7話:逆月邸
各話のサブタイトル変更しました。
次話以降もこの形式にします。
神社から逆月君の家まではだいたい車で十分くらいだった。
たいして遠い訳ではないがその間、逆月君と佐藤がいつまた殺し合いを始めるか不安で仕方なかった。二人とも普通に話してはいたが、言葉の裏の敵意を隠そうともしない。アリスちゃんも佐藤を煽るような事を言うし、ストッパーの役割をしてくれるアイリスちゃんだけが救いだった。アイリスちゃんマジ天使。
そんな胃が痛くなるようなドライブもやっと終わり、逆月君の家に着いた。
考輝さん、文奈ちゃん、ユッキーの乗っていた車もすぐ後ろを走っていたので、ほぼ同時に到着する。
「でかっ……」
「このお屋敷、逆月の家だったんだ……」
逆月君の家なのだが、圧倒されるくらいの大きな屋敷だった。
屋敷の敷地は一周全てを外壁で囲まれ、正門には大きな鉄の柵で出来た扉がどっしりと構えている。正門を抜けるとシンメトリーに整えられた庭が広がり、屋敷の入り口の前には大理石で出来た噴水があった。屋敷自体も大きく、真っ白に塗られた西洋風の屋敷はホテルと言われても何ら違和感がない。見た感じ三階建てはありそうで、部屋の数などは検討もつかない。
この屋敷は昔からこの町では有名だが、誰が住んでいるかなど全く知らなかったし、ましてや自分が入る事になるなど思いもしなかった。
「おっきなお屋敷! アリスもこんなお家に住んでみたいなー」
『これだけ大きいと掃除とか大変そうですね』
私も文奈ちゃんも屋敷の大きさに圧倒されていたが、他の皆は特にそんな様子も見せずに逆月君の後ろを付いて行き、屋敷の扉をくぐる。
私達も慌ててその後ろについて行った。
扉をくぐると、大きなエントランスが広がっていた。正面には二階に上がる大きな階段があり、天井には巨大なシャンデリアがキラキラと輝いている。
「お帰りなさいませ」
「お帰りなさいませ~」
そして扉の両脇にはまた執事さんと、それからメイドさんが控えていた。執事さんもメイドさんもまだ若く、せいぜい考輝さんと同じくらいだと思う。執事さんは黒い短髪ピッチリとオールバックでまとめていて、あまり見ない髪型なので目立つ。しかも顔が優しいので似合わない。
しかしメイドさんが一際目に付く。近年メイド喫茶で見るようなものではなく、細身のロングスカートに白いキャップ。最もスタンダードなヴィクトリア式のメイドさんだ。更にメイドさんも素朴な黒髪おかっぱのたれ目と可愛らしい。これはいいメイドだ。
「わ、凄い本物のメイドさんだ! 感激! 着ている子も可愛いからめっちゃ似合ってる!」
初めて見る本物のメイドさんについ興奮してしまい、近づいていろんな方向から眺める。カメラが欲しい。
「えー、可愛いだなんて、照れちゃいますよ~」
冷静に考えれば私は今相当気持ち悪い行動をしている筈なのだが、メイドさんは特に嫌がる素振りも見せない。ただ照れくさそうに笑っている。若い執事さんは若干引いているようだが、このメイドさんは結構朗らかな性格のようだ。
「じゃあ、ポーズとセリフなんかお願いしても――イダァイ!」
「はい、そろそろ大人しくしていような」
メイドさんが特に嫌がらないので調子に乗っていると、頭に激痛が走る。どうやら考輝さんにアイアンクローを食らったようだ。これにはたまらず、私はその場にしゃがみ込んだ。
「わぁー。お見事ですぅ」
何故かメイドさんは考輝さんに拍手している。
「考輝さん、お姉ちゃんの扱い慣れてきてる? 暴走しているお姉ちゃんには、一発ぶち込むのが効果的だよね」
「向こうでいろいろあったからな。……それよりも文奈は助走つけて蹴り入れようとしていたみたいだが、そんな思いっ切りやって大丈夫なのか?」
「いいの、いいの。お姉ちゃん意外と頑丈だし」
考輝さんと文奈ちゃんが会話をしている。なかなかもの申したい内容の話をしているが、私としてはそんな所はどうだって良かった。
「ちょ、なんで二人とも名前で呼び合っているの!?」
あまりの驚きに痛みも忘れて立ち上がる。
私なんか名前で呼ぶのに二日かかっているし、そもそも名前で呼んでもらっていない。
「ああ、石田が二人いてややこしいからな。だからお前の事もこれからは、しおりと呼ぼうとおもうのだが、いいか?」
