第21話:『白光と黒炎の破滅戦』
第21話:『白光と黒炎の破滅戦』
「破滅へ至る愚者どもに、世界の理の裁定を」
ヘメラが白銀の細剣をゆったりと掲げた瞬間、空間そのものが巨人の掌で押し潰されたかのような凄まじい衝撃が駆け抜けた。
王座の間を満たしたのは、視界を真っ白に染め上げる光の波濤。熱量や物理衝撃などという生ぬるい次元ではない。世界そのものが「不純物の排除」を牙を剥いて命じているかのような、不可避にして圧倒的な絶対法則の質量。
「ぐ、あああああああッ!?」
前衛へ躍り出たガゼルが、大盾ごと一瞬で弾き飛ばされた。白磁の床を力任せに削り取り、火花と悲鳴を撒き散らしながら数十メートル滑落する。激しい吐血とともに、割れた甲冑の隙間から激流のような血が吹き出した。
「ガゼル!!」
「寄るなルカッ!!」
膝を折り、血を吐き戻しながらも、ガゼルは大盾のグリップに両腕を鎖で強引に巻きつけた。白光がもたらす極毒の魔力放射が、大盾を通じてガゼルの肉を焼き削ぎ、骨を内側から苛んでいく。ジュウジュウと肉の焦げる嫌な臭いが空間に充満する。
「ただの攻撃じゃねぇ……っ! 世界そのものが……俺たちを『存在しちゃいけないゴミ』として押し潰そうとしてやがる……ッ!」
ヘメラは王座の前から一歩も動いていない。ただ細剣の先を突きつけているだけで、空間の密度が跳ね上がり、呼吸をするだけで一行の気道と皮膚が内側から弾け裂けて血が吹き出す。もはや立つことすら許さない神威の重圧。
ルカの眼球は、過剰な魔法演算の負荷によって毛細血管が破裂し、真っ赤に血走っていた。
(駄目だ……解析が、視界が追いつかない……! 幾重にも張り巡らされた概念結界、循環炉から無制限に汲み上げられる膨大な魔力……隙がない……どこにも『穴』が見当たらない……!)
ルカの精神が恐怖と無力感で白く塗り潰されかける。震える指先は冷え切り、魔導銃の引き金にかかった指から感覚が消えていく。このままでは全員、指一つ触れられずに圧死する。
「ルカ!! 絶望してる暇があるなら前を見ろッ!!」
ガゼルの腹からの咆哮が、破砕音を突き破って響いた。残された全身の筋繊維を次々と断裂させながら、血みどろの巨躯が泥臭く立ち上がる。両足の骨が悲鳴を上げ、皮膚が裂けて血の煙が舞う。
「俺の肉体が削れ尽きるのが先か……お前が不純物を見つけるのが先かだッ! 拾えルカ! 俺が命を燃やして作る『一瞬』を……拾えぇぇッ!!」
「うぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!! 倒れてたまるかぁぁぁッ!!」
己の生命力、全不屈の肉体を泥臭い闘気へと昇華させ、ガゼルは大盾を白磁の床へ深々と叩きつけた。
白光の奔流がガゼルを丸ごと呑み込む。金属が惨めに拉げ、甲冑が粉々に砕け散り、肉が削げて骨が露出していく。凄まじい痛打。それでもガゼルは、後ろにいる二人をただ護るためだけに、仁王立ちのまま肉体の崩壊と激痛に耐え続けた。両足が床の結晶を割り、深々と沈み込んでいく。
ガゼルの命を削る執念の仁王立ちが、ヘメラの放つ完璧な絶対領域に、目に見えぬ微小な「不協和音」を生じさせた。
「ガゼル……っ!!」
ルカは涙と血で霞む目を、血を流しながら刮目した。ガゼルが死力で白光を受け止めたことで、循環炉からヘメラへと注がれる膨大な魔力ラインに、一瞬だけわずかな「滞留」が発生する。
(そこだ……! 完璧な循環なんかじゃない! 下層から絞り尽くした無数の人々の『怨嗟』と『痛み』が、濾過しきれずにヘメラの右胸の結節点へ滞留している……!)
ルカは限界を超えて破裂しそうな魔力経路を強引に駆動させ、脳が焼き切れるほどの負荷に耐えながら、残された全魔力を一発の精霊弾へ注ぎ込んだ。魔導銃の砲身が灼熱で跳ね上がる。
「頼む……当たれぇぇッ!!」
パンッ!!
爆門音とともに放たれた穿孔弾が、ヘメラの右胸の装甲——目に見えぬ「不純物」が溜まっていた唯一の破綻点を寸分違わず撃ち抜いた。
「なに……!?」
パキィンッ! と高潔だった白光の防護障壁に、明確な蜘蛛の巣状の亀裂が走り抜ける。完璧だった世界の法則に、明確な穴が穿たれた。
「……よく繋いだ」
ガゼルが限界を迎え、大盾とともに床へ膝をつく。ルカも激しい吐血とともにその場に崩れ落ちる。
仲間が命と引き換えに抉り開けた、針の穴ほどの決定的隙間。
そこへ躍り出たのは、全身の皮膚から紫黒の血を撒き散らしながらも、瞳に極限の黒炎を宿した不屈の剣士だった。
左腕の包帯は完全に爆砕し、露わになった黒い鱗が凶悪なまでの光沢を放つ。極毒の魔力放射も、不純物の怨嗟も、いまのヒルデにとっては己を研ぎ澄ます猛毒の薪に過ぎない。黒い鱗が空気を吸うたびに、周囲の毒素を巻き込んで黒炎を激しく燃え上がらせる。
「忌むべき呪いの子が……!」
ヘメラの眼光が冷酷に冴え渡り、細剣から凝縮された極大の白光の刃がヒルデの頸椎へ向けて直線状に放たれる。
避ければ、後ろで倒れる二人が一瞬で蒸発する。
「させない……ッ!」
ヒルデは大剣の腹でその白光を正面から強引に受け止めた。腕の骨が軋み、肉が裂ける激痛。脚の筋肉が断裂しそうになりながらも、骨を砕く衝撃を受け流し、一歩、また一歩と泥臭くヘメラの懐へと強行突破する。
「呪いだろうがなんだろうが関係ない……! お前が踏みつけにしてきた無数の痛みを、今ここで叩き返す!」
左腕の黒炎が爆発的に大剣の刃全体へと伝い、空間を焼き焦がしながら滾り立つ。黒炎は大剣を飲み込み、巨大な悪意の刃へと姿を変えた。
ヒルデは渾身の力で大剣を振り抜いた。
紫黒の閃光と、絶対の白光が、爆音とともに空間を歪ませながら真っ二つに衝突する。
(第22話へ続く)




