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シールドは常に全力で展開しているわけではない。1の力の攻撃に対し10の力でシールドを展開しても、無駄に生体エネルギーを消費するだけだ。
相手の攻撃力を見極めて、必要以上のバースを消費しないようにシールドの強度を調節しながら展開しているのだ。
戦闘訓練を受けた特殊能力者は、それが無意識のうちにできてしまう。
首領の攻撃はそうしたヴァイオーサーの習慣を利用した巧妙なものだった。
無数のつぶての中にひとつだけ威力を高めたものを紛れ込ませることで、相手に気付かれないようにするという念の入れようだ。
ましてやこの至近距離では気付いても防ぐ間はない。
魔法の手を行使中のセイラガムは首領に向かって伸ばした右手をぐっと握りしめた。すると、首領の身体はぐしゃりとひしゃげ、赤い液体を飛び散らせて動かなくなった。
奇妙な叫び声を残して死んだ首領を見つめるミュウディアンたちは、ゴクリとつばを飲み込んだ。あんな死に方はしたくないものだ。
セイラガムが握りしめた手を開くと、しぼりかすになった首領の身体は自らの血でできた池に落ちた。
血だまりはもうひとつ。セイラガムの足元にもできていた。首筋からはまだ血が噴き出している。
ふいに身体がふわりと浮くような感覚にとらわれたセイラガムは床にひざを着いた。全身の力が抜けていくようだ。
「早く止血した方がいいわ」
リアンクール少佐がその場から動かずに警告した。のろのろと上げた黒い顔には衰弱の色が見て取れる。
「今からそちらに行くけれど攻撃しないでね。私たちにあなたと戦う意志はないわ」
少佐はヘットガー中尉に動かないよう合図を送り一歩前に踏み出す。セイラガムが敵意を見せないことを確認してから慎重に接近した。
「傷を見せてちょうだい」
勢いよく吹き出す血は簡単に止められそうにはない。
「傷口を焼いて止血しましょう。ここに座って」
セイラガムは高速艇の残骸に背中をあずけて腰を下ろした。
「首に手を当てるわよ」
声をかけてから行動にうつすのはできるだけ刺激しないようにするためだ。
「いい? 焼くわよ」
少佐の手の平に高温の熱が生まれ“ジュッ”という皮膚の焼ける音がする。
「ぐっ!!」
セイラガムは奥歯を噛みしめて悲鳴を飲み込み激痛に耐えた。途切れそうになる意識を必死に繋つなぎ止める。
気を失ってしまったら元の姿に戻ってしまう。ミュウディアンの目の前で正体をさらす訳にはいかない。
乱れた呼吸を整える間、セイラガムはリアンクール少佐を観察していた。
柔らかな雰囲気をまとう彼女はとてもミュウディアンには見えないが、全身からあふれるバースが彼女の能力の高さを物語っている。油断はできない。
(きれいなひとだな。ファラムリッドさんとはちがう感じだけど・・・・・・)
同じ年頃の女性を見ると必ずファラムリッドを思い出すのだ。比べてしまうのも無理はない。
「そんなに見つめられると恥ずかしいのだけれど」
少佐の言葉にうつむくセイラガムはただのうぶな男にしか見えない。
「少佐、水です」
ヘットガー中尉が投げてよこした水筒のふたを開けセイラガムに手渡す。黒ずくめの男は一気に飲み干そうとしてむせってしまう。
激しく咳込んで目に涙を浮かべている様はまるで小さな子供のようだ。
リアンクール少佐は正直なところ戸惑っていた。
目の前の黒づくめの男が本物のクリュフォウ・ギガロックであることは間違いない。だが、彼女がイメージしていたものとはあまりにもかけ離れている。
本人を前にしていると死神のイメージからどんどん遠ざかっていくようだ。
端正な顔立ちをしており、ばらけた長い黒髪が妖艶な美しさをかもし出している。確かに黒ずくめの姿はいかにも禍々しいが、中身まで真っ黒とは思えない。
咳が収まったセイラガムはよろよろと立ち上がった。ふと思い出したように少佐を振り返る。
「どうして。助けてくれたんですか?」
黒ずくめがはじめて口を開いた。
「あなたが人質を救出してくれたからよ」
少佐の言葉をセイラガムは否定しない。やはり、とうなずき合うミュウディアンたち。
「自分がクリュフォウ・ギガロックだったとしても?」
「セイラガムはたった今、あなたが倒した」
少佐はいたずらっぽく笑った。
「私たちの任務は海賊討伐なの。それ以外の命令は受けていない」
セイラガムはリアンクール少佐を見て、ヘットガー中尉を見て、それからおもむろに口を開く。
「ありがとう」
思いがけない言葉にミュウディアンたちは少なからず衝撃を受けた。死神だ、悪魔だとののしられる男の口からでた言葉とは思えなかった。
少佐はもっと彼と話をしてみたい衝動にかられたがすでにセイラガムの姿はなかった。
