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一欠片もなく  作者: 新在 落花


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6.護衛の任(1)

 どうして避けられるようになったのか。知らずに何かをしてしまったのかすら分からない。


 馬車から放り出されて近くの孤児院で生活するようになった時も、姉弟だと偽って一緒にいようと言ってくれた。


 殿下が現れて王宮に連れて行かれた時も、しばらくは姉弟として一緒に暮らした。その時もそれまでと変わりなく、優しいままの姉さんだった。


 避けられて、態度が冷たくなったのはそれから少し経ってからだ。


 妃殿下の護衛をしているの時の侍女姿が綺麗だったから、服を贈ろうとしたら激怒された。


 もらった菓子を渡した時は、渋られたけど受け取ってくれた。


 見習いから正式な魔法士に昇格した時に無理やり食事をつき合ってもらったら、なんで私があんたに奢られないといけないのと支払いの時に険悪になった。


 嫌そうではあったが、指輪は不意打ちを狙って受け取ってもらうことができた。


 姉さんを守りたくて頼られたくて、せめて仕事でもいいから一緒に行動したくて魔法士の階級を上げたりもしてみた。それでも姉さんは冷たいままだった。


 何が駄目で、何ならいいのか。

 もう何が正解なのかも分からなかった。


 姉さんしかいらないのに。

 王宮も魔法士団も、この国すらも必要ないのに。


 どうすれば愛してもらえるのか。避けずに一緒にいてもらえるのか。


 久しぶりに長く話すことのできた、西の森の夜に戻りたいと何度も願った。





 始まりの三国は、女神の長男の国を一の国、次男の国を二の国、三男の国を三の国と国名以外で呼ばれることが多く、他の国々から女神の加護のある国として別格の扱いを受けている。


 狭間の国の第二王子妃アナベラは、一の国から嫁いできた公爵令嬢だ。父は王弟、伯父は国王、従兄は王太子という王族に非常に近しい血筋だ。


 そのアナベラが小国である狭間の国に嫁ぐことになったのは当時の国王、アナベラの祖父の強い希望があったからだ。


 始まりの三国の王族は特別な魔力を持って生まれやすい。魔法士などが持つ魔力とは異なる系統のため、それは女神の魔力と呼ばれていた。女神の魔力は王族直系、玉座に近しい者により現れやすいため、国を守るための魔力だとも言われている。


 アナベラも生まれつき視る能力に長けていた。魔法士ですら視えない魔力の流れや、魔力の淀みなどを容易く視ることができた。


 賢王と呼ばれたアナベラの祖父は、一歩も二歩も先まで見据えているような人物だった。そして狭間の国の役割をよく理解していた。


 聖鏡の能力が翳りを見せ始めたことを知った祖父は、魔力の視えるアナベラを狭間の国へ遣るべきだと考え縁組みをした。

 政略結婚ではあるが孫娘に心通わせることのできる結婚をと望み、幼い頃から狭間の国の第二王子カーティスとは国を跨いだ交流を持たせていた。


 アナベラが優れた魔力を持つが故に他国へ嫁ぐことを阻止しようとする強硬派は、婚約が決まってからも幾度となく反対を唱え続けた。


 彼らは尊き女神の魔力を他国に流出させてはならない、自国の王太子ランドルフと婚姻を結ぶべきだと主張した。王太子にはすでに妃がいたが、アナベラは側室として遇すればよいと主張を曲げなかった。


 狭間の国へ嫁ぐのを阻止するために、アナベラを浚おうとする強硬派の計画を知った一の国の国王は、狭間の国と連携して強硬派を欺くことにした。王宮から国境への移動も強硬派の目を掻い潜りながら、狭間の国への道を急いだ。


 エレイン達のいた国境の街で拐かされかけたものの、エレインとロイの助けもあり無事にカーティスと合流することができたのだ。


 その遠因とも言える王太子が私的な訪問をすると、狭間の国に使者を送ってきたのはひと月前のことだった。


 使者が帰国してこちらに向かったとしてもひと月はかかるはずが、なぜか二週間後の入国を打診された。断られるとは露とも思わず、王太子の一行はすでにこちらに向かって出発していたのだろう。


