第二章 裏切り者の娘 領主編
【娘の変化】
ここの領主は碌でなしであった。
暴利な税を領民に課し、気に入った女は見境なく連れ去り、飽きればボロボロの状態で放り出していた。
その碌でなしの領主は一人の娘を気に入る。
その娘は己の恨みの為に領主の不正が書かれていた陳情書を碌でなしの領主に届け領民への復讐を果たした。
娘は裏切り者の娘と呼ばれていたが、碌でなしの領主にとっては裏切り者ではない。その為、碌でなしの領主は娘と呼ぶようにした。
この日から裏切り者の娘はただの娘となった。
娘は碌でなしの領主の元で働く事となった。
娘の生活環境は変わる。
皆から煙たがれるほどボロボロの服から周りからいやがれない程度の服を着ることができ、風呂など父親がいなくなってからは入ったことはなかったが、ここでは週に一度入る事が出来た。
また、食事が1日1口も食べられない時が多々あったなか、ここでは1日1食必ず一汁一菜を与えてくれる。
尚且つ、雨や寒さの心配することなく寝ることが出来る。それに微々たる領であるが賃金まで貰えるのだから幸せな環境であった。
ただ、娘にとって幸せな環境であったが、他の使用人からしてみれば地獄そのものである。
その地獄のような環境を平然としている娘に苛つき、嫌がらせをする。
その嫌がらせは留まることがなく続く。
碌でなし領主の元で働く使用人も碌でなしであった。
【碌でなしの使用人】
碌でなしの領主は使用人に対しても碌でなしであった。
そして、その憂さ晴らしは全て娘へと向かう。
娘に与えられる仕事は皆が嫌がるものばかりであった。
トイレの掃除
皆が起きる前の朝早く行わなくてはいけない。たまに嫌がらせで掃除ブラシが隠される時は探している時間がないため素手で掃除をするしかない。
そして、糞尿の処理もしなくてはならない。
兵士の下着の洗濯
兵士の下着は他の者と別にされ娘の元へと届けられる。兵士の下着は汗臭く、中には何日も変えていない者もいるため、異臭で吐き気を我慢しながら洗濯をするしかない。
廃油の片付け
廃油の片付けは特に嫌がられる仕事ではない。ただ、娘が手伝いますと一度言っただけであった。その一度以来娘の仕事となった。
娘が廃油の片付けをする時はほぼ必ずそばかすの侍女が足を掛けてくる。
お陰で娘は転び廃油を屋敷内ににぶちまけてしまう。
廃油を溢した後は必ず侍女頭に折檻室へと連れていかれ背中を鞭で叩かれる。
叩かれた後は溢したは油を拭き終わるまで休ませて貰えない。誰も手伝うことなく一人で拭く。
娘のその姿を見てそばかすの侍女は笑みを浮かべる。
このような生活が三年間続いた。
【碌でなしの兵士】
碌でなしの領主に仕える兵士も碌でなしであった。
娘は月に一度兵士に酒を貢いでいた。
貢ぐ日は給金が貰える日であった。
初めて給金を貰った時、娘は兵士に囲まれ袋叩きにされ給金を奪われる。
その際に一人の兵士が娘に向かって呟く、次から貢げば袋叩きにされないようにしてやると。
それ以来娘は兵士に酒を貢ぐようになった。
別に娘は苦ではない。
別に今までもお金のない生活をしてきたからだ。
だが、苦ではないが面白くない。
娘が貢いだ酒で、その夜の兵士は酔い潰れる。
ただほど美味しい酒はないのだろう。
このような生活が三年間続いた。
【碌でなしの領主】
碌でなしの領主は娘の事を気に入ってはいたが、好いた訳ではない。なので娘を大事に扱う事はなかった。
碌でなしの領主はその日の気分で度々娘を呼び出す。
碌でなしの領主の呼び出しなど碌でもない事ばかりであった。
『明日の天気は?』
『今日の夕食は?』
『今日は何していた?』
と、本当に碌でもない内容ばかりであった。
しかし娘には答えないと言う選択肢は与えられてなどいない。
答えないを選択しようものなら殴る蹴るの躾を受ける。
しかし、娘の返答が正直か嘘つきかも関係ない。正しいか間違っているかも関係ない。
碌でなしの領主の意に沿っているかどうかである。
意に沿っていれば褒美として菓子を一つ放り投げられるのだが、意に沿わないと碌でなしの領主の気分が晴れるまで殴る蹴るが止まらなかった。
気分が悪い時などはどのように返答しても殴られ蹴られる。その時は鬱憤が晴れるまでなかなか止まらない。
