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12話:狂気と悪意

 博物館を後にした私達は、全員で考輝さんの家に向かった。


 移動には立花さんの家の黒塗りに車で移動したが、立花さんの家の人は人数が増えた事もなにも言及しなかった。考輝さんなんかは右腕が切り落とされているのだが、それすらも「痛みはないか」だけで片付けていた。

 言及されないのは助かったけども、それはそれで不気味だった。


 それから移動中に立花さん、もといユッキーがアリスちゃんの戸籍や佐藤の情報を改竄していた。実際に見られない限り大丈夫だと豪語する程に完璧な偽装をしたらしい。



 そんなこんなで考輝さんの家に着いた。

 時間としてはもう夜更けで、辺りの民家も消灯を始める家があるくらいの時間だった。


 考輝さんは早速切られた腕を治しにラボに向かい、立花さんもその手伝いでラボに向かった。結果として家のリビングで私とアリスちゃんと佐藤が三人で考輝さんの腕がくっ付くのを待っている。

 そしてこの時間が私の精神衛的に非常に良くなかった。





「本当になんでお前なんかが考輝の家にいるの? しおりと同じ空間にいるの? 殺したくなっちゃう」


「ヒヒヒ! 奇遇だな。俺もお前切りたくてしょうがねぇよ。ギアと融合した体って、切ったらどんな感触するのかねぇ……」


 リビングに入って三十分くらい経っているが、二人はずっとこんな会話をしている。テレビから流れるバラエティ番組の笑い声が逆に辛い。


 どうにも二人とも互いが嫌い――いや、おそらく佐藤は平常運転だが、アリスちゃんが佐藤を大嫌いのようだ。さっきから大抵アリスちゃんの方から突っかかっている。



 配置としては私とアリスちゃんはソファーに座ってテレビを見ていて、ソファーの通路を挟んで左側にあるテーブルに佐藤は座っている。そしてよく見ると佐藤は缶ビールを開けて飲んでいた。どこで入手したのだろうか。



「しおり……あのキチガイ殺してもいい? 死体もちゃんと私が処分するからぁ……」


 アリスちゃんは、道端の動物を飼ってもいいか聞くぐらいの気軽さで佐藤を殺していいか聞いてくるから困る。

 決してそんなウルウルした目でねだるものではないと思う。



「――、駄目ですよアリス。しおり様を困らしては。切るしか能はありませんが、あれはあれでお二人に有用な生き物です」


 涙目でこちらを見ていたアリスちゃんが急に無表情に変わった。アイリスちゃんに変わったみたいだ。

アイリスちゃんがストッパーになってくれているものも、どうにもアイリスちゃんにも闇のようなものが垣間見えて怖い。



「えっと……そういえば二重人格って普段喋っていない方はどうしているのかな? 変わり方から見てもどんな会話しているか分かるみたいだけど……それに人格交代ってどやってやっているの? 説明するの難しいかもだけど」


 一回殺伐とした話から話題を逸らそうと、アイリスちゃんに質問をする。もしかしたら不快な質問かもしれないが、この空気でいるよりは間違いなくマシだ。



「そうですね……例えるなら表に出ていない方は、表に出ている人格が見ている映像と音を映画のように見ている感覚ですね。そのため性格と考え方は違いますが、お互いに記憶と感情は共有しています。だから佐藤殺したいという感情も共有しています」


 そう締めくくるとアイリスちゃんは佐藤に冷たい視線を投げつける。

 機械のような感情を感じられない目で見られるのはなかなか怖いと思うが、佐藤は気にせずにビールを飲んでいた。



「ヒヒ、嫌われたものだねぇ……」


「あの研究所に関係する人間を私達は決して許しません。貴方は他の職員を殺したのと、しおり様達が殺すな、と言うので特別に生かしおいてあげますが、普通なら顔を見た瞬間殺しにかかるところです」


 感情が感じられない分、アイリスちゃんの本気具合が分かる。そして言い方に感情は感じられなくとも、使う言葉の選択から怒りも伝わってくる。佐藤もそれが分かっているのか分からないが、ニヤニヤと笑ってアイリスちゃんを煽っている。