「是非ともお願いします!」
考輝さんの言葉に食い気味に被せて、頭を下げる。
正直、死ぬほど嬉しい。名前を呼ばれるだけで距離が近くなった気がする。
頭を上げると、文奈ちゃんがこっちをむいてサムズアップしていた。グッジョブ。流石私の妹。
「とりあえず、話を進めていいかな」
そんな茶番を静観していた逆月君が口を開く。人の家でこんな暴れてしまって、少し恥ずかしい。
「石田姉妹には早速だけど、天術の基本を教えようと思う。吉田、柳、さっき話をした通り頼む」
「分かりました。それではこちらに」
「ついて来てください~」
逆月君の言葉に反応して、出迎えてくれた執事さんとメイドさんが手で道を示す。
どうやらこの二人も天術の関係者らしい。よく見るとさっき運転してくれた二人もこの場にいる。四人ともただの使用人じゃないようだ。
「他の皆さんは止まる部屋に案内を。ただ秋山さんとは少し話をしたいのだけど、いいかな?」
「分かった。お前らも大人しくしとけよ。特に佐藤とアリス」
「ヒヒ、信用ねぇな」
「はーい。――、お任せください。私がブレーキをかけます」
あちらの世界から来た人は止まる部屋に案内されるようだ。こんどは車を運転してくれたゴツイ使用人が前に出て先導する。考輝さんは逆月君ともう一人の執事さんの後について行く。
こうして私たちは三方に分かれた。
「はい、ではオール一でも大丈夫! 吉田将太の天術教室始めまーす!」
「「わー!」」
案内してくれた若い執事さんが笑顔で宣言すると、私とメイドさんが拍手をする。パチパチと緊張感のない音が部屋に響く。
ちょっとした小部屋にホワイトボードが置かれ、その前に執事さんとメイドさんが立っている。さらにその前の長机が並べられ、私と文奈ちゃんが座っている。まるで塾のような感じだ。古典的な魔法のようなものを教わる場には到底見えない。
「……こんな軽い感じでいいの? 天術ってもっと厳格なものだと思ってたんだけど……」
文奈ちゃんはこの軽い感じに戸惑っていた。逆月君の反応からして、もっと堅苦しいのを想像していたのだろう。私もそう考えていたのだが、固いよりは楽な感じの方がいい。
「いいんですよ。あんまり堅苦しくしても覚えられませんし。学校の授業と同じです。
それでは始めて行きます。まず自己紹介しますと、私は吉田将太。執事をしながら陰陽師として、逆月家に仕えています」
「私は柳果歩ですぅー。見ての通り仕事はメイドさん。しかし裏の顔は、妖や天術を悪用する人を始末し抹殺する、スゴ腕の陰陽師なんですよぉ」
執事さん――吉田さんは真面目に、メイドさん――柳さんはのんびりとした口調で自己紹介をする。ただ柳さんはちょっと言葉が物騒でちょっと怖かった。
「はい、それではお二人にも自己紹介をしてもらいましょうか。当主様からは余り詳しくお二人の事を聞いていませんし。天術の教え方にも左右するので、趣味とか運動神経を教えてくれると嬉しいですね」
吉田さんもそんな柳さんの自己紹介に苦笑いをするが、そのまま流して私達に自己紹介を促す。結構日常的にこんな事を言っているのかもしれない。
あと当主様は逆月君の事だろう。
「私は石田文奈。江ノ原高校二年の十六歳。趣味は買い物と料理。服とか結構買っちゃうかな。後はバスケ部所属。運動神経は良い方だよ」
「私は石田しおりです。妹と同じく江ノ原高校の二年生で、年齢は十七歳。趣味はアニメ鑑賞です。運動は結構好きでテニス部に所属しています」
文奈ちゃんの自己紹介に倣って私も自己紹介をする。天術に運動神経は関係ありそうだけど、趣味は何で聞いたのだろう。
「姉妹で同学年なのですね」
「そうそう。お姉ちゃんが四月生まれで、私は次の年の三月生まれ。ぎりぎり同学年」
「まぁ殆ど一個下のようなものですけど、同学年って事もあって全然姉の威厳がないんですよね……」
よく同級生には、文奈ちゃんの方が姉だと間違えられたりする。私が結構抜けている所があり、文奈ちゃんは基本しっかりしているのでそう見えるらしい。
ちなみに同級生には、テニスの石田とバスケの石田。クルクルな石田とサイドテールな石田。石田(アニメ特化)と石田(物理特化)。石田姉妹のヤバイ方と石田姉妹のもっとヤバイ方という識別のされ方をしている。
