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①カツカレーを頼んだ男

 鳳凰院克也(ほうおういんかつや)はカツ丼ではなくカレーライスを食べたかった。


 彼は腹をすかせていた。8時から14時過ぎまでずっと体育館にこもって白球を追いかけていたからだ。克也にとっての白球。つまりバレーボールである。

 克也の通う高校は決してスポーツ高ではなく、増して男子バレー部など10人足らずしかおらず、県大会ではいつも1回戦負けで部員達もそれなりのやる気しかない。

 しかし、なぜか今年から顧問についた教師が異様にやる気に満ちていて、練習量を去年比2倍に増やしてしたのだ。去年までは日曜日に練習などなかったのに、今年は日曜の午前中まで練習を入れられてしまった。しかも顧問が練習内容に満足しないと、午前中で終わるはずが今日のように14時まで延長されてしまう。

 …おかげで疲れは溜まり、加えて、同じ体育館を使うバスケ部からは非難の目で見られ、克也や他の部員にしてみれば散々であった。


「顧問をやってくれるだけありがたいと思わないと」


 と同じくバレー部の那由多礼二(なゆたれいじ)は云った。バレー部らしく身長180センチの礼二は、背は高いが線は細く、アタックよりも繊細で柔らかいトスを武器とする。


「でもさ礼二、なんで今度の顧問はあんなにやる気があるんだよ。異常だよ」

「たしか、元々バレーボールの選手なんじゃなかったっけ?国体出場者とか」


 なるほどそれなら頷けると克也が納得しかけたところで、別の声が割り込んだ。


「ああそれ、嘘だって。先輩達が言ってたから。俺たちの顧問は元スポーツ選手だって適当に嘘ついたら、広まっちゃって驚いてるって」


 克也、礼二と同じくバレーボール部の2年生、紅躑躅司(あかつつじつかさ)が言う。克也や礼二より背が低い代わりに、素早い動きと反射神経が特徴の彼は、フライングレシーブを得意とする。


「本当かよ司。じゃあなんで顧問はあんなに熱心なんだ」

「漫画らしいよ。ちょっと前に流行しただろ、週刊誌で連載してたバレー漫画」

「あっ司くん、僕それ読んでた。今度アニメ化するらしいよ」


 礼二と司がバレー漫画の話題でひとしきり盛り上がる。

 克也はがっかりした。漫画に憧れた教師の為に振り回されている自分達が滑稽に思えた。が、漫画やアニメに影響された経験は克也にもあったため、一概に馬鹿にするわけにもいかなかった。


「もういいよ顧問の話は」


 お前が顧問の話題を出したんじゃないか、と司に突っ込まれたが克也は無視した。

 目的地に着いたからだ。

 学校から徒歩15分。3人の前には3軒の飲食店が並んでいた。


「本当にカツドンヤに入るのか?俺はカレーがいいんだけど」


 控えめに言う克也に、礼二と司が猛反発する。


「駄目だよ。学校出る時決めたでしょ。今日はカツドンヤに行くって」

「そうだ。今日みたいな機会がないと中々入れないからな。混んでて」


 3人の前に並ぶ3軒の飲食店。カレー専門店ニコイチ、同じくカレー専門店イクイクカレー、そしてカツ屋のカツドンヤ。何れも全国チェーンの人気店である。

 ニコイチカレーはカレー専門店としては全国ナンバー1の売り上げを誇る老舗チェーンである。家庭や他のカレー屋とは違う独特の風味は一度食べたら忘れられず、癖になると評判だ。カレーにつき物のトッピングも豊富で、ウインナーやトンカツ、チーズ等の定番は勿論、ほうれん草や海鮮類など幅広いジャンルをカバーしており、その中から自分好みのトッピングを探すのも楽しい。

 イクイクカレーも同じくカレー専門の全国チェーン店で、ニコイチカレーと比べるとカレーの味や風味に独自性はないが、逆に言えば王道的な味付けが持ち味で、特に数時間かけて煮込むカレールーのどろどろした食感は決して家庭では味わえない迫力がある。トッピングの種類はニコイチより少ないものの、クオリティは負けておらず、特にカツカレーは人気があり、鉄板商品となっている。

 カツドンヤは、上記店舗とは違いカツを専門とする店。チェーン店と思えないほどサクサクとボリューミーなとんかつが最大の売りだが、それを半熟卵でふんわりとじたカツ丼が一番の人気商品であり、またエビフライやとん汁など、とんかつ以外のメニューも豊富で、幅広い客層に人気がある。

