4.西の森(3)
「その話はかなり重要そうに聞こえるんだけど、私が聞いてもいいものなの?」
「最上級の魔法士しか知らない話だね」
上級魔法士の中でも魔力も知識も抜きん出た者達を、便宜上最上級と呼ぶことがある。その一部しか知らない機密を、ロイは一介の騎士であるエレインに簡単にほいほいと漏洩したのだ。
顔色をなくしたエレインは、つかみかかる勢いでロイの肩を激しく揺すった。
「なんでそれを私に話してしまうのよ!」
「僕は姉さんに聞かれたことに隠し事なんかしないよ」
駄目だ。
この弟分は自分のしたことがどういうことか分かっていない。
機密を守るために自分達は罰せられるんだろうかと動揺したエレインは、そこまで考えてあれ?と疑問に思う。
「そもそもなんでそんな内容をロイが知っているの?」
ロイは中級に上がったばかりのまだ十六の少年だ。魔法士団の機密を知り得る立場にいるはずのない者がどうしてそこまで詳しく知っているのか。
「僕は特殊な体質だから、こっそりと魔法士団長が教えてくれたんだ」
「あんた阿呆でしょう!!」
よりによって情報の入手元が魔法士団最高位の人物だったとは。
もう嫌だとエレインが頭を抱えてうなだれたのを、隣に座るロイが楽しそうに見ていた。いつもロイを避けているエレインが、昔のように感情豊かにロイと向き合ってくれている。
話した内容もロイがぎりぎり話してもいいと思っている範疇だ。
ロイが本当に隠したいのは別の話なのだから。
涙目のエレインがロイを睨むが、それすらも嬉しくてロイの口元に笑みが零れる。
ひとしきり文句を言って落ち着いたエレインが、頬杖をついたままロイを見る。
月明かりに照らされた少年は月の精霊かと思うほどに美しかった。長い睫毛が影を落とし、整った目鼻立ちが小さな顔に収まっている。まだ成長途中の小柄な体つきをしているが、早晩エレインの背を追い越すだろう。
ロイはこんな顔をしてたっけ?
久々に間近で見る少年は別人のように見えた。
こんなに長時間話をするのはいつ振りか思い出せないくらいだ。短時間の会話はあっても、エレインが会話を切り上げるのだから続きようがない。
「綺麗に育って良かったね」
「姉さんの方が綺麗だよ」
「そんなわけないでしょう」
エレインは弟分の隣にならぶと途端に霞むと言われ続けてきたのだ。悔しいことに自分でもそう思う。
長めの前髪が目に入るのではないかと指で払おうと手を伸ばすと、目を伏せたロイがエレインの手に頬を寄せた。
「僕は昔のように姉さんと一緒に暮らしたい。僕がもっと階級を上げて王宮の外に家を持てば一緒に住んでくれるの?」
今は二人ともそれぞれの団の宿舎で生活している。一緒に暮らしていたと言ってもそれは孤児院での話だ。
「住まないわよ。私もロイも成人したんだし、次に誰かと住むとしたらそれは結婚する相手になるはずよ」
「……誰かと結婚するの?」
「いつかはするかもね。ほらもう戻るよ。眠れなくて出てきたのに、あんたのせいで更に眠れなくなってしまったわ」
この場を切り上げようとするエレインの左手を持ち上げて、ロイが小指に金色の指輪をはめた。
「何これ?」
「お守り。姉さんが怪我をしないように願いを込めてある」
「私あんたから高価な物をもらうつもりはないんだけど」
「僕が作ったものだから高価じゃないよ」
石も付いていない簡素な指輪を抜こうと引っ張るが、指に張り付いてしまったかのようにびくともしない。締め付けられているようなきつさは感じないのに、抜くことができない。
「剣を使うのに邪魔じゃない!」
「姉さんの利き手じゃないから大丈夫だよ」
何を言っても引かないため、諦めたエレインは着ていたローブを畳んでロイに渡すと、自分の天幕に向かって戻ることにした。
今夜の話は聞いてないことにしようとエレインは固く心に誓った。眠って忘れようと毛布に潜り込むと、あっという間に意識が遠のいた。
ロイはエレインが天幕の中に消えた後もその姿を追い続けた。
◇
西の森の魔獣討伐は三頭を倒したところで任務完了となった。帰りの荷馬車でもほぼ寝ていたエレインの目が覚めたのは、王宮に帰り着いたと同時だった。
討伐隊が解散したところに、訓練場から出てきた女騎士が声をかけた。
「エレイン!明日は休みだから街に飲みにいくけど行く?」
「もちろん行く!」
「帰ったばかりで疲れてないの?」
「寝てたから大丈夫」
エレインは幼い頃食事も満足に与えられずいつもお腹を空かせていたせいか、食べ物に対する執着が強い。酒の味も覚えたが、何より美味しい食事をするのが好きだ。
騎士団では誰もが当たり前のようにエレインに声をかけてくれる。
誰にも相手にしてもらえなかった幼少時代を思い出すと、今も子供の頃のエレインが心の奥で泣いている。二度と会うことのない家族だが、今でもエレインの中でなぜ?という気持ちがじくじくと燻っていた。
◇
エレイン達は王宮内の騎士団宿舎で生活しているが、然るべき手続きを踏めば王宮外への外出も比較的自由だ。
遠征でかいた汗を流して着替えると、宿舎を出て女騎士達との待ち合わせ場所へと向かった。
エレインの準備は短時間で終わったが、街へ行くのが結婚相手の物色も兼ねている女騎士達は準備に余念がなく、恐らく時間通りにはやって来ないだろう。
結婚か。
そんな話をロイにしたなと、夜の会話を思い出していた。
エレインは今年二十歳になった。
十六歳が成人のこの国で、成人してからもう四年になる。騎士団の中で結婚していない女騎士は珍しくもないが、世の女性が結婚を焦り出す年齢だ。
結婚したいのかと聞かれることはあるが、エレインは家族に夢が持てないのだ。
本当の家族はエレインを捨てた。
途中でできた弟分はエレインよりも遙かに優秀で、実のところエレインを必要とはしてない。姉弟ごっこは茶番だったとしか思えず、かつて姉ぶって世話を焼いていた自分が恥ずかしい。
もし本当に結婚するのなら、お互いに尊重しあえる優しい人がいいと思う。無条件に愛してくれる家族が欲しい。