このような生活が三年間続いた。
娘の体はボロボロで常に悲鳴を上げていた。娘の体はいつ限界が訪れてもおかしくなかった。
【三年間の侍女生活】
娘は館の中で最も立場が低い。
その為、娘はどの使用人よりも早く起き、どの使用人よりも遅くまで仕事をしなくてはならなかった。食事も皆が食べた後の残りカスが娘の食事であった。
月日は流れ三年経つも娘は底辺のままであった。
新人が入っても娘は底辺のままであった。
おそらく娘はこの屋敷にいる限り底辺のままなのだ。
娘への嫌がらせも三年間続いていた。
この三年間で何百回も廃油を屋敷内にぶちまけたことか。
廃油をぶちまける度に侍女頭に折檻され、溢した廃油を拭く。
一生懸命、一生懸命染み込むように丁寧に三年間拭き続けた。
拭き続けながら娘は呟くが誰も聞き取る事が出来なかった。そして、下を見て床を拭いているため、娘の表情も見れない状態であった。
誰も気付かない。
娘が拭きながらニヤリと笑い「もうそろそろかしら」と呟いていたことに。
【もう一人の裏切り者の娘】
この日も娘は碌でなしの領主に呼び出される。
娘は言われた通り碌でなしの領主の所に顔を出すと何時もと違っていた。碌でなしの領主の隣には碌でなしの領主とは釣り合わない美しい女性がいた。
「娘よ、この女が誰だか解るか?」
解る訳がない。
しかし、無言は蹴られる1択しかないため、何かしら答えないといけない。
「すみません。解りません」
娘の返答を聞くと碌でなしの領主はニタリと笑う。
正解だったようだ。
しかし、何時もならここで終わり、菓子が放り投げられるのだが今日は違った。
「そうか、そうか。知らんか。この娘の父親はな~国王陛下を裏切り悪いことを沢山して処刑されのだ。そして、コイツは『裏切り者の娘』として男を喜ばせるだけの生き物と成り果てたのだ。どうだ、面白いだろう?」
碌でなしの領主がそう言いながら、女の胸元に手を忍びいれると、先程まで無表情であった女の顔が一瞬歪む。
「残念です。私は喜ぶ事が出来ません」
再び碌でなしの領主からの問いに答えるとまた碌でなしの領主はニヤリと笑う。今回も正解だったらしい。
「それは残念だな。では、お前が喜ぶ情報を教えてやろう。この女の父親はな~お前の父親が死ぬ切っ掛けとなった領主だぞ」
碌でなしの領主の言葉を聞き娘は目を大きく見開き女の方を見る。確かに領民達からは領主が娘への金遣いが荒く娘が成長する毎に税金が増えるのではと言われていた。その娘が目の前にいる。碌でなしの領主は娘の表情をえらく気に入ったらしく、興奮して立ちあがり踊り出すほど大喜びしている。
「いいぞ~、いい顔しておるぞ~、復讐したいか?復讐したいだろう?どうだ復讐したいとは思わんか!」
碌でなしの領主は女の背中を蹴飛ばすと、女は勢いよく娘の前に倒れ込む。
女が震えながら顔を上げると娘と女の目があった。
娘は女と目が合うとニタリと笑う。
しかし娘は何もしない。
その様子を見て碌でなしの領主は真顔となった。
どうやら意に沿わなかったようだ。
「娘よ何故復讐せん?」
「私が復讐してしまえば一瞬で楽になります。それよりこの女は生きていた方が地獄です。ですので、何もしない事にしました」
碌でなしの領主はニコリと笑い「そうか、そうか」と娘に近付いてくる。碌でもない領主は娘の腹部をおもいっきり蹴り上げた。
「誰がお前の意見など!屑が!ゴミが!虫けらが!」
罵声をあげる度に碌でなしの領主の蹴りが娘に浴びせられる。
暫くすると、碌でなしの領主は機嫌がよかったのか、娘への蹴りは数発で終わった。
「あ~つまらん、お前はもう帰れ!女よ玩具は玩具らしくワシの事も楽しませてみろ!」
碌でなしの領主は女の髪を掴むと女を引き摺りながら別
の部屋へと消えていった。
娘は解放されたので帰ることにした。
(裏切り者の娘か・・・)
もう一人の裏切り者の娘は背丈や髪の色が娘と同じであった事に娘はニヤリと笑みを浮かべる。
【そばかすの侍女】
この日、娘が何時もより遅く廃油の片付けをしていると、何時ものように意地悪をするそばかすの侍女が娘に足を掛ける。娘は何時も以上に激しく飛ぶと前には碌でなしの領主が立っていた。
娘は体を捻り、廃油を壁に投げ捨てる。
ボキッ!
