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「一大地、です」
「ふうん、君が、ね。積もる話もあるだろうが、まずは食事にしよう。君が来たお陰で、ようやく作業を止める口実ができる」
理科はそう言うと、部屋に居たメイドに目配せをする。
メイドは一礼すると部屋から出、食事の準備に向かったようだ。
国の宰相にしては、あまりに少ない警備の数。部屋の周りに誰かが待機しているのかとも思ったが、城に入ってから3階のこの部屋に来るまでの間、ほとんど人に会っていない。門番を含めても両手で数えられる程度だし、3階の廊下には誰も居なかった。
一応部屋には秘書の少女が残ったままだが、彼女に戦闘の心得があるようには思えない。
少女の格好は膨らみを抑えているが、ドレスだ。一目で良い布を使っていると分かる作りをしており、スーツ風の黒い服を身に纏った理科より、上の階級に思える格好だ。
少女は理科をテーブルの前、椅子が置いてないところまで押し、自分はその隣に座る。
テーブルの周りには、3つしか椅子が置かれてなかった。それは、理科が車椅子から動けないからだろう。彼女のために、椅子を置く場所は空けられている。
「まあ、座りなよ」
理科にそう催促され、着席する。しかし、アリシアは動こうとしない。
「アリシア、お前何不貞腐れてるんだ?早く座れ。そんな顔でこっちを見られると、飯が不味くなる。2日ぶりの食事くらい、ちゃんと取らせてくれよ」
理科はアリシアを見てそう言った。その対応だけで、アリシアの態度が今回だけではなく、普段からこのような態度をしていることが分かった。
嫌いのオーラというより、殺すとオーラを出しているようだ。ヒク付いていた表情は、怒りの顔で止まっている。
「貴様」
アリシアが口を開く。腰の剣に手を添えて、今にも抜剣しそうな構えだ。
「殿下に、何をさせている……?」
「何って、秘書だよ。見てわからないのか?」
アリシアは、殿下と口にする。この部屋に人は5人しか居なかった。メイドと下條理科、自分とアリシアを除くと、残りは1人。
車椅子を押していた、秘書の少女だ。
「秘書くらい、そこらのメイドにやらせればいいだろう」
「どこの馬の骨とも知れない奴に、国の資料を見せられるか?」
「なら、信頼の置ける人間を置けば良いだろう」
「いや、それがこの子だから」
そう言うと理科は、立てた親指で少女を差す。
会話が成り立っているようで、会話になっていない。お互いの“何”が、全く違うのだ。
「あ、あの、アリシアさん!」
殺伐とした空気の中で口を開いたのは、殿下と呼ばれた少女。
殿下とは、王族に付ける敬称のはずだ。国を動かす宰相が、国の王を秘書として扱っているのは、確かにおかしい。
明らかに、立場的な上下が逆になっているのだ。
「あなたの気持ちも分かります。けれどこれは、私がお願いしていることなんです」
「そうだよ。私は別に無理矢理ミラを使ってるんじゃない。それがミラの意思だから、使ってるんだよ」
「だが……」
「ならばアリシア、私から命令します。大人しく席に付きなさい」
アリシアは少女に叱咤され、剣の柄に添えていた右手を、左手で押さえつける。
横顔を見ると、唇を強く噛んでいることが分かる。よほど悔しいのだろう。殿下――ミラと呼ばれた少女が、理科の秘書をしていることが。
数秒迷ったようだが、アリシアはミラの命令通り、黙って着席する。2席が向かい合わせになるテーブルで、そこまで深く考えることなく理科の正面に座っていたが、その判断は間違っていなかった。
アリシアは胸に手を当て深呼吸をし、心を落ち着けているようだ。
「ご挨拶が遅れました。私の名前はミーア・ミラ。この国の、女王をしています」
ミラと呼ばれた少女は、そう口にする。
アリシアが彼女を殿下と呼んだのは、つまり、女王だったからだ。この国の王と妃は、3年前のクーデターによって亡くなっていると聞いている。彼女は、その実子なのだろう。
両親を早期に失った為、まだ若い彼女が国の君主となったというわけだ。そう意識して見ればミーアは、まだ10代半ばのようだ。
