三匹の鬼 14
3色目 『三匹の鬼 14』
あの日、死んだ母に呼ばれた気がした。
「公覆」
しかし振り返っても母の姿は無く、俺の真後ろに居たのは見かけない顔の男。
頬が痩せこけていてどことなく肌が薄汚い俺と同じ制服を着た男が一人、
俺の肩に手を当てていた。
「・・・あ・・・ゴミ、付いてたよ?」
男はそう言って直ぐに肩から手を離す。
「ありがとう」
「・・・いや・・・いや・・・」
俺がお礼の言葉を述べると男は少しばつの悪そうな顔をして、
早足で廊下を駆け抜けて行った。
「・・・」
今の彼は一体どこの誰だったのか。少しだけ疑問に思い、しかし友人に声を
掛けられてすぐにその疑問は頭の中から消えた。
でも・・・だけど何となく・・・彼との邂逅によって俺の人生は確実に悪い方向へと
転がる、・・・そう悟って胸の中で彼女のことを思い出した。
数年前、魔が差した俺が襲い殺害した名前も知らないハニーブロンドの髪が
印象的だった少女のことを。
俺は父さんが嫌いだった。
それはお母さんを困らせていたからだ。
ある三人の女の子たちがこの町へ来た時から、父さんは家を空けることが多くなり
それからというものお母さんは毎日毎日俺に父さんの文句を言い続けてきた。
夜、いつも弟たちがお父さんと一緒にテレビを見ている後ろで、食器を拭きながら
お母さんは俺に毎日愚痴を言い続け、それでも俺はお母さんが好きだったし父さんの方に
非があることには気が付いていたから、特に何も思わずに愚痴を聞き続ける日々が続く。
そんな中、俺は弟の雲長がお父さんと二人っきりで話をしている所を目撃。
そこで父さんはハッキリとあの三人の女の子なかで一番年下の少女のことを『愛してる』
と言っていた。驚いた、そしてこれはお母さんに伝えなければいけないと思い、
次の日の朝、お母さんにそれを伝えるとお母さんは怒ることも無くただ一言『そう』って。
それだけ言って他は何も言わなかったから俺はお母さんが父さんに愛想を尽かしたんだと
思ってた。あぁ、これでもう安心だ。毎晩愚痴は聞かなくていいし、いずれお母さんと
弟たちとでこの家を出て行くんだと・・・思い、そうなることを願っていた。
「・・・・・・え」
しかし次の日の朝、その願いはあっさりと俺が好きだったお母さんの手で崩される。
いつもの時間に起きると、お母さんは居なくてテーブルの上には炊き立てのご飯も
手作りのおかずも無く冷凍食品や総菜パンすら無く、あるのは缶詰と非常用の
真空パックにされたご飯だけ。
「・・・」
こんなことは今まで一度も無かったのに、何でこんな・・・。
「あ」
時計を見ると、いつもお母さんが道場へ出かける時間になっていた。
今、ここに居ないということは、お母さんは道場へ行っている?
