見える恐怖と畏怖の対象
「宣戦布告だと? 貴国とは良好な関係を築いていたではないか!」
「そう言われてもねえ。ま、確かに関係を続けていたし、他の国とも気にしてたけど」
「なら!」
「まあ停戦中、こちらの準備も整ったわけだからね」
「だが、我々が貴国の行うことを他国に伝えればどうなるかわかっておろう」
「ああ、分かってるよ。上のほうでもそれは理解して動かしてるからね。それにどの道、進軍するには邪魔になるし」
「テルヌス帝国は戦争を起こそうとして、何の得策があるのだ。答えよ!」
「んー、流石にそこまでは教えられてないや。あんたらが騙されて戻る選択をするだろうって聞かされてたから。それに言っただろ? これは実験だって、それとも僕達の元にくる?」
「断る! 私はベルチェスティア王国の騎士長であり、陛下に仕える身。裏切りなど断じて有り得ん!」
マグワイアは呆れ果てたように首を振ると、ルルシに指示をだす。
「――と言うわけ」
「マジかよ……面倒な事すんな」
獣人化してるシロは聴力をも強化されていた。
そのため、集中すればマグワイアとフェスとの会話を盗み聞きする事ができ、二人の会話をタクミ達へと伝えていた。
「タクミどうするんだ?」
「そうだな、戦争が起きるのはめんどくさいが現状はあの二人の撃退を優先に対処するぞ」
「わかった」
「すまないが、俺とシロはフェスの援護に入る。二人は他の冒険者と一緒に周囲の魔物を退治してくれ」
冒険者一行は這い出る魔物と対峙し迎撃をしている。
だが魔物の数が多すぎるためか、押され始めていた。
「リウス、何があっても敵国のあの二人には近づいて攻撃はするな」
リウスは少し間をおいてから頷く。
確認すると巧とシロは飛び出した。
「本当、羨ましい……」そうシロは小さく呟く。
巧達が途中這い出る魔物を薙ぎ払いながらフェスの所へと向かうと、未だルルシとマグワイアの二人と戦っていた。
「フェスさん、援護します!」
「すまないタクミにシロ、とか言ったか」
土魔法を使用してるからか、大地から盛り上がる土。
その土が尖った槍の様になり、数本巧達に襲い掛かる。
「多いな」
「タクミ、シロ、壊さず避けろ!」
「なっ……くそ! 避けられない」
土の槍を避けた次に待ち構えていた槍が巧に襲いかかりそうになると、シロの剣が土の槍を全て切り落とす。
だが切り落とされた槍は空中で止まると、再構築するかのように変化した。
変化していくと土は針の様に尖がり、攻撃対象がシロへと変更され噴出。
「くそ、風壁!」
巧はシロの腕を掴み引き寄せると、土の針に向かい風壁を展開。
風圧は土の針を全て吹き飛ばした。
「あんなやり方もあるとは……怪我はないか?」
「大丈夫、ありがとうねタクミ」
怪我がないことに巧はホッとした表情を向ける。
すると、手を叩く音が響き渡った。
「すごい、すごい。よくあれを吹き飛ばしたね」
「お前は……ルルシって奴?」
「ルルシはあっちで、僕はマグワイアだよ。よろしくね」
「遠くからじゃ見えにくかったけど、やっぱりあの髪色は」
マグワイアの髪色から、ルベスサやアイル、そしてウエルスを酷似。
すぐさまそれがテルヌス帝国によって造られた疑似的呪い子であると巧は判断する。
「そうね、あの子も」
「なになになになに? もしかして僕って有名?」
「ある意味有名かもな、その髪色も珍しいし。多いの?」
「多いよー、テルヌス帝国でこうなっちゃったからね」
「あー……、ちなみにテルヌス帝国ではウエルスって名前の人いないか?」
「いるいる。お前よく知ってるな」
「戦った事あるからな、その刺青に似てる奴を思い出してな」
「師匠相手によく生き延びたな。ちなみに俺の師匠なんだぜ? すごいだろ」
「道理で。それでその師匠に生き延びた俺達がいるって事はお前よりも俺たちのほうが強い。五百匹の魔物を迎撃するのも容易だけど、今はさっさと戻りたい」