 このままではまた危険な雰囲気になるのでまた話の方向を変える。



「あれ、でも佐藤って、警備だけだからアイリスちゃん達に直接何かをした訳では――」


 私がそこまで言うと、アイリスちゃんの首がグルリと回り、こちらに視線を向ける。笑顔を浮かべているので、アリスちゃんに戻ったようだ。

 しかし笑顔だが、目が恐ろしく淀んでいる。佐藤に匹敵、もしくはそれ以上の淀みだ。


「――、しおり。被害者にとっては、加害者も傍観者も同じなんだよ? だからアリスにとっては考輝としおりと、あと……ユッキー以外は皆同じ。皆同じでぶっ殺――、すみません、話が脱線しました。人格の交代の話でしたね」


 アリスちゃんの目に圧倒されていると、再び人格がアイリスちゃんに変わった。急に無表情に変わると、それもそれで怖い。



「アリスが交代の権限を握っているのですが、管理が緩いので私も簡単に変われています。しかし、アリスが本気で拒否すれば私は交代が出来ません。一応アリスが主人格で、私はアリスが生み出した人格ですから。

 またどちらの人格もギアは自由に発動できますが、アリスは口からの保管が得意、私は皮膚からの射出が得意と、得意分野が分かれています。現状ではパフォーマンス効率を考えてお互いの役割を分けています」


「へぇー……あれ? 今途中でさらっと凄い重要な事言わなかった?」







「……なんか思った以上に殺伐としているな」


 そんな状況の中、考輝さんがリビングに入ってきた。

 思った以上に早いが、腕はもうくっ付いている。



「秋山さん! もう大丈夫なんですか?」


「考輝! 腕もう治ったの?」


 考輝さんの姿を確認すると、私は思わずソファーから立ち上がったが、アリスちゃんはソファーから飛び降りて考輝さんに駆け寄る。そして目の前まで来ると、ギューと擬音がつきそうな勢いで抱きしめた。