「ま、仮にお姉ちゃんの学年が一個だろうが二個上だろうが、威厳なんてなかっただろうけどね。先週のお姉ちゃんが放送室の掃除している時に、手違いでお姉ちゃんのアニソンの熱唱が全校放送で流れた時なんて、私恥ずかしかったんだよ?」
「それ言っちゃう!? それなら文奈ちゃんは頭悪いじゃん! この前の中間テスト、百点満点のテストで半分以上が三十点以下ってどいう事?」
「あー、そんな事言う! 自分が頭良いからって自慢して!」
「文奈ちゃんが馬鹿過ぎるの!」
何故か喧嘩じみた言い合いになり、お互いに睨み合う。付き合いが長い上に密接だから、お互いの弱点なんか知り尽くしている。
「お二人とも仲良いんですねぇ~」
「「なんでこの状況で!」」
ニコニコと笑いながら言う柳さんの言葉に反応すると、文奈ちゃんとハモる。それを見て柳さんはより笑みを深めた。
反論したいが、ここでまた喋ると文奈ちゃんと被る可能性がある。
「……」
「……」
そのため黙っていると、文奈ちゃんも黙ってしまう。行動パターンが同じ過ぎる。
「さて、姉妹仲が良いのはもう分かりましたので、そろそろ授業を始めますよ」
コンコン、と吉田さんがホワイトボードを叩く。その音につられてホワイトボードを見ると、既にいろいろと書き込まれていた。今のやりとりの間に書いたらしい。
「まず、天術のエネルギーから説明します。天術は天力という神様の力が溢れて空気中に漂っているものを使います。勿論目には見えませんけどね。陰陽師は空気中の天力を取り込み、自身のものとする事で天術を使います」
吉田さんがホワイトボードで示す場所には、棒人間の周りに天力と書かれた丸がいくつも浮いている。そして天力から矢印を引き、棒人間を集中させる。それから棒人間から大きな矢印を引き、天術と書いた。
分かりやすいが、絵が緊張感に欠ける。
「見えないで空気中にあるって、なんか神獣みたいだね」
「というより神獣は高濃度の天力が意思を持ったものなんです。だから神獣と融合すると陰陽師は格段に強くなる。天力を外から取り入れる手間がありませんから」
そう言うと吉田さんは溜息をついた。
おそらくだが、そんな神獣を文奈ちゃんが扱っているのがやるせないのだろう。神獣を使えるだけで、十年の修行と同じ力を得るらしい。吉田さんがどのくらい天術の修行をしているか分からないが年齢から考えると、文奈ちゃんは最低でも吉田さんと同格かそれ以上の力を持っている事になる。真剣に努力をしている身からしたら、これ程辛い事はないだろう。
文奈ちゃんもそれが分かっているのか、バツが悪そうな表情だ。
「それで天術は、基本的には五種類に分類されます」
咳払いを一つすると、吉田さんが説明は再開する。いらない事を言ってしまったと、後悔しているのか早口だ。
次に吉田さんが示した場所には、『火』『水』『土』『風』『生命』と書かれていた。
「天術を使える人は、基本的にこの属性に分類されますぅ。誰でも全部の属性使えますが、得意なのは一つか二つですね。逆に言ってしまえば、全員基本はこのぐらいの事しか出来ないのですよぉー」
そう言われて、逆月君を思い出す。確か彼は風を起ここしていたが、逆に他の事はしていなかった。彼は『風』が得意の属性なのだろう。
「そこらへんは、おばあちゃんにも聞いたかな。ちなみに私は火ね」
文奈ちゃんが人差し指を立てると、ポッと火が付く。なんか格好いい。
「ほへー。ちなみに『生命』ってどんな作用ですか? 他の字面から分かりやすいですけど、これはちょっとピンとこないです」
「まぁ回復や身体強化ですね。私と果歩は、この属性が得意ですよ」
「簡単な例を見せると、こんな感じですぅ~。
月が刃のこの体。毀れる事なく、欠ける事なく」
呪文のようなものを呟き、柳さんがホワイトボードに向かって、手刀を振る。すると一瞬の間の後、ホワイトボードが真っ二つになった。
これには驚きのあまり、私は文奈ちゃんも口をあんぐりと開けて、唖然とした。手刀で物が切れる所なんて初めて見た。
「ちょ、なんでホワイトボード切っちゃうのですか! 他に何か、切っていいものあったでしょ!」
「……将太君の体とか?」
「なんで!? 逆に何故いいと思ったんですか!?」
「将太君、回復が得意だし、すぐにくっ付けられるかなぁ~って」
