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豪華客船ドゥルシラ号のホールでは、床に座らされた人々が息をひそめていた。人質になっているのは200人あまり。誰もが疲弊し切っている。
人質のひとりがそっと目を上げた。
自動小銃と手榴弾で武装した海賊が等間隔で人質を取り囲んでいる。監視役の12人はもう5日間もこの状態だ。さすがに注意力を欠いている。
もしかすると反撃のチャンスがあるかもしれない。軍隊経験のある人質の男は思った。
だが、視線の先に流血の跡をとらえてすっかり気勢をそがれてしまう。
昨日のことだ。ギガロックを名乗る海賊の首領は、こともあろうに人質の中で最も幼い子供とその母親をいけにえの羊に選んだのだった。
人の命を奪うことを何とも思わない海賊は、逆らう者にためらうことなく引き金を引くだろう。
犠牲は自分ひとりではすまない。反撃は考えてはいけないことだ。
人質の男が視線を戻そうとしたとき―――黒い影がよぎった。
ホールにある3か所の出入口の前にはバリケードが築かれている。内から開けてやらない限り、誰も入れないはずの場所に突如現れた黒づくめの男。
その姿を視界にとらえた海賊は言いようのない恐怖に襲われた。反射的に自動小銃を向けたもののトリガーは引けなかった。
そのままの姿勢で固まったように動けなくなっていたのだ。海賊だけではない。人質も驚きの表情のまま固まっている。
一時停止
本物のギガロックがホール内の人々の時間を止めたのである。
他の海賊に気付かれる前に、200人あまりの人質全員を安全な場所に移動させなくてはならない。
と言っても時間を止められた人々は自分で逃げることはできない。動かない人々を他の誰かが運ばなくてはならないということだ。
人質の止まった時間が再び動き出した。気が付くと、青い空の下、船の甲板の上にいる。周囲に海賊の姿はない。
「ここはどこだ?」
「いつの間にこんな所に来たんだろう」
「海賊はどこへ行ったの?」
事態を把握できない人々は混乱していた。
騒ぎを聞きつけて集まってきたのは兵士たちだ。船は人質救出の拠点になっているアビュースタの軍艦だった。
人質には何がどうなっているのかわからないが助かったことは理解できた。恐怖から解放された人々は抱き合い涙を流して喜び合った。
甲板の隅でそんな様子をながめている軍人がふたり。ミュウディアンのリアンクール少佐と副官のヘットガー中尉だ。
「これは瞬間移動、でいいのよね?」
リアンクール少佐が確認するように尋ねるとヘットガー中尉はあごに拳を当てる。
「そうとしか考えられません」
少佐は考えながら言葉を紡ぐ。
「あれだけの人数を一度にテレポートさせるなんて聞いたこともないわ。特殊能力者が何人必要だと思う?」
「最低でも70人でしょうか」
「中尉はそんなに大勢の気配を感じた?」
「いいえ」
「・・・・・・・・・」
ふたりは顔を見合わせる。
「どういうことかしら?」
リアンクール少佐とヘットガー中尉がブリーフィングルームに戻ってみると、騒然としていた。集まったミュウディアンたちは興奮している。
この中に劇的な人質救出に関わった者はいないと判明したところだった。
では、一体誰が200人からの人質を救ったのだろう。謎は深まるばかりだが今は考え込んでいる場合ではない。
人質全員の無事が確認された。これで、遠慮なく海賊を討伐できる。また人質を取られても面倒だ。間を置かずに攻撃を仕かけるべきだ。
ゴーサインが出ると、2、3人ずつのチームを編成したミュウディアンはドゥルシラ号に突入した。
豪華客船の中は戦場と化した。海賊の中にも幾人かのヴァイオーサーが混ざっているためミュウディアンも油断できない。
リアンクール少佐とヘットガー中尉も客船の中を突き進む。
だが、他のチームとは様子が異なっていた。ほとんど戦うことなく海賊たちを武装解除させていったのである。
それはリアンクール少佐の持つ一風変わった特殊能力によるものであった。
精神解放
相手の緊張や不安を取り除きリラックスした精神状態にするという能力である。セラピストになったらよさそうなヴァイオスだが、意外なことに戦いの場でも有効であった。
興奮し冷静さを失っている者の熱を冷まし闘争心をくじくことができるのだ。殺し合うことなく敵に戦いを放棄させることができれば誰も傷つかない。
これほど平和的で無駄のない戦い方はない。
こうして無傷の捕虜を得たリアンクール少佐は、他のどのチームより速く首領の居所を突き止めた。だが、たどり着いた時には船長室はもぬけのからだった。
「そんなはずは・・・・・・ ボスは船長室にいるって言ったんだ」
困惑した様子の捕虜は嘘をついているようには見えない。
少佐は部屋の隅に置かれた巨大な金庫に目を留めた。
ヘットガー中尉が扉に手をかけるとすんなり開いた。鍵は外れている。
「どうやら、あなたたちは見捨てられたようね」
少佐の言葉に捕虜はがっくりと膝を付いた。金庫の中は空だったのだ。
「格納庫に案内して。ドゥルシラ号には緊急時のための高速艇が積んであるのよね。あなたもこのままじゃ気がすまないでしょう?」
失意の捕虜の目に怒りが浮かび上がる。充分な報酬を約束した首領の言葉を信じて今まで付いてきた。ところが、その首領は金を持って自分だけ逃げようとしている。
(裏切りなんか許すか!)