受け身を取り損ねた娘は変な体勢で床に転び腕の骨が折れてしまった。そこへ侍女長が鬼の形相で娘に近付くが、碌でなしの主が侍女長を静止する。
碌でなしの領主が娘の髪を雑に掴み上げると、「この娘はワシに掛からんように態と壁にぶちまけよったわ!この者の手当てをしろ!」と、侍女長に命じると娘の髪を投げ捨てた。
碌でなしの領主は娘に足を掛けたそばかすの侍女に近付く。足を掛けたそばかすの侍女は震えて動く事が出来なくなっていた。
「お前はワシに油が掛かることを良しとしたか?」
「い、いいえ、そのような事は・・・」
「成る程、お前は私に歯向かうと言うのだな?」
「そ・・ん・・な・・」
「お前のような侍女は邪魔でしかない。こやつをクビに・・・」
碌でもない領主はこの領地では絶対の神である。その為、歯向かうことなど許されない。
もし、歯向かうようなら死よりも恐ろしい仕打ちが待っている。
しかし、娘には関係なかった。
「お待ち下さい。彼女は何も悪くありません」
あろうことか被害者である娘が碌でなしの領主の言葉を遮り、そばかすの侍女を否定したものだから皆が驚き、領主の顔の豹変ぶりに恐れ慄く。領主は豹変した顔で娘の事を見る。
皆が娘の命が終わったと思ったに違いない。
すると、娘が続きを話す。
「彼女は悪くありません。悪いのは彼女の足です」
そう言うと娘はニタリと笑い足を掛けたそばかすの侍女の足を指し示した。
碌でなしの領主は娘の発言と顔を見ると、碌でなしの領主もニタリと笑い、足を掛けたそばかすの侍女の方を振り向く。
足を掛けたそばかすの侍女は二人のやり取りと表情により、震えが止まらず顔面蒼白となり床を濡らして崩れ落ち、その場に座り込んだ。
数日後、そばかすの侍女はいなくなり、腕に包帯を巻いた娘の隣で片足がない侍女が一緒に洗濯をするようになった。
【領主館の終焉】
玩具と成り果てた女は光が届かない部屋に閉じ込められていた。日々闇に覆われている部屋だ。
この日も玩具と成り果てた女は闇に覆われた部屋で次の日は目が開かないことを祈りながら瞼を閉じる。
ぎしっ!ぎしっ!
変な物音がする。
碌でなしの領主が再び発情してこの部屋に訪れたのだろうか?
女は碌でなしの領主なんかに会いたくないが仕方がなく目を開けると、そこにいたのは碌でなしの領主ではなかった
そこにいたのは娘であった。娘は女と目が合うとニタリと笑う。
そして呟く
「み~つけた」
ズシリ、ズシリ
娘は重たい荷物を運んでいる。
栄養も行き届いていない娘にとって重たい荷物を持つのは大変であるが、それでも娘は諦めずに運ぶ。
台所まで来て一休みしようと台所の蛇口を捻り水分補給をしようとしたところ、娘目掛けて倒れ込んで来る者がいた。娘は辛うじて避けると倒れ込んで来たのは片足のない侍女であった。
侍女の手には包丁が握られている。
「あんたが、あんたがいなければ!」
倒れ込んだ侍女は片足がないせいか、なかなか立てないでいる。
それでも片足がない侍女は包丁を手放そうとはしなかった。
娘は片足がない侍女が持つ包丁に血が着いているのに気付く。ふと自身の腹を触ると裂けていて血が出ていた。
娘は溜め息を着くと、まだ片付けていなかった廃油を片足がない侍女に浴びせかける。
「な、何するのよ!」
「お返しです」
娘がそう言うと竈の消え残った火種を素手で掴み、片足がない侍女に投げ付ける。
片足がない侍女の廃油がかかった部分が激しく燃え上がる。
「いやーーー!!!」
片足がない侍女は火を消そうと転げ回るがなかなか消えない。それどころか片足がない侍女が転げ回ったことにより火が屋敷に燃え移り出した。
「大変です。水瓶はそちらにありますよ」
娘が指差す方に片足がない侍女が必死に起き上がり、一心不乱に水瓶に近付くも頭から水瓶に突っ込む。
が、片足がない侍女の身体は逆に燃え上がる。
「ぎゃゃゃゃーーー!!!」
「ああ、水瓶の中は油でした」
片足がない侍女は倒れた勢いで水瓶が倒れ火の着いた油が広まり、屋敷中に火が広がってしまった。
片足がない侍女が火を広げたからと言ってここまで早く燃え広がるのは普通ではあり得ない。
この屋敷が早く燃え上がったのには理由がある。
この屋敷は三年前から普通ではなくなっていた。
三年前・・・娘がこの屋敷で働いた時から一生懸命に屋敷に油を染み込ませていた。
それは三年間もの間、欠かさず染み込ませていた。
