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その銃弾1発で  作者: 衣太
価値
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19/21

7

「目的を、聞かせて下さい」



 何を撃つか、それをしたことによって何が起きるのか、彼女は何も説明していない。



「名前はテオドール・テレマン」



 理科はそう名前を口にする。無論、聞き覚えはない。



「ミラン隣国、カエルムの軍事参謀――ということになっている。そいつが標的だ」


「……その人を撃てば、何が起きるんですか?」



 それを聞くと、理科は黙って横に座る、王女ミーアを見つめる。

 示し合わせでもあるかと思ったが、ミーアは怪訝な顔をしている。何を求められいるか分かっていないような表情だ。


 理科はミーアに優しく微笑むと、こちらに向き直り、言った。



「戦争が、終わる」



 それに真っ先に反応したのは、自分でもなければアリシアでもない。

 ミーアだ。


 大きな音を立てて椅子から立ち上がる。

 彼女の動作に押された椅子は傾き、倒れそうになったところ、地に着く寸前、メイドがキャッチ。



「理科さん!?あなたは、何を……っ!?」


「落ち着けミーア。お前にも言ってなかったのは悪かったが、そもそもこの計画は、銃の使用者が現れない限り不可能な計画だった。今の今まで黙ってたのは、それが理由だよ。それを成し得る駒も無しに夢を語るのは、ガキのすることだ」



 ミーアはそれに対し、「でも」と口にするが、言葉を続けることはなかった。



「話を続けよう。前衛基地にそいつが現れた時に、お前が狙撃する。そうすれば戦争が終わる。いや、違うな。私が、終わらせる」



 理科の言いようからして、彼がその基地に現れるのは確実ということ。それを、自分が撃つだけだ。

 たった一人の参謀。いくら戦時下とはいえ、100年続く戦争を、たった一人の命を散らしたことによって終わらせる、その方法は、皆目検討もつかない。

 しかし、いつの時代も、戦争を終わらせるのは兵士ではない、政治家だ。

 下條理科が終わらせると言っている。ならば、テオドール・テレマンという男が死ねば、戦争は終わる。ただの一兵は、そんなことを考えないで良い。そいつを撃てば戦争が終わるというなら、終わるのだ。



「……狙撃距離は?」



 前衛基地と言った。そんな場所に、果たしてどこまで近づけるものなのだろう。

 数キロ飛ぶ火砲のない時代だ。レーダーもない。現代戦よりは近づけるだろうが、問題がある。

 この世界の人間の、尋常じゃないスペックだ。

 視力も明らかに人の数倍良い。ジゼルは自身の弓の射程である500mを、裸眼で見ることが出来ると言っていたのだから、相当だ。

 そして、避けることもできる。仮にダネルの有効射程目一杯で撃った場合、発射から着弾までに2秒もの時間を要する。3mの距離で亜音速の弾丸を回避できるこの世界の人間にとって2秒など長すぎる時間であり、一瞬でもそちらに目を向ければ、飛翔する弾丸が見て取れることだろう。



「約2,9キロ。なに、たかが世界記録より100メートル長い程度だ」



 遠すぎる距離では、ない。初速が音速の3倍近くなる14.5x114mm弾にとって、その距離ならまだ、音速を保っていられる距離だ。

 アリシアほどの兵でも音速では動けないと言っていた。しかし、距離が離れていれば別だ。

 目の前で直線に飛んでくる音速とは違う。若干の放射線を描いて飛ぶ音速なら、恐らく、見える。

 そして見えたら、避けることができるのが、この世界の人間だ。



「避けられないよ」



 思考を読んでいたのか、理科はそう言った。

 彼女が、この世界の人間のスペックを知らないはずもない、それでも避けられないというには、この銃、弾丸を、過信しすぎではないのか。

 ……いや、違う。

 そう確信できる、理由があるのだ。



「避けられないと言える、根拠はなんですか?」



 そう問うた。彼女の目は一瞬泳ぐ。恐らく、迷いだ。

 口にして良いか分からない、一瞬だけそう思ってしまったのだろう。しかし、ミーアやアリシアの方を見ることはない。



「……私達と同じ、あちらの世界から来た人間だからだよ」



 静かに、だがはっきりと。

 彼女はそう口にした。

 『あちらの世界から来た』、と。



「どうしてそれが分かったんですか?」



 確かにあちらの世界の人間なら、音速の弾など避けられない。仮に発射した瞬間のマズルフラッシュを目撃したところで、たった2秒で身体を動かし回避行動を取ることなど不可能だ。