「じゃあ次、私は下條理科。この国の宰相――というか、まあ国交含めて全部だな、取り仕切ってる。一君、君は私のことを知ってるようだが、どこまで知ってる?アリシアが話したとは思わないから、大方ジゼルあたりに聞いたんだろうが」
理科の問いに答える。相澤との話し合いで導き出された、金属薬莢の話を含めてだ。
下條理科についての自分の知識を、全て話した。
「ふうん?相澤と言ったか、そういえば昔、そんな男と話した記憶がある。よく覚えてたものだな。感心するよ。7割は正解、ってところか」
「……次は、こちらから質問しても、良いですか?」
「まあそれでも良いが、君の質問は大体分かってるよ。まずはそうだな、君をこの世界に呼んだ理由からかな?説明するとしよう」
大体のことは、お見通しのようだ。こちらが最初に聞きたかったのもそれなので、大人しく聞くことにする。
「まずは第一に。この世界には、求められた人間を呼び寄せる力がある。ただそれにも条件があって、『この世界の人間では解決できない場合に限る』、だ。数百年前から観測されてることで、この世界でその現象は“神託”と呼ばれている」
神託、神の言葉だ。この世界では神頼みするしかない事柄も、他の世界の人間なら解決できる場合がある。人間の手で行えるのなら、その世界から人を動かすということだろう。
「呼ばれるのは何もFPSである“DesoLatioN”だけの話ではない。まあ、私達の世界からすると、あのゲームのプレイヤー以外は対象になっていないようだがな」
「他の世界からも来た人も居る、ということですか?」
「そう、会ったよ。他の世界から来たと言う人間と話したが、明らかに世界が違った。時代のズレとか、そういう問題じゃなくてな。こことあちらのように、全く異なる世界観を持つ世界だ」
自分達からすると“DesoLatioN”のゲームプレイヤーだけが世界を移動したように思えたが、そういうわけではない。
他にも、必要とされれば来たのだ。その世界のその人間にしかできない、何かを求めて。
「第二に、これは予想に過ぎないが、私達の世界でも、同じことが起きていたのだと推測できる。一方的な移動ではなく、あくまで人員の交換という形だ」
結論から見た推測。全ての世界から、この世界に人を集めていると考えるのは、確かに違和感がある。全ての世界同士で同じように人が移動してきているのだとすれば、納得はできなくとも理解はできるというわけだ。
「この世界ではどうしても治せない病があった。それに対応する形で、知識を持った医師がこちらの世界へやってきた。簡単なワクチンで治せる程度の感染症で、子供の半数が死ぬ国があった。それに対応して、薬剤師が来た。一発の銃弾で解決する戦争に対応して、銃の製造技術を持つ者が来た。それを繰り返しているだけのことだよ」
『誰かに、必要とされる世界が欲しかった』、相澤の言葉だ。
必要とされる世界が欲しい人間を、必要と感じた世界が拾い上げる。それによって、双方が救われる。
至極単純なことだ。
「俺は、下條さんに求められたから、ここに来た」
「そう、君を求めたのはこの私。そして、この世界だ」
「下條さんは、俺の何を求めたんですか?」
そう問うと、理科はフフッと小さく笑う。「何故それを知らないのだ」とでも言わんばかりの反応だ。
「君は、何を求められたと感じてる?」
質問に質問で返されるのは苦手だ。特に、このようなパターンは。
下手なことを言うとまた笑われてしまう。しかし、結局見つからなかった答えだ。消去法で選ぶしかない。
「狙撃、ですか」
「まあ、3割アタリと言ったところか?」
3割。自分の必死の答えも、7割ハズレということだ。
彼女に求められたのは、狙撃の力ではないということになる。3割はそれ目当てだったようだが。
「狙撃手に求められる能力は、狙撃の精度だけではない。分かるだろう?」
狙撃の精度は勿論のこと、狙撃手に必要とされるのは“知識”と“判断力”だ。