少佐の予想通り海賊の首領は格納庫に向かっていた。
今なら、仲間のヴァイオーサーがミュウディアンの相手をしている今なら、脱出できる。高速艇に乗り込むことさえできれば逃げおおせる自信はあった。
ところが、格納庫にたどり着いてみると、頼みの綱の高速艇は原型を残さないまでに破壊されていた。
「くそっ! ふざけたマネしやがって!! どこのどいつだ!」
怒り心頭の首領は足元に落ちていた船の破片をけりとばす。
宙を舞った破片が床に落ちて大きな音をたてた。思いがけない大音量に目を向けた首領の全身が強ばる。視線の先に黒い人影があった。
闇が動いたのかと思った。全身黒づくめの男がこちらに向かって歩いて来る。
束ねた黒髪が背中に流れ落ち、一房の前髪が顔の上にたれさがっている。黒い肌に埋めこまれた瞳も黒曜石の黒だ。
顔立ちは恐ろしいほどよく整っており、それがかえって畏怖の念をかきたてる。
軍服もブーツもグローブも、身に着けているものすべてが真っ黒だ。
(―――ホンモノだ)
自分が偽者だと知っている首領は目の前の黒ずくめこそが、本物のクリュフォウ・ギガロックであるとすぐに気が付いた。
圧倒的な威圧感をまとって近づいてくる本物に気圧され、一歩、二歩と後ずさる。
このまま逃げ出したい衝動にかられるが、セイラガムに背を向けて生きていられるはずもない。
それでも、ほんの少しこの場に足止めできれば、あるいは逃げられるかもしれない。
首領はごくりとつばを飲み込んで床をけった。宙高く舞い上がり無数のエネルギーのつぶてを放つ。
セイラガムは頭上から降って来る光のつぶてをシールドで防ぎ、首領に向けて伸ばした手でものをつかむような仕草をした。
すると、首領の身体は空中で停止したまま動かなくなる。
まるで見えない大きな手につかまれてしまったかのようだった。セイラガムが手を振るとその動きに合わせて首領の身体も振りまわされ床にたたきつけられる。
「がはっ!!」
全身を強打した首領がうめき声をあげた。
セイラガムが使ったのは魔法の手。
自分の手の動きに連動して目には見えない巨大な手を操るもので、片手を軽く動かすだけで相手に大きなダメージを与えることができる。
今のセイラガムにはうってつけのヴァイオスだ。派手な戦闘でミュウディアンに気付かれる事態は避けたい。
ただし、見えない手を出現させ操るにはかなりの集中力を要する。ましてや病み上がりのセイラガムは体力がなくひどく疲れやすい。
そのため周囲を充分に警戒することを難しくしていた。
(だれかいる!)
背後に人の気配を感じた時にはすでに、すぐ近くにまで接近を許していた。
驚いたセイラガムが振り返ると濃紺の軍服に身を包んだ男女が立っていた。柔らかな雰囲気をまとった若い女と口ひげの男だ。
マジックハンドを行使中とはいえ、こんなに近付くまでまったく気配を察知できなかった。このふたりが強力なミュウディアンであることの証だ。
「危ない!」
リアンクール少佐が叫んだ。
セイラガムは首領に向き直りながら自分の身体をシールドで包み込む。
マジックハンドで宙に浮いたままの首領は、セイラガムがミュウディアンに気を取られているすきに腕一本の自由を取り戻していた。
放たれた無数のつぶてがセイラガムを襲う。光のつぶてはシールド壁にぶつかって消滅する、、はずだった。
ところが、つぶての中のひとつだけが、シールドを突き破ってセイラガムの安全圏に侵入して来た。
つぶてはセイラガムに首筋をかすめ、黒髪を束ねていたリボンを引きちぎった。
拘束を解かれた長い黒髪がふわりと宙に広がると同時に、皮膚を切り裂かれた首筋から鮮血が噴き出す。
セイラガムは床のリボンに視線を落とした。フィヨドルが結んでくれたものなのに。
「へっ、油断したな」
セイラガムと呼ばれる男に傷を負わせた首領は、宙に浮いたままホンモノを見下ろしている。引きつった笑みを浮かべて。




