おまけ話「伊丽莎白」
医療大国であるトルニーヤ国にやって来て、早くも一年。
医学科のある大学や、お医者様たちが集まって研究発表なんかを行う学会にも、頻繁に参加させていただけるようになった。
まあ、と言っても、聴講しているだけだけど。
その聴講の場で、わたしはすんごく目立っていたらしい。
顔つきからして外国人っというのが分かるらしくて。
そんな外国から来た小娘が、授業や学会で、ものすごい勢いでメモを書きまくって、聞き取れない単語にはアンダーラインを引いて、授業直後に言葉とか意味を確認させてもらって。
とにかく必死になって講義とか発表を聞きまくり、メモしまくり……だったのよね。
そりゃあ目立つわね。うんうん。
でも、そうやって目立っていたからこそ、普通なら知り合えるはずもないようなすんごく偉いお医者様であるチェン・ウェイ・イー医師とも懇意になれたんだから。
結果的によかった。
運が良かったのもある。
色々話して、ホワン・メイ・リー医師にも紹介してもらったり、お二人が在籍している大学病院でお手伝い程度だけど、働かせてもらったり。
毎日、全力で突き進んでいるの。
これもすべて、デライザお嬢様のため!
そんな充実した日々を過ごして……。
今日は久しぶりに、ロバート様が寄越してくれたティルベリー侯爵の使用人がやってきた。
お、お金は足りているんだけどなあああああ。
前回、そんなふうに伝えてもらったら、今回の渡された小切手の金額は控えめになっていた。
だけどその代わりに……お土産をたくさん持ってきてくれた。
「ええええええっと! お酒なんかがあるんですけど!」
わたし、飲まないよ!
「いえ、エリザベスのではなく。こちらでお世話になっている方へお渡し下さいとのことです」
あ、なるほど!
こちらのお医者様はみんな酒豪なのよね……。
手術とかの予定がある前日や当日は絶対に飲まないけど。
学会の日とかは……飲みまくる。
うん、お酒……。しかもウチの国のお酒は、こちらの国では珍しいはず。
よし、チェン医師とホワン医師に差し上げよう。お世話になっているし。
ということで、酒瓶を抱えて、まずホワン医師の医局に来てみました。
「こんにちはー、ホワン医師はいますかー?」
ドアを開けて、部屋の中に入る。
すると……ホワン先生は居なくて、リウさんだけが居た。
机にノートを広げて何かを書いている。
わたしが入ってきたのにも気が付かずに。
えーと……。
「こんにちは、リウさん」
真正面に立って、声をかけたら……。
「うわあああああああ! エ、エ、エリザベスっ!」
「はい、こんにちは」
リウさんは、わたしに気が付いたら、ずさーって、後ずさって。それから、はっと気が付いたみたいに、テーブルの上に広げてあるノートに慌てて手を伸ばす。
「伊丽莎白……? 知らない単語ですねえ」
トルニーヤ国語ということはわかるんだけど……。
わたし、日常会話なら、もうトルニーヤ国に不自由はほとんどない。
通訳のハンさんにも、最近は教えてもらうのは医療用語とか薬草の名前とか……そういう感じ。
「こ、ここここここれは! あのっ! 他意はなく!」
「はい?」
リウさんがすんごく焦っている?
ん?
わたしは首を傾げつつ、じっとリウさんを見る。
「えーと、えーと、あの、その、だ。ふっと思ってちっと書いてみただけで……」
リウさんの顔がすんごい赤い。
「んんん? 赤くなるようなキワドイ単語なんですか?」
わあ……。
まあリウさんも大人の男性ですからね。きわどい単語の一つや二つ……。
「ち、違うっ! これはトルニーヤ語でエリザベスっていうんだよっ!」
「は?」
わたしの名前……?
「そ、その、あのっ! エリザベスは読みは得意みたいだけど、書きはちょっと難しいって言っていただろう⁉」
「あ、はい。トルニーヤ語の文字って絵みたいで……」
「だだだだだからっ! もしかしたら、エリザベスのうちの国の字の書き方知らなかったら教えてやろうと思って」
「わー。嬉しいです」
ニコーって笑ったら、リウさんの顔がますます赤くなった。照れているのかしら?
いい人だなーリウさん。
「かわいい字ですねえ。伊丽莎白……。うん、かわいい!」
他国の言葉って面白いなあ。
あ、そうだ、早速ロバート様にお手紙書いて、デライザ様に教えて差し上げよう!
わたしのエリザベスの名前は元々デライザお嬢様のミドルネームだし。
「かわいいです。嬉しいです。リウさんありがとう!」
お礼を言ったら、リウさんはますます顔を赤くして。
ぼそっと。
「エリザベスのほうがかわいいけどな!」と、言った。