ただ遠くから標的を撃つだけなら、機械がやれば良い。現代には、照準計算を全自動で行い、人間は引き金を引くだけと言う銃も存在する。
それでも人間にしかできないのは、標的の“価値”を測ることだ。
一発の銃弾による、最大の効果を狙うこと。その弾丸によって何が起きるのか、正確に判断する知識。
ただ全滅させればいいわけではない。全滅させるのなら、爆撃機でも飛ばせば良い。
たった一人の狙撃手によって、相手に最大のダメージを与えること。狙撃手の役割は、それを判断する力だ。
狙撃手は観測手というポジションの人間と一緒に行動する場合が多いが、単独になっても狙撃手はそれを行わないといけない。
銃一丁を持っただけの人間に出来るのは、人一人を殺すことだけ。それでも、その効果は10人、100人殺したのに等しい効果を生み出すのが、狙撃というものだ。
「一発の弾丸で、何が出来るかを考えること」
「そう、考えること。私の命令に従うだけの“駒”では駄目なんだ。自分で考えて、時には私の命令よりも自身の考えを優先する、そんな人間を、私は求めた。それに応じて来たのが君なら、君はその能力を備えているということになる。違うか?」
判断は、してきた。最初に森で偵察兵を撃った時、馬車で野盗に襲われた時。たった2回ではあるが、自分は確かにその判断をしてのけた。
ゲームの時は思考停止していたはずの、銃の役目を理解して。
「間違ってなかったようだな。やはり君は私が求めた人間だよ」
彼女が求めたのは“狙撃をする駒”ではない。狙撃手、そのものだったのだ。
少しの安堵。そして、1つの疑問が思い浮かぶ。
「俺があの森に来ると、判断した理由はあるんですか?」
「ああ、それか。単純なことだ、私が6年前この世界に来た時、そこからスタートしたんだよ。だから私は、『私と同じあの場所に狙撃手が現れること』を必要と感じた。それだけのことだよ。君がここまで来れたということは、場所の指定まで正確に行えたということだし、世界も君を求めたというわけだな。無神論者だが、神を信じたくなったよ」
個人の勝手な欲望では、人を世界の移動に至らせることはできない。
必要としたのは、世界なのだ。
個人が願い、集団が願い、世界が願うからこそ、その思いは実現する。人間の移動という現象を持って。
彼女の言葉は正しいのだろう。しかし、言っていないことがある。
大事なことだ。それを聞かないと、自分は動けない。
「下條さんは、誰に求められて、この世界に来たんですか?」
その質問は想定外だったようで、理科は目を丸くする。
そして数秒後、フフッと笑い出し、言った。
「分からない」
「分からない、ですか?けど、さっき……」
「ああ、この世界は、必要性があってはじめて人間の移動をする。けれど、誰が私を求めたのか、誰が私を必要と感じたのか、何故世界は私を選んだのか。1つも分からないんだよ。だからこそ、私は私の思うようにやっている」
彼女も、理解しているかもしれない。
恐らく世界が求めたのは、そういう人間だ。
この世界の理とは異なる知識を持ち、自分で物を考え、行動できる人間。そんなアバウトな願いでも、下條理科はそれに該当するだけの器を持っていた。だから彼女は、この世界に来たのだ。
「それでも、私が今に至るまで死んでいないし、世界は私の願いを聞き入れた。私は、この世界にいて良い存在なんだよ。だから、私は動く。自分の目的の為に、な」
「目的、ですか」
「そう、目的だ。まあそれは、そのうち話すよ」
そう言うと理科は、チラリと隣に座るミーア・ミラを見る。その動作1つで、『この世界の人間には、言ってはいけないこと』と、暗に示していることを理解する。
「世界の移動については、以上だ。次の質問だが――っと、もう食事が来てるな、ロラ、入っていいぞ」
理科がそう言うと扉が開き、先程のメイドが、ワゴンを押して入ってくる。他に付き添いの人間は、居ない。
ロラと呼ばれたメイドはお辞儀をしたが、言葉を発することはない。それは、自分がこの部屋に入ってから一度も、だ。それがメイドの作法なのか、話せない理由があるのかは分からない。
