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第十八話 白魔女と黒騎士の本音


「それから、最後に一つだけ。・・・・・・騎士様が、どこかの魔女から『祝福』をいただいたことも聞きました」


リラが恐る恐る聞くと、アインハードは思い出したかのように頷いた。


「・・・・・・ああ、なんだ、そのことか。そういえば、確かにそんなこともあったな」


どこか過去を懐かしむような目で、そう呟く。

その声にはリラが想像していたよりも感情が込められていなかった。


「騎士様は、今も魔女が憎いですか?本当は、魔女である私とは結婚したくなかったのではありませんか?もし後悔しているのなら・・・・・・」


何故今になって彼の心理状態に異常が発生したのか、考えられることは一つ。

リラと結婚したことがきっかけで、彼の心に何らかの悪影響を及ぼしているのではないだろうか。

もしもそうであるのなら、リラが取るべき行動は今すぐアインハードとは契約を解除することだ。

だが、いざ口に出して言うと、心の片隅で恐れのような感情が溢れてくる。

ただの契約夫婦で、なんてことない相手だったはずなのに。

そのつもりならいつでも離縁するつもりだったのに。

彼を癒すと豪語していたはずの自分が元凶で、尚且つ彼との日々も失うことになるとしたら、それはとても悲しいことではないだろうか。

でも、さよならを決めるのなら早い方がいい。


離縁しましょう。


そう、きっぱりと言うはずだったのに。


「・・・・・・騎士様?」


「くっ・・・・・・くくっ・・・・・・はははっ!」


一体何がおかしいというのか、アインハードは笑っていた。

人がこんなにも真面目に話しているというのに、笑うだなんて。

緊張していた空気が一気に緩む。


「騎士様!?なんで笑ってるんですか!?」


さっきまで悲しんでいたこともすっかり忘れて、リラは驚きの声を上げた。


「ああ、いやすまない。リラさんはそんなことを心配していたのか。いや、リラさんはなんと可愛らしい人なのだろうかと思ってしまってな」


「え?」


今、なんて?

そう聞き返したいけれど、混乱のあまり言葉にならない。


「俺がリラさんとの結婚を後悔しているだなんて、そんなことがあるわけないだろう。魔女が憎いということもだ。俺はこんなにもリラさんのことを愛しているのに」


「・・・・・・え?」


アインハードの指先が、そっとリラの白髪を弄んだ。

それで、リラはまだ一つだけ、己がすべきことを忘れていたのを思い出した。

彼の気持ちを確かめることだ。


「俺はリラさんのことを愛している」


「え!?」


改めて言わなくたっていい。

リーヴェスから、アインハードの気持ちを知りたいのならちゃんと向き合って話すことだと言われたばかりだが、これでは向き合うどころか一方的に語られてしまっている。

急展開に思考が追いつかないとリラがあふたする一方で、アインハードは真面目な顔で語り出す。


「リラさんがいつか本当に愛する人と出会った時の為に、伝えるべきではないと思っていたのだが何だか俺の中で色々と吹っ切れてしまったようでな」


「私が好きって、なんで、どうして・・・・・・」


「最初はほんの些細な同情心と打算からだった。だが、共に日々を過ごす内に次第にリラさんに惹かれるようになった。・・・・・・あの日、泣いている子供のために魔法の歌を歌う君はとても綺麗だった。あれがこの世にいる女神なのだとさえ思った」


「女神だなんて、そんなわけないですよ」


「いいや、誰かの為に力を尽くすことのできる君の心は美しい。俺と出会った時も見ず知らずのただの騎士を、貴重な薬を惜しみなく使って治療してくれた。女神のような顔で人々を救ったり、かと思えば無邪気な顔で薬草片手にはしゃいだり。そういうリラさんに惹かれていくうちに、自分でも思わなかったぐらいにリラさんのことを好きになった」


その眼差しに込められた色は甘すぎて、リラは素直に受け止められない。


「私のことを好きになったって、何の得もありませんよ」


「恋をするのに得は必要ないだろう。まあでも、あえて言うのならリラさんのような素敵な人に出会えただけでも幸福と言えるだろうな」


冗談だろうと返したいが、口は惚けたことを言っているのにその表情はどこまでも真っ直ぐだった。

もう十分すぎるくらいには、アインハードの心を思い知らされたと言えよう。

リラははっきりと、ようやく、アインハードの恋心を実感した。

だが、だからと言ってそれに応えることは今のリラには到底できないことだった。


「でも、私は騎士様の恋心を知ったからって、騎士様に恋をしたりしませんよ。だって私、恋なんて分かりませんから」


恋心だけは、師匠からも歳上の魔女たちからも教わったことがないものだ。

結婚も呪いを解くための役目でしかないもので、それ以上でもそれ以下でもない。

ただ煌国の大龍と結婚するのが嫌で、代わりになる相手を探した結果の出会いというだけ。

先代夫婦のように毎日情熱的に愛を伝え合うことも、友人の魔女のように恋人のことで一喜一憂するのも、自分には遠い世界でしか無かった。

リラにとって大切なことは一人前の白魔女として成長することで、自分が色恋をするなんてこと想像したことすら無かったのだ。

アインハードとの結婚も、彼がリラに対して恋愛感情を抱くことがないことを見越して決めたこと。

だから、彼の想いに応えることはできない。


そのはずなのに。


「それでもいいさ。例えこの想いが叶わないとしても、リラさんの傍にいられるのなら、なんだっていい」


優しく微笑むアインハードを見ていると、自分の心の片隅に湧き上がってきた、言い知れぬあの感情を思い出す。

彼との別れを想像した時の、初めて味わった恐れに近い寂しさを。

自分の中でアインハードが離れ難い存在になっているのは明白で、それを言い換えたらどんな単語になるのかも分からないほどリラは子供じゃない。

だからこそ、恋を知らない魔女が口にするには、まだ覚悟が足りなかった。


「騎士様が、それでも良いのなら構いません。私に応えられることは、きっと何も無いと思いますけれど・・・・・・」


恋とは難しいものだ。

これ以上考えてもどうにもならないのは分かっている。

リラは立ち上がりぐっと伸びをした。


「何だか疲れました。今日は色々忙しかったですし、もう夜も遅いですからお話はこのぐらいにしましょう」


カーテンの隙間からは月の光が見える。

だんだん冬も近づいてきて、夜も長くなってきた。

これから寒くなるから、今年は新しくアインハードが使う毛布を作ってみようか。

なんて、リラが考えていると。


「そうだな、リラさんも今日は疲れただろうから、ゆっくり休んでくれ」


(同じ、色・・・・・・)


彼の瞳を溶けた月の色だと形容したのはリラからだが、いつの間にか、月を見る度にアインハードを思い出すようになった。


「おやすみ」


いつもと同じようなおやすみの挨拶なのに、なんだかいつもと違ってやけに甘やかに聞こえる。

リラさ少し恥ずかしくて目を逸らした。

今まで特に意識していなかったのに、一度はっきり認識してしまうと、もうこの声色が耳から離れなくなりそうだった。


「私って鈍いんですかね」


「じゃあこれからはもっと直接的に、大胆に愛を伝えようか」


「・・・・・・いえ、結構です」


それは御遠慮願いたい。

美男子からの愛の囁きに耐える魔法も薬も、リラは知らないのだから。



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