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Doggy House Hound  作者: ポチ吉
ガン・ドッグ

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ⅤS.ユーリ 前


 砂塵が舞う中、ゆらりと尾を引いたのは赤いモノアイだった。

 タタラ重工製 強襲用強化外骨格 クロガネ。

 薄い装甲を幾重にも重ねた黒の多重装甲は軽く、強靭だ。

 右手に持つのは鉄の板と言う形容が相応しい分厚く、巨大なクレイモア。斬ると言うよりは潰す。どちらかと言うとソレに適した形状で有りながら、アレは鈍器ではなく剣だ。即ち、斬れる。

 質量の暴力。それを彼女は片腕で制する。

 左腕は存在しない。


 ――弱くなる気がするから。


 そんな理由で彼女は腕を再生することなく、義手を付けることも無い。

 ムカデも当然、そう言う仕様だ。

 人工脊髄とつながるムカデの構造上、腕部分が在れば中身が無くても腕として使えるのだが、そこには空っぽの左腕すら存在しない。

 理に適っていない拘り。

 不合理の極み。

 それでもそれらをモノともしない――理不尽の極み。

 それがこの時代の僕の母親、ユーリと言う人だ。僕はそれを知っていた。だが、理解はしていなかった。だが、今は違う。


 ――あぁ、成程。これが理不尽か。


 始めて、そう理解した。

 四つの腕に、四振りの曲刀。それをトゥースの膂力で振りおろせばそれだけで、強化外骨格ごと人間を殺すことができる。

 だが、そうならない。

 リカンの猛攻の前にユーリが一歩を踏む。

 ふぃ、と軽く、何気ない一歩だ。

 肩に担いだクレイモアも使わない。身体を沈め、クロガネの中で硬度が最も高い部位、頭部装甲から生える刃状の鋭角を、軽く振るようなしただけだ。

 それで充分。

 リカンの放つ四連撃が全て捌かれる。

 一の太刀が踏み込みの一歩で潰され、二の太刀が鋭角に逸らされる。三と四が届くよりも早く膝がリカンの腹にめり込む。「――うぐ」。唸り声。リカンの口から漏れ出て、その身体を折り曲げる。

 その様はまるで、首切り人に、死を乞う罪人の様だった。

 キィ、と僕の瞳孔が軋みを上げた様な錯覚。殺すという意識に目の奥が痛む。そう、ユーリは殺す気だ。肩に担いだクレイモア。それを握る一本だけの右腕。

 軋む。

 力の流れが見える。柔らかく、それでも芯のある。そう言う力の入り方だ。

 自然体の殺意。

 アレならばリカンの太い首も断てるだろう。


「――、」


 それはご遠慮願いたい。

 だから撃つ。

 僕は彼女を見た瞬間に構えていた。構えたら撃つ。水が緩やかに流れるようだった。殺気を滲ませることなく僕はそれをやった。やれた。それでも――


「――避けるか」


 まぁ、そうだろうな。


「すまない、リカン。フォローに入る」

「応! 助かる!」

「僕のモノズとルドは?」

「我の部下と一緒に向こうのモノズの接待中である。因みにお嬢さんもだ」

「――戦えたんですか?」


 あの子?


「エンドウがな、『行ける』と言ったのでな、やらせてみたら行けたである」

「雑過ぎない?」


 その判断。


「猫の手も借りたい状況であるからな。仕方がない」


 そうか。そうなるな。そうなると、ユーリのモノズには四人のトゥースと三機のモノズ、一匹の犬と、一人の人間が当たっているわけか。随分と豪華だな。特にトゥース四人の部分。