運ばれたのはサンドイッチとポタージュのみ。メイドはテーブルにそれらを並べると、紅茶を淹れる作業に入る。
簡単に食べれるものではあるが、理科の2日ぶりの食事にはこのくらい簡素な方が良いのだろう。
「次は、銃のことかな?いや――薬莢の疑問を解決しておくか」
理科はサンドイッチに手を付けると、少しずつ食べながら喋りだした。最低限口の中に物が入ってる状態で喋ることはないが、手にしたサンドイッチを置くことはしない。
彼女に行儀など気にする素振りはない。恐らくそれが自然体、両手で少しずつ食べている王女・ミーアとは似ても似つかぬ態度だ。
「お前と相澤という男の推理は間違ってない。確かに私は、この世界の銃水準が現代に並ぶことを恐れている。ただその理由は、お前らの推理とは違うな」
「……違う、とは?」
「お前らの推理では、『狙撃の優位性を維持する為に、金属薬莢以降の銃の発展を避けたい』ってところだが、私の考えはな、『この世界の人間に、銃を持たせることへの恐怖』だよ」
恐怖。
考えていなかったわけではない、しかし、予想のできたこと。
あちらの世界の人間と比べ、並外れた動体視力と運動能力を持つこの世界の人間が、銃を手にしたらどうなるか。
あちらの世界の人間に、勝ち目などあるのだろうか。
音速で動く弾丸を叩き落とせる人間が、音速で飛ぶ遠距離攻撃手段を手に入れるのだ。速度的に大差はないかもしれないが、それによって変化するリーチは、どうだろうか。
狙撃適性も、動体視力の勝るこちらの人間のが高いかもしれない。視力も、そうだ。
一瞬で移動して一瞬で撃ち、一瞬で逃げることも可能だ。狙撃手は1発撃つと居場所が察知され、その場から離れないといけない欠点も、こちらの世界の人間の機動性なら、容易にカバーできる。
「これは、私の武器だ。私達の武器だ」
理科はそう言って、どこからか薬莢を取り出した。
しかし、それは銃の薬莢というにはあまりにサイズが大きすぎる。
「この武器を、こちらの世界の人間に渡すわけには、いかないんだよ」
薬莢の長さは10cm以上、手の平ほどの長さがある。
狙撃に用いられる弾丸は、大きければ大きいほど良いわけではない。あくまで人間が撃つのだから、反動を抑えきれない火薬量は使えない。弾頭重量を上げれば飛距離は伸びるが、弾丸形状によっては横風に弱くなる。
それらを加味された上で『50%命中する距離』を有効射程と言う。弾丸が殺傷力を持ったまま飛翔する“最大射程”の、3分の1から5分の1程度の距離だ。
弾丸を重くし火薬を増やせば飛距離は確かに伸びても、命中精度が犠牲になってしまう。
その為狙撃銃に使われる弾丸は極端に大きくないことがある。
対人狙撃銃の狙撃最長記録、2,500mを叩きだしたライフルの有効射程は1,500m。それでも、世界の狙撃銃の有効射程の中ではトップクラスに長い距離。
有効射程を遥かに越えた狙撃は、空気の薄さや高所を利用し、更に弾丸を直線ではなく山なりに飛ばす必要がある。それは勿論偶然の産物などではなく、風速や重力、はては地球のコリオリ力まで計算に入れ、撃つ。音速で飛ぶ弾丸ですら、着弾は3秒ほど後になるのだ。
しかし、銃のとある分類では、有効射程は大きく伸びると言われている。
“対人”ではなく、“対物”の場合だ。
この場合、目標物は人のサイズではない。車や戦車、はては建物までもを標的とする。
対象物のサイズが違う為、有効射程は対人狙撃銃に比べて大きく伸びる。それこそ、2キロメートルを超える距離でも、50%の確率で命中させられるというわけだ。
狙撃での世界記録を持つ対人狙撃銃の弾丸は、7.62x51mm弾。薬莢サイズは7cmにも満たず、弾丸の重量はたったの9グラムだ。
それを塗り替えた狙撃は、対物狙撃銃によって行われた。弾丸は、12.7x99mm弾。.50BMGと呼ばれることも多く、一般的には重機関銃の弾丸として知られているその弾丸は、薬莢が約10cm、弾丸重量は42グラムとなる。
「それは、何の弾ですか……?」
見た目で判断できるのは、12.7x99mm弾まで。しかし理科の持っているその薬莢は、それに比べても明らかに大きい。
