1.プロローグ~目覚め~
ザザァ……と、心地よい風が木々の葉を揺らす音がした。
遠くからチュンチュンと小鳥の楽しげなさえずりが聞こえ、肌を撫でる空気は驚くほど澄んでいる。
(……んー、涼しいな。俺昨日窓開けて寝たっけ……?)
そう思いながら薄目を開け横を見てみると、目の前には綺麗な瑞々しい緑をした葉っぱが、まるで挨拶をするかのようにサワサワと風に揺られていた。
(……俺の家の外にこんな木生えてたか?)
不思議に思い反対側にも視界をやると、先程と同じように葉っぱがサワサワと揺られている。その光景にまだ夢でも見ているのかと思い今度は真正面を向くと、そこにも葉っぱが揺らめいている。
(……もしかして外?でも何で……。しかも何か視界が……)
何故か外に居ること気付き、一気に頭が覚醒する。しかもそれ以上に先程から感じていた違和感を確かめるように、今度はしっかり周りを見回すとやはりと確信を得る。
(やっぱり視界がずっと逆さまなんだ。でも何で……。ん!?)
視界が逆転している事を不審に思いつつ無意識に足元に目をやると、そこには見知った人間の足ではなく、真っ黒で艶やかな細い足が生えており、さらにその先には鋭く尖った爪が木の枝にガッチリと食い込んでいた。
(これって……、多分コウモリの足?だよな?……やっぱりまだ夢でも見てるのか、俺……)
まだ夢の中に居ると思い、咄嗟に頬でもつねって目を覚まそうと持ち上げた腕は当然といえば当然だが、艶やかな黒の鋭い鉤爪がついたコウモリの羽だった。
そのコウモリの羽を見た瞬間、そりゃそうだよなと思い乾いた笑いを零しながらどうしようかと途方に暮れてしばし固まる。
(そもそも何で俺はこんな所に?……そういえば俺は今まで何を……)
そう思いここに至るまでの事を思い出そうと、頭の中を探ろうとしたその時。
——ぽつ、ぽつ……
鼻先に一滴の水が落ちてきたと思うと、その水滴は勢いを増しすぐにザーっという音と共に本降りの雨になった。
(ヤバいヤバい、考え事してる場合じゃねぇ!急いで雨宿りしないと)
そう思い足をパッと枝から離すと、その瞬間当たり前のように自然落下の原則に従いコウモリの身体は勢いよく下に向かっていく。
(何で夢なのにこんな所でリアルなんだよ!くそ、コウモリなら飛べるだろ!)
落下していく身体に焦りながらも必死に羽をバタつかせると、落ちていくスピードは徐々に減速していく。しかし雨に邪魔される上、当然飛んだ事もない為なかなか上手くは飛べない。それでも何とか前進すると、目の前に洞窟が現れた。
(助かった!コウモリなら洞窟は住処だろうしちょうどいいや。とりあえず雨宿りさせてもらおう)
そう思いつつフラつきながらも何とか洞窟の中まで辿り着くと、そのまま地面にへたり込む。
(ふう、ようやく一息ついた。それにしてもリアルな夢だよな。雨の感触もこの地面の感触も、現実と遜色ない……。まさかここは現実って事か?……いや、ないない。俺はさっきまで人間だったんだぞ?なのにいきなりコウモリなんて……)
そこまで考えて、改めてこれまでの自分を思い出そうとしたが、全然思い出せない事に気付く。いや、正しくは断片的には思い出せるが、繋がった1本の記憶としては思い出せず、しかも何だか他人の記憶を見ているような感覚に陥る。
(……これってまさか、記憶喪失、っていうやつか?そんなバカな……)
そう否定したい気持ちに駆られ必死に思い出そうとするが、やっぱり断片的な記憶しか出てこず、自分の家族はおろか名前すら出て来ない。男は突然自分が何者か分からなくなり、不安感に襲われ始めた。
——ぐぎゅるるぅ……
その時急にお腹の音が鳴り響き、その音に驚き思考をハッと止めた後、こんな状況でも関係なく空くお腹に無性に可笑しくなる。そして一旦外に視線を向けた後、今度は洞窟の奥に視線を向ける。
(とりあえず悩んでても仕方ないよな。外はまだ雨は止まないみたいだし、奥にでも行ってみるか)
男はそう決意すると、よし、と言わんばかりに一度大きく頷くと立ち上がり、そこでハタと動きを止める。
(……コウモリってどうやって飛ぶんだ?)




