18 愛しい者
最終話です。
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――2年後――
今朝、俺とオリーヴの間に第一子が誕生した。俺によく似た男児だ。
「オリーヴ、ありがとう」
「ルイゾン様……」
初めての出産を終えたばかりのオリーヴは、青白い顔をしてグッタリと寝台に横たわっている。
「オリーヴ。大丈夫か?」
子供が産まれたことは、もちろん嬉しいのだが、何よりも俺はオリーヴの身体が心配だった。
出産は命懸けの大仕事だ。今もお産で命を落とす女性は少なくはない。
オリーヴは酷く憔悴しているように見える。医者は「初産にしては時間もかかっておりませんし、奥様の御身体に特に問題はございません」と言うが、本当に大丈夫なのか?
俺は不安で堪らず、寝台の横に張り付いて、ずっとオリーヴの手を握っていた。
するとオリーヴが、
「ルイゾン様。私は大丈夫ですから、赤ちゃんを抱いてあげて下さいませ」
と、言う。
「え? ああ、そうだな」
恐る恐る赤子を抱く俺。
うっわぁぁぁ~!? ナニコレ? ナニコレ? ナニコレ~?!
軽い軽い軽い怖い怖い怖い――軽過ぎて小さ過ぎて壊れそうだ!?
「こんなに小っちゃくて、ちゃんと生きていけるのか!?」
思わず、医者にそんな質問をしてしまった。我ながらバカっぽいな、俺!
「勿論でございます。それに、御子様は決して小さくはございません。新生児の標準より、少し大きくていらっしゃいますよ」
医者は、にこやかにそう言った。
「えーっ!? こんなに小さいのに!?」
俺は自分の腕の中の赤子をもう一度、マジマジと見た。
やっぱり、スゴクちっさいぞ!!
「ルイゾン様ったら。驚き過ぎですわよ。ふふふ」
オリーヴに笑われた。でも、笑う元気があるんだな。良かった。
その後、オリーヴは順調に回復し、赤子もちゃんと生きている。
俺の心配は杞憂だったようだ。心底、ホッとした。
産後一週間が経ち、オリーヴが床上げをすると、彼女の両親と妹夫婦が出産祝いの品を携えて我が家を訪れた。
伯爵も夫人も初孫を抱いて感激の面持ちだ。
コラリー嬢――いや、違うな。半年前に婿を取って人妻になったのだから、もう ”嬢” ではない。コラリー ”夫人” も甥っ子を抱いて「可愛い、可愛い」と、はしゃぐ。ちなみに彼女の夫は、あのモーリスである。俺の悪い予感が当たり、腹黒眼鏡モーリスがベルモン伯爵家に婿入りしたのだ。
伯爵夫妻とコラリー夫人は、赤子を奪い合うように代わる代わる抱いては、
「目がルイゾン様にそっくりだわ」
「口元はオリーヴ似ね」
「お、アクビをしたぞ。可愛いな」
などと、盛り上がっている。
そうしているうちに、ついにはモーリスまでが、
「抱っこしてみたい」
と、言い出したではないか。
「いや、お前はダメだ」
俺がそう言うと、
「ルイゾン! 何だよ! 何でダメなんだよ!?」
と、モーリスが俺を睨む。相変わらず目付きの悪いヤツだな。
「だって、お前、落としそうだし。昔から不器用だからな」
「いやいやいや。何だよ、ソレ!? いくら何でも赤子を落とす訳ないだろ?!」
「信用ならん!」
「ヒドい!!」
俺とモーリスのやり取りを聞きながら、オリーヴとコラリー夫人が可笑しそうにコロコロと笑う。伯爵夫妻は呆れ顔だ。
モーリスが余りにもしつこく頼むので、優しい俺は可愛い我が子を少しだけ抱かせてやることにした。
「いいか。気を付けろよ。落としたら殺すぞ!」
俺の言葉にモーリスが眉を顰める。
「分かってるよ。けど『殺す』とか、出産祝いに来た人間に言っちゃダメな台詞だからな!」
「他の人に言う訳ないだろ。お前だけだ」
「そんなオンリーワン、欲しくない!」
俺は不本意ながら赤子をモーリスに渡す。
「そ~っと。そ~っとだぞ。気を付けろよ!」
「分かってるって!」
「もっと脇を締めろ!!」
「何の訓練だよ!?」
俺とオリーヴの子はスゴイな。
モーリスが、腕の中の赤子に蕩けそうな笑みを向けているのだ。あの腹黒眼鏡に、あんな顔をさせるとは――さすが俺とオリーヴの愛の証! 天使! 妖精かも知れん!!
その後、俺は頭が禿げ上がりそうになるほど悩みながら赤子の名を考えた。
「オリーヴ! 赤子の名を決めたぞー!!」
「ルイゾン様。大声を出さないで下さいませ。今、寝たところですのよ」
「あー、スマン、スマン」
俺はスヤスヤと眠る我が子の顔を覗き込む。
俺の考えた名前、気に入ってくれるかな?
「早く一緒に遊ぼうな。な、” ルイージ ”」
愛称はもちろん「ルイルイ」である。
終わり
最後までお付き合い頂き、ありがとうございました。