それにより燃えやすい屋敷になってしまっていた。
足のない娘の叫び声に気付き侍女達が起き上がるも炎の勢いが激しく逃げられる場所を失せていた。
侍女頭の女性が娘がいることに気付き娘に助けを求める。
だが、娘はニヤリと笑い首を横に振るだけであった。
兵士達は・・・起きて来ない。
今日は娘から酒を貢がれた日であった。
皆が酔い潰れて寝ている。
騒ぎに気付き碌でなしの領主が降りてきた。
「どうしてだ、私には恨みがないのではなかったのか?」
あれ程、娘に暴力を奮っていた癖に今も恨まれていないと思うなど、本当に碌でなしの領主だ。
だが、娘は以前に領主へ恨みはないと告げていたため、領主には復讐をするつもりはない。
この復讐は・・・
「ええ。領主様には恨みなど御座いません」
「ならば何故?」
「この復讐はこの屋敷への復讐でございます。父が死ぬ事となった領主が贅を尽くして生活していた場所、父を殺した領主が平然と過ごしていた場所。私はこの屋敷に復讐をしたかったのです。領主様はたまたまです」
「たまたま・・・」
娘は領主にお辞儀をすると重たい荷物を持って外に出る。最後まで領主や侍女達が叫んでいたが、反応する気はない。
燃え上がる屋敷を出ると娘は重たい荷物の紐をほどく。
荷物の中は玩具となった女がいた。
娘は女の猿轡をほどく。
「たす・・・け・・・て・・・」
女は喉を潰されているのか、上手く喋る事が出来ない。
そんな女に対して娘は易く女の髪に触る。
「綺麗な髪。羨ましいわ。どうしましょう?これ程艶々だと燃え尽きてしまうわね」
娘はニヤリと笑う。
女は思う。この娘は狂っていると。
女は恐怖と絶望により意識を失った。
【生存者あり】
外にいた、門番や馬番の男達が火事に気付く。
しかし、火は物凄い早さで屋敷全体に広がり、上空に向けて渦を巻いて炎が屋敷を包み込んだ。
ここまで来ると消火することなど不可能であった。
幸いな事に屋敷の周りは水路で覆われていたため、他に燃え移る危険性はない。
外にいて助かった者達はこのまま屋敷が燃え尽きるのを見ているしかなかった。
すると、屋敷の周辺に生存者がいないか探していた者から生存者がいるぞと声があがる。
皆が声の方へと駆けつけると一人の令嬢と思わしき女性が倒れていた。
令嬢と思ったのは着衣身体。寝巻き姿であるが、侍女達よりも良いものを来ていた。
それに顔の一部が焼け爛れていたが、数ヶ月前に領主様の玩具として連れてこられた裏切り者の娘に似ていたからであった。
辛うじて息がある娘を助けに近寄ろうとすると、男は黒い物体に躓く。
黒い物体は人であった。
身長からして年若い侍女だろうか?
女性の手には包丁が握られていた。
【元婚約者との密約】
顔に火傷をおった女は病棟で安静にしていた。
病室内には女と医師しかいなかった。
生存者は彼女だけであった。
病棟に入り一月した頃であろうか、
女の旧婚約者と述べる男が顔に火傷をおった女のお見舞いに訪れた。
「リーファ!リーファ、大丈夫かい?」
「ハゼル王子、現在リーファ様は安静状態でございます。ご理解下さいませ」
「状態は?」
「命の危険は御座いません。ただ、お顔の1/3が炎症され、喉も炎症により声が出しにくくなっております」
「声が出しにくい?」
「はい。それと、腹部が切創されておりましたが縫合処置致しましたので、問題御座いません」
「切創?」
「はい。近くに鋭利な刃物を持った女性の遺体があったそうですので、その者に切りつけられたものかと思われます」
「そうか・・・申し訳ない。彼女とは婚約が解消され他人と等しいが彼女が心配で仕方がない。彼女の側にいさせて貰えないだろうか?」
「解りました。ですが無理はさせないで下さい」
「ああ」
医者はハゼル王子を部屋に残し部屋を出る。
部屋にはハゼル王子と女の二人だけとなった。
「喋れないのか?」
「申し・・わけ・・ござ・・い・・ません。喉が・・」
ハゼル王子が女の声を聞くと女の耳に顔を近付ける。
「リーファの声を潰したのは私だ。リーファは喋れない。お前、リーファではないだろ?」
耳元で囁くハゼル王子に対し女はニヤリと笑う。
「面白い。お前は今日からリーファとして、再度私の婚約者となれ」
「は・・・い」
女はハゼル王子と婚約と言う名の密約を結ぶ事となった。
女は今日からリーファと呼ばれるようになった。




