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ひょうか


 博士の知らないところで、小さな犠牲が終わった。

 チェストは目標数の人数を殺して満足したのか、蜘蛛の子を散らすように森の中に消えて、見えなくなった。

 博士とバサクルは、その戦場で誰一人死ぬこともなく、今日を生き残った。


「なんとか……なった」

「体力のないやつだな」


 尻餅をつき、息も絶え絶えになった博士に、ミツホが叱咤する。

 今は装甲を解き、ミツホはトレインを着用した身体のラインを日に照らして、博士の隣に立っている。トレインは右肩と左足、他にもわき腹の辺りに新しい破損が見られる。


「頭でっかちはこれだから」

「理系は体力必要ないんだよ。ミツホはトレインがきつかったか? 破れてるぞ」

「わき腹は関係ねぇ!」


 ミツホは博士を殴ろうと振りかぶって、すぐにやめる。逆に手の平を博士の頭に乗せて、ぐしゃぐしゃに撫でた。


「これで許してやる」

「ミツホちゃ~ん! 博士~」


 手を振って駆け寄ってきたのは一子だ。トレインは肩が開き、片方の足が太股の根元まで破けている。

 一子はそのままミツホに飛び込んで、抱きついた。


「本当に生きてたんだね! 幽霊じゃないよね!」

「た、隊長。あたしは」

「葉子ちゃんがいなくなったことにフォローも入れられないで、私は隊長失格です。でも生きていて、失格隊長は本当に嬉しいです」


 一子が更に抱く力を強める。ミツホは逃げようとするが、その力に抗えない。


「俺に抱擁はありますか?」


 博士は自分を指差して、ぼそりと呟く。


「博士は……また今度ね、それに博士、怪我してるじゃない」


 返事をした一子に、ばつの悪い顔をされる。


「抱擁」


 すると背後から、博士は何の力も篭らない抱擁をされた。座り込んだ身体に、上から肌がただ全身に触れているだけ。


「それは抱擁じゃなくて、ボディタッチだ」

「そう、残念でした」


 ふたばが、後ろでささやく。身体が離れ、一歩下がった。

 博士は開放された体で、ふたばに振り返って、


「……え、えぉ!」


 恐れおののくように、体を引いた。


「どうしました? のーふぃあー」

「は、裸じゃないか!」


 博士が叫ぶ。声が裏返って、まともに声を出せなかった。

 ふたばは博士の前で何事も無い様に仁王立ちし、トレインは銃の生成に使われるであろう右足と左足、それ以外のすべてが破けていた。

 脚を除いて、すべて裸だったのだ。


「裸じゃない。足についてる」


 ぽんぽんと、右手で太股を叩く。


「いや、そんなの言い訳にしても逮捕されるって!」

「戦場に警察はいない」


 博士の慌てぶりに対しても、一向に怯むことなく仁王立ちをするふたば。


「警察以前に、博士は見るんじゃねぇ」


 ミツホはずっとその姿を見ていた博士に、ごんと後頭部を叩く。


「だって、裸だぞ!」

「ふたばは前からこうだ」

「気にしてたら、戦場にいられない。のーぺいん」

「合理的で扇情的だが、アウトモラルだ……」


 博士はやっとのことで申し訳なさを覚えて、ふたばからそっぽを向いた。

 一子はそんな博士に、苦笑いをしながら近づく。


「ごめんね、ポシェットには包帯があるけど。これは縫合つきの貴重な医療器具だから簡単に使っちゃ駄目。博士が見なければいいだけだから」

「やっぱり駄目ですか」

「元々女性部隊だから咎める規則は無いけど、隊長としては遺憾です。次からは胸と腰の部分で銃を作るようにいいます」


 一子は言って、左手を立ててごめんねの仕草をする。


「わかりましたよ、もう見ません。そうか、裸だったのか」


 博士は思い出す。抱擁の一言で、ふたばが博士に全身で触れたこと。

 肌は触れる程度で感触などほとんど無かった博士だが、とてもとてももったいないことをしたのではないのかと、後悔している。


「じゃ、帰ろうね。博士は場所が解らないだろうから、私についてきて」


 一子が先導して進む。しばらくは基地まで歩くこととなった。


「ほら、肩貸してやるよ」


 ミツホが、珍しく手を差し伸べる。