 あらかじめ弾が飛んでくるのを予見していたならともかく、そうじゃなければ確実に、命中コースを辿った弾は必中となる。


 しかし戦時中の敵国だ。いくら隣国とは言え、話したことなどあるはずもない。

 他の世界から来る人間の存在が一般的知識ではないはずの世界で、そのような噂は広まらない。

 つまり、テオドール・テレマンという人間があちらの世界から来たと思うのは、彼女の勘に過ぎないはずだ。


 説明するのを悩んだ理科も、黙るのを諦めたようで、車椅子の背もたれに体重を預け、天井を見上げて言った。



「戦術に、見覚えがある」


「見覚え?」


「ブリッツクリーク、雷撃戦だよ」



 雷撃戦。それは、第二次世界大戦にてドイツ軍が行った戦術だ。

 その戦術を用いたドイツ士官は数多くおり、また、対策が確定するまでの数年間、圧倒的な効果を生んだ。



「雷撃戦、ですか?」



 そう口にしたのは、ミーアだ。当初は会話に口を挟むつもりはなかったであろうミーアだが、戦争を終わらせるという言葉により、こちらの話に興味を持ったようだ。

 王女なのだから、彼女にとっても他人事ではない。終わらせるのは政治家でも、終わるのは国なのだから。



「あー、そうか。この国の奴らは知らないか。……まあ、説明するよ」



 そう言うと理科は、ジェスチャーを交えて説明を始める。



「カエルムは連合国の中に含まれた小国に過ぎない。それでも、今この戦争を動かしてるのは、間違いなくカエルムなんだ。今、この戦争の前線は、どこだ?ミーア。答えてみろ」


「……戦闘の規模からして、ウィリデ地方でしょうか。あそこには、先祖代々この国を――」


「その、ウィリデな」



 理科はミーアの言葉を遮るようにして言う。



「三日前に落ちたよ」



 理科の言葉に、ミーアは言葉を失う。恐らく、伝えていなかったことなのだろう。

 王女に伝えたところであまり意味をなさない情報と、そう判断しての黙秘だったのだろうが、ミーアにとっては、衝撃だったようだ。



「それで、狙撃距離が2,9キロになってる。前線がウィリデだった頃なら3,7キロだったから、今のが大分マシだな」


「マシって……そんな言い方は……」


「ああ、死んでいった者達に申し訳ない。だから今すぐ、私達はこの戦争を終わらせないといけない」



 地理には疎い。カエルムという国も隣国程度としか認識していなかったし、戦火については全くだ。

 一月近く王都を離れていたジゼルの情報は、リアルタイムではなかったのだから。


 前線は、段々と王都に近づいているという話だ。

 隣国が攻めてきている。それも、王都に向けて着実に、100年続いた静かな戦争は、ここに来て確かに加速している。



「カエルムに近い地方から、虫食いのように戦火が拡大している。気付いていたか?」



 ミーアは黙って首を横に振る。恐らく軍事知識の疎い彼女は、勝った負けたの結論しか知らないのだろう。

 地図を広げて、侵略のペース、戦火の拡大を確認していないのだ。理科が意図的に伝えていなかった可能性もあるが。



「雷撃戦ってのはな。機動力を重視した、高速の一点突破だ。その部隊は敵陣に食い込み、司令部を叩き、敵を混乱させる。あちらの世界では陸と空が連動することに意味があったが、この世界では違うな。あくまで一点突破して混乱させるところまでをカエルムがやり、戦線を維持することなくカエルムはそのまま通過。混乱した敵前線を、同盟他国が挟撃する形だ」



