【side 姫川姫香】1-1
【side 姫川姫香】
急ぎつつ、しかし可愛くセットした髪型が崩れないように早足で廊下を歩く。もう姫以外のみんなは部室に集まっているはずだ。
「早く行かないとサークルの活動時間が短くなっちゃうよ! それに姫のいないサークルは、苺の乗ってないショートケーキみたいなものだもん。苺役の姫が行かないと物足りないなんてものじゃないはず!」
それにそれに、姫ってば、今日はみんなにすごい報告があるんだ。早く伝えて、みんなの驚く顔が見たい。
「んもう。教授のお説教って長くて嫌になっちゃう。可愛い姫と長時間一緒にいたいのは分かるけどさー」
そもそも呼び出してお説教をするほどのことじゃないと思う。
ちょっと提出レポートに、星マークとハートマークを多用しただけなのに。
可愛いレポートの方が見る方も気分が上がるかな、っていう姫の気遣いをお説教で返すなんて、教授は頭が固いんだから。
「よし。切り替え、切り替え」
部室の前までやってきた姫は、自身の頬を軽く叩いて笑顔を作った。
だってしょんぼりした顔は可愛くない。やっぱり姫は笑顔でいなくちゃ。
みんなの前では、いつだって可愛い姫でいたいもん。
「みんな、おつかれさま。姫、遅くなっちゃった!」
部室のドアを開けると、サークルのみんなが「推し活の心得」を読み上げているところだった。
「我ら推し活サークルは、ひとーつ。何かを好きな気持ちを蔑ろにしない!」
「ひとーつ。推しは推せるときに推す!」
「ひとーつ。推しへの愛を恥ずかしがらない!」
みんなが大声で推し活の心得を読み上げている中、部室に置きっぱなしにしていた鞄の近くに座った。
実は今日、最初に部室に来たのは姫だったけど、教授に呼び出されちゃったから、スマートフォンだけを持って教授の研究室に向かったんだよね。
はあ。教授にも困ったものだよ。姫のスケジュールが欲しいなら、前もって予約を取ってくれないと。こう見えて姫は忙しいんだからね。
姫が座って一息吐くと、推し活の心得を読み上げ終わったメンバー―たちが姫のもとへとやってきた。みんな可愛い姫のことを構いたくて仕方がないって感じ。その気持ちはよく分かるけどね。だって姫、ものすごく可愛いもん。
ここ、「推し活サークル」に所属してるメンバーは四人。
「おつかれさま、姫香ちゃん。そういえば昨日、鉄道に乗って一人旅をしてきたんだけど、旅の話聞きたい? 何の鉄道に乗ったのか知りたくない!?」
「姫、鉄道のことはよく分かんない。でも旅かあ。ご当地リボンネコちゃんのお土産があるなら欲しいかも」
「そうだと思って買ってきたよ。隣の県のご当地リボンネコストラップ。はいどうぞ」
「わあ、ありがとう。姫、リボンネコちゃんは可愛いから好きなんだ」
「可愛い姫香ちゃんには可愛いリボンネコがピッタリだよな」
この人は、鉄道オタクの鉄堂哲郎先輩。
清く正しい推し活を推奨してる、このサークルのサークル長。
「推しのことは、推しているんじゃない。推させて頂いているんだ!」の気持ちで推し活をしてる、オタクの鑑みたいな人。
でも割と親しみやすくて、姫は「てっちゃん」って呼んでるんだ。
「拙者は昨日『魔法少女☆ひめるん』の円盤を見てたんだお。新シリーズの放送前に予習復習をするのはアニメオタクとして当然のことなんだお」
「そうなんだー。あにおだは勉強熱心なんだね」
「拙者『魔法少女☆ひめるん』には常に真剣に向き合いたいんだお。そして布教も欠かさないんだお。ということで姫川氏、ひめるんボールペンを貰ってほしいんだお。複数本買ってあるから遠慮はいらないんだお」
「じゃあバイト先でこのボールペン使おうかな」
「これを機に姫川氏にもひめるんにハマってほしいんだお。同志は多ければ多いほど嬉しいんだお」
ひめるんって連呼するのは、アニメオタクの兄小田健先輩。
あんまり上級生っぽくないけど、てっちゃんと同じ大学三年生。
生粋のアニメオタクで、今は『魔法少女☆ひめるん』ってアニメにハマってるらしい。
先輩なのに、「あにおだ」って呼んでも怒らないフレンドリーな先輩だよ。
あにおだは口調に特徴があるけど、あれは個性を出すためにわざとやってるのかな?
「ボクは毎週日曜日はニチアサをリアタイして、SNSで考察を呟いています。考察が捗りすぎて、気付くと一時間以上経っていることが多いですね。あっそうだ、この前レンジャーカード目当てでレンジャーチップスを買い過ぎちゃったので、姫香ちゃんも好きなだけチップスを持って帰ってくださいね。カードは抜いちゃいましたけど、それでも良ければ」
「姫はカードいらないから、カード無しで良いよ」
「レンジャーチップスのメインはカードなのに!? いえ、姫香ちゃんにカードが欲しいと言われるとボクが困るのですが。でもレンジャーカードの魅力が伝わらないなんて、ボクはどうしてこうも布教が下手なんでしょう。特撮のあのカッコよさを伝えられないなんて、どこをとってもカッコいいのに……自分の力不足が悔やまれます」
「人には人の好みがあるからね。でも特撮番組の、イケメンがいっぱい出演してるところは姫も好きだよ」
「そうですね。特撮への入り方はイケメン俳優からでも良いです。ですが観ているうちにイケメン俳優だけではなく特撮にも興味が出てきて気付いた頃には特撮沼に頭まで浸かっている。姫香ちゃんには是非そうなっていただきたい所存です」
そして特撮オタクの徳佐翼先輩。
二年生だけど、三年生のてっちゃんやあにおだにもキッパリと物を言うタイプ。
姫は「とっくん」って呼んでるよ。
特撮ヒーローに憧れてるからか、お洒落で割とカッコイイ見た目だけど、推しの話になると早口になっちゃうところが玉に瑕。
最後に、姫こと姫川姫香。
姫は、竹城健通称タケルンって俳優が好きで、タケルンの出演する舞台に通いまくってるんだ。
地方公演も観に行くから、早くも出席日数の危ない授業がちらほら。でもタケルンの舞台は一公演たりとも見逃したくないから、テストで良い点を取って出席日数が足りない分をカバーするつもり。
タケルンはまだそんなに人気じゃないけど、人気が出たら舞台に出てくれなくなっちゃいそうだからあんまり人気は出ないでほしい……けど、大好きなタケルンが人気ないなんて嫌だから、早く人気俳優になってほしい。
というジレンマを抱える、悩める俳優オタクの新入生が姫だよ。
みんなは姫のことを、サークルの姫としてチヤホヤしてくれるんだ。
姫は可愛いから当然だよね!




