れんけい
ちょっと今回は短い
目的地にたどり着くと、そこも戦場だった。
暗闇の中で森は大きく抉れ、そこだけ台風が過ぎ去ったような有様になっていた。そこに大量のチェストと、数人のトレイン部隊の光がひしめき合っている。
「ミツホ、うちの部隊はどこにいる?」
「知らない、自分で探せ!」
「つれないな……うわっ!」
博士が悲鳴を上げる。ミツホの元にチェストが集まってきたのだ。
ミツホも気づき、すぐに加速を始めるが、
「ちっ!」
敵の赤い軌跡が螺旋を描いて、ミツホを足止めした。
「おい、ブーメランみたいなのもいるぞ!」
博士が叫ぶ。空を飛ぶチェストの大軍の中に、鉄棒型とブーメラン型の二種類がミツホを狙い、赤い目をこちらに向かってきているのが見えた。
「おいミツホ、どうするんだこれ!」
「あたしはバサクルだ」
逃げ腰だった博士に反抗するように、ミツホが敵陣に突っ込んだ。
博士は、ミツホの翼が動くのを両手で感じた。すぐさま翼を掴む手をミツホの肩へと移し変える
ミツホは、博士など構わず鋼鉄の翼をはためかせて、すれ違うチェストの一団をへし折った。
「うぉあ!」
博士が悲鳴を上げる。ガン、と翼にチェストが当る音を聞きながら、振り落とされないようにと必死になって肩をつかむ。
これが、ミツホ本来の戦い方だった。加速の聞かない混戦状況で、あえて速度を落とさずに、鋼鉄の翼でなぎ払っていく。単体の敵ではなく、大軍の中で大量の敵をかき回す。
「はぁあああああ!」
「バサクルって、バーサーククルーって意味だよな確か。確かにバーサークだ」
ミツホは敵味方の判別などしせず、ただ当たる敵を轢き壊していく。混戦の中で、ミツホの脆い部分である本体に当る前に、三枚の翼でなぎ払われる。
どんどんと敵陣の真ん中にもぐりこみ、ミツホは敵をかき回す。それは小さな鳥たちを吹き飛ばす、突風だった。
そんなミツホの動きを、博士のトレインはすべて捉える。チェストにはまったく見えないであろう挙動を、すべて観察して、
「……そうか! バーサークか!」
博士は、気づいた。
「敵味方構わず攻撃するバーサーク。それなら俺も戦えるじゃないか!」
言った直後、チェストは学習したのか、ミツホの背面に肉薄する鉄棒チェストが現れた。
「俺としては、バーサークよりじゃじゃ馬って感じがするけど」
「さっきからうるさい!」
「褒めたんだよ」
博士はミツホの肩から手を放して、敵に狙いを定める。
そしてミツホが避けようと、旋回する動作を博士は自身のトレインから見極めて。
「とっ!」
ミツホの背中から、右足だけで飛び上がる。ミツホが旋回するタイミングを完璧に合わせて、乗せていたミツホが気づかないほど自然に動いた。
博士は空中で制止する瞬間に、丁度鉄棒チェストが博士の脇を通り過ぎる。
「早すぎるってのも、解りやすくて困り者だな」
そのチェストの脇を博士のトレインが両手両足で軽く擦る。当った計三体のチェストは、羽との接合を崩されていた。バランスを崩したチェストは瞬く間に地面へと衝突した。
博士はすぐに右足で二段ジャンプ。すると旋回して戻ってきたミツホが丁度現れて、その上に帰っていく。
「ん、博士?」
ミツホが飛び乗った博士に気づく、ここまで一連の動作を、連携もせずに博士はやってのけたのだ。
「博士のサムズアップ」
「なに言ってんの?」
鉄棒チェストはミツホから距離をとり、博士の攻撃を警戒し始めた。
その分、またミツホが好きなだけ大暴れする。
「なんだか、俺の戦い方が解ってきた気がする」
「はぁ?」
次は、ミツホの突風にも対応するチェストが現れ始めた。背後からの攻撃も数を増やし、今度こそミツホを迎撃しようと目論む。
「上等!」
「血の気が多いのは結構だが、いたちごっこだ。絶対に勝てな……やばいな」
敵が囲い込み、数の暴力で敵が攻めてくる。
「あたしは死なない!」
「この攻撃じゃ死なくても、次が」
そう言った瞬間、博士の眼前に閃光が走った。
閃光は前方に居たチェストをほとんど飲み込んで、生き残ったチェストも攻撃を中断し、光の出所を探っていた。
『のーふぃあー』
と、淡々とした声が二人の通信機から響いた。
『博士! ミツホちゃん!』
次に、驚きと震えの混じった声で、別の声が届く。
「隊長! ふたばさん!」
ミツホがその声の主二人の名前を呼んだ。
「こんばんは」
『こんばんは、援護する』
『別方向だったからまさかと思ってたけど、生きてたんだね! 隊長として……隊長は喜んでいます!』
ろれつの回らない一子の声を聞いて、博士は下を見る。すると地上でも、何体ものチェストを吹き飛ばす竜巻が起こっていた。
