お狐さんのお怒り
スマホを開くと17:32と画面の4分の1という大きさで、それを見てやはり今回も溜め息を零す。彼との待ち合わせ時間は17:00。もう30分以上も過ぎている。痺れを切らして電話をすると、気怠さを隠しもしないで
「何?」
と短く返事をした。
「話があるから来てって言ったよね?」
「うん、なんて言ってないから行く必要はないよね?」
いつもはその言葉にイラッとはするけれど、嫌われたくない。その恐怖に縛られ、
「うん。分かった」
と聞き分けよく返事をする。けれど今回ばかりは我慢できなかった。
「来なさい。さもないとあの写真ばらまくよ? それでもいいの?」
写真とは彼氏が男に壁ドンをされた時のもの。たまたま、男がこけて壁に手をついた。その時たまたま人がいてそれが私の彼氏だった。そう、ただ偶然が重なってできただけの代物だ。
面白がって写真を撮ったものの、やはり消すようにいわれた。それでも面白かったので消したふりをしただけなのでこのケータイの中にはその画像がまだある。
「その写真ってもう消したものだろ! 来なさいとか……なんでお前に命令されなきゃいけないわけ? 俺は行かねぇぞ」
この人は消したと信じてる。なぜなら私は彼の言うことは皆従っていたから。怖かった、嫌われるのが。けれど、どうしてか全く怖くない。
そりゃ、そうか。だってこれから別れるんだもの。
「ぐだぐだ言ってないで早く来て! ────来ないならばらまくから覚悟してね」
「分かった! 分かったから待ってくれ!」
がたがたと大きな音がなった。きっとその音は走った拍子にぶつかって倒したものだろう。その際、きゃっ! と可愛らしい声が聞こえた。どうやら女といたらしい。あの時の女かな?
どうやら来たみたいだ。肩で息をしながら走っているのが見える。スマホを見れば17:43という数字。約10分で家から来れるらしい。こんなに早く来るのは初めてだ。どんなに早くても30分後。どれだけだらだらしていたんだ。
探せば探すほど見つかる嫌なところ。
どんどん冷める私の心。
「別れましょう」
そう言えば元々無表情なひとだから口元も頬も動かなかったが目は嬉しそうにきらめいた。私をあまり見てくれなかったけれど、ずっと一緒にいたからこそ分かる彼の感情。
「おい、ちょっと待て。別れるってお前等はつき合っているということ? 奈希、お前が俺に求婚したんだよ? それなのに、なんで付き合ってるの?」
久亜が突然現れた。今日もお祭りでも何でもないのに浴衣を着ている。
今日の浴衣は質のよい錆浅葱色の浴衣で、きっと私の手には届かないような値段のものである。
この浴衣も似合っていてうっとりとしてしまう。
万弁の笑みではあるが、口端はぴくぴくと震え、こめかみには青筋がある。
「求婚!?そんなことした覚えないんだけど」
どんなに記憶をたどっても好きだとか結婚してなんて言葉は言っていない。そもそも久亜とあまり言葉を交わしていないのだ。それに私の名前教えていないのに何で知ってるんだろう?
「俺の狐の面、外しただろう? それは求婚の印なのだが人間は違うのか?」
「そんな求婚のやり方なんて違うわよ! そもそも私、貴方の名前しか知らないもの。年齢だって何も知らない」
「種族は妖狐。年齢は2513。人間なら25歳位か」
2513!? 馬鹿にしているとしか思えない。
自分のことを妖狐とか……厨二病か??
「その顔は信じてないな。
人間は妖力を見ることは出来ないというが本当だったのか。……ほら」
頭から獣の耳生えた。漫画で見るようなポンっと音を立てて現れるようなものではなく、もし音があるとしたら“にゅぅうっ”と音がきこえるのだろう。まさしく生える。その表現につきる。
耳が生えると同時に尾てい骨辺りからふさふさと柔らかい尻尾が生える。
スマホで狐の画像検索をしてみると、まさしく狐であった。
耳の裏側が黒いところやアライグマのように少し太い尻尾などが狐だということを表していた。
ふわふわと風に揺れる毛……
触りたい、という欲求が当然生まれる。それを抑えられるはずもなく、手を久亜の耳へと伸ばす。
「ふわふわぁぁ!! 気持ちいい!!」
柔らかく指を包み込む毛。やみつきになりそう。
恥ずかしそうに私の手をどけるために頭をふる。抗わず、それに従って手をどける。
そして……尻尾を掴む。
「うひゃぁあ!!」
余りの気持ちよさに頬ずりをすれば、これは流石に駄目だったのか、奇声をあげ、木の上へと跳んで移った。
木の上の久亜にはどう考えても奈希の手は届かない。なぜなら奈希は木登りを苦手とするし、第一、木に生えている枝は一番低いものでも奈希の頭より高いところにある。筋肉隆々の身体を持っていたら登れたかもしれないが、生憎奈希は普通の女子高生で、細い腕ではとても無理だった。
触れないのが残念。そう思って自分よりもずっと高い所にいる久亜を悲し気に見る。触りたいなぁ……。
「はぁ、そんな目で見るな。触らせてあげるよ。新居に行くぞ」
高い木の上から音も立てずに軽やかに地面に着地した。この人間離れした身体能力が久亜は人間ではないことをよく表している。
「し……んきょ?」
頭が追いついていかない。何故に新居? ここではだめなの?? この考えが顔に出たのだろう。久亜はくすっと照れくさそうに笑って結婚したんだから、新しい家は欲しいよね。一緒に暮らそう? と嬉しそうに言った。
「え……? 結婚……?? いつしたの? ていうか、私まだ高校生だから早いよ」
驚愕を隠せず、目を見開いた。そしてあまりの驚きに有り得ないほどのスピードで口が動いた。
「もう、離婚はできないからね。だって君は結婚したことによって俺と同じ種族になったから」
「え、人間じゃないってこと??」
「うん」
にっこりと輝かしい笑顔で久亜は答えた。そして、ずっと一緒だよ?と子供のような純粋な笑顔で言われてしまったから何も言えなかった。
「おい! 俺を忘れるなよ!! じゃあ、お前とは別れられるんだな?」
それだけ言うと、最低男はさっさと帰ってしまった。
「妖怪だって知られてしまったけどいいの?」
「どうせ、言っても誰も信じやしないよ」
にやりと笑った。確かに妖怪なんて写真とかが無い限りは、え? マジでぇ! とせいぜい信じてないけれども楽しくお話するくらいだろう。
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成人した後、2人で住み、2人の子宝に恵まれ、何百年も幸せにくらしましたとさ。




