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伯爵令嬢サディアの失恋【完結】【6/16おまけ話追加】  作者: 藍銅 紅@『お姉様はずるい』コミカライズ連載中


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第16話 エリオット③


交流会の時はいつもだいたいこんな感じで。ボクが誘っても、サディアはどこかに行ってしまう。


うーん……人見知りなのかな? 困ったな。

でも……、同じ世代の子ども同士の輪には入ってこないけど、お母様たちの席の端っこに座って、会話に加わってはいるんだよね。


今もそうだ。

どうやら詩の暗唱をしているところに参加している。どこそこの誰だれのなんとかって詩のここが素晴らしいとか何とか、聞こえてくる。


そのテーブルの夫人が言った。


「思い出せなくて、気にかかっている詩がありましてね。『慈しみ深い母が手に持っている糸で旅立つ息子の衣服を縫う。心を込めて、ひと針ひと針細やかに。心の中では息子が帰郷が遅くなることに心を痛めながら……』という内容なのですが。ですが、その詩を読んだのはもう十年も前でして……」


思い出したいのに思い出せないとかで、他のご夫人にこの詩の記憶はないかと尋ねている。

誰も彼も「さあ……、わかりませんわね……」と答えて。

サディアがおずおずと「あの……、発言、よろしいでしょうか?」と言った。


「あら? サディア。あなたこの詩を知っているの?」

「ええっと、たまたま、偶然ですが。昨日読んだ詩に似ていると思いまして……」

「あら! ちょっと詠唱してくれる?」


サディアのお母様がサディアを促す。


「夫人のお探しの詩だと良いのですが……。では、僭越ながら『慈母の手中の糸。遊子の衣、密密にして縫う』……」


サディアの落ち着いた声が詩を詠唱する。

それには覚えがあった。ずいぶんと前、サディアが読んでいた本に書かれていた詩。


だけど、サディアがその詩を見ていたのは昨日じゃないよ? サディアは嘘をついているの? 嘘は駄目だよ。ちゃんとずいぶん前に読んだのをしっかり覚えていたって言わないと。


「それだわ!」


夫人が嬉々としているけど……。嘘は、駄目、だよね……?



それからしばらくして、ボクはおばあ様に相談をした。


元から知っている詩を、昨日たまたま見たとか嘘を言ったら駄目だよね……?


なのにおばあ様はサディアのことを褒めた。


「ご夫人方にも分からなかった詩を、幼いご令嬢が暗唱したら、それは角が立つというものよ。サディアさんは賢いのね」

「嘘、ついたのに?」


だって、おばあ様は嘘は駄目ってボクに言っていたはず……。


「他者を傷つけるような嘘はもちろん駄目よ。でも、サディアさんは他のご夫人方の顔を立てて差し上げたのでしょうね。それは嘘ではなく気遣いよ」

「気遣い……」

「ふふふ。エリオットにはまだ難しいかしら?」

「……よく分からないよ、おばあ様」


分からないのなら、たくさんお勉強をしましょうね。それとお友達とたくさんお喋りをしましょうね。


ボクはおばあ様の言う通り、たくさんお勉強をして、たくさん友達とおしゃべりをした。


でも、勉強は難しい。お喋りは好きだけど。


貴族学院に入学してから、勉強はますます難しくなった。


「うーん、分からない!」


サディアが同じ学年だったら教えてもらえるのかな?

でも、仕方がない。サディアはボクの一つ年下。


勉強で頭を抱えていたら、同じクラスのご令嬢たちがボクに丁寧に教えてくれた。


「ありがとう!」


にっこり笑ってお礼を言ったら。ご令嬢たちは頬を赤く染めた。それを見たフェイとマージョリー、デボラ、アビ、キャスリーン、ソーニャにデイジーたちが……、ご令嬢との間に割って入ってきた。


「ちょっと! エリオット様とご一緒するのはアタシたちなの!」


確かに交流会のときとかは一緒に居たけど。だけど、貴族学院に入学してからは、ボクはみんなと違うクラスでしょう?

勉強は同じクラスの子に聞いたほうが良いと思う。


そうしたら、フェイたちは言った。


「じゃあ、お勉強はそちらの方たちにお任せするけれど! ランチをご一緒するのはアタシたちの特権よ! 放課後のカフェもね!」


特権って何だろう? 

一緒に食べたいってコト?