 3店舗とも甲乙付けがたい人気チェーン店であり、味もおいしい。克也も3店舗全て良い店であることは認めていた。


「でもさ、せっかくカレー屋さんが二つも並んでるんだから、カレー食べないのは失礼じゃない」


 東西に伸びる片側二車線の広い国道。その北側に並ぶ三店舗は、西からニコイチカレー、カツドンヤ、イクイクカレー、。三店舗中二つがカレー専門店である。地元では有名な場所となっている。高校二年生の克也も、友人や家族と共に、何度もここでカレーを食べた。克也にとって、この場所、この道路に来たらカレーなのである。

 しかし礼二と司は首を縦に振らなかった。


「でもせっかくだから今日はカツドンヤにしようよ。出来たばかりなんだから」


 カツドンヤがオープンしたのは二週間前である。それまでは、ニコイチカレーとイクイクカレー、の間にはラーメン店があったのだが、そのラーメン店が閉店してしまい、カツドンヤが新しく出来たのだ。

 2週間前に開店してから、カツドンヤは常に混雑していた。特にお昼時は行列が出来る程で、ニコイチカレーやイクイクカレーと比べて混雑の度合いは段違いであった。新しく出来た店は混むものである。またカツドンヤ全国チェーン店ではあるが、この近隣に他の店舗はなく、加えてとんかつ専門チェーン自体が少ないことも、人気の原因といえるだろう。

 だから普段はとても入れたものではないのだが、今は事情が違った。

 昼を過ぎているからである。

 足の重い克也を最後尾に、司、礼二、克也が入店する。いらっしゃいませーとチェーン店らしい紋切り型だが元気のいい挨拶が店内に響き、何名様ですか、の声に司が3人です、と答え、ではお好きな席へどうぞ、と返される。

 三人は店内を見回した。

 店内の中央には「コ」の字型にカウンター席が10席ほど並ぶ。さらに店内の外周に沿うように四人がけのテーブル席が6つ設えてある。

 そのやや狭い店内には、克也たちの他に三人の客がいた。入り口に最も近いカウンター席に初老の男性客が一人、入り口から離れた一番奥のテーブル席に男女のカップルが1組。

 時刻は14時を過ぎたところ。店内は空いていた。

 克也、司、礼二の三人は、テーブル席に座った。奥のカップルと手前の男性客、その丁度真ん中に位置するテーブルを無意識に選んだ。


「ほら、待ち人なしで座れた。こんな機会中々ないだろう」


 司が得意気に言う。

 克也は少々鼻持ちならない気持ちになったが、しかしすんなり席に付けたのは嬉しかったし、毎日混雑している店だけに、これだけ店内が空いていると気分が良かった。

 なにを食べようか、と思考を切り替えると同時に、テーブルにタッチパネルがあることに気付いた。

 礼二がテーブル端の充電器に立てかけられたそれを外し、テーブル中央に持ってくる。


「オーダーはタブレット式なんだね。メニュー表もないみたい」


 克也は少々面食らった。最近のファミリーレストランではタブレットで注文する店舗も増えてきてはいるが、この辺りにはほとんど存在しない。紙のメニュー表や店員を呼び出すベルすらない店なんて、と驚いた。


「今時の店って感じだな」


 高校生の癖に司が年寄りぶって言った。

 その横で礼二がタブレットを操作する。入店人数を入力すると画面が切り替わり、メニューが表示される。礼二が指先で右へフリックするとメニューの種類が次々と映っていく。今月のおすすめ、定番メニュー、どんぶり物、定食、サイドメニュー、飲み物などなど。


()()、慣れてるんだな」


 克也が声をかけると、礼二はなんでもないように。


「よく家族で県外のファミレスに行くからね。駅の中のテナントは全部タブレット式だよ」


 そういいながらフリックを繰り返し気になるメニューを閲覧する。

 横で司が少し眉間にしわを作って。


「俺は電子機器苦手なんだよな。普通に注文したほうが簡単で早いのに」

「そう?慣れればタブレットで注文した方が楽だよ。店員さんの負担も減るだろうし」


 言いながらどんぶり物のページへ戻った。画面にはヒレカツ丼やエビフライ丼、ソースカツ丼などなどの画像が映っている。画面の左端には定番のカツ丼、その下にはカツカレーが映る。礼二がカツ丼の画像をタッチすると画面がまた切り替わり、サイズと個数が選択できるようになった。礼二は松竹梅の、松を選択した。


