04 踏破クエスト
お使いクエストを終えてすっかりインスピの日は沈んでしまったが、まだゲームが出来る時間は残っている。夜の時間帯になると受けられる依頼の数がガクッと減ってしまうが、全くなくなることはない。害獣から畑を守るクエストや料理を家庭に配達する依頼がある。
ラガはそんな依頼の中から配達依頼を受ける。自分の『ウォーカー』という職業は一定の速度だが移動し続けることに長けているということを実感したからだ。
「それじゃあ頼んだよ」
飲食店から料理を受け取ると、専用のリュックに入れて指定された家に運ぶ。日中にしたお使いクエストより実入りが少ないが、運ぶ距離が短いため複数回受けることが出来る。ラガは時間まで配達依頼をこなしていった。
こうした依頼お受けることを中心にしてゲームをすること一週間。好感度というのがあるのだろうか、依頼で関わるNPCの態度が変わってきていた。
そして、今日も初めに受けたお婆さんの依頼を受けに向かったときだった。
「あらあら、困ったわねぇ」
出迎えてくれたおばあさんが眉をひそめる。
「ここ最近あなたが依頼をけてくれたから、あなたに運んでもらうような重たいものは今は十分なのよ。依頼票にもそれが伝わるようにしたのだけど」
「え」
ラガが手に持った依頼票を見てみると確かに依頼を受ける条件のところに「子供優先」と書かれている。「優先」だからラガでも依頼表を手に取ることが出来たようだ。
「すみません。よく確認しなかったです」
「いいのよ。せっかくだからお茶でも飲んで行きなさい」
ラガはお婆さんに招かれて家に入っていった。
家の中、お婆さんはかまどの鍋でポコポコと湯を沸かすと、それを急須に淹れた。
「あなたが毎回水を運んでくれたから、水をたくさん使えてお茶も楽しむ余裕ができたのよ」
朗らかに微笑みながら語るお婆さんは淹れたお茶をテーブルまで運んでくれた。お茶請けに果物まで用意をしてくれている。
「ところであなたは渡り人のようだけど、なにかしたいこととかはあるのかい?」
ラガは今までとは違う会話の流れにになにかのフラグが立っているのを感じると、自分が6大絶景を目指していることを話した。
「『6大絶景』ねぇ。悪いけど聞いたことないねぇ。」
「そうですか……」
なにかが悪かったのか、フラグが折れたようだ。落胆の感情が表情に出る。
「あ、そういえば、あなたの目的のものに関係があるかはわからないけど、ずっと昔に不思議な場所に迷い込んだって話が持ち上がったよ」
「ホントですか!」
おばあさんの話にラガは思わず席を立つほど興奮した。
「え、ええ。でも、あのときは彼が瀕死の状態だったから彼が話したその話も胡乱な話ということで落ち着いたのよ。彼はその後も何度もその場所を目指したようだけどたどり着けなかったことが話の信憑性を更に下げる一因になったのよ」
「その人の事分かりますか?話聞きたいです」
「ええ、彼とはお茶飲み仲間だから、大丈夫よ。確かハンターを引退してからもハンター協会の近くに住んでいたはずよ。詳しい場所は……」
お婆さんはパッとペンを執ると簡単な地図とルートを描くと、ラガに渡した。
「ありがとうございます。じゃあ、早速……」
「あら、もう行ってしまうのね」
逸る気持ちのまま情報を持つという彼に会いに行こう席を立つと、お婆さんは少し寂しそうな表情になった。
欲しい情報が手に入ったら用済みとばかりにポイッと捨てる。ゲームではよくあることだったが、それを実際にすると失礼極まりない。
「失礼、特に急ぐものでもないのでもうしばらくはお茶お楽しみます」
ラガは落ち着くと再び席につくとしばらく、美味しいお茶とお婆さんとの会話を楽しんだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
十分お茶を楽しんだラガは描いてもらった地図を見ながら教えてもらった場所を目指していた。
そして、その道中にお婆さんとの話で気づいた自分のミスについても考えをまとめていた。
