5.同郷
エレイン達がいるのは王都でも治安のいい酒場の一軒だ。
気のいい主人とその妻の営む店は、客層も悪くなく居心地がよい。今日も店は全席が客で埋まっていて、夜の賑わいを見せている。
エレイン達はこの店では王宮の使用人ということになっており、騎士であることは秘密にしている。
女だてらに騎士団に所属していることが知られると、酔っぱらいに絡まれることが増えるのだ。また、過去には破落戸に買収されて騎士団の機密を持ち出そうとした者もおり、騎士だと目を付けられるのを防ぐためもある。
「私の方がずっと年上なのに、ロイの方が偉くなった。私だって毎日頑張ってるのに、こんなに簡単に追い抜かれたんじゃ姉としての面目が立たない」
「出世よりも、私は早く結婚したいわ」
「結婚は先でもいいから恋人が欲しいの」
三人が三人とも好き勝手に自分のことを話しては、酒を飲みながら女主人の料理に舌鼓を打つ。
遠征明けの束の間の休息は酒のせいではなくエレインを高揚させていた。いつもよりも声高に話していると、少し離れた席にいた青年がエレインをじっと見ていることに気づいた。
「あの人エレインのこと見てない?」
「知らない。王都に知り合いなんかいないし」
ひそひそと言葉を交わしていると、青年が席を立ってエレインの方にやって来た。なんだろうかと身構えるエレインに青年が親しげに声をかけた。
「エレイン?」
「……誰?」
「やっぱりエレインか。覚えてないか? アランだよ」
どこかで聞いたような名前をエレインは頭の中で反芻する。その様子に焦れた青年が、困ったような笑顔を浮かべてエレインに答えを告げた。
「薄情だな。医者の家のアランだよ」
「アラン!」
エレインが売られるまで家族と住んでいた町に、確かにアランという年上の少年がいたことを思い出した。
家の手伝いをするために町の子供と遊ぶことが許されていなかったエレインは、弟妹の薬を買いに行く時に何度かアランと顔を合わせることがあった。
仲が良かったわけではないが、医者の家は町の中ではエレインに好意的であったため印象はいい。
「町からいなくなって、心配していたけど元気そうで安心したよ。少し話できるか?」
揶揄する同僚達を尻目に、エレインは青年が座っていたテーブルに移動する。
いい思い出のある町ではないが、少しばかりの思い出話に花を咲かせ、お互いの近況を語り合った。エレインが話すのは架空の下働きの話だが、アランは疑うこともなくエレインの話に耳を傾けていた。
「父が元気な内に、王都の医療を勉強したかったんだ」
アランは三ヶ月前から医者の家に下宿して、医療を学んでいる。田舎町の医療は都会に比べて遅れているので、父親の跡を継ぐ身として王都の最新の治療方法や処置を体験したかったのだという。
「この店にはよく来てるのに会うことはなかったね。会ってても私は気づけなかったかもしれないけど。あの町のことは忘れたいと思ってたから」
そこまで言ってから、エレインはあっと口を押さえた。あの家のことを口にするつもりはなかったが、酒が入っていたことで気が緩んでいたようだ。惨めな自分を思い出したくなくて、エレインは唇をきゅっと噛んだ。
「いい記憶はないよな。エレインはおじさんの浮気相手の子だから、おばさんも辛く当たってたし」
アランが瓶の酒をコップに注ぎながら、何の気なしに呟いた。エレインは耳に入ってきた言葉が上手く理解できず頭が真っ白になる。その様子を見たアランが納得したように何度が頷いた。
「そうだよな。知らないよな。あの頃のエレインはまだ小さかったもんな」
「どういうこと?」
エレインがアランに食い込み気味に質問をしたところで、同僚が声をかけてきた。
「私達はそろそろ帰るけど、エレインどうする?」
「私はもう少しアランと話して帰る。先に帰ってて」
「遅くならないようにね」
二人はエレインに意味ありげな視線を送ると、じゃあねと手を振って店を出て行った。二人と話したことで少し冷静になったエレインはアランに話の続きを促した。
エレインの家は商店を営んでいた。小さな町では売上げもたかが知れているため、エレインの父は街へ足を運んで商品を売り、その街で目新しい商品を仕入れては別の街でも売って生業を立てていた。
人当たりが良く品定めをする能力が高いせいか、大きな失敗をすることはなく金回りも悪くはなかった。そのため家を何日も家を空けることも多かったが、まさか別の街に家庭を持っているなどとは誰も疑うことはなかった。
二重生活を続けている内に街の女に子供が生まれたが、エレインの父はそのままの生活を続けた。やがて相手の女が病に倒れエレインが一人残されることになった時、エレインの父は初めて妻にエレインの存在を打ち明けた。
夫の不貞の証拠ともいえる娘。
当然妻は受け入れることができず、エレインに辛く当たり続けた。
さっきまでは気持ちよくほろ酔いだったはずが、エレインの酔いはすっかりと醒めていた。酔いのせいではなく、衝撃の余り心臓が早鐘を打っていた。
自分は父の浮気相手の子供だった。だからあんなに家族に邪険にされていたのか。
捨てられた子供だと卑屈になって他人を妬んで、我ながら可愛げのない性格になったと思っていたが、父親が節操なしなせいだった。
自分が役立たずだから親から愛されることがなかったとくよくよと生きてきたが、大前提が間違っていた。そもそも愛されるはずのない立場だったのだ。
どれだけ頑張っても愛してもらえるはずがない。むしろ頑張っていたのが鼻について、叱責されて詰られた。
「エレインは悪くないよ」
「あの町の人とは絶対に会いたくないと思ってたけど、アランとは会えて良かったと思ったわ。もの凄く衝撃だったんだけど、家族に嫌われていた原因が分かってすっきりした」
「そうか」
どうやって宿舎まで帰ったのかエレインは覚えていなかった。気がついたら真っ暗な部屋に座り込んでいた。
「母親と兄弟には、私を憎む正当な理由があったのね」
アランの話ではエレインは都会に行儀見習いに出たことになっているらしい。人買いに売られた話を聞いて驚いていた。
浮気は王族や貴族、騎士団でもよく聞く話だ。
騎士は遠方の赴任先に現地妻を囲う者も少なくないと聞いて不快に思っていたが、まさか自分がそうだと思ってもみなかった。
父親は実母が死んでエレインを家に連れ帰ったものの、不貞の子を妻に押しつけてのらりくらりと仕事に逃げ続けた。それどころか、娘が売られると知っていても妻を止めることすらしなかった。
今なら養母の気持ちも理解できる。同情すらするくらいだ。
実母は父が妻帯者だと知っていたのだろうか。アランもそれは分からないと言っていた。知っていたなら実母は愚かだ。知らなかったなら、騙されたまま死んで哀れだ。
「やっぱり結婚なんて碌なもんじゃないわ」




