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「れんあいげーむ」
勢いにのまれながら、ミリアはただ繰り返した。まさか、カロリーナからも意味不明な単語が飛び出すとは。
自分もよく、理解不能だと言われるが、同類は意外な所にいたようだ。
「逆ハ―狙うならあなたのウォレン様もメンバーの一員なのっ。彼に近づくには碧天石が割れないとイベントが発生しないし、好感度が上がらないし、そもそも国の中枢に入るのは不可欠なイベントだったの。でも……貴女が、全部壊した」
「……あの私、石が割れないようにしたわけではないのですが」
「当然よ。そんなことは私でもできなかったもの。けれど、起こるはずだった事件はすべて、回避した……分かっていたんじゃないの!?」
ぐぐ、とさらに紫の目が近くなった。ミリアは、急いで首を振って否定した。
「そのようなことは、全く……」
「だって本を書いたじゃない」
「偶然ですわ」
そもそも、書くことになった経緯も、張り切っていたのは父親とブランだったし、発端にしてもただの成り行きだ。ミリアが何か働きかけたわけではない。
が、カロリーナは諦めなかった。
「悪役令嬢と、主人公よ。あなたがやったことはまるきりヒロインポジなのよっ。不思議な宝石は魔力の存在の証明として出てくるのっ。だからあの操り人形を石で倒したんじゃないの!?」
うーん、とミリアは考え込む。ひろいんぽじとやらはひとまず脇に置いた。
あの時の行動は本当に反射と勘だった。たまたまいい方向に作用した、としか言えない。
「ご期待に沿えず、申し訳ありませんが……」
偶然です、ときっぱり告げる。しばらく確かめるような強い目と見つめ合って……項垂れたのは、カロリーナ方だった。
「そんなぁ……」
味方が増えると思ったのに、と脱力したカロリーナが席に戻った。頃合いを見計らっていたディアナが、新しいお茶を差し出す。一口飲むと、少し落ち着いたようだ。
「逆ハーなんて、碌なことにならないのに。大体 ストーリー通りなら、王太子が自殺で王位に就いた第二皇子はメンヘラでしょ。それに騎士団長と将軍がただの脳筋で、宰相はヤンデレか闇堕ち……終わっているわ。あれは二次元だからいいのに……」
一番この国でまともだったのはレイフェスト様なのよね、と加えられ、深いため息が落ちた。空気を読んで、ミリアは大変ですね、と慰めた。
ユミルにしてみれば、まるきり呪文のようだ。
「……どんな状況なのか、さっぱり掴めないわ。ミリアは分かるの?」
「なんとなく苦労が多そうだなって」
ばっとカロリーナが顔を上げる。
「知識あるのかないのか、どっちよ!」
「さあ……?」
「ねえ、ディアナ、この子、時々良く分からないこと言ったりしない!? 私みたいに」
急に話を振られたディアナがだが、生真面目な表情でゆっくりと首を振った。
「申し訳ありません、カロリーナ様。お嬢様のお話は、いつも半分ほど「訳の分からないこと」でございますので……」
「……」
悲壮な表情で、カロリーナがまた頭を抱えてしまう。自分のことながら、重ね重ね申し訳ない気持ちになる。なるのだが……実際のところ、過去の記憶なんてものに、頭の容量を使えないのだ。石の名前や種類を覚えるのに忙しいし、目の前にあればそれだけがすべてになる。
「私、石以外の事はどうも忘れっぽくて。記憶力には恵まれなかったみたい」
「……頭、痛い」
「お察しいたしますわ、カロリーナ様」
心の底から、ディアナが同乗して、そっと背中を撫でた。ついでに、肩掛けも取り寄せてふわりと掛ける。ありがとう、と力なくカロリーナがお礼を言った。
傷心のカロリーナに、慰めなのかユミルが仕方ありませんわ、と告げる。
「ハースの魔女ですもの」
「ハースの魔女、ね……建国史話の、伝説の魔女。確かあれも一応魔法のフラグだったな……」
「建国史話?」
「あら、ミリアったら忘れちゃったの」
駄目ねえ、と言いながら、ユミルが教えてくれた。
三百年の歴史を誇る、オーディア国。その建国に際して、一人の魔女と呼ばれる存在が、始祖を手助けしたこと。だが、国の重鎮の席を薦められるも退け、悠々自適に暮らせる領土のみを受け取った。大変に気まぐれで、その後は政治に関わることなく、生きたという。ちなみに、国王と娶せるという話には、むしろ手のひらを返して攻撃的になったため、慌てて取り消されたのだとか。
その魔女の家系を引く所以のあるのが、現在のハースである、らしい。何しろ古い話なので、確たる証拠はどこにもない。
ヒトだったのか、もしくは本当に魔女だったのか。
真実は埋もれてしまったが、ほんの一時、気まぐれを起こして人間を気に入ったことだけが確かで――つまり、好きなことにだけ熱心で、執心する。
