不死者ゴブリンゾンビと決着
説明部分も多めの回
ゴブリンゾンビの前に対峙するのは巧を含めリウス、シロ、ハリトラスの四人の姿。
だが戦闘を行っていたのは三人。巧は戦闘に参加せず、他作業を行っていた。
「しつこいわね」
「こいつを完全に止めるの難しすぎだろ」
「ならあなたは私達の後ろで、私達の戦闘でも眺めていれば?」
「そうは言ってねえってシロ。俺だってお前達に負担かけさせるわけにはいかないんだ」
「そうね、なら泣き言言わずにタクミの作業が終わるまで頑張って頂戴」
「ああ、そうするよってあぶねえ!」
「シロさん! 炎硬弾!」
シロに迫るゴブリンゾンビの右拳。
体勢が悪いせいで受け身をとらざるを得ない状態だったが、リウスの放った大きめな炎硬弾が拳に命中し難なく回避する。
炎硬弾が命中すると共に消滅したゴブリンゾンビの右手。
「ギギギギギュアアアアァァァアアァァアアア!」
「ありがとうね、リウス。それにしてもその叫びも耳障りね」
「ああ、流石に聞き飽きた。タクミまだか!」
「もうすぐ終わる。三人共もう少しもたせてくれ」
巧は三人の後ろで空になっている複数の試験管に魔法で作った水を入れていた。
――数分前、巧がゴブリンゾンビを人のいない場所へと吹き飛ばし、戦闘を行っている際にリウス達三人と遭遇する。
「たく、遠くで見てたが吹き飛ばされたのを見て急に二人とも飛び出すんだからな」
「あれはタクミがしたんだってわかったら急にね」
「うん、私もそう思ったよ」
「それでこいつは何だ? 魔物……だよな?」
「ああ、ゴブリンゾンビと言う奴だよ。ぶっ潰しても文字通り復活する魔物って所」
落下し潰れた箇所が徐々に復活、治り始めるとゴブリンゾンビは動き出す。
動きは吹き飛ばされる前よりも速度が上がっていた。
「また速くなってるとか。くそっ間に合わねえ!」
巧は持っている水ハンマーで吹き飛ばそうとするが、反応が間に合わず摑まれそうになる。
すると、シロが光斬を放ちゴブリンゾンビの両腕を切断した。
「ありがとうシロ、助かった」
「いいの。タクミの役に立てて嬉しい。素早かったけど、これならいけそうね」
「だといいけどな」
吹き飛ばされた部分が再度肉の塊として出始め、腕は元の状態に戻る。
徐々にではあるが、再生速度も上がっていた。
「このままじゃまずいな……やっぱ……」
戻った腕で再び巧を襲おうと手を伸ばすが、巧の風壁により吹き飛ばされる。
「リウスは炎のドームであいつを足止めかつ二人の援護」
「わかった!」
「ハリストラとシロは済まないが、時間稼ぎ頼む」
「時間稼ぎ?」
「ああ、少し気になる事があって動けなかったが、来てくれたおかげで準備に移りたいと思うがいいか?」
「わかった。俺達に任せろ」
巧はリウス達への後方へと移動するとインベントリに手を突っ込んだ。
回復薬を取り出すと中に入っていた水分を捨て、代わりに巧が創る魔法水を流し込む。
一刻も猶予がない状況、何故巧はそのような行動をとったのだろうか?