 道中、バサクルは誰も大きな怪我が無いため、徒歩がつらいのは博士だけだったが、駐屯地に近づくにつれて、足を引きずって歩く女性がちらほらと現れる。

 生き残った博士でも、表情を明るく、というわけにはいかなかった。


「やっぱり、俺が生き残れたのって」

「運じゃねぇよ、博士は生き残ったんだ。寄生虫だろうがなんだろうが」


 ネガティブなことを言おうとした博士を、ミツホがフォローする。

 それでも、周りから奇異の目で見られていることに、博士は気づいていた。


「みんな俺を見てますね」

「うん、博士は元々今回の生贄分みたいなものだったの。戦場に送り出すのは、そういう利点もあったことは認めます。でも博士は生き残った。あなたが作るはずだった生き残りの枠を、あなたは実力で蹴った」


 周りから刺さる視線は最初にミツホがしていた、鋭い目に似ていた。


「博士のせいじゃねぇ」

「それは解るけど、感情は納得しないの。元々の役割を私達が勝手に決めたのにね」


 一子が言って、ミツホが苦虫を噛み潰したような顔をする。

 ミツホもかつて、そんな目をしていたことを思い出したのだ。

 博士は、そんなミツホと周りの目を一瞥してから、溜息をつく。


「なに、熱い視線が多くて結構だよ」

「……くだらないこというな」

「くだらなくはないさ。俺の周りなんて、元々こんなもんだ」


 自嘲気味に、博士は昔のことを照らし合わせて言った。いじめられていた自分を思い出したのだろう。


「やっぱり馬鹿野郎だ」


 それでも、ミツホには慰めになった。すこしだけいつもの表情を取り戻し、紅い瞳に博士が映る。

 それから皆、言葉を交わさずに歩いた。気まずい沈黙ではなく、疲れから口数が減っていた。ただ雰囲気は悪いわけでなく、むしろ博士を視線から守ろうと、バサクルが博士を囲んでいた。


「あ、あそこ、見えてきたね、やっとふたばちゃんの服が見つかる」


 一子が指差す先には、うっすらと基地の輪郭が森の隙間から現れる。元々深い森のせいか、かなり近づくまで視界に入らなかった。

 厳重な門をくぐり、さっそく門番に博士は嫌な顔をされる。通信機を回収されてから少し待つように言われて、手錠を用意される。


「ご丁寧に」


 博士は抵抗することも無く手錠を取り付けられ、重みが疲れを倍増させた。


「着替えやトイレの時は、同部隊に申請してください。彼女たちの監視の元、手錠に制限時間を設けて開錠します」


 係員が淡々と説明する。一昨日に聞いたことなので、若干上の空だった。

 そうしてやっと、基地の中を歩けるようになる。


「隊長」


 基地に入ってすぐ、背後からふたばが声をかけた。


「うん、すぐ服を用意――」

「評価を見てから」

「ふたばちゃん、裸で評価を見に行くつもり?」


 博士の正面にいた一子が振り返って、張り付いた笑顔で聞き返す。


「のーぺいん」

「……ふたばちゃん」

「わかった。着替える」


 ふたばが即答する。さすがのふたばも、一子の重い声には勝てなかった。


「じゃ、私達は行くけど、ふたりはどうするの?」

「あたしは、評価見てきます」

「……俺は、とりあえず一人が怖いので、ミツホについていこうと思います」

「そう、じゃあすぐに私達も向かうから、できればそこで待っててね」


 一子はそのまま、裸のふたばを連れて基地の宿舎へ消えていった。

 そうして、基地の入口には二人が残される。


「付いていくぞ」

「こなくていい」


 ミツホはあしらうも、声は嫌がっているわけでもなかった。

 博士はその言葉通り、歩き始めたミツホについていく。


「ひとりでいたら、かわいこちゃんたちに何されるかわからん」

「博士のトレインだったら、手錠されても負けないんじゃないの」

「ミツホも冗談言うんだな」

「……むかつくやつだな」


 ミツホが、博士の腹に肘うちをする。


「ふぐっ……で、さ。評価ってなんだ?」


 お腹をさすりながら、博士は聞いた。


「評価はそのまんまの意味だ。今はベテランだって生き残れる世界じゃない。だから昔の階級制度を無くして、実力そのものから上下関係を作ることになったんだと。星を一~八段階で評価するんだよ」

