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繋がる世界

 二〇一五年、三月末。


 遊歩道の両脇には、蕾を付けた桜が並ぶ。

 穏やかな日差しの下を、小さな少女と歩く夫婦がいる。

 右手に川、左手には車道。木の周囲の広い空間には芝生が植えられ、歩道ではなく桜の真下で花見ができるため、開花後は多くの花見客で賑わう場所だ。


 両親が桜の木を見上げて目を離した隙に、少女が車道のある方向へふらふらっと歩き始める――

 そんな少女の小さな両肩に手を置いて、「そっちは危ないぞ?」と止めたのは、通りすがりの少年だった。

 父親も遅れて気付き、いち早く止めてくれた少年に声をかける。


「ありがとう。好奇心旺盛なんだよ」

「いえいえ。通報事案と間違われなくてよかったです」

「ははっ、面白い子だな。君も車には気を付けて。子供が亡くなるのは、とてもつらいことだからね」

「そんな悲しいことがあったんですか?」

「いや、結果的にはそうならなかったから大丈夫。――君、名前は?」

「事案ですか?」

「違うよ!?」

「涼平――滝原涼平(たきはらりょうへい)です。娘さんにはまだ早いですよ?」

「違うよ!? やらないからな!!」

「パパ、やきもちー?」

「違うから!!」

「あの……行ってもいいですか? 家族会議はごゆっくりと」

「あ、ああ。足止めしてすまなかったね。気を付けて」

「はい!」


 少女に「バイバイ」と手を振ってから駆けていく少年。


「祐と同じぐらいの歳かな」

「うん。だけど祐君はもう青年になってるでしょ」

「そうだな……」

「なんで名前なんか訊いたの? 惚れたの?」

「そんな趣味ないよ! なんとなく……知ってるような気がして」

「うわぁ……そんな手口……」

「『手口』ってなんだよ!? なんかそんな気がしただけだよ!!」


 親子連れは、そのまま薄雪荘ではなく紗苗と賢也が住む邸宅に向かう。

 敏腕経営者の紗苗だけでなく、賢也もインターネットの普及で動画配信の需要が高まったことから、数年前にストリーミング配信に特化した会社を立ち上げて成功している。

 正式に小野寺夫妻となった二人は子宝にも恵まれたため、手狭な薄雪荘を離れて高層マンションで暮らしていたのだが、『ちょうどいい場所が空いたから』と豪邸を新築。

 今回は昨年の新築祝い以来、二度目の訪問となる。


「やっぱ凄いなあ……ウチが四軒ぐらい入りそうだ」

「まあまあね。お父さんの家は、この五倍はあるし」

「張り合うなよ!? 俺が悲しくなるだろ!」

「パパ、びんぼー?」

「違うぞ? それなりだそれなり!!」


 豪邸の一室。シャンデリアが吊られた応接室に、他の面子は既に集まっていた。

 今回は恒例のライブではなく、静香が大きな賞を受賞した祝賀会だ。


「みんな揃ったな。一人遺影なのが残念だが――集まってくれてありがとう!」

「まだ生きてるよ! 人を勝手に殺すんじゃないよ!!」

「っていうか、あたしと賢ちゃんの家なんだけどー」

「ウチはボロ屋で狭いからな!」

「人のアパートボロクソに言うんじゃないよ! アンタが大家だろうが!!」


 元大家のヨッシーこと佳恵は、乃愛でも息子でもなく、静香に大家を任せて現役を退いた。

 当時の静香はまだ暇を持て余していたので軽く引き受けたのだが、その後多忙になってからもあのアパートに住み続け、アシスタントやクリエイター志望の若者などに安価で貸しているようだ。


「そもそも昔から謎だったんですよ。なんであんなにお金持ってるのかなって」

「私の胸のサイズと感触のみならず、金使いの荒さまで知られていたとは!」

「いや、最初のは知りませんからね!? トロ箱一杯の蟹を『甲羅酒が呑みたいだけで足はいらん』って配ったり、『これはただ棒が刺さった牛肉だ!』とか言って、『高級ブランド牛による漫画肉』の失敗作を配ったりしてたじゃないですか」

