7話:加速する歯車
「鉄鉱石……この博物館で誰が土産に買うのだろうか……」
石田が誤魔化すように土産ショップに行ってしまったので、俺もショップに向かったのだが、どうやらエレベーターの方が早かったようで、石田よりも先に着いてしまった。
石田は何かに気づいて戸惑っていたようだが、それを聞くのも野暮なので無理に聞こうとは思わない。ただ一人で行動して問題を起こさないかが不安ではある。
立花に確認すればどこにいるか直ぐに分かるが、折角なので一人でお土産を物色する事にした。
春川にでも何か買ってやろう。変わり種として、この拳の半分くらいの大きさの鉄鉱石でもいいかもしれない。博物館の展示内容と一ミリも被らないが。
そうやってお土産を買ったり見て回ったりしていたが、一向に石田は店に来ない。いくら階段とはいえ時間がかかり過ぎだ。
不信に思い立花に確認を入れようかと考えた頃に、逆に立花から連絡があった。
『どうも考輝さん、ユッキーです』
ディスプレイに映るユッキーはいつもの軽薄な口調と笑顔は変わらないが、妙に口数が少ない。こういう時は大抵厄介な事が起きている時だ。
「どうした? 何か厄介事か?」
『えっと……しおりさんが中学生男子に痴女行為をして、警備室に連れていかれました』
「何やっているの、あいつ」
『キターーーーー!!!』
『ちょ、お姉さん、急に抱き着いてどうしたの!? どこか変な所打ったの!?』
『大和くん、鼻の下伸びてる! じゃなくて、佐藤さんに連絡するね!』
「――とういった経緯で私の所に連絡あり、石田さんには警備室に来て貰いました」
立花からの連絡の後、慌てて警備室に向かうと、テーブルに石田が顔を真っ青にさせて座っていた。流石に自分のやった事のマズさは分かっているのか、ガタガタと小刻みに震えている。
状況の確認をするために、俺は石田の隣に座り、警備員は俺の前に座る。しかし石田は喋れそうになかったので、代わりに警備員から話を聞いたのだが、結局は原作のキャラに会った事で暴走したようだ。二階堂大和と言えば、主人公だったはずだ。俺や立花の時よりも暴走したのだろう。
「すみません、連れがご迷惑をおかけしまして……それで二階堂君はどこですか? 出来れば直接彼にも謝りたいのですが」
警備員に謝罪をして、警備室を見渡す。二階堂大和を探すが警備室にはいなかった。五年後には殺し合いをしている可能性もあると考えると、なかなかに複雑であるが。
「彼は先に帰してしまいました。彼も複雑な家庭なので、あまり止めておくわけにもいかないのですよ。それに今回は彼の危険な行動もありましたし、謝らなくて大丈夫ですよ。普段問題行動が多い彼にとって、いい薬なったと思いますから」
「……失礼ですが、警備員さんは二階堂君と仲が良いのですか? 彼を知っているような口ぶりですし、話を聞くと二階堂君の知り合いの女の子が直接貴方に連絡したようですが」
警備員のやけに親し気な態度が気になり指摘すると、彼はバツが悪そうに苦笑いをしながら頬をかいた。
「この博物館は殆ど自動化してしまっているので、毎日いる職員は私ぐらいしかいないのですが、そうなるとよく来る人とは仲良くなるんですよ。特に彼と菫さんは子供二人で来ていたので目立ちますから。問題行動も多いですので、よく迷惑かけられますけどね」
困ったような口調で話しているが、顔は笑顔だ。子供が好きなのか、そういった事が苦になわないのだろう。
「そういう事もありますので、あまり気にしなくて大丈夫ですよ。実害もありませんから。石田さんに警備室に来て貰ったのも形式的なものですし」
警備員が石田の名前を出した時ビクリと石田が震えた。特に問題にされなかったのに、警備員に対しての反応が過剰な気がする。
そういえば博物館入る段階でもこの警備員さんに怯えていた。生理的に無理だとかそういった類のものだろうか。
「えっと……申し訳ないのですが、石田さんの家に一応連絡しようと調べたのですが、秋山さんが保護者扱いという事で大丈夫ですか?」
その反応を見て、警備員が気まずそうに話し始めた。
「お互い、ご両親がいないのに頑張っているのですね。石田さんも学校に行けないまでも、こういった場に来られるまで良くなっているようで……何かお手伝いできる事あればなんでも言ってください」
生暖かい目で見られながら、励ましの言葉を貰った。
そういえば石田は心を閉ざした引きこもりの設定だった。その設定を見れば、今の彼女の変な反応も不信には思わないだろう。
「いえ、もう慣れましたから。――ではそろそろ私達も帰ります。よろしいですか?」
下手に話すとボロが出そうなので、話を早めに切り上げる。石田の様子もおかしいので、早く帰った方がいいだろう。
「はい、大丈夫です。ただ正面の入口はもう閉めてしまっているので裏の職員用の出入口でかまいませんか?」
「問題ありません。じゃあ行くぞ」
石田に話かけても、喋る事もなく、ただ頷くだけだった。
警備室から職員用の出入口に向かう通路は、一般の人は入れない場所から向かった。ただ真っすぐ続いている通路で、関係者の移動用に使うのだろう。
壁も床も一面灰色のパネルで覆われていて、歩くとカツカツを音が鳴る。等間隔で照明がついているが、通路の終わりは見えない。かなり長い通路のようだ。
先頭に警備員を歩きその後ろに俺と石田が並んで歩いている。石田は未だに震えていた。
ここまで来ると確実に異常だが、本人も理由が分からないようなので、放っておくしかない。帰ったら少し調べてみようと思う。
「すみません、少し歩くのですが、あと五分はかからないです」
「はい、分かりました」
警備員と話をしながら、ポケットのタブレットを弄って立花に連絡をとる。裏口から出る事は聞こえているはずだが、一応連絡をいれたほうがいいだろう。
しかしタブレットの電源は点くが、立花に繋がらない。見ると電波が圏外になっていた。今時の街の中で珍しいと思っていると、急に石田が足を止めた。
振り返って彼女を見ると、今まで歩いていたのが不思議なくらい青い顔をしている。今から処刑場に連れていかれる死刑囚のような目をしていた。
「どうした? さっきから様子がーー」
「考輝さん、後ろ!!」
話しかけようとすると、石田が目を見開いて悲鳴交じりの声を上げる。
とっさに振り返ると、警備員が左手を振り上げていた。
振り上げられた手にはいつの間にか日本刀が握られ、警備員の顔には邪悪な笑みが浮かべられていた。