25.キララの横顔
メイが昼食の準備で廊下をバタバタと歩いていると、マクレーが向こうからやってきた。少しばかり、土ぼこりがついている。
「メイ!」
彼はメイの姿を認めると駆け寄ってきた。
「無事でよかった! 体は何ともないか? すげー気になったんだけど、どうしても神殿へ行かなきゃいけなかったから」
「マクレーのおかげで大丈夫だよ。ありがとう。――服が汚れてるけど、何かあったの?」
「ああ、これ? 聖女召喚中、神殿にイノシシが入り込んで、召喚が中断されそうになったんだ! ま、俺が取り押さえたから、大丈夫だったんだけどね」
褒めてくれと言わんばかりに鼻息が荒く言って、マクレーは土ぼこりがついた服を、誇らしげにパンっと叩いてみせる。
「へえ、すごいじゃん」
マクレーは、ハッキリ言ってしまえばヘタレな性格だが、意外と腕は立つ。
「それよりさ――あいつ、誰だったんだ?」
マクレーは、いぶかしげにメイの顔を見た。あいつとは、メイを襲ったテンスリー伯爵のことだろう。
(そっか。マクレーはテンスリー伯爵に会ったことないんだ)
説明しようとして、はたと気づく。テンスリー伯爵のことを話せば、マクレーの主人、ユウヒとの暗い関係にも話題が及ぶだろう。軽々には話せない。
同時に、自分は今、昼食の準備で急いでいることを思い出した。
「ごめん!その話、あとでするね! 今いそいでるから!」
◆
翌日、キララが来ることを知っていたメイは、彼女を待ち伏せることにした。
(キララさんと話してみよう――。目的は何なのか。そして、サフィリア家を巻き込まないように頼んでみよう)
セーニャに客人の歓待準備の根回しをしたメイは、やってきた聖女さまをにこやかに迎えた。
「ここが、水の守護の……なんだっけ、サファイア家? ね」
玄関に入り込んだキララは、誰ともなく言いながら、周りを見回した。
「聖女さま、サフィリア家にお越しいただき嬉しく思います」
「ありがと。えーっと、この世界のことを教えてほしいの。アイリーンさんのお部屋、教えてくれる?」
無礼な振る舞いにももう慣れた。
「かしこまりました。いまご用意していますので、少々お待ちいただけますか?」
そう言ってメイは、キララを待合室に案内する。あまり広くないその部屋は、テーブルと椅子、少しの調度品が置いてある。客人が重なったときに、一時的に待っていてもらうための部屋だ。
キララは物珍しそうにキョロキョロしながら、その部屋に入る。メイは扉を閉めた。
「聖女さま、ご用意が整うまで、私と少しお話をして下さいませんか?」
と、ティーセットをキララに差し出す。
聖女はメイの言葉に、キョトンとした顔をした。きっと、モブが喋ったー!と思っているのだろう。少し考えた後、ソファにすぽんと座り、ティーカップを持ち上げた。
「いいよ! えーっとあなたは…?」
「メイと申します、聖女さま」
「メイドのメイちゃんね!わかった!覚えたよ!」
「聖女さまは、どうしてこの世界に?」
「そんなの、分かんないよ! 急に光に包まれたかと思ったら、ここに来てたんだもん。聖女ってのも、全然ピンとこないし。意味わかんない」
と、キララはお茶を一口飲みこんだ。彼女にとっても、突如降りかかった運命なのだ。
「それは大変なことでございました、聖女さま。もとの世界が、お懐かしいですよね……」
過酷な運命に同情しながら、もとの世界――ゲンダイニホンについてキララがどう思っているのかを、メイは聞き出そうとした。
(もとの世界を愛おしく思うなら、すぐに元素を満たして帰ってくれるはず)
キララは、少し冷めた目でメイを見て、カップをソーサーに戻した。しまった、立ち入ったことを聞きすぎたか――メイが思った時、キララは口を開いた。
「もとの世界には帰りたくない。あんなクソ田舎、いいことなんて何にもないもん」
キララは落ち着きなく、ティーカップのふちを撫でた。
「私は家族にすら軽んじられる、どうでもいい存在。何を頑張ったって、頭空っぽのヤンキーからも、牛糞まみれの臭いババアからも馬鹿にされる。学校も家も最低」
初めて見る、キララの暗い顔。小麦畑について話した時とは大違いだ。今までの天真爛漫な顔はあくまで外向き。この顔が本当のキララの顔なのだろう。
「私、本当は頭がいいの。天才なの。なのにクソ田舎の頭が固いババアたちは、私の才能を認めようとせず、牛の世話や畑の管理をやらせる。でもここなら、聖女だって理由だけでちやほやされるし、みんな私の思い通りに動いてくれる。特に、ここのユウヒは最高」
「ユウヒさま、ですか」
「うん。ユウヒと話すと面白いよ。ここだけの話ーー」
キララはメイのことは、相槌を打つ人形くらいにしか思っていないのだろう。ペラペラしゃべってくれる。モブとやらの特権だ。
(これは好都合)
「ユウヒはね、この世界を壊したいって思ってるみたい。革命? みたいなのを起こしたいんだって。あたしはそれを手伝って、この世界の女王になろうかなって。面白そうじゃん。女王になれば、あたしのことを軽んじる奴なんていなくなる。もしそんな奴いたら、すぐ処刑すればいいし」
自分と無関係な住人を、よくぞ軽くあつかってくれるものだ。軽んじられることに、嫌気が差した者が。
「では、元素を満たして元の世界に帰るというのは――」
「興味なぁーい。だって聖女ってもう一人いるんでしょ?その子がやればいいじゃん。あたしは元素関係のイベントは全部スキップして、女王になるつもり。私が女王になれば、絶対この世界は良くなるから!」
「ご慧眼でございます。聖女さまなら、成し遂げられましょう」
心にもないことを、さぞ誠実そうに言ってみると、キララはニコッと笑った。
「ありがと、メイちゃん。あたしの侍女にしてあげよっか」
未来の女王のありがたいお言葉は笑顔で躱し、メイはキララを部屋の出口へ誘導する。
「お待たせいたしました。準備が整いましたので、アイリーンさまのもとへ御案内いたします」