その答えはゴブリンゾンビの状態にあった。
巧の鑑定は相手のステータスの確認、つまりはその生物の生態情報を確認ができる。
その項目に“増腐”これがキーワードであった。
本来どんな生物にも傷を治す自己治癒修復機能が存在する。
だが、それは生きているのが前提条件。細胞が死んでいるであろう死者のゴブリンゾンビは異常そのもの。
加えて元の状態への復元かつ身体能力の向上、これが増腐と関わり合いがあると巧は考えた。
巧が魔法によって創られる水は“状態の回復”、つまり状態異常から正常へと戻す効果。
これが何らかの異常状態であるなら、魔法水を飲ませる事で状態の異常を取り除く事も可能。
しかし、危機的状況での加減の難しさからか、魔法で直接飲ますよりも何かに入れてそれ事飲ました方が良いと判断した。
作業を開始し始めてから数分、その個数にして十の試験管に魔法水が入っていた。
その作業の間に未だ戦闘は行われ、戦況は不利になっていく。
「すまない遅れてしまって」
「いいって事よ。それで終わったのか?」
「ああ、これだ」
「透明な水?」
「ただの水じゃなく、魔法水。状態の異常を回復させる事も可能だ。これをあいつに飲ませる」
「飲ませるってどうやって、それに異常による回復って効かないんじゃ」
「回復と言っても今回は状態を無くさせると言った方が正確かな。試した事はないがやってみる価値はあるかと」
「ならば私もその案に参加させてもらおうか」
「フェス……さん」
いつの間にか巧達に近づいていたフェス。
巧は驚くよりも先に警戒した。
魔法水に関して聞かれたことによりも無宣言魔法の使用を見られた可能性もあるのだから。
死闘に集中しすぎて、周囲が見えていなかったのが原因であった。
「驚かせてすまなかったな。そのまえに【四散抜刀斬】!」
フェスは背中の大剣を手にすると飛び出し、目の前の魔物、ゴブリンゾンビにその一撃を放つ。
一撃、そう見た目だけなら一撃であっただろう。
だが、与えた斬撃はゴブリンゾンビを細切れにした。
「すげえ……これがベルチェスティア王国の国王に仕える将軍、最強の一角……」
「強いわね」
「う、うん」
「……」
ハリトラスはフェスのした事による“尊敬”をし、シロはフェスの強さに“好奇心”を持ち、リウスは一撃で敵身体を四散させた事に対して“困惑”する。
そして巧は……一歩選択肢を間違えれば全滅を免れない危機感であり“恐怖”である。
「どうしたのだ? 顔色が悪そうだが」
「い、いえお気になさらないで下さい。それよりも、これだけ分散させて良かったのでしょうか?」
「今回の作戦に捕まえるにはもってこいの魔物なのに自ら機会を無くすなんてね」
「シロ!」
「いや構わない彼女の言う通りだ。確かに迂闊だと思われても仕方がないが問題はない。寧ろ貴公等も予想はできていたであろう、この様になったとしてもまだ生きていることを」
フェスはゴブリンゾンビに一瞥。
未だ細かく分散された肉塊の欠片が少しずつ集まり、スライムの如くくっ付き始めた。
同時にゴブリンゾンビを殺す事すら不可能と証明されたのだ。
「いえ、流石にここまで予想はしていませんでした。それよりも、フェスさんはどこまで見られ、我々の話をお聞きになりましたか?」
「後ろ姿で見えておらなかったが貴公が何やら作業をしておってな、所持している特殊な水が再生対策の特効薬になるとまでは」
その言葉に巧はホッとする。
何せただでさえ疑われている巧に対して、今回の無宣言魔法での作業は致命的であったのだから。
水に関してはどうにでもなると考えた。
「この水は飲ませられれば再生防止できる可能性があるだけで確実性はありません」
「ほう」
「復活すれば更なる身体能力の向上、飲ませる事も困難と思われます」
「なるほど……、つまり私達に足止めをしたのちにそれごと飲まさせると」
「要約すればそれで当たっていますが、問題は上手く飲ます事ができるかですね」
「確かに、復活して身体能力が上がるとなれば動きも尋常じゃなくなるからな。だけど俺は……動きがつらいかもしれん……あ、いやすまん」
これまでシロ達と比べ、ハリトラスは自身の身体能力なさに参っているのか、ここにきて弱気になってしまったからか口ずさむ。
そんなハリトラスを察した巧は背中を叩く。
「ハリトラス、俺達はお前には助けてもらってばっかだ。お前いなかったら切り抜けられなかった場面もあった」
「う、うん。私もあの岩人形の時、ハリトラスさんが守ってくれなかったら今頃ここにいなかったかも……けど、あの時とっても感謝してるよ!」