「あ、ああ。星で評価するっていうのは聞いたことある。でも一回の戦闘ごとに変わるのか?」

「隊長は星五、ふたばさんも五、あたしは四。階級は上に行くほど、そうそう上下したりはしねぇ。でも今回は、博士の初陣だろ、ふたばもそれを考えて言ったんじゃないか」


 ミツホは博士の言葉に対して、無視をせずひとつひとつ説明をする。

 そんな反応に、博士は動揺しながらも表情が和らいだ。


「なんだ博士、変な顔して」

「いや、なんでもない」


 茶化せばそっぽ向かれるのを危惧して、博士ははぐらかす。

 ミツホは溜息をついて、来た道を一度戻る。道を間違えたというよりも、予定を変えて別の場所へ向かおうとしている風だった。

 博士が不思議に思い、聞いてみる。


「で、評価はどこで見れるんだ?」

「……その前に、医務室だろうが」

「え、あ」


 そこで、引き攣りなれた足から、意識とともに痛みを思い出させる。



 混み合っていた医務室で、一度包帯を解かれて、それくらいで来るなと言われた。ミツホが口論を始める直前まで苛立ち。すぐさま博士がフォローする。


「貫通したんですけど、大丈夫ですか?」

「銃弾が体に残るよりはいいですね。縫合に消毒、両方を包帯で済ませられる今の技術に感謝をすると良いでしょう」


 そんなことを言われて、とんぼ返りで医務室から追い出される。ミツホは終始不機嫌で、徒歩の間もそれは変わらなかった。

 ミツホに付いていけば、それなりの人数が集まっている部屋があった。データベース保管庫だ。今回は門前払いされることなく、博士は入ることができた。


「結構人がいるな、もう評価って出来てるのか?」

「正門で通信機を回収しただろうが。あれをAIが演算する」


 それなりの人とはいえ、席が全部埋まっているわけではなかった。奥のほうに空いている席を見つけて、ミツホは迷い無く座り、備え付けのPCに入力を始める。

 博士はミツホの横から画面を覗き込んだ。顔が近づき、紅い髪がちょっとだけ博士の頬を撫でる。


「風呂入ったほうがよかったかもな」

「……」

「いや、変なにおいはしないから安心してくれ」

「うるさい黙れ」


 ミツホは言われて気づいたのか、画面を見つめたまま、恥辱から頬をほんのりと赤く染める。


「ほらよ、うちの部隊で結果が出る」


 操作を終えて、ミツホがキーボードから離れる。


「ミツホちゃ~ん! 博士~!」


 と、そこに丁度一子の声が聞こえた。軍服に着替えたふたばと一緒に、入口で二人を探していたようだ。

 その声に、部屋中の人間が一子の視線の先に、博士がいることに気づいた。モニターに集中していなかった彼女たちの視線に、疑惑の念が浮かんでいた。

 どうして生き残ったんだという、疑問の表情だろう。


「隊長、できれば静かに来て欲しかったです」

「今更逃げたって意味無いよ。これからもこの目に慣れないと、慣れっこなんでしょ?」

「隊長は、優しいようで厳しい。博士は覚えておくといい」

「アメと鞭ですか。どうせなら鞭より愛が欲しいです」

「くだらねぇ」


 部屋にいた人間の視線が、次第と離れていく。博士はほっとしながら、またモニターに目を落とした。

 一子とふたばも身を乗り出して、四人で顔をくっつける。ミツホが若干、わずらわしそうに眉をひそめた。


「で、どうやってみるんですか?」

「簡単だよ。顔写真とランクが部隊別に表示されるだけだから。あ、ほら、表示された……わぁ」


 一子がモニターを見て、目を丸くした。


「階級が、上がってる」


 ふたばが、淡々と言った。

 モニターには一子とふたばの写真が縦に並び、それぞれのランクを示す星が描かれている。

 二人とも、星が六つあった。


「すごい、ここから先はトレインの概念を変えないと上がらないって言われたのに、しかもふたばちゃんと一緒になんて」


 驚きの表情を浮かべて、一子が大きな目を擦って、何度も見直している。


「これで、私の誰かを守れる力が強くなって、もっとたくさんの人を守れるんだ」

「よかった、隊長」

「ふたばちゃんもでしょ」

「とりあえず見にきただけだから」


 ぐいぐいと、外側にいるふたばが顔を押してくる。おそらく、次を促しているのだ。


「おし、次はとうとう俺とミツホか」


 博士自身、そこまで階級のすごさが解らないが、高いならそれに越したことは無い。


「皆と一緒に戦ったんだから、俺も初心者としてはいいんじゃないのか」

「うん、隊長もそう思うな。ちなみに基地内で一番人数が多いのは星四つ。四つあれば旧兵器の戦闘機くらいの力があるの。初陣で生存すれば通常は星三つ。期待の新人なら星四つって所かな」

