06 イーロン連山
翌日、朝食を終えたラガは早速インスピの世界にログインしてきた。
今回から風の住処を目指してイーロン連山に挑む。準備は上々で抜けはない。
ラガは宿泊施設を出ると昨日入ってきた門の反対側のイーロン連山に向かう門から大牧場を出た。
イーロン連山の登山道までの道は街道ほど整備はされていなかったが、それなりに人通りがあるようでしっかりと踏み固められている。
しばらく歩いていると道の真ん中でゴブリンが佇んでいる。いつもなら迂回して戦闘を回避するのだが、昨日担当者と話したときに言われたのだ。
「戦闘のような激しい動きも脳機能には良い刺激になると思われるので、意識してするようにしてみてください。ただし、無理は禁物ですよ。疲れ方次第ではゲームの中断も視野に入れてくださいね」
そんな言葉を思い出したのでラガはイソイソとスリングの用意をすると。それを振り回しながら狙いをつける。
もちろん狙いは頭部だ。しっかりと狙いつつ思いっきり腕を振り抜きながら石をリリースする。
シュルルルルと風切り音を立てながら石は勢いよく狙い通りの軌道で飛んでいく。
そして、ゴブリンも風切り音に気がついたのかゴブリンがこちらを向いた。しかし、そのおかげで石はゴブリンの額にスコーンと命中した。
石が当たったゴブリンはそのまま仰向けで倒れると額を抑えてgyagyagyaとのたうち回っっている。
そんな大きな隙きを見逃すわけもなく、ラガは二投目の用意を整える。そしてゴブリンが起き上がるタイミングに合わせて狙いやすいゴブリンの胴体を狙って石をリリースしたものの、石は狙いを少し外れてゴブリンの足に当たった。
ダメージで一瞬ゴブリンは怯んだものの、すぐに武器を掲げて襲いかかってきた。三投目の用意の時間はないと感じたトールはすぐにスロウスティックに装備を変更する。そして、ゴブリンとの距離を保つように走りながら石を掬って投げていく。
しかし、走りながらの投石は予想以上に難しく狙ったところに飛ばず、石の勢いもない。更に、投げることで走る速度も遅くなりどんどんゴブリンに間合いを詰められていく。
そこでラガは走るのをやめてゴブリンの方に向き直ると足を止めた状態で投石をした。
しっかりとゴブリンの顔面を狙った石は思った通りの軌道で飛んでいくが、石に気がついたゴブリンはとっさに姿勢を低くしてそれを躱した。
さらに、ゴブリンは低くした姿勢のまま地面を這うようにスピードを上げて迫ってくる。そして、大きく手に持った棍棒を振り上げると無防備なラガの脇腹を目掛けて振り下ろした。
「うわっ」
ゴブリンの棍棒が脇腹に当たるとトンという軽い衝撃とともに視界が一瞬赤くなってダメージが入った。
そのダメージはほんの僅かなものだったが、攻撃を受けるということにビビったラガはバランスを崩して尻餅をついてしまった。
「gyagyagyagyagya」
尻餅をついて視線が同じくらいになったラガを見てゴブリンはまるで笑うかのように声を上げている。いや、本当に笑っているのだろう。連続で攻撃してこないのは助かったが、その笑い声や態度は人の神経を逆なでする。
ラガはゴブリンの行動にイラッとしながらも次の手を考える。そして、手のひらのザラッとした感触に気がついた。
「投石スキルを持っていなくても初めてのときは石を投げることができた。なら、これも投げることができるはずだ」
こっそりと指を動かしてかき集めると手一杯にそれを握りしめる。
「おい!」
声をかけてことでゴブリンの視線がコリラに向く。その大きな目に向けて握りしめた砂をばらまいた。
「Gugyaaaaaa」
狙い通りゴブリンは目を覆いながら蹲る。
それと同時にウィンドウが現れたが今はそれを確認する暇はない。ラガは武器をスリングに変えると袋部分には虎の子の鉄球を包んだ。
そして、それを一周回して勢いをつけながら蹲るゴブリンの後頭部目掛けて思いっきり振り下ろした。
ゴキッという手応えとともにゴブリンはパーティクルとなって消えていった。
「っ疲れたー…… でも、なんか楽しかったな」
ドロップアイテムを仕舞ったラガは思いっきり叫ぶと地面に座り込んだ。ラガの言葉とは裏腹にHPバーには疲労どころか何の状態異常もついていない。
戦闘の緊張感のなか、現実世界ではしないような激しい運動をしたことで脳が疲労を覚えているようだ。