「私の体は人形ですか! 時間があれば僕の出来ますけど、一瞬でそんな芸当が出来る陰陽師なんて、世に三人もいませんよ!」
吉田さんはいきなりホワイトボードを両断した柳さんに物申すが、何故か吉田さんが弄られるはめになった。
この二人も私達に負けず劣らず、仲が良さそうだ。男女の仲というよりか、兄弟みたいな雰囲気だけども。
ただこのままだと話が進まなそうだったので、質問をする。
「なんか今、柳さんが呪文のようなもの言っていましたけど、天術を使うのに詠唱がいるのですか?」
詠唱とか凄い憧れる。
昔は良くアニメの格好良い詠唱を暗記していた。唱える機会なんて一度もなかったけど。
「そうですね。天術の発動に言葉は重要です。天術は自身の思ったように先程の属性の作用を起こせるのですが、発動時には明確なイメージが必要になります。そのため言葉とイメージを結びつけておき、言葉を言えば咄嗟にそのイメージが湧くようにしておくのが一般的です」
「でも簡単な作用なら言葉がなくてもイメージだけで作用できるよ。さっき私が指先に火を出したようにね」
つまりは、詠唱がなくても天術を発動出来るけども、あった方が発動しやすいという事だろう。
それと思い出してみると、私が世界を越える時には、向こうの世界の事を考えていた。きっとその作用が天術の発動にトリガーとなったのだろう。
「という事は、私は世界を越えるイメージを掴めばいいって事ですか? そうすれば世界を移動する天術を自由に使えるようになるのですか?」
「簡単に言えばそうですけど、断言は出来ないです。しおりさんの場合は基本の天術ではなく、継承天術ですから」
話を聞くとそういう事だと思ったのだが、吉田さんは困った顔をして頭をかく。
継承天術という言葉は逆月君も使っていた。確か一族特有の天術だった筈だ。
「継承天術は家毎に違いますから、イメージよりも大事なものがあったりする場合があるんですよ~。しかもその家以外の人は使えませんから、私達が教える事も出来ませんしぃ」
「なるほど……じゃあ、文奈ちゃんも世界を越える力持っているのですか?」
もし家で使えるのが決まっているのなら、私の実妹である文奈ちゃんも同じ事が出来る筈だ。
ちらりと文奈ちゃんの方を見ると、彼女は首を横にふった。
「私は世界を越える体験なんてしたことないよ。今のところはね」
「しかし可能な筈ではあります。発動した感覚がまだ分かっていないので、しおりさんよりも習得に時間はかかりそうですが。
――さて! ざっくりとした説明も終わりましたし、より実践的な事に移りましょう」
吉田さんはそう言ってまとめると、懐から白い紙を二枚取り出す。だいたい折り紙くらいの大きさだ。
「この紙は特殊な素材で出来ていまして、天力に反応します。このように天力を流しますと……このように色が変わります。この色の変化で自身の得意な属性を判断する訳です」
吉田さんの持っていた紙の色が徐々に黄色に変わっていく。
異世界転生とかで良くあるやつみたいだ。
「……お姉ちゃん、なんか顔ニヤているよ」
「えっ、ホント?」
慌てて顔を触ると、口角がつり上がっていた。無意識のうちに笑顔になっていたようだ。
実際、自分が物語の住人になっているようで、楽しくなっているのは間違いない。
「先程も果歩さんが言いましたが、我々は世界を越える天術を教える事は出来ません。そのため天術の基本を教えて、あとはそこから応用してもらいます。投げやりな形で申し訳ないのですが、大丈夫ですか?」
「はい! 頑張ります」
私の心臓は、初めて考輝さんに会えた時くらいにドキドキしていた。
どーでもいい裏話
「それにしても大きなお屋敷ですよね。この家に逆月君とその家族だけで済住んでいるのですか?」
「……当主様は去年、お翁様を失くしてから肉親はいません。なのでこの屋敷は当主様と住み込みの使用人の数人が住んでいる状態です」
「あ……すみません、変な事聞いて……」
「大丈夫ですよぉー。当主様は強い方ですから。この前、私が十個目の壺割った時も許してくれましたし。プルプル震えてましたけど」
「それ強さと関係ないんじゃ……というか、壺割りすぎじゃない?」
「見栄を張らないでください。あれ十六個目です。被害総額は五百万近くですよ」
「何でそれで首にならないんですか。この人……」