「五百匹の魔物? ああ、そう伝わってる様に仕向けてあったんだっけか」
マグワイアの発言により巧は確信した。
「こいつ馬鹿だ」
「馬鹿ね」
「確かに、馬鹿ではあるな」
巧との問答に流石のフェスさえも呆れたのか同意する。
「何だよ! 揃いに揃って僕のことを馬鹿にするな!」
「シロ、馬鹿の相手頼む。殺すなよ? 俺はあれをどうにかする」
「待って、私があのルルシって子を相手にするよ」
「大丈夫なのか?」
「ええ、寧ろそうしたほうがいいと思うの」
事実相手は土魔法が得意とする呪い子。
対抗するは水魔法を得意とする巧。
ただしそれは無詠唱宣言ができて初めて成り立つ。
だが現状は、フェスやその他冒険者の目が届いている以上使用する事は困難であり不利とも言えた。
それは巧も理解できていたのだが、心配はそれ以外にあった。
「フェスさんいいですか?」
「シロと言ったか、貴女の身体能力は侮れないものがあるから、役に立つだろう」
「シロ、フェスさんがいるとはいえ、相手が相手だ。深手を負うなよ」
「ええ、わかってる。タクミも気を付けてね」
話が終えるとフェスとシロは同時に飛び出す。
二人は創られた崖に上で待つルルシ目掛け駆け上る。
途中ルルシの攻撃に幾度となく躱し、互いにくる攻撃を次々と叩き落とす。
頂上に着いても攻防は繰り広げられ、まさに最初っからタイミングを決めていたかのようであった。
「待ってくれてたのか、偉いな」
「最後の会話になるだろうしな。じゃあこちらも、始めますかねっと」
マグワイアはインベントリから小さなボール状の物体を取り出し、放り投げる。
それはウエルスが巧達の前で放ったボールと酷似していた。
地面に落ちたボールは地面の土や砂を吸い込み始め、徐々に大きさを膨らます。
「ちっ……水レーザー!」
放った水はボールを貫くと、ボールに集まった土は分散し何事もないように静まり返る。
「何で壊すんだよ! せっかく相手する準備してるんだから邪魔すんな!」
「いや、あれってウエルスが使ってたボールだろ? そしてあれで魔物が作られると」
「よく知ってんな」
「そりゃ、お前の師匠だっけか。戦った事あるから、似たような事されて対策も考えてないわけないだろ」
「あ、そっかー、そうだよな。なら、これならどうだ!」
再びボールを見せつける様に取り出す。
今までとは違い全体が茶色い丸いボール状の物体。
それを地面にも置かず、かといって放り投げもせずにいた。
「気になるようだね」
未だ何も起きないことに対して巧は警戒する。
「まあすぐにわかるさ」
マグワイアの手に持っているボールの形状が変化。
その形は徐々に大きく、腕から体全体にかけて覆われていく。
「すぐに動くことができなかった、あんたの負けだよ」
「っ! 水ビー……」
阻止をしなければ、面倒なことになる。
そう直感した巧は水ビームを放ち阻止をしようと手を相手に向けた瞬間、巧とマグワイアの周囲は突如、何かの影に入る。
「暗い……」
巧が見上げ、発したのがこの一言である。
それは日食などではなく、先程まで上空には存在していなかった巨大な物体が上空に創られ落下していた。
ものの数秒あれば巧とマグワイアにぶつかり、二人を押し潰すことが可能なほどの巨大物体。
そんな暗闇の中、巧は動けずにいた。
現状を理解できていなかったのか、目の前の事、上空の事に気をとられていたのか、判断処理が追い付かず体は動けずにいた。
「タクミ危ない!」
リウスの声、鬼気迫るような叫びが巧の耳に届く。
次の瞬間、金きり音りとともに熱量のある放射物が放たれ、落下していた物体を貫き爆破。
物体の破片は周囲に飛び散り、明るさが戻る。
「まさか」
巧は振り返ると、すぐそこにリウスとハリトラスがいた。
リウスは息を切らしていながらも顔は申し訳なさそうな心配する表情を向けていた。
「ハリトラス、何でリウスを連れてきた」
