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「でも、別人と思ってたその三者が同一人物だとすると、確かに納得だね。判断基準がわからないと言っていた彼女は、答えを見つけたんだ。『時代を停滞させるべき』ってね。その結果、生み出されてしまった雷管はともかく、金属薬莢だけは流通させまいとした。宰相になったのは国の一元管理の為かな?僕達のようにあの世界から来た住人が、無断で金属薬莢を複製しようとしたら、情報を真っ先に耳に入れるには、国を動かす立場になるしかない。全部、辻褄が合うんだね」
「となると、軍隊を作ったのも、そっちが目的みたいですね。駒を手元に集めることで大本となる情報流通を防いで、駒を持って従わない人間への抑止力とする――」
「ちょっと、待て」
アリシアが口を挟む。
軍隊に好意どころか敵意を向けている兵士であるの彼女からすると、聞き捨てならない話なのだろう。
「あの女が隠れて工作をしているというのは、まさかそれ関係か?」
「たぶん、そう。表立ってオーバーテクノロジーな銃器を扱う人間を探すことなんてしたら、すぐに目的が露見する。目的を隠すこと自体が目的なのだとしたら、同じ国の兵士に情報を与えないのは、当然?ただ――」
「ただ?」
「それなら、軍隊を使わない理由にならないね」
相澤が、そう口を挟む。
そう、それだ。金属薬莢の存在、あの世界の住人が当たり前のように持っている知識自体を機密にしておきたいのなら、自分の持つ軍隊を使わない理由にはならない。
最初に立ち寄ったあんな小さな町でも、自分の格好を見て「軍人」と呼ぶ人間が居たのだから、動かせる駒が極端に少ないはずもない。駒があって尚、情報が漏れる可能性のある、自分に敵意を向けている人間を使いに出す理由。
あるはずだ。きっとある。ここまで考えて計画している下條理科なら、自国の兵士からの情報漏洩を予想していないはずもない。現にアリシアは知ってしまった。彼女が他人に公言するかどうかは別として、2000m先まで届く銃があることを、知ってしまった。
「思い当たることと言えば、危機感かな?」
「危機感?」
「アリシアさん、さっきまでの話を聞いて、どう思った?1キロ以上離れたところからの狙撃とか、金属薬莢について思ったこと、ある?」
「危機感、か。確かに無音で、どこからともなく弾が飛んでくるなら、避けれないな。それでも――」
彼女が言葉を続けるのを、待った。
「音速程度なら、見れば避けられる。音は光より遅いんだ、光速で飛んでこない限り、脅威度は矢と変わらない。弓矢でも、上手い奴なら300メートル先を走る人間に当てられるし、数メートル離れるだけで音は聞こえなくなる。銃は違うんだろ?」
そう、そもそもの発想が違う。
銃弾を『見たら避けられるもの』として彼女は認識しているし、あの高速移動を見たら、それが虚言ではないことも分かる。
この世界の住人皆があんな挙動ができるわけではないだろうが、ファーストヒットを外した場合、警戒されて二発目を当てるのは不可能だ。
それこそ彼女なら、銃弾の飛んできた方向を見れば、二発目を平気で避けるのだろう。
「じゃあ、その音速の弾が、1秒に25発飛んでくるとしたら?」
MG42機関銃。歩兵の携帯できる銃で、最多の弾を吐き出す銃だ。
1分間に1500発もの連射性能がある。ただ、マガジンや給弾ベルトに数千発もの弾丸をセットできるはずもなく、一度に撃てるのは数秒がやっとだが。
歩兵が携帯するという縛りを無くせば、世界最多連射速度を誇る機関銃は、1分間に100万発、1秒で1万6666発を発射する。まああれは、最早銃というカテゴリーではない。
「銃口が音速で追尾してくるわけじゃないんだろ?じゃあ1発も25発も変わらないし、100発に増えようが1000発だろうが10000発だろうが変わらないな」
そう、アリシアは返した。
事実その通りだ。音速で飛翔する弾丸を見て避ける運動能力、反射神経が備わっている人間にとって、1発も2発も変わらない。銃口が彼女より速い速度で彼女を追うことができなければ、回避機動を取った彼女に弾丸を当てることなど不可能だ。
何せ狙撃の照準には時間がかかる。止まっている人間相手でも、数百メートル離れればレティクルど真ん中には飛ばず、初速風速重力を計算する必要があるし、一歩で数メートル平気で動く人間相手など、初弾以外当てれる道理がない。
逆に言えば、存在を認識されていない環境で初弾という縛りがあれば、どんな人間にでも当てられることになるが。
むしろ、この世界の住人に弾丸を当てるならば、狙撃や連射などではなく、散弾銃が適当なのかもしれない。
見て動いても避けられない密度で弾を飛ばせば、どれかには当たるかもしれない。この世界の対人銃に自然な進化があるとすれば恐らく、方向性としては、そちらだ。