自分の呼び名に、そんな由来があったとは、全く理解していなかった。
が、誰ともなく、何となく許されて納得されている理由が、歴史にあったとは、と今更にミリアは少し驚く。ただの物騒な呼び名ではなかった、という事だ。
とにかく、とカロリーナが気を取り直す。
この先最も警戒すべきは、約ひと月後に迫った夜会だ。カロリーナの知識によれば、ヒロインの出世が時の王太子――現在は第二王子だが――と婚約が発表された。なお、その前に定番であるという、没落予定のチェストン公爵家のカロリーナとは、婚約破棄がなされたという。
「まあ……随分大ごとですわねえ」
笑っているユミルの言葉の裏に、有り得ないわという意味の冷たさが垣間見える。ミリアでさえ、実現しないんじゃないかと考えてしまうほどだが、とても重大なことが起きる、かもしれないのだ。
しかし。
「カロリーナ様は、王家の方と婚約なさっていませんね」
「いや、それ死亡フラ……何でもない」
咳払いでごまかされた。これもまた、彼女の打った「手」の一つなのだろう。
婚約なさいませんの、と尋ねれば、見事なくらい鮮やかな社交的な微笑が返ってきた。
「わたくし、控えめに申し上げて『あの男』は大嫌いなんですの」
「……」
「策略的すぎますし……為政者としては優秀でも、人間としては出来る限り距離を置きたい部類に入りますので」
「……えーっと」
それで控えめなんですか、という言葉は、怖い笑顔のおかげで飲み込むことが出来た。隣でユミルがひどく楽しそうに、まあ素敵、とカロリーナと顔を見合わせて微笑んでいる。こちらも人形のように美しい。今度は、ウォレンが胸を押さえて項垂れた。殿下、とこぼれた一言は、多分ミリアにしか聞こえなかった。
分かりました、と請け合ったのは、ユミルだった。
「カロリーナさまが国を思っていることだけは身に沁みましたわ。私、精一杯協力いたします」
「感謝いたしますわ、ユミル嬢。では、万が一の際には、とにかく各派閥の抑えをお願いいたします」
いいですね、と今度はウォレンに向けて確認し、頷き合う。
ここに――ほとんど有り得なかったことだが――オーディア国筆頭貴族三家が、対立を超えて協力関係を結んだことになった。
この三人はともかくとして、自分はあまり役に立てそうにない。
一瞬、欠席しようかしら、と思ったら、ディアナに「ダメですよ」と囁かれてそっと驚く。彼女は時々、ミリアの心を透視する。
「……大丈夫よ。ちゃんと出るわ」
「本当ですか?」
「ええ。だって……」
気づかれないように、ウォレンを透き見する。ミリアがいれば足手まといだが、一人家に籠っていても、結局危険度は変わらないだろう。ならば、少しでもウォレンの目の届くところにいて、彼の邪魔にならないように動いた方が賢いはずだ。
バレないようにしていたはずが、知らないうちに翠玉がこちらを向いていた。見合ってしまえば、逸らすのがもったいなくて、にこりと微笑んでしまう。
ウォレンは、笑みを返してはくれなかった。代わりに、憂いを乗せたまま、そっと指が伸びて、ミリアの手を取った。名前を、呼ばれる。
「きっと……私が守るよ」
「ええ。もちろんよウォレン。頼りにしているわ」
側近で、優秀で、魔法も使える強い人。こんなに頼れる人は、オーディア中を探したっていない。ああでも、と困ったことになったのに、今更気づいた。 せっかくのお嫁さん探しが台無しである。
考え込んでいるうちに、いつの間にか右手が温かい。大きな手に、包まれていた。
「ウォレ……」
「私だけでは、不安?」
「ち、違うわ」
「じゃあ、何を考えているの、ミリア」
「それは」
ここで言うのは良くないだろう。出来るだけ壁の方にいようとか、遠くから眺めていたら見失いそうだとか、頭をよぎったことがあるけれど。
教えて、と今度は反対の手が、ミリアの髪筋へと伸びてきた。ミリアは、いつもより濡れたように光る翠玉から、目が離せないまま……ぱしり、と、手は扇に叩き落された。耳元での音に驚いて振り向くと、ユミルが立ち上がっていた。
「お戯れが過ぎるわね、シューストン様?」
あら、と今更に見回せば、カロリーナは頑張って俯いて、決して視界に入れないようにしているし、ディアナは例によって目を瞑ったままだ。
なんだか顔が熱い気がして、指で触れるとやっぱり熱かった。おかしいと思い辺りを見回すが、誰も目を合わせてくれなかった。
ごほん、と咳払いしてから、最後に、とカロリーナがミリアに向き合った。
「主人公には、どんな力があるのか未知数なのよ。今のところ、人心掌握を得意としているとしか、把握していない……ミリア嬢は」
「はい」
「とにかく、逃げて。それしかないわ」
「承知いたしましたわ。ねえ、ディアナ。足腰を鍛えるべきかしら? 走り込み、する?」
「……」
賢い侍女は、黙って首を振っておいた。