「ああ。それらは買っているのではなく、送ってくるのだよ雅人君」

「ファンの人ですか?」

「まあ、いろんな意味でそうだと言えるだろうな」

「パパ、ふりんー?」

「まあ、いろんな意味でそうだと言えるだろうな、麗央奈(れおな)ちゃん」

「そこは全否定してくださいよ!?」


 乃愛の凍て付く視線に狼狽(うろた)える雅人。夫婦になっても相変わらずの二人である。

 そして静香は悪びれることなく、芝居がかった身振りを付けて言う。


「私ぐらいになると、決算期を終えるごとに、財界の重鎮達が先行きの伺いを立てにやってくるのだよ!!」

「一度も見たことなかったけど……そんなの」

「乃愛ちゃんが悦楽に耽溺(たんでき)しているあいだも、私はバリバリ働いていたのだよ!!」

「資料室のスプリンクラー作動させようか」

「いつの間に大家に断りもなく、遠隔操作機能を付けたのかな!?」

「テクノロジーを甘くみないほうがいいよ」


 そう言って乃愛が見せたスマホ画面には、資料室のリアルタイム映像が時刻表示とともに映っていた。


「いつの間に大家に断りもなく、監視カメラを付けたのかな!?」

「ママ、すぱいー?」

「そうだぞ麗央奈ちゃん。パパのプライバシーもすべてママの監視下にある!!」

「町中の監視カメラは支配下にあるから」

「いや待て、犯罪だろそれ!?」


 どこまで本当かはさておき、乃愛がハッキングやクラッキングにも非凡な才能を持つのは事実であり、音楽は仕事でそちらは趣味だ。

 話が自身にとってもシャレにならない方向に向かいつつあると感じたのか、警備会社勤務の男が話題を変える。


「つーか、オタ女一号は見た目変わんねえな。ケバ女もケバ女のままだけどよ」

「何をーっ!! 深夜のビル警備の怖い話、山盛り背中に乗せてるくせにー!!」

「話が乗ってんのか霊が乗ってんのかどっちだよ……乗ってねえし」

「だだだ誰が二号かな? そ、そんな話まで始めて、職を失いたいのかな?」

「でもほんと静香ちゃん変わらないよねー。ウチで研究していい?」

「構わないが、未知の物質が出てきても学会には伏せておいてくれ」

「出てくるんですか!?」

「職を失いたいのかな?」

「乃愛はやめてあげて」


 相変わらずの住人達だ。


 クラッカーに怯える篤志も、今は現場での仕事だけでなく管理職に就いている。

 長く厳しい戦いとなった婚活も、雅人と乃愛夫妻に遅れること二年で、めでたく勝利を得た。

 嫁に「毎年アパートに住んでた仲間と集まってる」と説明しても、「なんで?」という当たり前の質問が返ってくる。だがそこで『小野寺紗苗』の名前を出すと、大喜びで送り出された。

 どうやら嫁にとって紗苗は「着ていける服がないぐらい雲の上の人」のようで、一緒に行きたいとは言わないが、毎回あからさまにお土産を期待されながら笑顔で送り出される篤志は、複雑な心境かもしれない。


 彼等が歓談する応接間は、アパート住人が集まるためだけの部屋で、豪邸はこの部屋を作るためだけに建てられたと言っても過言ではないらしい。

 他の来客だけでなく、夫妻の家族ですら入ることは許されない。

 小学生の息子は出来上がった秘密の部屋を見ても、「こんなものまで作って……変な友達の影響でしょ」と呆れるばかりで無関心のようだ。


 どんな話をしたのか、幼い子供すら冷めさせる『変な友達』の強い要望により、本棚を動かすと現れる秘密の扉からしか入れない。

 マルサが来たらどうするのかはさておき、変な大人達が集まる変な部屋の壁には紗苗が集めたサインコレクションが飾られ、薄雪荘の住人のサインも一枚ずつ並んでいる。雅人のサインも。


 その中でも一際目立つ場所に、額に入った色紙がある――


 その色紙は他と違い、黒地に白で寄せ書きのようなメッセージが書かれていた。

 すべて平仮名の日本語だ。


【ありがとうございました】

【ありがとう わすれない】

【おげんきで】

【おみせがんばろう】


 お世辞にも綺麗とは言えない文字や、左右が反転している文字まであるが、判読に支障はない。

 その作業は、異世界での最後の日、残り一時間という(わず)かな時間で行われた――


 それぞれが一枚ずつ自分の世界の紙を用意し、日本の紙には聖隆、レオノーレ、メリンダ、イスクラが、ヴィスティードの紙には薄雪荘の住人が、赤いサインペンでメッセージを書く。

 そして自分達が持ち帰る紙の赤い文字部分を塗り潰さないように残しつつ、周囲を黒で塗り潰した。

 

 ヴィスティード側は、静香が念の為に文字をマスキングしておき、聖隆がなるべく文字にかからないように周囲を現地のインクで縁取ってから、マスキングシートを剥がした。残りはゆっくり塗り潰していく。

 マスキングの上にかかった部分は復活する可能性もあったので、それも日本側の色紙で試してある。

 色紙の上にヴィスティードの紙の小さな断片を置いて、その上にかかるように塗ってから紙を外した部分と、断片を現地の糊で貼って上から塗り潰した部分の、二種類の実験をしているのだ。


