12
侯爵家の夜会へ招待され、ユーリと共に向かう。
侯爵家主催の夜会、言い換えればマドリガル侯爵家が主催している夜会であるため私の心臓はいつも以上に鼓動が早くなっていた。
でも、おそらく今日で終わるはず。そんな予感がする。
ユーリがそっと手を重ねてきたため握り返す。
私はひとりじゃない。それに友人だって出来たじゃないか。ここで逃げてはだめ、戦わなければ。
ひとつ大きな息をはくと、私は侯爵家の会場へと足を踏み出した。
「フェリシア様! こちらです!」
シーラ様に手招きをされながらシーラ様とアンネリア様がいる場所へ向かう。ふたりとも招待されていたことを知ったときはとても心強かった。
どうやらユーリはマドリガル侯爵に呼ばれているらしい。ユーリにとったら親戚に当たる方だ。私をまた1人にするのを酷く渋ったが、今回はアンネリア様達がいるため、1人ではない。そういうことなら、と招待主の要望を断るわけにはいかないためしぶしぶ向かっていた。
私にとってはこのパーティーで実に2回目となる。前に行った王家が主催しているものは、比べるのもおこがましいくらいに素晴らしかった。が、侯爵家もまた違った良さがあってついつい色々なものに見惚れてしまう。
そうしてアンネリア様やシーラ様の友を紹介されながら楽しく談笑していた時だ。
それはいきなり始まった。
「フェリシア様、少しよろしいかしら?」
唐突に後ろからジュリッサ様の声が聞こえたため体が固まる。
「…………こんばんは、ジュリッサ様。今はユーリを待っているためここを離れることが出来ないのですが、、ご要件がありましたらこの場で聞いてもよろしいでしょうか」
一緒に話していた令嬢達はシーラ様とアンネリア様を残してどこかに消えていく。先程もしジュリッサ様が来たときにはこの場を離れるようにと言っておいて正解だった。
シーラ様とアンネリア様にも離れても大丈夫だと伝えたところ、心配だし最後の結末が気になるという事で残っている。
「…………」
私がユーリの名前を出した途端に、ジュリッサ様からすんっと表情が消えた。容姿がとても整っているのも相まって怖い。
「あの、、」
無言が続き、私が話しかけようとした時だ。
バシャリと何かが体にかかったのが分かる。ぽたぽたと滴り落ちてくるものや、ドレスに作ったシミの色を見るにおそらくワインだろう。
アンネリア様達はここで悲鳴を上げてしまっては事態はより大事になることは分かっているのだろう。シーラ様が席を立ち、アンネリア様が私の顔にかかったワインをハンカチで拭ってくれる。
「…………ジュリッサ様、ここは人が多すぎます。お話であればユーリが来てから共に聞きますので」
今度はグラスの中は空になってしまったため、そのグラスごと振りかぶるのが目に入った。
これを受ければ傷跡が残るかもしれないと呑気に考えている自分がいる。くる、と身構えた時だ。
「そこまでだ」
その声を聞いた途端ほっと方の力が抜けるのがわかった。思わず重心がゆれ、アンネリア様の方に体が傾く。
ユーリの後ろにはシーラ様がいるのを見ると、彼を連れてきてくれたのはシーラ様だろう。席を立ったのはそのためかと感心する。
「ジュリッサ、君がやった事勿論もう取り返しがつかないことは、、、分かっているよね」
まるで子供に言い聞かせるかのようにユーリがいう。ジュリッサ様の顔は般若のように歪んてしまっており、周りにいる者たちは信じられないような目で彼女を見ていた。
「何故、何故私じゃないの!? 何故こんな女がユーリウスの隣に並んで笑っているの!? 何故私ではないのよ!!」
金切り声がホールいっぱいに響く。音楽もとまり、ついに私達のところ以外からは音がしなくなった。
いつの間にか到着していたマドリガル侯爵は何が何だか分からずにあたふたとしている。
突如ふわりとドレスが小さく舞い、ワインの跡が消えていることに気づいた。。誰がやってくれたのか分からず、あたりを見渡してみてもそれらしき人はいない。不思議に思っている間にもどんどん目の前ではユーリとジュリッサ様のやり取りが進んでいる。
「私が悪いわけじゃないわ。すべてこの女のせいよ!! そう、私は悪くないわ。この女さえいなければ私の計画は全て完璧に終わっていた」
「君の完璧は完璧じゃないんだ。……はあ、本当はこんな大勢がいる場所でする話ではないんだが、、。それに今この場にいる大勢に聞かせることで、噂が流れるのも早いだろう。まずは、」
ユーリがマドリガル侯爵の方へ顔を向ける。
マドリガル侯爵は明らかに先程あったときよりも顔色が悪い。皆もユーリがそちらを向いたことで視線の殆どが侯爵の方へと向いた。
「何故マドリガル侯爵はヴァルトの功績をあたかもジュリッサのもののように仕向けていたのか」
ざわりと周りにいる人達がざわめく。
確か、ヴァルトという名の者はマドリガル家の長男、ジュリッサ様の弟君だ。ヴァルト様の功績を、ジュリッサ様のものに……?