しかし、いつまでもこうしているわけにもいかないが、今はまだ動きたくない。そこでラガは休憩がてら覚えたスキルを確認することにした。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
スキル・砂煙幕……砂をばら撒く。特定の条件で相手をひるませ、くらやみ状態にする。
アイテム・ゴブリンの腰巻き……汚い・不潔・臭いで有名。
アイテム・ゴブリン棍棒……ゴブリンの持っていた棍棒。ゴブリンの体格に合わせられていて人が使用することは不能。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ゴブリンの腰巻きの説明を見て一瞬捨てようという思いがよぎったが、なにかに使えるだろうと思いなおした。
感じる疲労感もなくってきたのでラガは先を目指す。
進んで行くと地面は緩やかな斜面に変わっていく。そして、ついに目の前にイーロン連山の文字が現れた。
まだまだ山の麓で斜面は緩やかで山々の頂ははるか先に霞んでいる。本格的に山に入り込む前に仕入れた情報を見直す。
イーロン連山に出てくるモンスターは山ゴブリン・ゴロンタ・ロックリザード・イーロンホーク四種だ。他にも中立のモブとしてヤギやウサギも出てくるはずだ。
山ゴブリンは、その名の通り山に暮らすゴブリンであり寒さに強く、石で作った武器を用いるようだ。
ゴロンタはゴーレムのような無機物の魔物で普段はゴロンゴロンと転がるだけで攻撃すらしてこないのだが、高所から転がり降りてくるゴロンタはイーロン連山で最も注意しなければならないものらしい。
ロックリザードは岩のように固くなった皮膚で身を守るトカゲで、イーロンホークはそれを主に捕食する魔物だ。
どのモンスターも道中のモンスターと比べてレベルが高くて強い。
ラガは更に身を引き締めて斜面を登っていった。
ラガは忍び足のスキルを使用しながら懸命に斜面を登るゴロンタを無視し、所々に生えている草を食むロックリザードを横目に、獲物を探すかのように歩き回る山ゴブリンをやり過ごしながら進んでようやく夕方ギリギリ前にセーフティーエリアのベースキャンプにたどり着けた。
セーフティーエリアとは安全が確保された場所であり、街の場合は防壁や衛兵などで、この場の場合は周りを魔道具で巨大結界を作り出すことで安全を保っているということになっている。
本来ならここに設置型の復活ポイント設置するのだが、今回は復活ポイントを設置するアイテムは所持金が足りず持っていないので、ラガはこのまま強行して進むことにした。
夜の山はやはり昼よりも見通しがきかないため、危険度が増している。それでも、等がと同じように現実時間ではまだプレイできるプレイヤーが夜の登山を強行していた。
ラガはそんなプレイヤーたちに時に挨拶を交わしながら目的の地を目指す。
目的の地はイーロン連山の七合目程にある「風の回廊」だ。ワンオの話を聞いてから調べた結果、その地こそが絶えず風が吹き抜けるという特徴に合っていた。
風の回廊の標高はそこまで高くないものの、連山のかなり奥まった墓所にあるためベースキャンプからでもそれなりに時間はかかる。
更に夜はモンスターたちの活動も活発になるようで、気をつけていても戦闘の回数はそれなりになった。
そのたびにラガは鉄球を投げつけたりぶん回して殴ったりして出来るだけ手早く終わるように頑張ったのだが、遠くに風の回廊の入り口の篝火が見えたところで無常の時間切れのアラームが鳴り響いた。
「後、ちょっとなんだけどな…… って、これをしだすと際限がなくなるから時間はしっかりと守らなきゃな」
ラガは大きなため息交じりで独りごちると、インベントリから簡易結界道具を取り出し、セットする。
これは人一人分の大きさの結界を現実時間で六時間維持するもので、強度も十分なのでこの中でなら安全にログアウトが出来る。
しかし、宿屋でのログアウトとは違い、フィールドでのログアウトはアバターがフィールドに残り続けるため回復などはぜず、毒などの継続ダメージは受け続けることになる。
更に結界道具は簡易版なので時間経過や結界外に出るために解除するなどしてしまうと道具は崩れてしまう。いわゆる使い捨ての道具なのだが、その分安価なのだ。
簡易結界に囲われたラガはメニュー画面を開くとログアウトを選んだ。
ラガの意識を失ったアバターはピクリとも動かなくなり、その場で棒立ちし続けた。