「そうね、動きも判断能力も確かに遅いかもね。だけど協力してタクミを守ってるじゃない。誇りをもっていいのよ?」
「ははっ、シロに関してはけなされてるのか褒められてるのかよくわかんねえな」
だけど必要とされてるのがわかると、頬をかきながら照れながらも嬉しそうな顔をした。
「ハリトラス、お前にやってもらいたい事、いやハリトラスにしかできない事を頼みたい」
「おう、任せろ」
――――ゴブリンゾンビは肉塊が一ヶ所に集まり、姿形が復元されていく。
「見てわかる通りもうすぐ元の形に戻るから、さっき言ったように各自指示通り動いてくれ」
リウス達は巧の言葉に頷くと、各自の武器を持ち戦闘態勢に入る。
身体と四肢が復活し、頭が集まり始め、起き上がりそうになる瞬間、シロとフェスは飛び出す。
『――まずはシロとフェスさん、あの魔物が起き上がり始めるとお互いに飛び出し左右の両手を切り離してほしい』
「任せてタクミ!」
指示通り正確にゴブリンゾンビの両手を切り離す。
『次に再生速度が早いだろうから、近くにいる二人のどちらかを確実狙う。そこで俺とリウスが魔法で攻撃の隙も与えず再度復活した両手を狙う』
「今だ! 水ビーム!」
「炎硬弾!」
両手の再生速度は巧の読み通り速く、復活した腕を当て再度吹き飛ばす。
『そして俺とリウスが魔法を撃った瞬間にハリトラスは走れ。ダメージを受けたゴブリンゾンビは――――――』
「ははっ……たく、タクミお前の言う通りになってるな。本当にすげえよ……」
「ギ、ギュアアアアァァァアアァァアアア!」
「うるせーんだよ! 線空斬!」
線空斬で近づいたハリストラは手に持っていた魔法水の試験管をゴブリンゾンビの口の中へと放り込む。
飲み込んだゴブリンゾンビは未だ叫び続けている。
変化と言う変化は見当たらず、巧は即座に鑑定をした。
名前:ゴブリンゾンビ
年齢:0歳
性別:不明
種族:アンデッド
レベル:40
状態:なし
状態が増腐からなしへと変更されていた。
状態変更に伴い、ゴブリンゾンビの腕は再生されず生える事がない。
「もう大丈夫だ。あとは捕まえるぞ、シロ!」
シロはゴブリンゾンビの足関節部分を狙い斬る。
ゴブリンゾンビは関節を斬られたからか足が崩れ地面に倒れこむ。
腕も生える事もなく足も動く事はなく、まさに陸にあげられた魚状態であった。
「よしこいつを連れて戻ろうってあれ?」
冒険者達が巧達の周囲を囲い込んでいた。
状況に理解できていない巧。
「え? え? 何でいるんだ?」
「すげえぞお前達!」
「ああ、俺達には無理だったのをお前等がやれるんだから」
「そうだな、俺達遠くから見ていたが、戦ってるお前達の姿を見て情けなくなったんだ……すまなかった!」
「いや謝らなくてもいいぞ? 結局は誰かがしないと全滅していたわけだし」
「それでもお前達に押し付けてしまっていた俺達に非はあるんだ」
「フェスにも言われて俺達は情けないなと……」
「今回は何もできなかったが、まだ残り来る魔物の軍勢は俺達も立ち向かうよ」
「そうか……期待してるよ」
「あの魔物は俺達が運んでおくから、お前達は先に休憩してきてくれ」
巧はシロ達のほうへと顔を向けると、リウス、ハリトラス共に少し疲れている様子を見せていた。
「お言葉に甘えて休憩しようか」
巧の言葉に同意するよう頷く三人。
すると、馬を走らせた護衛兵士の一人が巧達の元へと到着する。
その顔は血相を変えたような表情を向けていた。
「フェス将軍、第二陣営からの使者が到着。緊急の知らせとの事、至急守営舎へとお戻り下さい!」
「すぐ向かおう。すまないが労いの言葉をかけれそうにない」
「いえ、今回の戦闘はフェスさんもいて下さらなければ厳しかったでしょう。それよりも早くお戻りになられた方が良いのでは?」
「そうだな。では皆の物あとは頼んだ」
大剣を背中に仕舞い、守営舎へと戻っていく。
「さ、とりあえず俺達も行こうか」
巧達は馬車の中にある休憩スペースに乗り込むと腰を下ろす。
《皆の者に緊急通達を知らせる。心して聞く様に》
余裕がない切羽詰まったようなフェスの声が響き渡った。
「何だろ? 緊急通達ってさっきの事かな?」
「多分そうでしょうね」
聞いている巧達に焦りはない。
フェスほどの男が緊急を要するほどの事に対して疑念を持たない者はいない。
だが、すぐにその理由が判明する。
《第二陣営が壊滅的被害を被った。その原因が“呪い子”によるものだと判明》
「……え?」