「とりあえずはな。右腕は殆どが機械だから、パーツがあれば簡単に直せる。まだ無理な動きは出来ないが、明日にはもう完璧になっているはずだ。あと離れろ」


 考輝さんの口調は変わらないが、アリスちゃんの行動に困惑しているようだ。頭をポンポンと叩いて離れるように促す。

 しかしアリスちゃんは構わず引っ付いていた。



「なんだよ、そんなに簡単にくっ付くなら、定期的に切らしてくれよ。腕一本で一万でどうだ? ヒヒヒヒ」


「絶対に嫌だ」


「考輝! アリス、佐藤を殺さずに我慢できたよ! えらいでしょ! えらいでしょ?」


「……あーそうだな。アリスは偉いな」


 考輝さんの顔が非常に疲れて見える。今日一日の騒動のせいではなく、今のこの状況に疲れているようだ。私もあんな会話していたら確かに疲れそうだ。


こう見ると、考輝さんの部下には狂人が多い。しかし最後の一人がこの二人よりも狂っているというのは、今は黙っておこう。これ以上考輝さんの胃に負担をかける必要はない。





『いやーこの面子だと私もキャラが薄くなりますねー。相当に強烈な個性だと自負していたのですけども、ちょっと凹みます』


「あ、ユッキーだ」


 考輝さんが入ってきたドアから、今度は立花さんが入ってくる。勿論彼は喋る事なく、空中の画面の中にいるユッキーが代弁している。


 アリスちゃんがユッキーに手を振ると、ユッキーも手を振り返す。仲良いなこの二人。



「というか、自分で結構強烈なキャラだとは自覚はしていたんだね……」


『あれ? しおりさんいたのですか? キャラ薄すぎて、存在感がなくて、居るのに気づきませんでした』


「ひどい!」


 一方で私に対しての当たりは強い。

 勿論本気で言っているとか、嫌われている事はないとは思うのだが、博物館から帰ってから悪化している気がする。


『やだなー冗談ですよ、冗談♡』


 仲良くなれている証だと信じたい。今も彼女は良い笑顔を浮かべているのだから。





「さて、これから話すべき事も多くあるが、まずは飯だな」


 話の切れ目を見計らって、考輝さんが手をパンパンと叩いて注目を集める。

 確かに博物館から家まで離れる事を優先していたので、食事らしい食事は出来ていない。なんなら昼から何も食べていなかったので、意識すると一気にお腹が空いた。



「人数も多いし、コンビニで済まそうと思う。石田、一緒に行くぞ」


「はい! ――いえ、ちょっと待ってください」


 コンビニに一緒に行く相手に指名され、嬉しくて二つ返事をしてしまったが、それは危険だと感じた。


 先程まで私という緩衝剤がいたからこそ、アリスちゃんと佐藤は物理的な争いはしなかったが、私がいなくなれば殺し合いコースまっしぐらだ。代わりにユッキーがいても、ユッキーはむしろ二人を煽りそうだ。何なら佐藤と殺し合いしていた前科もあるし。



「……分かった。佐藤、行くぞ」


「ん? 俺か?」


 私の考えを察してくれたのか、考輝さんは代わりに佐藤を誘った。

 安全ではあるけども、少し残念だ。



『お願いしますー。こいつ用のはカロリーメイトとかでいいですから』


「えー、アリスが一緒に――、どうぞ考輝様、お気をつけて行ってらっしゃいませ。もしそのゴミがご迷惑をおかけしたら、ご連絡ください。速やかに処分いたします」


「すみません、お願いします」


 物騒な見送りもあったが、二人はコンビニに向かった。





「なぁ、この辺りに野良猫とか――」


「いない。いたとしても切るな」


 何か聞こえた気がするが、聞こえないふりをしておこう。









 俺と佐藤は歩いて十分くらいのコンビニに行き、人数分の食事を買って帰路についた。

 一人で持てない事もなかったが、二人いると楽だ。なお佐藤にはシャツとジーパンを貸して着替えさせた。流石に博物館の警備員の恰好は目立つ。



 佐藤は道中思ったより大人しく、少し拍子抜けだった。今まで普通に博物館の警備員をしていただけあって、社会に紛れ込むのが上手い。


「とてもいい市街地ですね。綺麗な公園も整備されていますし、閑静でとても住みやすそうです」


「……」


 しかし、こいつの本性を知っている立場からすると、今のこいつは本当に気持ち悪い。

 再び髪を七三に分け、ニコニコと笑顔で虫も殺さないような顔をしている。こいつが殺人鬼なんて、何かの間違いだと信じたいくらいだ。



「おや、どうしたのですか、考輝君。私の顔をじっと見て」


「よくもまぁ……そこまで本性を隠せるものだな」


 こちらの行動に疑問も持った佐藤に呆れたように言うと、佐藤はより笑顔を深めた。


「そうですね。このくらいしっかり擬態しないと、直ぐに通報されてしまいますからね。

――しかし、この程度の事なんて誰しもがやっている事だと思いますよ? 人間は社会で生きている以上、己の本性はさらけ出す事が出来ませんから」


 そう言って佐藤は隣にいる俺より向こう側に視線を向ける。つられてそちらを見ると、数人の若者が騒いでいる。顔立ちからして、高校生くらいだろうか。そしてよく見ると、一人がフライボードに乗って遊んでいる。

 フライボードは磁力を使って誰でも気軽に空中散歩を楽しめる板状の機械だが、それなりに規制が厳しい。確か夜間の使用も禁止だった筈だ。明らかに彼らの行動は違法だ。



「彼らもきっと普段は真面目な学生なのでしょうね。身なりが整っていますし、体つきを見ても良い生活をしているのが分かります。そんな彼らでも、隠している本性があり、こうして誰にも咎められない状況で本能をさらけ出している。そういった意味では私と彼らの間に差異はありませんよ。私の本性は少し他人より危険ですけどね」


 佐藤はどうにも、どこか自分の異常性を認識していて、それでも社会に溶け込もうとしている気がする。異端であると分かっているからこそ異端の部分を隠し、普通に見せかけようとしている。



