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第3話『辺境』


 そう言って現れたのは、この国の防衛の一端を担う、赤い髪の女辺境伯だった。父である先代の辺境伯や跡継ぎであった兄を亡くし、女性ながらも辺境の地を纏め上げる女傑で、薄いながらも王族の血を引く誉れ高い女性だ。



『聖女殿による森林伐採と動物への虐待……だったか。

それについてはおそらく、我が領で起きた事だろう。


結論から言わせていただくが、むしろわたくし達は聖女殿に感謝をしている。』


「な、何?」


『辺境の地には、時折異常に成長し巨大化した獣が出てくる。特に、数年前から現れていた巨大な熊“ブラッドクロー”は胎児を含めた78人の命を奪った。……その中には、わたくしの父と兄夫婦、そして生まれるはずだった姪も含まれている。』



 辺境伯の言葉に、周囲の貴族達は言葉を失った。自然から程遠い場所に住む貴族は少なくない。故に、自然の驚異に襲われる事も少ない。だがこの辺境伯一族は違う。他国からの侵略もそうだが、厳しい環境と自然に、常に向き合って生きてきた。



『あの憎き宿敵は、遊びで人を殺す化け物。……兄夫婦は馬車で移動中に殺され、仇を討とうとした父も、父を守ろうと勇敢に戦った兵士達も食われた。しかもブラッドクローは熊とは思えぬほど知能が高く、罠の気配や銃の匂いを察知してすぐ逃げる。領民達は恐怖に怯えながら暮らす事を強いられていた。


……我が領の惨状を知った聖女殿が、その手でブラッドクローを血祭りに上げるまでは!』



 何とかしてあの熊を打ち倒したい辺境伯だったが、ブラッドクローはただの人間では太刀打ちできない。故に、彼女が最後の望みとして頼ったのがウィスティレだった。聖女の多忙さは知っていたし、ほとんど神殿から出ない事は知っていたが家族や領民の仇を取るためには手段を選んではいられない。信頼出来る部下に手紙を持たせ、王都へ送り出した。


 ……辺境伯の部下が戻ってきた時、その真横には満面の笑みを浮かべた聖女ウィスティレが立っていたのである。到着したウィスティレは、あっという間に殺人熊の場所を突き止めると1人でその場に向かった。


 そして……



「めっちゃ美味しかったわよね、あの肉!」


『うむ。森が一つ消える程の死闘を繰り広げた後で疲れているであろう聖女殿が、血抜きまで済ませてくれたからな。』


「は?ま、まさかウィスティレ、貴様……く、食ったのか?人食い熊、を……?」


「はぁ?アタシはお腹いっぱいの熊肉が食べたくて辺境まで行ったんだから、当たり前じゃねーですの?」



 ウィスティレは、体長5mを越える巨大人食い熊ブラッドクローと生身で戦い、なんと無傷で仕留めたのだ。そんなウィスティレを、ローガンは化け物を見るかのような目で見た。コイツは人を食った獣を屠った挙げ句、食った?絶句するローガンを辺境伯が冷たい目で見る。



『聖女殿は、我が領に到着するなり「熊肉が食べたいから来たのよ!」と言って下さった。辺境では、“人を食った獣に食われた人の魂が囚われてしまうので、その肉を食って解放させなければならない”という風習がある。流石は聖女殿、それを知っていたのだろう。


王都では野蛮と思われるやもしれん風習だが、この御方は積極的に行ってくれた。』



 ちなみに、ブラッドクローは少し“特殊”な個体だったので倒すのに思ったより苦労したが、聖女の敵ではない。


 満足するまで熊肉を堪能した聖女が帰った後、辺境伯は領民達と、泣きながら残された熊肉を食べた。彼女は独りになってからずっと気丈な振る舞いをしていたが、ずっと苦しみと悲しみ、そして恐怖を心に押し込めていた。だが、宿敵は聖女によって倒された。囚われていた家族と友、そして領民の命をようやく解放させる事が出来たのだ。


 憎き熊を倒し、そして他の貴族からは顔をしかめられるであろう風習にも参加してくれたウィスティレ。辺境伯にとって、聖女は領全体の恩人だ。



『確かに森は1つ消えてしまった。だが、時間が経てばいずれ元に戻る。しかし、失われた命は戻らない。


もし聖女殿がブラッドクローを討伐しなければ、もっと多くの命が奪われていたであろう。わたくし達辺境の民は、聖女殿に感謝こそすれ恨みなど無い!故に、王太子殿下の告発は意味を成さない。』


「ぐっ……!な、ならば他者に笑いながらムチを打ったり、侍女に木屑を飲ませたり、怪我人を露骨に差別し、治療を渋ったりした事はどう説明する!」


『……発言を、お許しいただけますでしょうか。』







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