「困るな。不景気ピンチなんだ。豪華な接待をしていないで早く戻って欲しいものだ」

「全くである。だが、まだ向こうも終わりそうにないであるぞ? この女も大概だが。この女のモノズも大概だな」

「ダイコン達は練度が違いますからね」


 僕のモノズ達は並の同業のモノズ達よりも強い。これは僕がそれなりに危ない戦場を渡り歩き、更に僕のスタイル的に彼等が前線を走っているからだ。つまりは練度が高い。

 だが、ダイコン――ユーリのモノズ達は、それ以上の戦場を渡っている。簡単にはいかない。


「気の抜ける名前の割には良くやるものであるな」

「ユーリ、おでんのゆるキャラ好きなんですよ」


 ぬいぐるみも持ってます。


「……それで、ラチェット、アレは何だ?」

「しー・いず・まい・まざー」

「バケモノの親はバケモノと言うことであるか。全く……笑えんな」


 おー・いぇーす。肩を竦めてバケモノを銃口の先に置く。

 ユーリはどこか面白そうに僕等の会話を聞いていた。だが、それも、そろそろお終いだ。肩に担いだクレイモアが、とんとんとん、と肩を叩く。『もう良いか?』。そう問いかけている様に見えた。ノーと返してもどうせ駄目だ。行こう。「……」。リカンの踵を軽く蹴る。一瞬、左手を放して、リカンの背中を三回ノック。


「君はそんなバケモノの飼い主だっただろう? 気張ってくれよ、ガブリエル?」

「――簡単に、言ってくれる」


 三秒。地を蹴る音が響いた。

 リカンが跳ぶ。僕はそれをみて呼吸を沈めた。深く吸い、深く吐く。戦闘と赤い色の中で、ただただ、自分だけは青い色でいようと意識をする。そう、薄い青が良い。

 伍式は使えない。この距離は僕の距離ではない。それでもこの距離で戦わなければ成らない。

 漆式軽機関銃を左手に、右手に自動拳銃を持つ。暴れる漆式を僕は両手でも制御できない。だったら始めからばら撒くだけに使う。本命は利き手である右手の自動拳銃。本命は精密射撃シャープ・シューティング。だって僕は狙撃手だから。

 リカンが跳ぶよりも少し前に、僕は歩き出していた。リカンの陰からゆっくりと出る。リカンが一撃を放つと同時に僕も一発を撃つ。リカンの陰に弾丸を隠しての一発だ。銃声が響く。それは仕方がない。だが、経路は隠した。だが、避けられた。「……」。納得いかない。リカンの切り落とし四連が、たった一振りの切り落としに合わせられる。ぎぃん、と金属音。体格で勝るリカンが押し負ける(・・・・・)。あぁ、拙い。


「リカン、退け」


 言うなり、右の引き金を引く。一回。ユーリの注意を僕に向ける。スウェー。弾丸を見ながらユーリがゆるりと躱す。揺らぐ上半身。揺らがない下半身。そこを狙って左の引き金を引く。雑なバラマキ。弾丸が床材を削る――よりも前にユーリは跳んでいた。既にそこにはいない。

 僕の眼はソレを追っている。

 だから、着地の瞬間、僅かに沈む膝を狙って弾丸を置いた。

 これで膝が壊れてくれれば――


「楽な相手だったんですがね……」


 そんな相手ではない。

 膝よりも先にクレイモアが置かれた。

 力と見切り。

 それがユーリの強さ。

 強化外骨格との適性が高いが故に、そのスペック以上を引き出す【強化外骨格適性(力):X】。

 ヴァルチャーと同じ、だが、それ以上に高い強化外骨格との適性値はユーリを違う次元に持って行く。仕様上、出るはずの無い高出力は理不尽でしかない。

 そして弾丸を容易く避け、攻撃を紙一重で削って見せる【見切り:5】。

 量と質の境目がランク3ならば、人間と英雄の境目がランク4。

 つまりは僕の母親は英雄だった。


「無事ですか?」

「お前が居なかったら死んでいたが、なんとかな……」

「そうですか」


 全く、嫌になる。

 こっちが硝煙漂うガン・ドッグ気取ってる中、大剣一つでこの暴れよう。

 ジャンルが間違っている。

 ファンタジー世界で竜でも狩っていて欲しい。


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