「……危険性は少しだけ、ってレベルではないだろう。それと危険な自覚があるなら直せ」


「それは無理ですね。考輝君も、明日から皮膚呼吸だけで生活しろと言われても実行できないでしょう? それと同じです」


 ただその自分の本性を直すつもりがないのが致命的に問題ではあるが。





「うわああぁぁぁぁ……!」


 そんな話をしていると、若者の集団から悲鳴が聞こえた。

 振り向くとフライトボードが地上から三十メートル近く高い所に上がっている。おそらくは操作を間違えたのだろう。

 上に乗っていた男は慌てて降下しようとするが、焦ったのか足を滑らせ落下した。本来は落下防止用のロープを足に着けておかなければならないのだが、彼は着けていなかったようだ。瞬く間に落下して行く。



 一瞬助けようかと考えたが止めた。改造している以上、あのくらいの高さから落ちる人を受け止めるのは問題ない。しかし右腕の調子が悪い今、下手に手を出すのは危険だ。



 俺がそのような事を考えている間に佐藤は走りだしていた。

 ギアを発動させると血を足元に配置し、滑るように地面を移動する。かなりのスピードだ。


 そして余裕を持って男の落下地点まで近づくと、今度は男の周囲を血で囲む。まるで赤い繭のようにも見える。

 赤い繭が落下し、そのまま繭が解除されると、男が転がり出てきた。落下の時に体を打ったようで痛そうにしているが命に別状はなさそうだ。


「さ、早く帰りなさい。これ以上いると、大ごとになりますよ」


 それから佐藤が諭すように言うと、若者達は茫然とした様子で帰っていった。空中にフライボードを置いて行ってしまっていたり、一瞬だけ見せた佐藤の日本刀に突っ込まないあたり、何が起こったかよく理解していない様子だ。





「意外だな……お前が人助けとはな」


 佐藤がこちらに戻ってくる時、俺は未だに自分の目が信じられなかった。殺人鬼が人の命を助けるなど、あまりにも意外すぎる。



「だってあのまま死んだら勿体ないじゃないですか。もしもう少し長生きしてくれれば、私が彼を切るチャンスが出来るかもしれないんですよ?」


 俺の反応に、佐藤はさも当たり前かのように答えた


 その考え方のブレなさには、最早脱帽ものだった。





「――しかし、私としては貴方が助けにいかない方に驚きましたね」


 一方の佐藤も不思議そうに俺の事を見ていた。

 目は真剣に、真っ直ぐにこちらを捉えている。


「博物館の時、貴方は私に切り殺されそうな石田さんを、かばっていました。それこそ自身の右腕を犠牲にしてまでも。それなのに何故今回は助けようとしなかったのですか? 確かに腕の調子は悪いでしょうが、貴方なら助けられない事もなかった筈です」


 この殺人鬼は狂っているとは思うが、馬鹿ではないのだろう。だから社会に溶け込めるように擬態するし、見ていないようで人を見ている。それを実際に活かしているかは別問題ではあるが。



 ともかく、佐藤の質問に答えられるだけの考えを纏める。

 確かに俺は、石田は助けたがあの男は助けようとは思わなかった。その瞬間はごく自然にその考えに至ったが、こうも理由を問われると戸惑う。


「……きっと、落下しているのが知り合いだったら無理をしても助けたと思う。大層な正義感なんて持っていないし、目に映る人全てを救おうなんて思いもない。まぁこの考えも、人間の多くは持っていると思うぞ」


 結局は助ける対象が知り合いかどうかに尽きるのだろう。

 春川や石田ならそれこそ誰でも助けようとするだろうが、俺の本質はそこまで善性ではない。流石に他人でも簡単に助けられるのであれば行動を起こすが、リスクを払ってまで助けようとは思えない。


 特に研究所の一件で、自身のその本性に気づかされた。

 他人を殺してまでも、自分が助かろうとする行動から。





「ヒヒヒヒ! それもそうだ! 見返りもなく他人に施しができる奴こそ、俺は一番イカレテいると思うぜ。――では帰りますか」


 満足そうに狂気を漏らしながら笑うと、佐藤は歩き始めた。

 心なしか、その足取りは行きよりも軽い気がする。


 俺も佐藤の後を追って歩き始めた。

 行きよりも、右腕の調子が悪い気がした。





 その後、佐藤が投げ捨てた弁当がひっくり返って地面にぶちまけられていたのに気づいたので、もう一回コンビニに行って弁当を買いなおした。


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