「ヘットガー中尉、私たちクリュフォウ・ギガロックにお礼を言われちゃったわね」
「精神解放を使ったのですか」
「いいえ、使わなかったわ。彼は感情が高ぶっているようには見えなかったから必要ないと思ったの」
「確かに。まったく感情を見せませんでしたね」
リアンクール少佐はふと思い出してつぶやく。
「そう言えば彼から甘い香りがしていたわ」
「これじゃないでしょうか」
ヘットガー中尉は床に落ちていたリボンを拾って少佐に手渡した。
ちぎれたリボンには装飾文字で“ママン・マニ”とプリントされている。チョコレート菓子で有名なパティスリーの名前だ。
「ギガロックとチョコレートねぇ」
「つながりませんね」
「いいえ。そんなこともないかもしれないわ」
少佐はセイラガムがチョコレートをほおばる姿を想像して微笑んだ。案外似合っているような気がする。実際に言葉を交わした今だから言えることだった。
セイラガムになったルシオンの状況を知りたいオレはテレビの前に貼り付いていた。隠密里に行動しているあいつの名が出ることはない。
だが、海賊とミュウディアン部隊の動向は逐一報道される。そこからあいつの状況を推測することはできる。
今、テレビのスタジオじゃ大論争の真っ最中だ。
人質救出の詳細がわかってくると、208人の人質をテレポートさせたのは誰かという話題で盛り上がっていた。
今回投入されている18人のミュウディアンが力を合わせたとしても、到底不可能だとはっきりしている。だとすると誰が、という流れになった。
クリュフォウ・ギガロックを名乗っていた海賊の首領はニセモノらしいという情報が伝わってくると、人質を救出した方がホンモノなんじゃないかと言うヤツが現れた。
特殊能力研究の第一人者って肩書のそいつは、208人もの人間を一度にテレポートさせることができる者は他には考えられないと主張した。
ところが、第一人者は他のコメンテーターたちからいっせい攻撃を浴びるハメになった。
セイラガムがアビュースタ人を救ったりするはずがないと言うんだ。大量破壊兵器に人命救助などありえないからあれはセイラガムじゃないだと。
どういう理屈だよ!
「ふん。会ったこともないくせに。勝手なことぬかしやがる」
オレは鼻を鳴らした。
あいつを心なんか持たない大量破壊兵器と言い切るコメンテーターには心底腹が立つ。
そのセイラガムが、フォート・マリオッシュを消滅の危機から守り、アリアーガの子供たちを殺人ウイルスから救ったんだと大声で叫びたい。それができないのが悔しい。
確かに、敵とみなした相手には容赦ない死神ではあるが。
セイラガムが人質を救出したという事実は、うやむやの内に闇に葬り去られてしまうのだろう。本人はそんなこと、気にもかけやしないが。
客船に乗り込んでいたミュディアンたちが帰投しはじめていると、アナウンサーが繰り返してる。終わったんだ。あいつもじきに戻って来るはずだ。
「ホットチョコレートでも作っといてやるか」
思いついてキッチンに行くと水音が聞こえる。ミニキッチンのとなりはシャワールームになっているのだ。
「帰ってたのか」
オレはほっと息を吐き出して肩の力が抜けるのを感じた。なんだ。緊張してたのか。
水音を聞きながらホットチョコレートとコーヒーをいれて戻った。
ところが、コーヒーを飲み干してもまだシャワールームから出て来ない。
せっかくのホットチョコレートが冷めちまう。様子を見てみるか。
シャワールームのドアを開けると、シャワーの水は床に座り込んだルシオンの身体を打っていた。あわてて水を止めると寝息が聞こえる。
なんだ。眠ってやがるのか。いつでもどこでも寝れるからって、シャワーの最中に寝るなよな。
狭いシャワールームの中には軍服やらブーツやらが無造作に脱ぎ捨ててある。
なんだコレ!
心臓がドクンとはねた。黒い服から赤い水がにじみ出ていたのだ。一気に血の気が引いて行く。
「ケガをしてるのか!!」
あせる気持ちを抑えながらルシオンの身体を調べたがこれといった傷は見つからなかった。首筋の火傷以外は。
軍服にしみこんでいたのは返り血なんだろうか。それにしちゃ顔色が悪い。やっぱりなにかあったんだ。
問い詰めたいところだが今は休ませるべきだ。元々病み上がりで体調はよくなかった。とりあえずベッドまで運んでやるか。
こいつ、こんなに軽かったっけ。
ヨッコラショと抱きかかえて予想外の軽さにドキリとした。こんなにも細っこくて小さな身体に、どれだけの重荷を背負わされているのかと思うと胸が痛んだ。
せめてそばで支えていてやりたい。
そんなことをごく自然に思う自分に溜息をつく。
「金にならないことはやらない主義だったのにな」
でも。ま、いいか。
オレの腕の中で眠ってるルシオンの無防備な寝顔を見ていると、そんな気分にもなるってもんだ。