首を傾げたら、ボクに勉強を教えてくれたご令嬢が言った。


「皆様のうちのどなたかが、エリオット様の婚約者なので?」


フェイたちは「う……」と小さく唸った。


ボクは言った。


「違うよ。フェイたちは仲良しだけど、婚約者候補はサディアだよ」

「サディア……様?」

「うん! サディアはすっごく頭が良いんだ。所作もキレイなんだよ! 来年入学してくるから、みんな仲良くしてくれると嬉しいなあ」


よし、これで大丈夫。

きっとサディアもボクの友達と仲良しになれる。


だけど……、一年後、入学してきたサディアに、ボクは何故か避けられるようになる。


入学式の朝、馬車で迎えに行くから一緒に学校に行こうね。

そう言ったのに、朝迎えに行ったら、サディアは既に学院に向かったと使用人に言われた。


ボクは急いで学院に行って、サディアを探した。


学院内を探して……、で、サディアがボクの友達たちと一緒に居るのを見つけた。


「今朝、タウンハウスまで迎えに行ったのに、どうして先に入学式に出ちゃうんだよ~。一緒に学院に通えるって楽しみにしていたのに~」


ホントにボクは楽しみにしていたんだ。

だから、この一年、ボクは貴族学院、サディアは入学前で、あんまり会えなくなっていたから。

学院に通うなら、毎日会えるでしょう?


「……ヘンストリッジ伯爵令息。お迎えはお断りしました。親同士の付き合いしかないわたしとあなた様が同じ馬車に乗って学院などに通えば誤解の元です。迷惑です」

「何言ってんの、サディア。ボクたちは仲良しの幼馴染だろ? 結婚の約束だって……」

「仲良くないです! 約束などはしておりませんっ! 勝手なことを申し上げないでください‼ 本気で心の底から迷惑ですっ‼」

「えー? 何でー?」


迷惑って、どういうこと?

ボクが迷惑なわけないよね?


うーん……、おばあ様が昔言ったみたいに、角が立たないようにしているのかな?

ボクの友達に遠慮している?

あ、もしかして、会うのが久しぶりだから、照れているとか?

うん、そうかもしれない。


「今っ! まさにっ! ヘンストリッジ伯爵令息がわたしのことを幼馴染だの婚約だのとオカシナことを公言されたため、誤解したご令嬢方から問い詰められていたところです! 迷惑ですから今後ヘンストリッジ伯爵令息はわたしに近寄らないでくださいっ!」

「えー? なんでー? 照れてるのー?」


サディアがごちゃごちゃとあれこれと言ってきたけど、ボクにはよくわからない。

サディアは頭がいいから難しい言葉で長々と喋るから。


「エー、でも、ボク、サディアのこと、割と好きなんだけど」


よく分からないから、好きって言った。

大抵のご令嬢とかは好きって言われると喜ぶから。


なのに。


「不用意な発言はお止めください。非常に迷惑です」って、サディアが顔をしかめた。


「あははは、サディアってば、照れ屋さんだなー」


ボクから好かれて、嫌がる人なんていないでしょ? だって、ボクは誰からも愛される天使のようだって言われるし。


大勢の前で好きだって言ったから、照れたんだよきっと。


でも……それから、学院ではサディアからなんとなく避けられているようになった。


「おーい、サディア~。一緒にランチでも食べよー」って誘っても「……遠慮いたします」だ。


遠慮なんてしなくていいのに。

フェイたちもいるけど、みんなで食べたほうが楽しいでしょ?

それにキャスリーンは侯爵令嬢だから、一緒だと混んでいる食堂を使わないで、高位貴族専用の空いている席に座れるんだけど。


やっぱりサディアは相変わらず人見知りなのかな? 遠慮深いのかな?


遠慮深いのは良いんだけど、大人になったら社交とかはボクがやるからいいんだけど。

ボクの友達くらいには慣れてほしいんだけどな……。



このときのボクは本気でそう思っていた。



***



うーん、おかしいなあ。遠慮深いサディアだからか、ボクが友達と一緒にって誘っても、サディアは一人でどこかに行ってしまうんだよなー。

みんなと一緒のほうが良いと思うのに。


悩んで悩んで。


せめて秋のお祭りくらいはみんなと一緒に、ちょっと強引にでもいいから一緒にお祭りを楽しもうって思ったんだよね。


事前に、一緒に楽しもうってサディアに言っておいたのに。

当日に、やっぱりサディアの姿は見つからなかった。


ホントにもう! 困るなあ!


探して、探して。なんとか見つけて。


「一緒に回ろうって言ってただろ?」って、ちょっと不機嫌に言ってみたら、サディアは「お断りしましたけど」と不愛想に言う。


「またまた! そういうこと言うからサディアは誤解されちゃうんだぞ?」


咎めてはみたけど……って、あれ? サディアの手にはハンカチがある。


なーんだ。口ではなんだかんだ言っても、やっぱりサディアはボクにハンカチを用意してくれたんだ!


