第1話「質問したら、消えた」
AIに質問するのは、もはや呼吸と同じだった。
朝起きたら天気を聞く。
課題が出たら要約してもらう。
夜ご飯に迷ったら選んでもらう。
気づけば一日の判断の半分以上を、スマホの画面に委ねていた。
友達に言われたことがある。
「お前、自分で何も決めないよな」
否定しなかった。だって事実だったから。
AIが出す答えは大抵正しくて、自分の直感より信頼できた。
それの何が悪いのか、当時は本気でわからなかった。
名前は及川 蓮。二十歳、大学二年生。
特技も特徴もない、どこにでもいるタイプの人間だ。
あの夜も、そんないつもと変わらない夜のはずだった。
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深夜一時。
課題を終わらせた勢いで、なんとなくスマホを操作していた。
SNSを流し見して、ニュースを斜め読みして、それにも飽きてAIアプリを開く。
「Aria」という名前の、最近使い始めた会話型のやつだ。
特に聞くことがあったわけじゃない。
ただ、なんとなく。
指がふらっと動いて、こう打ち込んだ。
「エルフってどんな生き物?」
送信ボタンを押した瞬間——画面が、白く染まった。
ふわっ、と。
まるで意識が溶けるみたいな感覚があって。
次に気づいたとき、俺は森の中に立っていた。
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最初の五秒は、状況を理解できなかった。
土の匂い。
湿った空気。
どこかで梟が鳴いている。
見上げると、見慣れない配置の星が空いっぱいに広がっていた。
プラネタリウムで見るような、嘘くさいくらいの星空。
でも本物だった。
肌に当たる夜風が、ちゃんと冷たかった。
スマホを確認する。
電波なし。Wi-Fiなし。GPSも圏外。
バッテリーは満タンのまま。
——どこだ、ここ。
深呼吸を一つした。
パニックになっても意味がない。
まず事実だけを整理する。
ここは日本じゃない。
スマホは手元にある。
俺は生きている。
それだけ確認したとき、スマホが振動した。
画面に、見慣れない通知が浮かんでいた。
【QUEST #001 発生】
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森の東に危険な状態の人物がいる。
その人物を安全な場所まで救助せよ。
帰還条件:クエストクリア後に発動
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「帰還条件」。
その文字を、三回読んだ。
——つまり。クリアしないと、帰れない。
じわっと嫌な汗が出た。
でも同時に、妙に頭が冷静になっていくのを感じた。
追い詰められると逆に落ち着く、これは昔からの癖だ。
森の東。
コンパスアプリを開く。
電波がなくてもGPSセンサーは動く——動いた。
東の方角を示す矢印が、画面に表示された。
歩き出した。
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三十秒も歩かないうちに、声が聞こえた。
言葉はわからない。
でも、苦しんでいるのはわかった。
低く、細く、でも確かに助けを求めている声だった。
茂みをかき分ける。
そこにいたのは——銀色の髪をした、女だった。
木の根元にもたれかかって、右足をかかえている。
足には矢が刺さっていた。
矢羽根まで綺麗に残ったまま、太ももに深々と。
血が黒く固まりはじめていた。
そして何より目を引いたのは、耳だった。
長い。
人間の三倍はあろうかという、尖った耳。
——エルフ、本当にいるのか。
間抜けなことを考えている場合じゃない。
女がこちらに気づいて、何かを叫んだ。
「近づくな」か「何者だ」か、そのあたりだろう。
怯えと警戒が半々に混じった顔で、俺を見ていた。
俺はゆっくりと、両手を上げた。
武器はない。敵じゃない。
そう伝えたくても、言葉が通じない。
翻訳アプリはオフラインで使えない。
ジェスチャーしか手段がなかった。
膝をついた。
目線を相手に合わせる。
矢の刺さった足を指さして、自分の胸に手を当てた。
助ける。
言葉じゃなく、気持ちで。
女はしばらく俺を見ていた。
警戒は解けていない。
でも、叫ぶのをやめた。逃げようともしなかった。
足の状態を考えれば、逃げられないのもあるだろうけど——
それでも、拒絶しなかった。
それで十分だった。
俺はリュックから救急ポーチを取り出した。
いつも鞄に入れているやつ。消毒液、包帯、ピンセット。
矢を抜くには手術器具が必要だが——今できることをやるしかない。
女がびくっと身をすくめた。
でも逃げなかった。
俺は、ゆっくりと作業を始めた。
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エルフは、本当にいた。
俺はいま、名前も言葉も知らない銀髪の女の足の応急処置をしながら、
自分がとんでもない場所に飛んできたことを、ようやく実感していた。
スマホのAIに質問したら、異世界に飛ばされた。
クエストをクリアするまで——帰れないらしい。
最後まで読んでいただきありがとうございます!
蓮、わりと冷静でしたが
私なら転送された瞬間に泣いてます。笑
次話——言葉が通じないエルフと、
蓮はどうやって意思疎通するのか。
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第2話もよろしくお願いします!