「あ、れは、、仕方なかったのだ。まだあの頃はヴァルトも体が弱かったしやつ少しくらいならジュリッサの手柄にしてもいいかと、、」
「言い訳がありますか。それにヴァルトの体が弱かったなんて事実はありません」
先程のざわめきがより大きくなる。
すると突然、押し黙っていたジュリッサ様が口を開いた。
「何故それがいけないのです? ヴァルトの功績は私のもの、当たり前のことでしょう? だってお父様は言っていたわ。ヴァルトはお前の手足だから、と。だったらヴァルトの考えは私の考えでもあるわよね?」
一切の悪気を感じさせない様子に周囲のざわめきはおさまり、皆目を見開いてじっと様子を伺っている。
「ジュリッサが良くても世間がそれを許さない。私との改革が全てヴァルトの考えだったと知ったときはとても驚かされたよ。私と受け答えするときも君はしっかり自分の考えを述べているように聞こえたし、まさか君の考えじゃないなんて思いもしなかった。気づけなかったこと、これは私の落ち度だ」
そして、とユーリは続ける。
「君はやりすぎた。君も、マドリガル侯爵も。僕のシアを害した事に付け加えて王家を、貴族を騙していたことは重罪に当たる。死刑でも、、おかしくはない」
まるで言っていることが分からないとジュリッサ様がユーリを見ている。
……彼女はどうなるのだろうか。
「……よって国王陛下シリルに代わり、ここに宣言する。マドリガル侯爵家は今日を持って取り潰しとし、マドリガル侯爵、マドリガル侯爵令嬢は国外追放とする」
二人の顔は青を通り越して白くなっている。国外追放、、すなわち体の良い死刑だ。
私にワインをかけ、暴言をはいたくらいでは死刑になんてならない。彼女は、彼女達は騙す相手を間違えたのだ。
「どうして、何故私が国外追放になんてならなけばいけないのよ!! ちょっと、貴方達、あなたごときが私に触れてもいいと思っているの!?」
白くなっていた顔は今度は怒りで赤黒くなっている。
マドリガル侯爵はもう意気消沈した様子で静かに拘束を受けていた。
「ユーリウス!! この人達に何か言ってよ!! 私がこんな下賤な人達に触られるなんて死ぬほど気持ち悪いわ!」
はあ、と大きな息をひとつはくとユーリがジュリッサの元へ向かう。そして彼女へ一言、呟いた。
「君に対する関心は幼い頃から常に、無、だ。いつ君と両思いになったのかは知らないが、君は僕にとって数年会えば忘れるくらいの存在だよ。君がシアに対して色々とするようになってからは、、嫌悪の対象でしかなかったけどね」
小さすぎて聞き取れなかったが、ユーリが離し終えたのと同時にジュリッサはパタリと抵抗をやめた。
──その顔は絶望、そのものだった。
「連れて行け」
ずるずるとまるで物のように扱われている彼女達を見て、これで良かったのだろうかと胸にもやがかかる。
私はただ、連れて行かれている二人を見ることしか出来なかった。
ご都合主義です。ご了承ください。