「脅威ではないと、思わせてることが目的なのだとしたら」
これは、ただの思いつきだ。
この世界に順応するために『弾を量産しよう』などと考えてしまった自分では、遠く及ばない知識量を誇る下條理科、彼女の考えていること。
狙撃以外で対応するのはほぼ不可能なこの国の人類を相手にして、知識だけで立ち回っている彼女。
少なくとも、あちらの世界の住人からすれば、彼女は敵ではないはずだ。
自分を呼んだ理由は分からない。しかし、彼女はあの場所に誰かあちらの世界の人間が現れることを、予見していた。
つまり、規則性、もしくは法則がある。それが個人の特定に至るか否かは別として、彼女はこの世界の理を現状誰よりも理解していると見て間違いない。
あちらの世界の住人を、無条件で配下に置こうとしているわけではないのは、相澤がここに10年間住んでいることからも分かる。
それでも新しく来る人間を手元に置こうとした理由。
恐らく、情報の漏洩を防ぐためではない。それが目的ならば、長年ここに住む相澤のような人間を真っ先に手元に置くはずだ。
求められてるのは、銃か弾か実力か、それは分からない。
ただ単純にあの世界の銃を集めているだけという可能性もある。相澤は彼女に会った時点で銃を手放していたのだから、用済みということ。
「金属薬莢を使えば、1キロを超える狙撃が可能ということを、知られたくない?」
相澤が返す。
確かにアリシアは『見たら避けられる』と言った。しかしそれは、『見えなければ避けられない』ことに繋がる。
つまり、この世界の住人は、飛翔する弾丸に、目と耳以外で反応する術はない。驚異的な直感力で、見なくても避けられるというわけではないからだ。それが可能なら、最初の森からの狙撃は、とうに失敗している。
「見たら避けられる。知っていたら避けられる。けど、知らなければ避けられない」
「弾が遠くから飛んでくること自体を想定していなければ、1発目は確実に当てることができる、か。それなら狙撃の意味は、確かに残るね」
いくら弓が強力でも、直撃して肉片になるほどの威力はないはずだ。銃ならば、2km離れてもそれが可能となる。
銃の威力は、人体以外を撃つ場合でも有用となる。戦車の装甲を正面から撃ちぬく為に設計されたライフルもあるほどだ。この世界にそこまでの威力は必要ないかもしれないが、強大過ぎる力を、使わない手はない。
「戦争において狙撃手の役割は、複数を殺すことじゃない。狙撃が最大の効果となる人物だけを狙って、確実に仕留めること。その用途なら、この世界の住人にも通じるはず」
「……そうなるね。となると、僕が彼女に必要とされなかったのは、狙撃適正がなかったからかな?」
「相澤さんのメインウェポンは、何だったんですか?」
「ウージーだよ。彼女に会った時にはもう手放してたけど、確かにどんな銃を使ってたかを、話した記憶はある」
“UZI”
サブマシンガンに分類される機関銃で、派生系を含めれば1000万丁以上が製造されたと言われている、現代でもメジャーな銃だ。
ゲーム内では入手のしやすさ、整備が安価で済むことにより、初心者から上級者までが広く愛用していた。
弾の量産に制限があるこの世界において、低威力の弾丸を無数に撒き散らすサブマシンガンは、あまり有用とは言いがたい。
恐らく、ウージーの一般的な戦闘距離である50m以下など、この世界の兵士が一瞬で接触できる距離なのだろう。
「VSSは狙撃銃としては確かに射程が短い。けど君は、彼女に求められるほどの腕を持ってる、ってことになるね」
この予想が当たっているのなら、下條理科は、ピンポイントに狙撃手を手元に置こうとしていることになる。
あの場所に来るのが狙撃手と、どうして分かったのか。それは、彼女に聞かなければ分からない。
ここまで考えている人間ならば、『偶然狙撃手だった』とは考えづらい。時間が分からなかったにせよあの森に狙撃手が現れることを知っていたのだから、場所と、人物を特定できることになるからだ。
この世界の法則。何故同じゲームをやった人間だけが選ばれたのか。何故世界の時間に食い違いがあるのか。何故、夢を見たのか。
夢。
確かに、見た。この世界に来る夢を、何度も、何度も。
しかし、これまではすぐ元の世界に戻った。今は、戻らない。こちらの世界で睡眠を取ったら、あちらの世界に戻っているということもないだろう。
最初は夢の延長線上と思っていたが、今となっては、別の世界に来たとしか思えない。
「相澤さんは」
「うん?」
「前の世界に戻りたいとは、思わないんですか?」
「突然だね。そうだなあ……」
その質問に、相澤は少し考えるような素振りをする。30秒程、答えが返ってくる。
「思わない、かな」
「どうしてですか?」
「自分が、必要とされてるんだ。ゲームの中じゃなくて、この街にね」
必要とされる。
それは今まさに、自分が思っていたことだ。下條理科に必要とされたこと。この世界の真理に近づく人間に、求められていることに、ある種の高揚感を得ていた。