対物用である12.7x99mm弾よりも大きいのだから、それこそ重機関銃に装填されるような弾丸サイズのはずだ。
確かにあのゲームには12.7x99mm弾を超える弾丸を装填する銃も存在した。しかしそれは運用コストが明らかに高く、通常狙撃距離である1km以下で見ても、命中精度はそこまで高くない。遠くまで届くというだけで、当てられるかは別問題だったのだ。
だから、知識としてはない。彼女の持っている薬莢が、どの銃に使われるものなのか、分からなかったのだ。
「14.5x114mm弾だよ。知ってるか?」
14.5x114mm弾。それは、あのゲームに実装されている中では、最大の弾丸だ。
それを装填する銃を実際に活用しているプレイヤーを、見たことはない。主に大会の景品として配布されるその銃は“コレクターアイテム”という扱いで、実用レベルに満たないものばかりだったのだ。
戦車戦があるFPSでは違った扱いなのだろうが、あのゲームは歩く以外の移動手段を持たなかった。そのような環境で、対物狙撃銃など誰も使う理由がなかったのだ。
「シモノフとデグチャレフの弾丸、ですよね」
“シモノフPTRS1941”と“デグチャレフPTRD1941”。ソ連が同年に導入した対戦車ライフルであり、それはあくまで“命中精度”ではなく“破壊力”を念頭に入れて作られた銃だ。
歩兵が運用できる最大サイズの弾丸で、有効射程にある戦車、装甲車の装甲を、ぶちぬく為に存在する銃。
有効射程は400mほどと極端に短いが、弾丸自体はその10倍以上殺傷力を保って飛翔する。
歩兵しか存在しないあのゲームでは、無用の長物として有名だった銃だ。
「ああそうだ。ちなみに、使ったことはあるか?」
「ないです。そんな銃、使ってる人すら見たことない」
「だろうな。じゃあ――」
理科は、指をパチンと鳴らす。
扉が開き、一人の人物が現れる。
「これに、見覚えはあるか?」
部屋に入ってきたのは、一人の男性だ。
手には一丁の銃を持っている。
いや、それは銃と呼ぶには明らかに大きい。
銃を持つ男の身長が180cmと仮定すると、銃の全長は2mということになる。
そんなサイズの銃、1つしか知らなかった。
「まさか……ダネル、ですか……?」
「そう、ダネルだよ」
“ダネル NTW-14.5”
元々は口径20mmの機関砲の弾丸を撃ち出すライフルとして作られたそれは、長距離狙撃の為、命中精度が20mm弾より高くなる14.5mmx114弾を撃てるよう改造され、出荷されたものだ。
対物ライフルとしても最大サイズの弾丸を撃てるそれを、“対人狙撃銃”というのは誤りだろう。
14.5mmx114弾による有効射程は、なんと2,300m。しかし、それはカタログスペックであり、実際にはそれほどの命中精度を持っていないとも言われている。
「けどそれ、日本には存在しないはずじゃ……?」
「ああそうだ。『日本には』、な」
この銃は日本での正式サービスが開始される前、北米大会の景品として配られた銃であり、日本人がそれを手に入れることは不可能だった。
それでも存在を知っていたのは、最大口径の狙撃銃であること、日本には存在しないレアリティなこと等、複数ある。
景品として配られたという記事をネット上で見つけることもできるし、海外には使用した感想が書かれているページもある。それでも、公式HPで見られる全銃器の使用率で“ダネル NTW-14.5”と調べると常に使用率0%と出、攻略サイトでは“存在は眉唾”とまで言われていた。
「つまり」
「『つまり、それは日本産の銃じゃない、ってことですか』、かな?正解だよ」
「……どこで手に入れたんですか?」
「日本人の私が、ゲーム内で手に入れたはずないだろう?答えは、こちらの世界で貰った、だ」
この世界に来たのは日本人だけだと勝手に思い込んでいたが、確かに、日本人だけが呼ばれたというのも、明らかに違和感がある。
