3-2
作戦開始のときを待つニュースを横目に、オレたちはオレたちで海賊討伐のための準備をすすめていた。
体力が落ちているルシオンのために、とにかく栄養のあるモノをと買い込んだ食料がテーブルの上いっぱいに広げてある。
が、甘いもの好きのルシオンが口へと運んでいるのは、チョコやらビスケットやらの菓子ばっかりだ。
「こらっ! 少しは身になるものも食えって言ってるだろ」
怒鳴るとマシュマロに向かって伸ばしていた手を引っ込め、改めてサンドイッチを手に取った。
「ほら、これも飲め」
湯気のたつミルクで満たしたカップを手渡す。
「ホットチョコレートの方がいい」とわがままを言うかと思ったが、息を吹きかけてミルクを冷ましながら上目づかいにオレの顔色をうかがってやがる。
今はオレに逆らう気はないらしい。利口なやつだ。
オレが機嫌を損ねたら“帰る”と言い出すとわかっているんだな。それでなくてもオレは今すぐにでも帰りたくてうずうずしていた。
ミュウディアンが10人以上もいるんだから、なにも病み上がりのルシオンが出ていく必要はない。そもそもセイラガムを名乗っている海賊はニセモノだ。10人もいらない。
「人質となっている方々の安否が気づかわれる中、ミュウディアン部隊の準備は着々と進められているものと思われます。
ここからでは艦艇内の様子をうかがい知ることはできませんが・・・・・・」
テレビのレポーターが立入禁止海域の近くに停泊した船の上から緊迫した状況を伝えている。
今現在の様子と勘違いしちまいそうだがこれは録画中継だ。タイムラグがあることを頭に置いとく必要がある。
「ええ、客船を乗っ取った海賊からコンタクトがあった模様です」
唐突に映像がスタジオに切り替わった。なにか動きがあったらしい。
「ここに一本のキャプラがあります」
カメラはアナウンサーに近づいて手元を大きく映し出しす。確かにキャプラを持ってる。音や映像を記録しておくモノだ。それがどうしたって?
「このキャプラを持って来た人物は、豪華客船ドゥルシラ号の乗客で海賊に託されたものであると言っていました。
添えられていた手紙には、クリュフォウ・ギガロックのサインがあるのことを確認しています」
マジかよ。
振り返ると、カップをくちびるに当てたままのルシオンもテレビに見入っている。
「手紙にはこのキャプラをテレビで放送するようにと書かれています。
1時間以内に放送しなければ人質を殺害するといった記述もあり、我々は人命尊重の観点から、不本意ながら、海賊の要求に応じることにしました」
散々前置きしてじらしてから、問題のキャプラが再生される。どうやら映像が記録されているらしい。オレたちは息をつめてテレビを見つめる。
カーペット敷きの床に座り込んでうなだれている人々が映し出される。人質だ。
カメラは人質の間を通って進む。ステージが見えて来た。床より一段高くなっているその場所には3人いる。
ステージの真ん中に立つ黒ずくめの男。たぶんこいつがニセギガロックだ。その足元に座る若い女は小さな子供を抱いている。
男が手にしたハンドガンをもて遊びながら、カメラに向かって大物ぶった態度で口を開く。
「オレはクリュフォウ・ギガロック。セイラガムと呼ばれる男だ」
よくまあ、そんな大それたウソがつけたもんだ。本人に会ったこともないくせに。あきれるやら、腹が立つやら。けど、最終的にはかわいそうなヤツになるんだ。
「いいか。これはミュウディアン諸君への警告だ。おまえたちは心して聞くべきだ。
軽率なミュウディアンの行動で我が同志が命を落した。その代償は支払われなければならない」
それだけ言うと銃口を女に向けた。恐怖に顔を引きつらせた女は子供をひざから下ろして後ろに追いやる。自分の身体を盾にして守ろうと言うのか。
女はくちびるを震わせながらも黒ずくめの男を見上げにらみつける。
その時、母親の脇からひょっこり顔を出したのは、状況が理解できていない子供の無邪気な好奇心だったのだろう。
だが、好奇心が満たされることはなかった。ひたいに銃弾を受けて短い一生を終えることになってしまったからだ。
子供の身体にすがりついて泣き叫ぶ母親の背中にも銃弾が浴びせられた。声もなくくず折れてステージに血だまりができる。
足元に重なる死体を一瞥した男は得意げに顔を上げた。
無抵抗の女子供を殺してなにがうれしいんだ!