ゲームのスキル以外で、自分が求められることなど、これまでなかったからだ。
「あちらの世界からやってきた人達には、いくつかの類似点があるんだよね」
そう、相澤が切り出した。
「類似点?」
「そう。まず1つ目、これが最初に気付いたことなんだけど、ゲームの技術だね。こちらに来た人間は全て、あちらの世界で、トッププレイヤーと呼ばれる人達だった。僕も自慢じゃないけど、当時は国内チームランキング1位のチームで、上から数えられる程度には強かったんだよ。君も、そうなんだろう?」
相澤が所属していたのが自分の時代の1年半前なら、1位のチームは今と同じだ。
“crossroad”
英語で交差点という意味を持つチーム。一度も当たったことはないが、常に1位を維持できていたのだから、最強と言っても過言ではない。
そこに彼が所属していたというなら、1つ目の類似点に気付くのも当然といえよう。
「ええ、チームランキングは2位、1年前はそこまで高くなかったですが」
「やっぱりね。チーム無所属のソロプレイヤーも居たけど、彼も個人ランキングが上位だった。それで、2つ目。最初は偶然かと思っていたけど、5人目で確信したね。2つ目は、あちらの世界に、何かのトラブルを抱えていること」
「トラブル?」
「そう、トラブル。それは人によって様々だから一概には言えないけど、思想としては単純だね。『あちらの世界に戻りたいとは思わない』こと。そう考える人しか、こちらの世界に来ていない」
彼にそう言われるまで、すっかり忘れていた。
自分が『帰りたい』と思っていないことに。この世界での生き方を考え、行動を考えていたことに。
夢なら醒めると思っていたのに、今は、夢でも醒めるなと考えていることを。
「同意の上とは言いがたいけど、正直こちらの世界に来た僕らは、何よりも先にこちらの世界で生きていくことを選んだ。あちらの世界の身体がどうなっているのか、考えようとも思わない。僕からすると、未来人の君に会ってるわけだしね。魂のなくなった僕があちらの世界で生きてるのか死んでるのか、本当にどうでもいいと思えるんだ」
世界から見放され、社会不適合者としてシステムから弾かれた。
あの瞬間、確かに世界に認められなかった自分を認識した。
20数年生きて身につけた全てを否定された時、いつか自然に死ぬ時まで生きていく道を選んだ。
生きている理由も特に無いが、死ぬ理由も特に無い。もう少し決断力があれば、自殺していてもおかしくはないほどに、あの時の自分は、全てがどうでもいいと思えたのだ。
幸いゲームやアニメというコンテンツにのめり込んだことで自殺はしなかったし、家から出ないので貯金が然程削られることもなかった。親族はいい目をしなかったが、幸い、親以外には迷惑を掛けていない。
相澤の見つけた類似点には、確かに自分も該当している。
「3つ目、これは君もさっき気付いたんだろうけど」
言われなくても、分かる。
2つ目からの3つ目。現実世界に居場所がない人間を、繋ぎ止める理由。
「『誰かに、必要とされる世界が欲しかった』。そんな僕らに、この世界は役割をくれたんだ。僕はこの街で薬剤師をやってるんだけど、仕事をするだけで鬱になった自分を、この世界は変えてくれた。あちらの世界で誰からも必要とされず、仕事を辞めたら新しい誰かが入ってくる。そんな世界から来た僕の知識は、この街では誰も持ち得ない物だった。あんなに嫌々覚えた薬学の知識が誰かの役に立って誰かを救える。僕は、そんな居場所が欲しかったんだね」
こちらに来てたった一日で自分を必要としてくれる人間を見つけたこと。
下條理科。
まだ会ったこともない女性に、必要とされること。何故嬉しいのか、何故会って彼女の役に立とうと思えるのか、全く分からない。
そう、必要とされたことが、これまでなかったのだから。
必要と思われるのなら、存分に、自分の持つ全てを明け渡そう。。
下條理科は、誰があの森に来るかを予想したわけではないのかもしれない。
逆だ。
彼女が、呼んだのだ。彼女が必要とする人間を。
自分はそれに該当した。今は何故か、そう思える。
「彼女に、会わないと」
「だね。ハジメ君を必要としている世界は、下條さんが持っている。僕を必要とする世界はここにあるんだ。彼女に呼ばれないことに何も不満もないし、ハジメ君が気を遣う必要なんてない。狙撃手としての君が求められたのは、間違いなく戦力としてだ。君が到着することで、この世界はまた変わる。命は、大事にね。この世界にリスポンなんてものはないのだから」
ゲームでは、なかった。
この世界で死ぬと、あちらの世界の住人だろうが死ぬ。彼の言い方からして、恐らく、誰かの死を既に見たのだろう。
世界が違う現実。それならば、蘇生はされない。当然のことだ。
この世界の異物として生きる道を、この時、選んだのだ。