 空からの一点攻撃で指揮系統を潰し、それと連動した機械化部隊が突撃するのも代表的な雷撃戦の1つ。

 どの国でも、全く別の組織となる陸軍と空軍の完全な連動は行えない。それを成し得たのが雷撃戦のシステム、そして、戦果だ。



「この戦術は、予め決められた動きをするわけではない。全て現場判断による行動だ。それを食らった敵は指揮系統が崩れ、統一された動きができなくなる。最初から『現場判断』と言われていた攻め手と、『指揮系統が崩れたから現場判断になった』守り手では、全く違う対応をしないといけない。我が国は、その対応など出来ないんだよ。戦争は、停滞しすぎていた」



 即応性のある対応が出来るのは、常に戦線が拡大し続けているところだけだ。

 確実に懐へ侵攻してくる敵と戦うのは、段々と前線から離れた兵となっていく。常に戦い続けた前線と違い、彼らにその即応性を求めるのは酷というものだ。



「それに、あちらには間違いなく無線機器がある。いくら何でも、挟撃が綺麗に決まりすぎる」



 電気はあれど車を動かす燃料はなく、電波やネットワークの存在しないこの国で、無線機器の存在。それは、戦力差を覆すのにも充分な武器だ。

 情報は1秒のロスもなく遠方に伝えられ、状況を一瞬にして把握できる。情報の同期が必須となる雷撃戦では当然必要となる武器でもあり、そして、それがあるからこそ雷撃戦を行えるという証明でもある。



「指揮の為に、テレマンは必ず最前線にやってくる。周辺を確実に占拠してから来るから若干は時間があるが、ウィリデで叩くなら残り時間は――」



 そう言うと理科は手帳と地図を広げ、侵略ペースの計算を始める。

 いつ来るかも分からない狙撃手を、待っていたのだ。それまでに王都が陥落しないことを祈って、彼女は計算を続けていた。いつ来ても、即応できるようにと。



「最速で8日だな。ここからウィリデに行くのに6日は掛かるから、お前には2日以内に出発して貰うことになる」



 銃の調整、狙撃位置の選定。それに2日というなら、あまりに駆け足すぎる。

 しかし、現状は相当に切羽詰まっているということだ。王都からたった6日で行ける地方が既に敵の支配下に置かれている。侵攻を止めなければ、一月程度で王都が侵略される勢いだ。


 問題として、テレマンがウィリデに到着するのが8日というのはあくまで理科の計算による最速であり、それより早くなることもあれば、一月以上来ない可能性もある。

 いくら現場対応とは言え、突撃する兵にとっては気の休まる戦闘ではない。何せ、敵に一点突破の突撃を掛けるということは、一時的に全方位を敵に包囲されるということに繋がる。

 指揮系統を崩せなかったら、最悪包囲された自分達が殲滅させられる。その雷撃戦の中枢を担っているのが圧倒的物量を持つ大国ならともかく、小国と言うのだから、全体の遅延も当然だ。



「タイミングが合わなかったら、大人しく逃げてこい。次の狙撃は、次の地方を占拠されてからまた考えればいい」



 理科のその言葉に、ミーアは唇を強く噛む。占拠される前提という理科の言葉を否定したい気持ちはあれど、それを言葉にして、理科を納得させる自信がないのだろう。



「護衛にはアリシアを、観測手としてジゼルを付ける。敵はカエルムの一個連隊5000人。お前の任務はテオドール・テレマンの狙撃。何か質問はあるか?」



 観測手。スコープを覗いている間無防備になる狙撃手の、サポートをする人員のことだ。

 スポッターとも呼ばれ、主に狙撃技術を持つ者がそのポジションにつくことが多い。

 役割には敵に発見された場合の護衛も含まれており、狙撃手単独で行動する場合の数倍の戦果を生み、生存率も跳ね上がると言われている。


 それに、ジゼルが選ばれる。

 狙撃手と観測手は息を合わせる必要がある為、あらかじめ顔を合わせておく意味が大きかったのだろう。ジゼルが派遣された理由は、それで説明がつく。2人が逃げることへの危機感や監視の意味など、ほとんどなかったのだと推測できる。


 アリシアが護衛というのは、納得だ。彼女の戦力があれば、最悪の場合でも退路の確保ができる。

 多数の護衛には向かないアリシアだが、たった2人を守るというなら平気で行える。そう判断した理科が選んだのがアリシアであり、送迎を任せたのも、互いの波長を知る為だった。

 全て、計算通りというわけだ。

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