「ふん、うまくいくかよ。あたしと同じなんてあり得ないって」


 ミツホがカーソルを下に動かす。そこにはミツホと博士の写真があって横に星も付いている。

 最初に見たのは、ミツホの星。


「ミツホの星は……五つ?」

「五つ」

「増えた……」

「すごい! すごいよ、私達全員レベルアップしてる。トレインを大幅改変したわけでもないのに。これで生存率が高まるねっ!」


 一子が興奮気味に言った。


「星って、そんな簡単に上がるものなのか?」

「のー。上がらない」

「特に、四つ以降はな。あたしだってここ最近はずっと四止まりだった」


 それを聞いて、博士は一子の喜びに納得する。早々上がらないランクを、部隊全員で伸ばしてしまったのだから。


「さて、じゃあ俺だな星は一……二……」


 博士は口で数えて、そこで終わった。


「あれ、二つ……だけ?」


 横目で、博士は他の三人を見る。三人とも口を閉じて、モニターから顔を離した。


「二つだね」

「二つだな」

「二つ」


 そして冷静に、博士に告げた。


「これ、おかしくないか? 俺は少なくとも星四つのミツホと一緒の戦場で生き残ったんだぞ。それなのに平均の三も無いとか」


 博士が画面を食い入るように見つめ、ゆっくりと一子に振り向く。


「隊長、星をつける定義とかわかります?」

「……えっと、公式にはっきりしているのは、星一つは撃退数ゼロ。生きて帰ったことに対して星一つ。二つは……なんだろう」


 気まずそうに苦笑い。だがそれで、博士はなんとなく解った。


「じゃあつまり、敵一体でも倒せば……」

「二つ」


 ふたばが即答。


「つまり、敵一体倒した程度のランクと」


 博士は自分で言って、理不尽を感じた。

 一子は慌てて、目を丸くしながらもフォローに入った。


「こ、これは多分あれじゃないかな、AIの不具合か、博士のトレインが初めて作られたタイプのものだから、算出方法が間違っていた……なんて」

「ぷっ、あははははは!」


 ミツホがその場の空気をぶち破るように、大声で笑った。周りにいる他の人も振り返るほど、大爆笑だった。


「な、何が可笑しいミツホ!」

「いやぁ、あたしは自分のランクが上がったから喜んだだけさ。別に博士が二! だったのを笑ったわけじゃねぇよ」


 ニヤニヤと、犬歯を除かせて博士に流し目を送る。


「ぐっ……ぐぐ!」


 博士は初めて、言葉で汚濁を飲まされたことに、どうしようもない怒りを覚える。

 一子は腕を組み、春風のような溜息をついて呆れながら。ふたばは直立不動のまま、ただじっと宝石みたいな瞳で博士を見ていた。


「そういえば、博士のランクは二! だったな、それがどういう意味か解るか博士?」


 ミツホは今までの仕返しと言わんばかりに、得意げな顔をする。


「い、言わなくてもいい」

「あたしが上司ってことだ」


 親指をぐっと自分に向けて、ミツホは無い胸を張って答えた。


「言っておくと、あたしは業務外でも下っ端には厳しい」

「聞かなくても解る」


 博士は気の重さから、頭を抱える。

 ミツホは一度、こほんと咳を鳴らしたあとに、形のいい眉を吊らせてはっきりと言った。


「着替えてから、あたしの部屋にきな。ボコボコにしてやる」

「……俺、今日は帰って犬の世話したいんだけど」

「くだらないこと言うな、上司命令だ」


 ミツホが踵を返すと、真紅の髪が得意気に波打った。

 博士は無言で、一子とふたばに視線を向ける。


「うん、大丈夫じゃない?」


 一子がサムズアップと、太陽の笑顔で答えた。


「のーぺいん」


 ふたばはぼそりと、安心させる言葉で締める。


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