「迷った割に注文したのがカツ丼か」

「いいんだよ()()君。初めての店では無難なものを頼むのが礼儀なの」


 続いて司の前にタブレットが置かれる。

 司がたどたどしくタブレットを操作し、メニューを閲覧していく。


「おれもカツ丼かな」

「えー僕と同じ?」

「いやロースカツ定食もおいしそう」

()、遅いよ。女々しいな」

「うるさいな克也。あっ間違えた」


 司が誤ってヒレカツ定食の松を選択した。カツドンヤでは全メインメニューのサイズを松竹梅で表現しているらしい。

 選択するだけではまだ注文にならないから問題はない。だが、司は選択の取り消し方が分からないらしく、四苦八苦している。すると横から手を出した礼二が一つ二つ操作し、司のヒレカツ定食を取り消した。どうやら画面左端に取り消しボタンがあったらしい。確かに分かりづらい位置にある。


「ありがとう礼二。これだからタブレットは苦手なんだよ」


 と文句を言いながら、司はロースカツ定食の竹を注文した。

 続いて克也がタブレットを操作する。定番商品のカツ丼、ロースカツ丼はそれぞれ礼二と司に注文されてしまったため少し悩む。


「克也はカレー屋に行きたかったんだよな。じゃあカツカレーでも頼めよ」


 茶化すように司が言った。


「冗談言うなよ。カツドンヤでカレーを頼むわけないだろう」


 カツドンヤにはカツカレーのメニューが存在するが、あまりおいしくないことで有名だ。しかもこのカツドンヤは両隣をカレー屋に挟まれている。わざわざこのカツドンヤに入店してカレーを頼むのは馬鹿馬鹿しいと、克也には思えてならなかった。


「よりにもよってこのカツドンヤでカツカレーなんて頼むかよ。ありえないね」


 そう言いつつ、克也はチキンカツ定食の竹を注文した。


「しかしカツ丼、ロースカツ定食、チキンカツ定食とはなんとも面白味がないね」


 礼二の言葉に同調して司が付け加える。


「本当だな、全員定番のメニューとは。やはり克也はカツカレーを頼むべきだったな」


 くどいな、と克也が反論する。


「あのな、そもそもカツドンヤのカレーは不味いことで有名だろう。しかも両隣にはニコイチカレーとイクイクカレーのカレーチェーン二大巨頭がいるんだぞ。なのにあえてこのカツドンヤでカツカレーなんて頼むわけないだろう。ありえないね。カツカレーを頼む奴なんて存在しないんじゃないか」


 強い口調で克也が言い、それにつられて司と礼二が笑った。その通りだ、と克也の言い分に二人とも納得した様子だ。

 しばらくして、注文が届いた。


「カツ丼の松に、ロースカツ定食、それにチキンカツ定食の梅ですね」


 店員が三つのトレーを両手で起用に持ちながら言った。


「すいません。僕はチキンカツ定食の竹を頼んだんですが」


 克也の言葉に店員はすいませんと謝った後、すぐにチキンカツ定食の竹を持ってきた。竹と梅の違いはご飯の量に過ぎないため、すぐ作り直せたわけだ。

 克也の注文が届き、三人全員が割り箸を取った。そして、いただきますと控えめに言うと、三人各々、目の前の料理を夢中で食べ始めた。克也はチキンカツ定食、司はロースカツ定食、礼二はカツ丼。全てカツドンヤの定番メニューである。部活で疲れていることもあり、食は大いに進んだ。それぞれカツの衣をサクッと噛み千切り、もぐもぐと咀嚼する。


「おいしいね」


 礼二が言うと、司と克也も首を振って頷く。


「旨いな。さすがはカツドンヤ」

「確かに旨い。気分はカレーだったんだが、やはりカツはボリュームがあっていい」

「克也君はカレー屋に入りたがってたね」

「そんなにカレーが食べたかったらカツカレー注文しろって」

「くどいな、このカツドンヤでカツカレー食べる奴なんているはずないだろ」


 などと軽口を叩きながらおいしく食べていると。


「はいこちら()()()()()()()


 店員の声に、三人は思わず振り返った。

 入り口近くのカウンター席に座った初老の男性。彼はカツカレーを頼んでいた。

 カツカレーを頼む奴などいない…克也の言葉に司、礼二は同意したのだが、まさか、同じ店内に、まさに今、カツカレーを頼む客がいるなんて。三人は呆気に取られながらも手と口を止めず食を進めていく。

 食べるペースは変わらなかったが、三人の会話はピタリと止んだ。口には出さなかったが、三人それぞれが、同じ気持ちだった。

 まさかカツカレーを頼む客がいるなんて…

 各々信じられない想いで食を進めつつ、カツカレーを頼んだ初老の男に注意を向けていたが、やがてその男は三人の誰よりも早く食べ終わり会計へと移動し。


「はい1000円札。いいよ、釣りはとっといて」


 と素早く会計を済ませ、ブランド物のバッグを手に取り、シルクハットをさっと被り華麗に店を去っていった。

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