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漆黒の咎喰い  作者: 捨て石


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第22話:『漆黒の咎喰い』

 第22話:『漆黒の咎喰い』

 閃光と衝撃が収まりかけたその時、白磁の王座が大きく揺らいだ。衝突の余波で幾重もの衝撃波が同心円状に広がり、王座の間を粉砕していく。

「……見事だ。だが、過ちだ」

 ヘメラの右胸の装甲から、眩い亀裂が幾条も奔った。完璧だった仮面が剥がれ落ちるように、その表情に不気味なまでの冷酷さと無感情な諦念が宿る。

「私の理を打ち破ったところで、世界に遺されるのは暴走した魔力の残骸と死のみ。不完全な命が世界を汚すというのなら……一度全てを無へと還し、一からやり直すまで」

 ヘメラが自らの細剣を、傷ついた右胸の結節点へと深々と突き立てた。

 瞬く間に、背後に聳え立つ『魔力循環炉』が異様な高熱を帯び、天を衝く巨大な光柱へと変貌する。下層から汲み上げられ、王座に蓄積されてきた途方のない密度の魔力が、一気に制御を失って逆流を始めた。

「な……循環炉のオーバーヒート……!? 世界中の魔力ラインが逆流して、世界そのものが内側から爆破される……ッ!」

 床に倒れ伏したルカが、血を吐きながら絶望の叫びを上げる。

「それだけじゃない……魔力と一緒に流れ込んでくるのは、長年、下層の人々から掠め取り、死へ追いやった者たちの絶望と怨念だ……! 世界に充満する搾取の悪意……ヘメラが積み重ねてきた『咎(とが)』の濁流が、世界を呑み込もうとしている……!」

 ヘメラは崩落する白磁のただ中に立ち、静かに目を閉じる。

「世界のリセットだ。我が生命と循環炉を薪とし、この不完全な地平を焼き尽くす。愚者どもよ、自らの無知を抱いて滅びるが良い」

 天地が激しく鳴動し、最上層の白磁の天井が爆音とともに破片となって崩れ落ちた。

 眼下に広がる雲海が赤黒く染まり、膨れ上がった過剰魔力と「咎」の濁流が、世界全域を焼き尽くそうと津波のように押し寄せる。天から降り注ぐ熱線と呪詛。逃げ場など、この世界のどこにも存在しない。

「誰が……やらせるかッ!!」

 その絶対の死の濁流の真っ只中へ、一人の剣士が強く踏み出した。

 ヒルデ。

 彼女の左腕から、バチバチと空間を物理的に削り取るような異様な黒い力線が広がっていく。包帯の失われた左腕——そこに刻まれた黒い鱗が剥がれ落ち、皮膚の下から露出したのは、光すら届かぬ無の虚空、万物を呑み込む『黒孔(ブラックホール)』だった。黒い空隙が周囲の光と熱を歪ませて吸い込んでいく。

「ヒルデ! だめだ、やめろ!!」

 ルカが血の混じった涙を流しながら叫ぶ。

「そんな密度の魔力と、世界中の『咎』を直接吸い込んだら……君の精神も肉体も跡形もなく崩壊する!!」

「私が引き受けないで、誰が引き受ける!!」

 ヒルデの魂の叫びが、崩壊する王宮に響き渡った。

「下層の奴らが流した涙も、奪われた命も、この世界が目を背けてきたすべての『咎』……私が全部喰らい尽くすッ!!」

 ヒルデは左腕を天へと掲げ、空を覆い尽くす赤黒い濁流へ向けて開いた。

「——来いッ!!」

 その瞬間、世界の中心で完全に「音」が消えた。

 左腕の黒孔が爆発的に拡大し、天地を揺るがしていた暴走魔力と、世界を焼き尽くすはずだった「咎」の濁流が、巨大な渦を描いてヒルデの左腕へと収束していく。

「ぐぁ……あぁぁぁぁぁッ!!!」

 ヒルデの全身の皮膚が次々と裂け、紫黒の血が激しく吹き出す。

 頭の中に直接、数百年分の人々の叫び、悲痛な呻き、死に際の怨念が濁流のように叩きつけられる。脳が直接焼き切れるような激痛。右足の骨が軋み、激痛に耐えかねて膝が床へつきかける。

 だが——ヒルデは倒れない。

 ガゼルが命を賭して護り抜いた背中がある。ルカが絶望の中で手繰り寄せた希望がある。

「倒れてたまるか……ッ! 綺麗事の楽園が捨て去った泥を食って、私はここまで来たんだ……ッ!!」

 歯を喰いしばり、血を撒き散らしながら踏み止まる。

 世界の過ちも、罪も、怨念も、すべてを我が身の猛毒として呑み込み、泥臭い力へと変えていく。黒孔は荒れ狂う循環炉の全魔力と「咎」を最後の一滴まで残さず貪り喰らい、やがてその過剰なエネルギーは、ヒルデの掲げる大剣の刃に『漆黒の炎』となって宿った。

 暴走していた光柱が綺麗に消滅し、世界に深い静寂が戻る。

「……馬鹿な……世界のすべての歪みと『咎』を……ただ一人の人間の身で……喰らい尽くしたというのか……!?」

 全ての力を失い、王座の破片とともに膝をついたヘメラが、震える声で戦慄を漏らした。その神聖な白銀の衣は破れ、絶対者としての光彩は完全に失われている。

 ヘメラの背後の循環炉は、エネルギーを完全に奪われて沈黙し、ただの巨大な鉄くずへと成り果てていた。

「お前は綺麗事だけで世界を導こうとした。都合の悪いものを下に押し付けて……だがな、世界ってのはその泥の中で生きてる奴らの命で回ってんだよ」

 漆黒の炎を滾らせた大剣を抱え、ヒルデはヘメラの眼前まで一歩、一歩と重い足音を響かせて歩み寄る。

「独善の正義は、ここで終わりだ。魔王ヘメラ」

「……あ」

 一閃。

『漆黒の咎喰い』となったヒルデの振るった刃が、絶対者ヘメラの偽りの神性を、その王座ごと真っ二つに切り裂いた。


(第23話へ続く)

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