敵陣と夜の木々を切り裂いて、残った荒野で一子がひとり、空いた手で親指を立てている。
『それに博士まで、本当に隊長泣かせなんだから』
「よかったな博士、期待されてなかったぞ」
「傷つくなぁ」
ミツホも負けじと、回転を加えてあたりのチェストを振り払う。博士はその直前に飛び上がって、回転から辛うじて生き残ったチェストに追い討ちをかけた。
博士はミツホの動きを完全に読み取って、それに対応した動きで働く。
「隊長、ふたば、お願いだから、俺には構わないで欲しい」
『はい?』
『はい』
一子が怪訝な声を上げて、ふたばが肯定する。
「俺に構わず、攻撃してください。むしろ俺を攻撃するくらいで」
博士はミツホの上に乗らず、地上にまで落ちていく。
着地してすぐ、博士の目の前にはまた知らないチェストが現れる。
そのチェストは、大きな長方形の胴体を四本の足で走り、正面と背面には赤いライトが一つずつある。四本の足は球体を関節として、三六〇度回転する。二足歩行も、逆走も可能な、機動性を重視した馬のようなタイプだった。
縦横無尽な蜘蛛チェストと合わさって、四方八方から高速で博士に迫る。
「隊長、早速ですがお願いします!」
博士は走った。チェストが追う。そうしてたどり着いた先は、一子の元だった。近づけるはずも無い斧の竜巻の中、博士はただ走る。
そのうちいくつかのチェストが、一子の竜巻に巻き込まれて霧散していく。
だが、博士が呼び寄せたチェストと一子の相手していたチェストの中に、一子の攻撃を学習し、突破寸前まで追い詰めたやつがいた。
「避けるのが、上手ですね!」
博士が叫ぶ。そしてすぐに、突破せんとしていたチェストに攻撃を加える。
相手は怯んだだけだったが、その一瞬が命取りとなり、一子のなぎ払いに飲み込まれた。
博士は、一子の振り回した斧の竜巻の中で、自由に動いていた。
チェストが学習した一子の攻撃に対し、博士が対応を失敗させることで、また敵が攻めあぐねていた。
その隙にも、一子は斧を振り回しなぎ払い続ける。
「次いきます!」
ある程度、殲滅を完了すると、博士はまた走った。
明後日の方向に向かっていたチェスト数体に追いついて、背後から攻撃を仕掛ける。
分散した敵が一斉に博士を見た。博士は多くのチェストに狙いを定められる。
どう見ても博士では対抗できない数を相手にして、博士はすぐ横に飛んだ。
『ぐっじょぶ』
ふたばが言った。そして博士が元いた場所に向かって、より多くのチェストが固まったその場所に、熱線型の射撃を加える。
「敵さんに囲まれ始めたから、すこしだけ集めといた」
博士が言って、すぐに飛び上がる。真っ直ぐ飛んだ先に、丁度ミツホの機体が通り過ぎた。衝突しないよう動きを読み取り、博士はミツホの翼を掴む。
「あ! 降りたくせに掴まるんじゃねぇ!」
「そういうなよ、けち臭い」
丁度翼に迫っていたチェストの横腹を殴り、博士が冗談を言う。そして耳もとの通信機に手を当てて、嬉しそうに喋る。
「俺、チェストの行動はそこまでわからないけど、君たちの戦力なら大体わかる」
『博士、もしかして私達を使って戦ってる?』
「そうです。チェストが学習するなら、必ず欠点をつきます。だったら皆のトレインの欠点を知ってる俺が、どのくらいで敵が気づいて、いつごろ攻撃するのか見極めて援護します。ちょろちょろとハエみたいに動くかもしれませんが、その辺は我慢してください」
博士は言いながら、ミツホの背中に立つ、接近したチェストを払いのけて、ミツホの翼に無理矢理巻き込む。
「力の無い俺が、唯一戦う方法。バサクルの中で、誰も生き残れないような戦場の中で、生き残った敵を振り落とすのが俺の戦い方です」
「寄生虫みたいな野郎だ」
『そういうこといわないの。うん、サポートなんて博士らしいと思うよ』
『非力で軟弱な博士にはぴったり』
「何で半分以上がネガティブなんだ」
博士は、次にチェストが行動を起こしそうな一子の元に駆け寄る。
バサクルたちもそれに構わず、受け入れまいと攻撃を繰り返す。敵にパターンを読まれにくくなった味方が、更に過激な猛攻に走る。
「バサクル、君たちが味方で助かったよ」
博士は心から言う。バサクルは元々、単体で戦うチームだ。敵味方関係なく寄せ付けない。だからこそ強力で、チームワークがとりづらい。
「どうしてこんな戦い方をしてるのかは知らないけど、でも俺なら、皆とチームワークが取れる」
普通のチームでは、誰もが行えるチームワークについて行けない。チームワークの取れないバサクルだからこそ、博士のトレインは動くことが出来る。
戦場に朝日が昇る。博士だからこそ見えた場所が、彼女たちの中にあった。