確信が持てないまま俺はパジャマ姿のまま自転車を漕いで、お父さんが毎朝通っている
道場へと向かった。
自転車を置いて階段を登ろうとしたところで、門を潜る両親の姿を発見。
声を掛けようかと思ったが、どこかいつもと雰囲気がおかしいと思い階段の脇に生い茂る
草木の中へと身を隠して、二人の様子を見ていた。
正直、なぜあそこで素直に階段を登り二人に声を掛けなかったのか。
今でもその時の後悔が残っている。
いつもあれだけ俺に愚痴を言っていたお母さんは、自分から父さんを誘っていた。
毎日毎日ネチネチと文句を言っていた人間とは思えないほどに、お母さんは積極的に
父さんへアプローチを掛けているではないか。
・・・なんだよ・・・、毎晩言っていた愚痴はどうしたんだよ・・・。
『あいつは私のことが嫌いなんだ』『あんな小さい女の子に気を掛けるなんて、
どうかしている』『結婚しなければよかった』『どうして私ばっかりこんな惨めな思いを
させられるの』ほかにもいっぱい、俺の言葉なんか何も聞かずに一方的に俺に
父さんへの愚痴を言い続けてきたくせに・・・俺は本当にお母さんのことが大好き
だったのに・・・。
何をやっているんだ、あの女。
子供の俺にだけ嫌な思いさせておいて、自分は結局父さんに女として扱って貰えれば
それでよかったのか?だったら直接言えよ。息子の俺に文句を垂れる前に直接言えば
よかったじゃないか。こんだけ自分から進んでやれるなら、最初から実力行使でも
すればよかったのに。
なのに俺はお母さんが好きだし、一人で悩んでいて可哀想だと思ったから見たいテレビも
我慢して、父さんとの会話も極力控えて、あなただけに時間を割いてあげていたのに・・・
なんで・・・。
「・・・・・・」
二人の姿を眺めていたら、思いが込み上げて来て涙が溢れてきた。
「・・・もう・・・どうでもいいよ・・・」
心配損だ。長男だから~なんてこと、子供の俺が思うことでも無かったし背負うことも
無かったんだ。あ、でもそもそもの話、誰かが俺にそうしろなんて命令もしてないし
言い聞かせてもいなかったんだから・・・あはははは、そっか。俺自身がアホみたいに
自分で自分の首を絞めていたんだ。あははっははははは。
なんて救いようのない馬鹿。自己中な馬鹿。愚かな馬鹿。
なんて寂しい馬鹿なのだろう・・・。
俺は自転車に跨り、とりあえずあんな朝食じゃ弟たちが可哀想だと思い近くの
『コンビニエンスストア・脇夏』で菓子パンを購入すべくペダルを漕ぎ始めた。
その日の夕方、家に帰ると気絶した子考とその横で泣きじゃくる雲長がいて、
両親は居間の真ん中、布団の上で二人互いに腹を刺して死んでいて・・・。
俺はそんな状況の中、これから弟たちをどうやって育てようかとか、
お金はどうすればいいのか、
とか考えていて息絶えた両親のことなんて視界にはもう入っていなかった。
それで、あの日のこと。
あの子は最近この町に引っ越してきたのだろう。
人間に一切の興味を抱かない思いやり何て有るわけがないこの町で、
一人純粋に毎日学校の登下校の時には通りかかる人全員に挨拶をしていた。
勿論、この俺にも。
そんな彼女に挨拶を返す人も居れば無視する人、『うるさい』『黙れ』などと
文句までいう人など様々な反応があり、こんな町の住人でもまだこんなことを
することが出来る奴らがいるんだなー・・・なんて興味深くその様子を見ていたら、
ある時少女の方から俺に話しかけてきた。
「お兄さん、なんでいつもわたしのこと見てるの?」
「見てないよ」
「嘘。いつもわたしが挨拶してる所を見てるでしょ!」
「気のせいだよ」
「そんなことないもん。わたし、結構記憶力あるもん」
「へー、凄いねー」
「凄いでしょ?でもお姉ちゃんも凄いのよ!お姉ちゃんは・・・」
「あ、それはどうでもいいや」
俺は逃げるようにその場を立ち去る。
少女は頬を膨らませながらこちらをずっと睨み続けていたが、そのお姉ちゃんらしき
人物が来るとすぐに表情を明るくさせて、その人と楽しそうに話しながらどこかへ
行ってしまった。
「・・・」
立ち止まり、彼女の後ろ姿を見る。
風に靡くハニーブロンドの髪の毛、明るい少女の声、赤い夕焼け空。全てが眼球の中で
交わっていき、気付けば俺の胸の中には小さな悪意が生まれていた。
そしてある日突然、悪意は爆発して俺は自分の欲望を果たすために帰り道、
一人で歩いていたあの子を拉致。そのまま明け方まで行為に及んだ挙句、
自称記憶力がいいこの子を放置するわけには行かないと思い殺そうと決めた。
両手で首を掴もうとした時、長いハニーブロンドの髪の毛が汗で肌にべた付き
それが異様に気色悪く感じたため、手で締め付けることは断念。だが生かすわけには
いかない。
そう思い、俺は目に入ったその邪魔ったらしく伸びた長い髪の毛をナイフで千切り取って
首に巻き付けて殺害。
そして早朝、路上へ遺体を放置して俺は家へと帰る。
ポケットの中に千切り取った彼女の髪の毛を忍ばせて。