 元よりランドルフは公私ともに評判のいい王太子ではない。正妃以外にも愛妾を数人持ち庶子が何人もいる。朗らかな弟王子と比べ、良くない噂の多い人物だ。


 相手の訪問の意図が分からないことが気持ち悪く、火種を招き切れているのではないかと不安が募る。





「今までは人の目を気にして生きていたんですが、今後は自分のために生きようと思います」


 騎士団の訓練場にカーティスが顔を出すと、エレインに手招きして側へ来るようにと合図した。

 西の森であったことの報告を聞いていたカーティスだったが、唐突にエレインの人生の決意を聞かされ面食らいながらも肩を震わせていた。


「何だかよく分からんが前向きなのはいいことだ。是非ともその前向きさを保ったままアナベラの護衛をやってくれ」

「アナベラ様の?」


 首を傾げるエレインに、カーティスが騎士団を訪れた本題に入る。


「一の国の王太子殿下が、私的に来訪されると使者が来た」

「どうして私的なんですか?」


「さあな。殿下の独断なのかもしれない。何にせよこちらがやることは同じだ。国賓としてもてなすのは変わらない。基本的には父上と兄上が対応するがアナベラは俺の妃で、殿下はアナベラの従兄だ」


 出て行かざるを得ないだろうと眉間にしわを寄せたカーティスがつぶやく。カーティスの口調を聞いたエレインは声を落として問いかける。


「良くない人なんですか?」

「頭の痛い相手だよ。殿下の滞在時はアナベラも何かと負担を感じるだろうから、お前を護衛に付けようと思う」


 エレインは満面の笑みで首肯すると騎士の礼を取った。




 騎士団長に呼ばれ第二王子妃の護衛の任に就くようにと命じられたエレインは、上官と共にアナベラのいる宮殿へと向かった。


 第二王子夫妻の居住する宮殿は、全長の長い王宮の背面にある。

 大きな窓のある明るい廊下を進むと、アナベラの居室に通された。一通りの打ち合わせが済むと上官は部屋を退出し、エレインだけが残された。


「アナベラ様の護衛ができるなんて嬉しいです」


 アナベラは侍女に目配せし、エレインに別室での着替えを促した。エレインは用意されていたお仕着せに着替えると、アナベラは侍女として侍りなさいと命じた。


「これは公にはなっていない話なのだけど。わたくしに妊娠の兆候が出たの」


 思わず声が漏れそうになって口元を抑えたエレインが、小声でアナベラに祝いの言葉を告げる。


「おめでとうございます」

「厄介な人がやって来てしまうけれど、わたくしは余り表には出ず安静にしていることにしたの。だからあなたは護衛というよりは、暇を持て余すわたくしの話し相手として呼ばれたのよ」


 エレインよりも優秀な女騎士など他にもたくさんいる上に、そもそもアナベラには護衛騎士がついていた。居室扉の外にも護衛騎士がずっと待機し常に周りを警戒している。

 どうしてエレインが呼ばれたのかと不思議に思っていたが、そういうことかと合点がいった。


「あなたに助けられた命だから早く伝えたかったの」


 家族に売られ孤児院で生活していたエレインに優しい言葉をかけてくれたのは九年前のアナベラだ。カーティスにこれからどうしたい?と問われて、アナベラを守るための騎士になりたいと答えた時の気持ちは今も変わっていない。

 あの時救われたのは、エレインも同じだったのだから。


 ふと何かに気づいたアナベラがエレインの左手をじっと見ていた。エレインの左手小指にはまった金色の指輪は今までのエレインにはなかったものだ。


「……ロイね」

「そうです。これ外そうとしても外れないんですよ」


 困惑したような顔をしたアナベラはそのまま黙り込んでしまった。アナベラはロイの話題が出るといつもそんな反応をする。

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