全世界、全プレイヤーと対象としていると考えたほうが、自然と言えよう。その結果、偶然日本には存在しなかった銃を持ったプレイヤーが来、それを日本人に渡したと考えれば、辻褄が合う。
「それを、持ってた人ってのは……その人ですか?」
その人、と呼んだのは、銃を持って部屋に入ってきた男性のことだ。
顔つきは、どう見ても日本人ではない。この世界の住人と思っていたが、あちらの世界から来た外国人ならば、納得もできる顔をしている。
「違うよ、こいつはただの現地人。前の持ち主は死んだよ、3年前にな」
3年前。
それは、理科がクーデターを鎮圧した年と、奇しくも一致する。
「3年前って……」
「前の持ち主の話は、今は関係ない。必要な時に話すから、そこまで気にするな。お前が考えるべきなのは、世界に一丁しかなかった最強の狙撃銃がこの世界にあり、そして、使用者を求めている、ということだけだ」
世界に一丁しか存在しないということは知らなかったが、最強であるのは間違いない。
何せ、カタログスペック上とはいえ、最長の有効射程を誇る狙撃銃だ。これ以上の射程を持つ銃は、現状存在しない。
これを使えと言われるならば、使ってみせよう。狙撃手として、興味がなかったわけではない。
しかし、それにはある問題が生じる。
「弾は、あるんですか?」
そう問うと、理科はピクリと眉を動かし、フフッと笑い出す。
「真っ先に確認するところは、そこか。まあ恥ずかしながら、弾丸の量産は出来ていない。残弾は9発だ。さあ、君ならどうする?」
使ったこともない銃で、自分の扱ったことのある狙撃銃の、2倍以上もの有効射程。何発何十発何百発と撃てば癖も分かり、超長距離射撃が行えなくもないだろう。しかし、たった9発の弾丸で、何ができるだろうか。
そして、言われなくとも分かる。理科は、この銃で狙撃をしろと言っているのだ。
有効射程目一杯、いやむしろ、それ以上かもしれない。狙撃の世界記録は、有効射程の倍近い距離で当てた超人によって塗り替えられている。それも、幾度と無く。
「3発、下さい」
「ほう?」
「それで調整します」
「有効射程1キロの銃しか扱ったことがない君が、有効射程2,3キロのこの銃を、たった3発で調整できると?」
何故、理科は知っているのだろう。
有効射程1km程度の銃しか扱っていないことを。
今持っている銃はVSS、有効射程は400mだ。この銃が1kmも届かないことなど、理科なら知っていて当然だ。
ただ、一般的に用いられる大概の狙撃銃の有効射程は1km前後で、1km以上の距離を確実に当てる狙撃手は、あのゲームにもそう多くはない。『一般的な狙撃手なら』という意味で言ったのだと、そう解釈する。
「できるかどうかはわかりませんけど」
ゲーム内で常用していたのは、VSSと九九式狙撃銃。有効射程は400mと1,500m。
しかし、それしか使っていないわけではない。もっと射程が長い銃も使って、それでも選んだのがその2丁なだけだ。
有効射程が2kmのバレットM82を使っていた頃もある。ただ2kmもの射程を活かすマップはほとんど無く、稀にその距離で撃つ機会があっても、100%の命中率とはいかなかった。自分のプレイスタイルから必要性を感じなかった為、射程を短くした結果、九九式狙撃銃に辿り着いたのだ。
「それを求められて来たのが俺なら、できないとおかしい。下條さんも、それを期待してたんじゃないんですか?」
「逆説だな。ただ私も、この銃を使いこなせる人間が来ることを願った。調整には3発とは言わず、8発使え。1発だけ残れば、今回の目的は達成できる」
ただし、と彼女は続ける。
薬莢を指先でくるりと回し、リムをこちらに向け、言った。
「その1発に、命を賭けろ。100%当てろ。それができないなら、全ては失敗する」
一発、一発当てるだけで、彼女の目的は達成される。
その為に自分は呼ばれたのだ。
たった一発で全てを終わらせるためだけに、自分はこの世界に来た。
できないかもしれないなどという甘い考えは、浮かばなかった。不可能などではない。選ばれたのが自分なら、自分にはできて当然のはずだ。
『命を賭けろ』
彼女の言葉が、反芻される。