「すまないタクミ。止めようとしたが、流石にこんな表情を見せられたら止められなかった……」
二、三度頭を掻き悩む。
そして諦めたようにため息をつく。
三人に近づく気配を巧は察知し視線を動かすと、シロとフェスが急ぎ駈け寄る。
「タクミ、無事!?」
「ああ無事だよ。あれだけ戦闘して怪我もなさそうで良かったよ。フェスさんも」
「あれだけの物量を破壊する一撃だ。新たな敵襲かと思い、流石に攻撃を止めざるを得なかったのでな」
「リウス、あなた何で来ちゃいけなかったか理解できてるわね?」
「う、うん……」
「シロ、今はリウスを責めるな。先にこの状況をどうするかを考えないと」
巧達とルルシやマグワイアの距離はおよそ十メートル。
ルルシの魔法を使用して攻撃すれば、十メートルはあってないようなものと思われた。
だが、そのルルシはマグワイアの指示を待っているのか動かず、魔法も放つ体勢には入っていない。
そんなマグワイアも先ほどと違い、全身黒色で覆われ、恰好がフルプレートアーマーのようであった。
だが、仮面の隙間から覗かせていた顔は警戒するように巧達を睨んでいた。
「さっきのは、そこの女が放った魔法の感じがルルシとは同じ……。くそっ! まさかそっちも呪い子がいるなんて!」
「なっ! それはまことか!?」
呪い子の存在を知らされていないフェスにとって、この反応は無理もなかった。
この時の巧には選択肢を選ばざるを得なかった。
知られた事実の隠蔽か真実の肯定。
隠されていた事が公に明かされた事実。
特に相手も呪い子と共にする以上、今の発言により一層信憑性が増していた。
そんな中での巧が選択したのは……。
「とりあえず、それは王国へと無事帰還できましたら私からお話します」
「……信じてよいのだな?」
「はい」
フェスは巧の言葉を信じたのか大剣を地面に突き刺し、マグワイアに向け叫ぶ。
「それで、貴公等はどうする。戦力としてもこちらが圧倒的に有利。今引けば命は取らずに済ませておくがそれとも投降するか?」
「くそっ、ルルシ逃げるぞ!」
ルルシが手を上げると、地面の土がルルシとマグワイアの全身を覆う様に囲われ、そして二人とともに地面の中に潜りこんだ。
巧は集中して気配を探るが完全に逃げられ、見つけることはなかった。
「どうやら敵は撤退したようだ。タクミ、先程言った事」
「わかっております。それよりも魔物の軍勢は来ないのが分かったとはいえ、今は帰還を優先にしたほうがいいのでは」
「……わかった、そうしよう。だが一つ確認する事がある」
フェスは巧達に向け殺気を放たれ、緊張が走る。
今からされる質問の回答を間違えれば殺されるのも同義であった。
「マグワイアの言っていたことを確かめる。リウス、貴女は本当に呪い子……なのか?」
リウスは杖魔祖を両手で持ち、怯えながらも巧に視線を向けた。
そんな巧は言葉を発する事は許されてはいない。
だが、巧は応えるように頷くと安心したリウスはフェスに真剣な面持ちで顔を向ける。
「は、はい!」
その言葉を聞くと、殺気を解いた。
殺気による威圧感や緊張が解けたからか、リウスはその場に座り込んだ。
「すまないな。なにぶん気を張る必要があったので。タクミ、リウスを連れ明日城へと来訪するように」
大剣を背中に仕舞うと、冒険者一同に向け叫ぶ。
「皆が見た通り、この者達と共に敵を追い払い。脅威は去った! これより、我々はベルチェスティア王国へと帰還する!」
「おおー!」
叫び声をあげ進む冒険者一同。
そんな中座り込んでいるリウスを巧は支え立ち上がらせると、周囲の冒険者に目を向ける。
誰しも、リウスが呪い子だと知らされた恐怖からか、近寄ろうともしない。
「気にするな。とりあえずは俺達も王国へと戻ろう」
巧達の周囲を空ける様に冒険者は歩いている。
そんな中巧達もベルチェスティア王国に向けゆっくりと歩き出す。