煮えたぎる怒りで一気に熱くなる。
「今後も我が同志が命を失うようなことになれば、その付けは人質の命で払ってもらうことになる。ミュウディアン諸君にはこのことを肝に銘じておいてもらおう。
ひとり殺せばふたり、ふたり殺せば4人、4人殺せば8人の善良な乗客の命が失われることになる」
てめえはそれ以上汚い口を開くんじゃねえ!!
オレの怒りは爆発寸前だ。
こんなえげつねえ映像を放送させたのはミュウディアンをけん制するためだ。
ニセモノのギガロックに十数人ものミュウディアンの相手ができるワケがねえ。一気に攻め込まれたら終わりだ。
だから、自分たちはためらいなく人質を手にかけられるんだぞと必死のアピールだ。
こいつはたいしたことない。オレは確信したね。
だが、ギガロックがホンモノだと思っているミュウディアンはそうもいかない。これでますます動きにくくなったはずだ。
「フィルぅ」
「なんだ」
「あいつ、許せない」
ルシオンの表情は変わらない。だが、その声は明らかに怒りを含んでいる。めずらしいこともあったもんだ。赤の他人の生き死ににはなんの関心も示さないヤツが。
もしかすると、殺された母子の姿にレイチェルと子供の頃の自分を重ねていたのか。
「ああ、そうだな」
オレの腹の中も煮えくり返っているんだ。残忍で身勝手な海賊をいつまでも放ってはおけない。
ミュウディアンが攻めあぐねれば犠牲者が増えることになる。様子をうかがっている場合じゃなくなった。
ルシオンは残っていたミルクを一気に飲み干して、口元を手の甲でぬぐった。らしくない乱暴な仕草だ。
「ぼく、行くよ」
すっくと立ち上がって、脱いだ服をイスにかけテーブルから少し離れる。細い身体を白い光が包んで次第に輝きを増していく。オレはまぶしさにかざした手のすき間からルシオンの変身を見ていた。
銀色の髪の根元が変色し毛先に向かって黒く染まっていく。白い肌は薄いグレーのベールを一枚一枚重ねていくように次第に色が濃くなる。
青緑の瞳は黒いインクを垂らしたみたいに黒い色が広がっていく。同時にぐんぐん背が伸びて身体が大きくなっていく。
やがて光が薄れ完全に消え去ったとき、そこに立っているのは天使のような少年じゃない。
用意しておいた軍服を身につけ、ロングブーツに足を入れ、グローブをはめて、黒ずくめの死神、クリュフォウ・ギガロックの出来上がりだ。
世界でただひとりセイラガムの称号を持つ特殊能力者。
その正体がまだ10歳になったばかりの少年、ルシオン・フレイ・アスターシャであることを知っているのはほんの一握りの人間だけだ。
オレが知る限り、アビュースタにはたったの8人しかいない。
ギガロックのこの姿は、10歳の身体を十数年分成長させて、あとは何もかも黒く塗りつぶしただけだ。それでも、このふたりが同一人物であると気付くヤツはひとりもいない。
今のところ、この便利な特殊能力を使えるのはルシオンだけらしい。
メタモルフォーゼが知られていないこともあり、顔が似ていてもルシオンとギガロックを結びつけて考えることを難しくしているんだろう。
「ちょっとそこに座れ」
のっぽのオレと変わらない身長になったルシオンをイスに座らせ、異常に長い黒髪を束ねてチョコレート菓子の箱に結んであったリボンで縛りあげる。
戦闘のジャマにならないようにするためだ。
「病み上がりなんだ。無茶はするなよ。海賊はともかくミュウディアンとはなるべく戦うな」
「ん。わかった」
しゃべり方はルシオンだが声は大人のものだ。なんだか奇妙な感じだぜ。
「ちゃっちゃと片付けて帰るぞ。高速艇のレンタル料は高いんだ。延滞料金はおまえに払ってもらうからな」
「ぼく、お金持ってない」
そう言われてオレは、相棒がコツコツ貯めてきた金は全部マルティに贈ったことを思い出した。
「そうだったな。じゃあ付けといてやる」
「フィルのドケチ」
「グチってるヒマがあったらさっさと行って来い」
「はーい」
素直に返事しながら、テーブルの菓子の山からチョコレートボンボンをひとつ摘み上げて口に放り込む。
緊張感のないヤツだ。オレがこんなに心配してるってのに。
「はやく行けつってんだろ!」
けり飛ばすふりをするがその時にはもう、黒ずくめの姿はなかった。
どうか 無事に帰って来ますように