 結果、紙を置いてから外した部分は綺麗な白抜きになり、貼った部分は紙が消え、真っ黒に塗り潰されていた。

 つまり、マスキングした物は色紙から外した時点で、上にかかったインクごと『別の物』と判定されるようだ。それが最初から判明していれば、また別の方法もあっただろう。


 そんな不思議な実験を発案したのは、当然ながら静香である。


 『大成功!!』の看板は白抜きとは逆の方法で、まず板に静香がベースとなる文字を筆で書いたあと、メリンダが魔術操作だけで、現地の特殊な塗料を一切はみ出さないように重ね塗ったものだ。


 メリンダが綺麗に漢字を書くだけでは試す意味がないし、静香の書いた文字は消える。共同作業で残すことに意味があるのだ。


 作業を行ったのは深夜、二人で話し込んでいた時間――それも聖隆が抜け出してこなかった時間に限定された。隠す必要はないが、二人が隠した理由はこうだ。


『そのほうが面白いでしょう?』


 闇夜の薄明かりの中、空中を浮遊し板に塗布されていく赤ペンキ――

 垂れないように、同時進行で乾燥処理も(ほどこ)された。

 そんな『見えない極大マーカー』による繊細な作業を、メリンダは手早く終わらせて、住人達の不法投棄ゴミの中に隠しておいたのだ。


 『成功したときに面白い方法がいい』という発案に(のっと)って、あえて下書きの文字ごと消える可能性のある方法を試したが(ゆえ)の、『大成功!!』なのだろう。


 最後の最後までドタバタする中で、まるで切り取られるフィルムを愛おしむかのように築かれた絆――――


 物は壊れ、人は死ぬ。

 それでも、いつまでも消えない何かが二つの世界に残された。



§



 一方、時間が地続きのまま経過しているヴィスティードでは、十二年経過しても根本的な解決策は見い出せずにいる。

 強さに拘泥(こうでい)するあまり自分を見失い、低ランク冒険者を犠牲にするだけでなく、魔族に()ちてしまう者も少なくない――

 千年以上の長きに亘って、人間など所詮は玩具でしかないのだ。


 そんな過酷な世界に福音(ふくいん)(もたら)すのは、既存の概念を覆すような斬新な(ひらめ)きを持つ者か、あるいは――ただの馬鹿だったりするのかもしれない。


 エリベルア王国の、とある町にある一軒家。

 持ち主は美しく成長したランクA冒険者、レオノーレ・クーアだ。

 この世界で建物の豪華さは権威を表さない。装飾は敬意を示すためのもので、廟所(びょうしょ)のほうが派手に飾り立てられる。

 レオノーレの家も、町の風景に溶け込む平凡なデザインの建物だ。


 彼女はランクSの昇格資格を蹴って、ランクAのまま教導者を続けていた。

 今でも毎年百人ほどの転生者が、世界各地に召喚されている――

 レオノーレは、そんな少年少女達をなるべく死なせないように、ただ鍛えるだけではなく、『別の道もある』と薦めるようにしている。

 なんだってできる。音楽家でも漫画家でも――好きなことをすればいい。


 何人かのランクS冒険者と同様に、レオノーレも理解したようだ。

 『ただ強いだけでは、この世界を変えられない』と――


 飾り気のない部屋の壁に飾られている、真っ黒な色紙。

 そこにも白抜きで、薄雪荘の住人達からの短いメッセージが残されている。

 日本語の意味と発音は聖隆に教えてもらい、何度も何度も復唱した。

 そして聖隆は言った――「君はこれを見るために、生きて家に帰るんだ」と。


【長生きするんだよ】

【死ぬなよ!!】

【幸運を】

【忘れないでねー】

【また会おう!】

【約束守ってね】

【ありがとう!!】


 ウスユキソウ――厳密にはエーデルワイスとは別種に分類される花。

 けれど同じレオントポディウム属。つまり、ライオン仲間だ。

 あのアパートの住人達とは、最初から不思議な縁があったのかもしれない。

 彼等が残した文字から窓の外へと視線を移し、遠い空を見上げたレオノーレが、

ふと呟く。


「いつかまた、日本から来るんでしょうね……こういうおかしな人が」


 町のどこかから石焼き芋売りの音が聞こえる――長閑(のどか)ながら一瞬で消えてしまう風景でもある。

 不安定で安定しているヴィスティード。

 そんな世界では、変人ではなく救世主が望まれているというのに、彼女も未だに汚染が抜けきっていないのかもしれない。


 そのころ日本では――――


 ()()が同時にくしゃみをしていた。

これにておしまい。


読了いただきありがとうございました。

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