貴族学院の秋のお祭りでは、婚約者とかお世話になった相手とかに刺繍をしたハンカチを贈るという催し物がある。

全員強制参加ではないけれど、ご令嬢のほとんどはハンカチを用意する。


だから、サディアが手に持っていたハンカチを、ボクはひょいっと取ったんだ。


「ふんふん、紫色のアイリスだね。口ではいろいろ言うけど、やっぱりサディアはボクのことをちゃーんと思ってくれているんだね」


嬉しかった。

やっぱりサディアはボクのお嫁さん!


でも……。


「あれぇ? でもイニシャル、まちがってるよ? ボクのイニシャルは『E』だよ? うっかりしちゃった?」


刺繍のイニシャルが違った。どうして? 


心の片隅で、なんとなくおかしいって思ったり不安に思ったりしながら。

その不安を……誤魔化すように笑う。


「ねえ、アイリスの花はキレイだからさ、もう一回、今度はちゃーんと『E』のイニシャルで刺繍しなおしてくれる?」


笑いながらも、顔が引きつりそうだった。


だって……サディアは賢いんだ。イニシャルを間違うことなんてないでしょう? ちゃーんとボクにハンカチを刺繍してくれるんだよね?


でも……。ボクのエリオット・ウィリアム・ヘンストリッジの名前の、その頭文字に『R』なんて、ない。


おかしい、おかしい。


思いながらも、刺繍が『R』の意味が全く分からなかった。


「……返してください。それは、あなた宛てではありません」


サディアの言葉の意味が分からない。

ボク宛てではないって……どういうこと? 誰かほかの人宛てのハンカチってコト?


硬いと思っていた地面が柔らかくて、実はぽっかりと穴が開いていて、そこに落ちていくような気がした。


訳が分からなくて……、ボクは無理矢理に笑った。にっこりと。天使のように愛らしく。


ねえ、サディア。

おばあ様の言う通り、嘘は、駄目なんだよ。他の人宛てなんて嘘は止めてよ。


そう言いたかった。

でも言えなかった。


だから、ボクは、笑った。

自分の心を……どこか誤魔化すように、嘘の、笑みを、した。


笑っていれば、サディアが「嘘よ。冗談よ。ちょっと刺繍を間違えたの。ちゃーんとエリオット様に刺繍をしたハンカチを渡すわ」って言ってくれるはずだなんて、思って……、思って……。


そんなこと、あるはずないと、ホントウは心のどこかで分かっていながら。


「ふざけないでよっ! 違うって言っているでしょう!」


そうして、ボクは、サディアに怒鳴られた。


「『E』と『R』を間違って刺繍なんて馬鹿なことしないわよ! アンタ宛てじゃないのっ! いい加減にしてよっ! わたしはエリオット様なんて大嫌いなのっ! わたしが好きな人は『R』の名前の人なのよっ!」

「え……?」


嫌い。

大嫌い。

突き刺さる言葉。


「え? じゃないわよ、え? じゃ。ねえ、何度言わせるの? わたしは照れてもいないし、間違えてもいない。あなたのことは嫌いだし、あなたを幼馴染だとは思っていない。ただ親同士が親しいだけで、仕方がなく挨拶に付き合わされただけっ!」

「嘘……」


ねえ、嘘だって言ってよ。


「嘘なんか言わないわよっ! 嫌いったら嫌いっ! ねえ、ヘンストリッジ伯爵令息。あなたとあなたを慕うご令嬢たちのせいで、わたしの学院生活は真っ暗よっ! 好きでもないあなたを好きだと勘違いされて、ご令嬢たちからは取り囲まれるし、無視されるし。あなたのおかげで友人の一人もできやしない‼」

「そ、そんな……」


サディアは……本当にボクが嫌い……。嫌だ。聞きたくない。耳を塞ぎたい。


「目を見開いて、よく見なさいよ! イニシャル、あなたのものじゃないの! 間違いじゃないの! 『R』のつく、わたしのホントウの初恋の人に、このハンカチを渡したくて、ひと針ひと針、思いを込めて刺繍をしたの! それなのに、アンタのせいで全部台無しよっ!」


ねえ、サディア。それ以上、言わないで。


「馬鹿っ! わたしの前から消え失せろっ! ううん、わたしが消えるわよ! アンタなんかがいない、平和な場所に行く! 永遠にサヨウナラっ!」


サディアの言葉はまるで氷の剣のようだ。


突き刺さって、痛くて……。



聞きたくない。

言わないで。

耳を塞ぎたい。

サディアがボクを嫌いだなんて、理解したくない。



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