自分のしていたミス、それは『6大絶景』について聞きまわっていたことだ。『6大絶景』という言葉はインスピを開発した運営がプレイヤーに対して使っているものだ。外にモンスターという危険があるせいで旅行という文化が定着していないインスピの世界では、絶景が見られる場所が複数あるとは住人に認知されておらず『6大絶景』という言葉は存在しない。無い概念について聞き回ってもその情報が得られないのは当たり前である。
そんなふうに考えをまとめていると、目的の場所目でたどり着いた。
「すみませーん」
扉をノックして声をかけると、扉の内からゴソゴソと人が動く気配がしてからガチャリと扉が開かれると、初老の男性NPCが出てきた。
「何じゃ、お主は?」
「えっと、アンさんから話を聞いて、私も直接ワンオさんから話を伺いたいと思いまして」
「話しってぇのは、昔のあの話か?」
「はい、昔たどり着いたという不思議な場所についてです」
「うーん……わかった。中に入れ」
渋い表情が浮かんだものの、ワンオはラガを部屋に招いた。
部屋は汚部屋というほどは汚れてはいなかったが隅々に食べた後の食器や、日用雑貨が積み重ねられてる。
「で、なんであんたはあの場所の話を聞きたいんだ?」
部屋の奥のテーブルに付いくと、早速ワンオが聞いてきた。
「私はこれでも渡り人で、この世界のいろんな景色を見て回りたいと思っているんです」
ラガは『6大絶景』という言葉を使用せずに目的を説明する。
「なるほど、それであの婆さんから聞いた話に興味を持ったということか」
「はい。よろしければ話をお聞かせください」
「……かなり昔のことで覚えていることも曖昧になってきておる。それにかなりの未開域が踏破されて地図に記されるようになった今でもあの場所についての話が上がらないことを考えると、ワシの見たあの場所が幻だったという可能性のほうが高い。それでも聞くか?」
「よろしくおねがいします」
少し食い気味に返事をしたラガにワンオは一度大きなため息をつくと、ゆっくりと話し始めた。
「あのときのワシは若さから図に乗っておった。なんでも出来る、自分に狩れないモンスターはないと素で考えていたよ。そして、そんな甘い考えのままワシは当時は未開の地だったイーロン連山に挑戦したじゃ。準備も十分に整えないままな。図に乗っていたとはいえ、図に乗れるだけの実力がったワシの挑戦は初めは順調だった。しかし、山奥に入るにつれモンスターも固く強くなり、山奥でとうとう持っていた武器が折れてしまった。モンスターを倒す手立てを失ったワシはモンスターから命からがら逃げ出したものの道に迷ってのう、何日も山中を彷徨った。食料も早々に尽き疲労と空腹で自分が山を下っているのか登っているのか分からなくなってきたときだった。不意に吹き抜けた風に誘われたような気がして必死に風が吹く方向に向かったんじゃ。そして、そのさきで見たのが例の場所じゃ。まるで妖精が舞う楽園のような場所だったことは覚えているのだが、そこでワシは気を失ってしまっての。次に気がついたときには何故か山を無事に降りておった。街の灯も見えておったから最後の力を振り絞って街に向かった。これがワシの体験たことじゃ」
語り終わったワンオは再び大きく息をついた。
それと同時に、ラガの目の前にはウィンドウが表示されていた。
『踏破クエスト 風の故郷 が開始されました』
「うん、どうかしたんじゃ?」
「あ、いえいえ大丈夫です」
ラガは慌てて目の前のウィンドウを閉じるとワンオに返事を返した。
「ならいいが、イーロン連山に挑むなら準備はしっかりと整えるんじゃよ。すでに踏破された地とはいえ、モンスターの強さが変わったということはないのだからな」
「分かりました。お話、アドバイス有難うございます」
ラガは丁寧にお礼を言うとワンオの部屋を後にした。目的地がはっきりしたことでより具体的に入念な準備ができる。
先の計画を立てながら、ラガは足取り軽く戻っていった。