはここにいろ。オレが様子を見て来る」


「ヤダ。ぼくも行く」


今だけはこいつの“ヤダ”に振りまわされてはやれない。


「いいからここにいろ。絶対に外には出るな」


オレは急いで自分の部屋に行って、ベッドの下に隠しておいたトランクを引っ張り出した。



 ヴァイオーサー相手にコソコソしたって仕方ない。こっちの動きは全部わかっていやがるんだからな。まずは相手が誰で、なんの目的でここに来たのかを知る必要がある。

 

 正面玄関からで出いくとふたつの人影が近づいて来た。


ひとりはやわらかな空気をまとった女で、もうひとりは偉そうな口ひげを生やした男だった。濃紺の軍服を着ている。ミュウディアンだ。


ジョシュアは5人いると言っていた。あとの3人はその辺に隠れているんだな。


まさか! あいつの正体がバレたのか?! 

いや、それはない。もしそうだったとしたらたったの5人で来るはずがない。 

  

「君がジョシュア・ロイエリングかね?」


 口ひげが機械的な声できいてきた。


「オレの相棒は人見知りでね。初対面の人間には会いたがらないんだ」


動揺を悟られるな。できるだけゆっくり大きな声で話すんだ。いかにも余裕って感じで。


「あいつに用なら代りに聞いといてやるぜ」


口ひげが女の顔を見る。



「あなたの相棒は未登録のヴァイオーサーなのでしょう? わたしたちはマッカラーズ基地からジョシュア君を保護しに来たの。協力してもらえないかしら」


「保護する必要なんかない」


「ヴァイオーサー保護法で決められていることなのよ」


「けっ!」


 オレは鼻を鳴らした。


「ちまたじゃ、ヴァイオーサー奴隷化法(どれいかほう)って呼ばれてるぜ」


「奴隷化法は言いすぎね。それでもきちんとした手続きをへて施行(しこう)された法律だわ。ジョシュア君をこのまま放っておくことはできないの」


「力があるからって、なんで自由を奪われなくちゃならないんだ」


女は肩をすぼめた。ほら見ろ。答えられないじゃないか。



 口ひげが一歩前に出る。


「我々はこんな問答をするために来たわけではない。そこをどいてもらおう」


「イヤだね。これからパーティなんだ。主役がいなくちゃパーティははじまらない。帰れ」


帰れと言われて“はいそうですか”とすんなり言うことをきいてくれるとは思っちゃいない。


だが、ヴァイオーサーが一般市民に対して力を使うことは禁止されている。ミュウディアンも例外じゃない。それを上手く利用すれば追い返すこともできるはずだ。


 口ひげが腰のハンドガンを抜いた。こっちに銃口を向け、(まゆ)を寄せる。オレの手に()ってるものに気付いたようだ。


「起爆コード入力したてのほやほや、オッセイ爆弾だ。どうしてもあいつを連れて行くってのならこいつを使う」


さっき部屋から取って来た。使わずにすむならそうしたかったが仕方ない。


「君も無事ではすまないぞ」


動じない口ひげはおどしだと思っているんだろう。


「ああ、そうだな。だからどうした。死んでもここは通さないって言ってるんだ」


オレは本気だ。ジョシュアに明日を取り戻してやるって決めたばかりだからな。


 

 不思議とオレは冷静だった。恐怖もあせりも感じない。


向き合ったまま動けないオレとミュウディアンふたり・・・・・・

女は困った顔で、口ひげは険しい顔でオレをにらんでる。


 木の枝にとまってのん気に歌っていた鳥たちが、不意に激しい羽音をたてて飛び立った。見上げると木の葉の影にいた少女と目が合った。


おびえた目の少女が、引きつった声を吐き出すと同時に手の中のボリュックが放たれる。


ボリュックはエナルギーを圧縮してボール状にしたもので、ピンポン玉ぐらいでも威力いりょくは充分だ。


エネルギーのかたまりが一直線に向かって来る! オレを目がけて!!


くそっ! よけたらホームに当たっちまうじゃねえか。

中には子供たちがいるんだぞ!!


 右腕に雷が落ちたような衝撃(しょうげき)を受けて、目の前が真っ暗になる―――

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